B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「オレが二課に所属する理由を聞きたい?」
画面内のべスターの質問に対し、仮面の男が頷き返した。
「今更だがな。お前が優秀な技術者だってことは分かってるし、そういった能力を買われてACOにいるってのは納得するんだが……気持ちの部分を知りたいと思ってな」
「前も言ったように、コイツを思う存分に買うために、高いサラリーをもらえる仕事についてるだけなんだが……」
べスターはそう言いながら、咥えていた煙草を指に持ってそれを眺める。
「嘘言えよ。それだけなら、裏組織の技術者やって、暗殺者と一緒に行動することもないだろう?」
「はは、政府組織が裏組織と言われるなんて、世も末だな」
乾いた笑い声と共に、闇夜を照らす小さな炎が煙草の先端をじりじりと焼くのが見えた。そして画面いっぱいに紫煙が映し出されると同時に、男はポツポツ語り始める。
「小さい頃、オレはコイツが嫌いだった。煙草の臭いは、親父の臭いだったからな。普段は家にいない癖に、たまに会うと全身から煙草の臭いをさせていてな……その臭いが苦手で、小さい頃は絶対に煙草なんか吸わないと思っていたものだ」
彼の煙草呑みは遺伝的なものだったらしい。そうでなくとも、自罰的な彼が世界と向き合うためには、何か依存できるものが必要だったのかもしれないが。
画面内のべスターは少し押し黙り――その視線の焦点は、隣にいる仮面を見ているというより、煙の中から自らの根源を探し当てようとしている、そんな風に見えた。ともかく、父の話を始めたということは、恐らく彼の原点はそこに在るのだろう、そんな風に考察をしていると、またスピーカーから男の声が聞こえ始める。
「母とは歳の差結婚だったらしく、親父は自分が物心ついた時には既に初老という感じだった。遊んでもらった記憶だってほとんど無いし、不愛想で何を考えているか分からなかったから……子供の頃に会話をした記憶もほとんどない」
「なるほど、不愛想な所は遺伝だったようだな?」
「ふぅ……話すのを止めるか?」
「はは、茶化して悪かった……続けてくれ」
大きなため息と共に煙が広がり、また一呼吸おいてからべスターは語りを続ける。
「幾許か楽しかった思い出もある。親父と一緒に機械仕掛けのおもちゃを作ったんだ。不器用なオレに対して、親父は怒る訳でもなく、根気よく作り方を教えてくれて……完成した感動もひとしおで、小さい頃はそのおもちゃでずっと遊んでいたのを覚えている。
今にして思えば、親父は不器用ではあったが、息子に対する愛情が無かったわけではないことは分かる……忙しい中で、頑張って時間を作ってオレに向き合ってくれたんだろう」
そこまで一気に話し終えてから、男は煙草のフィルターをパンパン気味の携帯灰皿に押し込んだ。
「ある時、どうして親父は全然家に居ないんだって母に聞いたことがあった。曰く、すごく重要な仕事をしていて忙しいんだとか。そんな母は、父の不在には寛容だった今にして思えば、仕事に対する理解があったんだろうな」
「何となく察しはついているが……親父さんは軍の関係者なのか?」
「正確には、だった……だな。オレが十歳なるころには戦争が激化し、本土も攻撃を受けるようになった。そんな折、父は還らぬ人となり……母は父が死んだ理由も、職業もオレに対してずっと伏せていた。父の真相を知ったのは、大学でバイオメカトロニクスを学び始めた時だ。
オレがその進路を選んだことは、全くの偶然……というわけでもないかな。さっき言った、父との思い出が幾分か影響していたのかもしれない。バイオメカトロニクスを学びたいと伝えた時は、母は嬉しさ半分、悲しさ半分といった表情をしたのを覚えている。
ともかく、大学で研究を進めているうちに、先行研究に自分の父の名があることに気付いたんだ。サイボーグ関係の研究は日夜研究がされていて、二十年前の論文に当たるなんてことは珍しいことだった」
「逆を言えば、親父さんはそれだけ進んだ研究をしてたってことだな」
「あぁ……だから狙われてしまったんだろうな」
仮面に返答したべスターの声は低かった。そこには、静かな怒りが込められているように感じられる――男は黒い海を見つめたまま、静かな波の音を背景に話を続ける。
