B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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デイビット・クラークについて

「投擲の腕を磨くのと同時に、オリジナルはターゲット以外の殺害はしないとも誓った……一度タガが外れれば、自分は見境なく人を殺すようになるだろうと。これが、お前とリーゼロッテ・ハインラインとの奇妙な因果の始まりでもあった」

「……どういうことだ?」

 

 こちらの質問に対し、べスターは減らない煙草を吸って、一息ついてから話を続ける。

 

「あの女の嗅覚は確かで、ターゲットの護衛に居合わせたことが何度もあったんだ。リーゼロッテからすると、お前の在り方は相当気に食わなかったらしい。

 何せ、初めて出会ったあの時、音速を超えて移動できるアラン・スミスは、その気になれば撤退するついでにリーゼロッテの首をはねることだってできた……それだけでなく、何度対峙しても頑なに決着を避けるお前が、自分に対して手抜きをしているんじゃないかと思い込んでいたんだな」

「ふぅん……逆に、オリジナルはリーゼロッテのことをどう思ってたんだ?」

「厄介に思っていると同時に、申し訳なく思っている部分もあったようだな。お前が暗殺を成功させるということは、すなわちリーゼロッテの失敗を意味する……とはいえ、ターゲット以外の不殺を破る気もなければ、オリジナルは彼女に対して奇妙な信頼感を抱いていたようだからな……それが、彼女のオリジナルに対する感情がこじれた理由でもあるのだろうが」

「奇妙な信頼感、ねぇ……」

「分からんか?」

「いや、何となくわかる。リーゼロッテはオリジナルを初めて見た時、アラン・スミスの心の迷いを見抜いていたんだと思う。多分そう言ったところから、彼女が悪い奴じゃないと思っていた節はあるんじゃないかな」

 

 実際、ヘイムダルで彼女と対峙した感じを言えば――もちろん、映像の中で見るよりは大分こじれている印象ではあったが――本当にアラン・スミスとの決着にしか興味が無かったように見えた。それはある意味では旧居的に利己的とも言えるのかもしれないが、逆を言えば自分のために他人の尊厳を積極的に踏みにじるようなタイプではない、そんな確信があった。

 

「その通り……だから、アラン・スミスはリーゼロッテと対峙し、手を合わせることもあったが、同時に命を奪うことをしなかった。ただまぁ、向こうからしてみたら、それが手抜きをされているようで許せなかったというところだろう」

「ちなみに、リーゼロッテは大丈夫だったのか? 俺が言うことではないかもしれないが、任務には連続して失敗していた訳だし……」

「結論を先に伝えておけば問題なかった。リーゼロッテの嗅覚は正しかったわけだし、同時にターゲットが暗殺されることを、DAPAのカリスマであるデイビット・クラークは意に介していなかったからだ」

 

 細かいことはおいおい話そう、べスターはそう言いながら言葉を切った。しかし、デイビット・クラークの名は何度か聞いており、恐らく旧世界において重要な人物だったのだろうが、まだ詳細は聞かされていない――ともなると、クラークが何者なのか気にかかった。

 

「なぁ、さっきも聞いたが、デイヴィット・クラークってのは何者だったんだ? DAPAの創設者で、オリジナルが最後に倒したって言うのは聞かされているが……」

「そうだな、そろそろその辺りを少し話しておくことにするか。デイヴィット・クラークこそ、高次元存在を手中に収めんと望んだ最初の男だ。世界中の通信技術を牛耳っているDAPAのトップということは、事実上世界を掌握しているのと同義なのだが……彼はそこで止まることを良しとしなかった」

「そう考えると不思議だな。企業のえらいさんってことは、営利目的なわけだろう? それこそ世界最高の企業の社長で、競合も出てこないほど世界を牛耳っているなら、高次元存在なんて求めなくても良いんじゃないのか?」

「いいや。彼が巨大コングロマリットを纏め上げたことや高次元存在を求めることはあくまでも手段だ。彼の目的は、人類の極限の進化……三次元の檻を超えることだったんだよ」

 

 ブラウン管の画面が切り替わり、そこに一人の男の映像が映し出される。ぱっと見では精力的な中年という印象であり――見た目の歳は四十代、短い金髪に太い首に厚い胸板を持つ偉丈夫であり、着崩したジャケットとシャツという姿から、ラフでワイルドという言葉で形容するのが相応しい感じがした。

 

 べスターも映し出されている男を眺めつつ、相変わらず背もたれに顎を乗せながら話を続ける。

 

「デイヴィット・クラークは、精力的な進歩主義者だった。同時に、ある種の苛烈な優生思想の持ち主でもあった。優生思想の持ち主と言っても、人種や信教を元に差別をする訳ではない……人は先天的な部分は選べないからな。むしろ彼が重視したのは後天的な部分であり、成長と進化を望み戦い続ける者を歓迎した」

「そんな奴が、人類の進歩を抑制したのか? 思想と行動が逆じゃないか」

「いいや、そんなことはない。言っただろう? 苛烈な優生思想の持ち主だと。逆に、自ら情報の精査もせず、世間の風潮に流され、自分を持たない者などどうでも良いと思っていたんだよ……優秀な者たちが更なる進化を遂げる踏み台にしても問題ないと判断していたんだ」

「要するに、優秀な人材はDAPAに所属しているから、後はどうなっても良いって発想か?」

「概ねはそうだ。いつの世でも急進的なカリスマって奴は、人々の奥底にある選民思想を焚きつけるのが上手い。弱者という明確な敵を定義し、DAPAの社員には能力があるだの、優れているだのという言葉で付け込み、彼我の間に対立構造を作る。彼はそういったことが非常に上手かったんだ」

「それだけ聞くとただ扇動家って感じがするけどな」

「あぁ……だからこそ、彼の世間での評判はそこまで高い訳ではなかった。とくに世間的な弱者や、進歩主義に懐疑的なニヒリスト等は彼の言説を嫌っていたんだ。

 ただ、嘘やおべっかを並べるタイプではないし、能力を認めたものに対する待遇も厚いので、同じ進歩主義者やDAPA内からの評価は高かったし……同時に世間での評価が賛否極まっていたからこそ、世俗に影響力を持てる者も重用していた訳だな」

「ルーナのことか?」

「半分正解、半分間違い……ルーナことローザ・オールディスが台頭したのはクラークの死後だ。それ以前は、他のインフルエンサーの方が影響力が強かった。そのうちそ出てくるぞ」

 

 そのうち出てくるということは、アラン・スミスのターゲットにインフルエンサーもいたと言うことなのだろう。ともかく、話が少し脱線してしまったので、クラークの件に話題を戻すことにする。

 

「それで、どうしてクラークは進化を望んだんだ?」

「さぁ、そこまでは本人じゃないから分からん……彼の言葉はこの後に出てくるから、本心はお前自身で考えてみてくれ」

 

 こちらの質問は素気無く返され、ひとまずクラークの顔を見て何を考えているのかブラウン管に映っている顔を眺めてみることにする。エネルギッシュな壮年と言う感じだし、単純に世界征服でも考えていたのか――しかしそれなら、べスターも進歩主義者という形容をしなかったように思うし――そんな風にしばらく見つめていると、視界の端でべスターが煙草の先端でブラウン管を指しているのが目に入った。

 

「ちなみに、何歳くらいに見える?」

「うん? そうだな……四十代くらいじゃないか? 五十代かもしれないが……少なくとも、六十代には見えない」

「実際の所、これで八十歳だよ」

「はぁ!? 若いころの写真とかじゃなくてか!?」

「あぁ、享年八十歳……オリジナルがクラークを暗殺した時に、彼が世間に見せていた姿がこれだ。そもそも大戦を裏で操っていたのもこの男なんだ。終戦から虎の暗殺計画が始動するまでに二十年近く時間も空いているからな」

「それだけ聞けば、ジジイって年齢の方が経歴的には納得するが……」

 

 逆に、寿命が近づいていたが故に高次元存在に手を伸ばしていたと考えられるか? 旧世界の最先端の技術を使えばある程度の延命や老化の衰えを抑えられると言っても、不老不死などは夢のまた夢だったはずだ。世界最高の権力を持っている者が、その権勢を保持し続けたいと思ったり、衰えを払拭して永遠の命を得たいと考えていたりするのは、俗っぽい視点から見ればありそうな気がする。

 

 とはいえ、そんな小悪党みたいな奴が旧世界において最高級の知性の集まる大企業のトップで居られたとは考えにくい気もする。そもそも、そういった利己的な目線でしか考えられない者であれば、DAPAを纏め上げるだけのカリスマを発揮できずに終わっていただろう。

 

 恐らく、デイビット・クラークという男の人となりに関しては、もう少し複雑なのだろう――実際にべスターが「彼が若く見える理由も後でわかるさ」と付け足したのも、記憶の中で動いているクラークを見たほうが、より彼の本質に近づけるという判断からに違いない。

 

 クラークの人となりについては映像で確認するとして、クラークに関係することで一点、オリジナルに関連することで気になることがあるので、そちらを質問してみることにする。

 

「もう一個質問なんだが、どうしてクラークが真っ先に暗殺対象にならなかったんだ? コイツさえ早めに倒せば、色々と状況も違っただろうに」

「そこに関しては色々と理由はあるんだが……とりあえず、彼の居場所が分からなかった、というのが大きな理由の一つだ。先ほどDAPAの幹部は極東に集まっているとは言ったが、クラークは本国におり、本社から指示を出していると思われていた訳だな」

「思われていた、って言い方には含みがあるな?」

「あぁ……右京が言っていただろう? JaUNTは元々、クラークが持っていた能力だ。つまり、彼からすれば大洋を隔てた距離なんか無かったに等しいんだよ」

「つまり、昼はこっちに来て、夜は本国にある豪邸で悠々自適に過ごす、なんてことも出来た訳だな」

「時差を考えれば常時昼になるな、それでは」

 

 冗談を言っただけのつもりが、意外な方向から揚げ足を取られてしまった。とはいえその通りだと妙に納得をして笑うべスターを眺めていると、またすぐに男は真面目な表情を浮かべて煙を吐き出した。

 

「ただまぁ、概ね間違いではない。恐らくほとんど二十四時間、彼は働き通していただろうからな……いや、夢に向かってひたむきに走り続けていたというのが正しいか。世界最高の企業の頭なんだ、プライベートがそのまま仕事なんだよ」

「はぁ……いやだねぇ、俺はのんびりしたいよ」

「そういうお前も、愚痴を言いながらも訓練や任務に従事していたからな……ある意味、お前とクラークと近い部分もあるとは思うぞ」

 

 べスターは皮肉気に笑い、またすぐに真剣な表情に戻って、「しかし、本質的な部分は相容れなかった」と呟いた。するとブラウン管の映像がまた切り替わり――ローレンス暗殺の時と同じように社内からモニターを眺める視点へと切り替わった。

 

 画面内のべスターが見つめる先には、汚らしい路地裏が映し出されている。そこから覗く路面には自動運転で制御された車が整然と走っており、同時に空なども見えないほどの高い建物が並んでいるのが見えた。道を行きかう人々の人種も様々どころか、労働用や慰安用のアンドロイドも多数含まれている――アレは、自分の記録の中にもある旧世界の首都の中央部分に違いなかった。

 

 そしてある男が路面に出てきたのに合わせて虎は動き出し、人ごみに紛れて気配を消しながら追尾を始めた。一瞬、店のショーウィンドウに映った彼の姿を見るに、厚手のコートの襟を立てて着こみ、帽子を深く被り、スカーフで口元を覆っているため、人ごみの中では一見すればサイボーグとも分からない見た目になっている。

 

 しばらく追跡を続けて、繁華街を抜けて人通りもまばらになり――最終的には高層マンションの前まできたタイミングで虎が一気に前進を始めた。空を斬っているはずなのに、金属が引き裂かれる甲高い音が聞こえる。何体かの第五世代をすり抜けた先で投擲した短剣は、男の後頭部に深々と刺さり――ADAMsを起動したのだろう、画面が一気に切り替わった。

 

 画面の中のべスターはすぐに運転席に移動して、虎の帰還を待たずに車を発進させた。恐らく、移動しながらそのまま回収するつもりなのだろう――想像通り、繁華街からやや離れた交差点で信号待ちをしているタイミングで、いつの間にか助手席にアラン・スミスが座っているのだった。

 

 その後、早巻きで数回のミッションの映像が流れる――路地で、港で、駐車場で――これらの映像はすべて外という特徴があった。そして最後に駐車場での暗殺が行われたのに合わせて、対岸の倉庫らしき場所で爆発が起こっているのが映し出された。

 

「ローレンス・アシモフや続く数回の暗殺は、DAPAの社会不安増大に活用されてしまった。要人を狙う連続殺人犯というのを皮切りに、各地で事故や凄惨な殺人などが相次いで起こるようになったんだ。

 これらの多くは、DAPAによる自作自演の偽装工作だということは分かっている。正確には虎による暗殺計画よりも前から、世界中でポツポツとは起こっていたんだが……反DAPAのテロリズムとして情報が統制され、人心の退廃に一役買った訳だ」

 

 ブラウン管の映像がまた切り替わり、今度はニュース番組やWEBサイト、SNSの画面が無音のまま流れ続ける――そこには謎のテロ組織によって至る所で事故や暗殺が行われているという旨の情報が映っていた。

 

「……アイツらは、旧世界でも同じことをしていたんだな」

「あぁ……もしかするとオリジナルの家族が見舞われた事故や、お前が少女を救った事故も、DAPAが仕込んだんじゃないかと推察される。そもそも、自動運転をするための車や公共の交通機関に搭載されている電子部品やGPS機能の制御だって、本来はDAPAの管轄なんだからな」

 

 べスターからそう言われた瞬間、毛が逆立つようなおぞましい気持ちと、腸《はらわた》が煮えくり返るような怒りとが同時に沸き起こってきた。クローンの自分にとっては本来的には私事ではないのかもしれないが――とはいえ、オリジナルの人生を壊したのはDAPAだったかもしれないのだ。

 

 そうなれば、ある意味ではオリジナルの行動は、自分自身の生活を破壊した者たちに対する報復だったとも言えるだろう。

 

「ACOもDAPA、どっちも禄でもないが……少しばかりオリジナルが所属していた機関の方がマシに思うぜ」

「あぁ、オリジナルもそう言っていたよ。一応、世間様には大手を振っては出られない身だからな、多くを阻止できたわけではないが……ミッションの合間に起こるDAPAの工作活動を阻止する活動もオリジナルは行っていた」

 

 再び画面が切り替わると、オリジナルが火災現場や路上で危険に瀕している人たちを救助している映像が流された。とはいえ、秘匿の身であるというルールは守ろうとしているのか、人々の視界に現れるようなことはせず――退路の確保や、破壊工作を行う第五世代との戦闘をするのに行動は収めているようだった。

 

「旧政府のお偉いさん方は、俺の行動を許していたのか?」

「もちろん、正式に許可されていた訳ではなかった。ただ、お前が勝手に出てやるおせっかいに対して、逐一おとがめも無かった。第五世代型を見破ることがお前にしかできなかったからな。謹慎させても時期が来れば出さざるを得ないし……もちろん、処刑だって出来なかったって訳だ」

「なるほどね……ちなみに、お前はオリジナルの救護活動をどう思ってたんだ、べスター」

「オレか? そうだな……」

 

 べスターは煙草を深々と吸い上げ、自虐的な笑みを浮かべながら煙を吐き出した。

 

「お前が勝手なことをすると、オレが小言を言われるからな。勘弁してほしいと思ってたぞ」

「でも、止めなかったんだよな?」

「言ったところで聞くお前じゃあるまい?」

「違いない」

 

 もっとも、正確にはオリジナルの話をしているのであり、自分が代弁するのも違うかもしれないが――とはいえ、きっと仮面の男が同じような話をしたとして、今の自分のように笑いながら返答していたと思う。

 

 こちらの返答に対し、べスターは微笑みを浮かべて、しかしすぐに哀愁に満ちた笑みを浮かべた。

 

「本当は、もっと自由にしてやりたいとは思っていた。だが、オレはお偉いさん方に頭を下げて、少しばかりやりたいことをやらせてやるくらいしか出来なかった」

 

 なんとなくだが、自分は彼のこういうところが気にかかっていた。知的な皮肉屋だが、事あるごとに罪人のような表情を浮かべる――なぜ後悔と自虐とが混在している悲し気な表情をするのだろうか。

 

 思うに、彼のこの深い悔恨が、死後もその魂を消滅させずに現世に残っていた理由なのではないか。そんな確信が沸いてくるのと同時に、彼の原点が気になってきた。

 

「なぁべスター、お前はなんで二課に所属していたんだ?」

「それはだな……」

 

 べスターは顔を背けて煙を吸い込んで後、また自虐的な笑みを浮かべてブラウン管にリモコンを向けて何かを操作し始めた。画面が切り替わると、そこには暗い海と、星灯りも見えない空とが映し出される――恐らく、オリジナルとの思い出のワンシーンなのだろう。

 

「二度も真面目に話すのも気恥ずかしいからな」

 

 そこまで言って、画面外のべスターは「少し席を外す」と言って椅子から立ち上がり、暗闇の奥へと消えていった。

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