「母に論文の話をすると、開かずの間と化していた父の書斎に通された。そこには、親父が残した研究資料と遺書が保管されていた。研究資料に関しては、戦争が始まってからの物は無かったが……それでも現代でも通用するほどの理論もいくつか残されていた。技術的な難しさから戦時中には活用しなかったようだが、ADAMsの構想もその一つだった。
また、遺書に関しては、データとして残らないよう、敢えて紙の便箋に書かれていた。そこには、大戦の背後には、国家の域を超えた意志が関係していることと、また、背後に蠢く黒い意志が自分の技術を狙っていることが記されていた。サイボーグの知識はもちろん、戦闘用アンドロイドにもその知識が転用できる他、戦闘用という観点から言えばアンドロイドの代替にもなり得る。
そして遺書の最後には、自分は国のために自分の技術を使いたいという意志と……母と自分を大切に想っているということが記されていた」
そこでべスターは一度言葉を切り、胸ポケットから次の煙草を取り出し、再び暗闇の中で炎を灯して、煙を星のない空に向けて吐き出した。
「遺書を読んだ後、オレは初めて煙草を吸った。肺癌になるだとか、脳が萎縮するだの散々に言われているコイツだが……ちょいと親父の気持ちを知りたくなってな。
高いしマズいしむせるし、コレの何が良いのか全く分からなかったが……確かにパソコンに向き合っている時の口寂しさを紛らわせるのだけは確かだった。それでいつの間にか、気が付いたらこのざまだ」
そこまで言って、やっと視界に仮面が現れた。画面の中のアラン・スミスはしばらく無言で男を見つめ返し――ややあってから、控えめな調子で声をあげる。
「二課に所属しているのは、復讐のためか?」
「どうだろうな……さっきも言ったように、オレは父のことが好きだった訳じゃない。そもそも、父の遺書にはDAPAの文字は無かった。恐らく、父は変に情報を残してオレや母が狙われるのを防ぎたかったんだろう。真実を知らないオレは、親父は敵国に狙われてたんだと推測していたし、DAPAのことはまぁ、胡散臭いとは思ってはいても、どうこうしようとは思っていなかった。
国際機関に身を置いた理由は二つ。一つは、博士課程での研究が父の知り合いの目に留まってスカウトを受けたから。単純に職は必要だったしな。そしてもう一つは……」
「煙草代のためか?」
「御名答」
べスターは火種を仮面の方へ向けてそう答えるが――画面外の自分も、そして恐らくオリジナルも、エディ・べスターが金を目当てに動く男でないことは分かっていた。べスターは直感していたのだろう、国際機関に身を置くことで真実に近づけるということを。
その証拠にか、静かに見つめ返すオリジナルに対し、男はすぐに火種を戻し――再び暗い波間に視線を落とした。
「……と言いたいところだが、父の死の真相が聞けるかもと思ってな。実際、二課に配属されて初めて、父の知り合いからその死の真相を聞いた。もちろん、DAPAに敵対している組織の者が言っていることだから、もしかしたらオレをコントロールするために嘘を吹聴されている可能性はゼロではないが……なんとなくだが直感した。
父はDAPAに狙われ、研究結果を共有するように迫られた。そして世界を裏で操る組織に、自らの研究を伝えるわけにはいかないと……父の死の真相は、そういうことだったらしい。
それを聞いた時にも、オレは別段に復讐を決意したわけではなかった。とはいえ、父の技術を、父を殺した連中に渡すこともない。そう思って……二課で研究を続けることに決めたんだ」
画面内のべスターは淡々と語っているようではあるが、その芯には固く揺るがないものがあるように感じる――彼は自分の中の闘志を言語化できていないだけで、本心の所は父の弔いに渦中に身を投じた、というのが正しいのではないか。
いや、本当はべスターも自らの信念を自覚しているのかもしれない。しかし、それを彼はアラン・スミスに言うことが出来なかったというのが正確な所かもしれないと思った。何故なら、エディ・べスターは自ら刃を手に取って戦っているわけではなく、虎に力を代行してもらっている立場だからだ。自分の代わりにアイツらを殺してくれ、べスターはそんなことを言えるタイプではない――だから、敢えて淡々とした様子を見せかけているのかもしれない。
なんとなくだが、画面に映るアラン・スミスもそれを感じ取っているように見える――少し無言の時間が流れ、吸わずに燃えていた火種の先端が落ちたタイミングで、べスターはまた海に視線を戻して煙を吸い込み始めた。
「それで、第五世代型に対抗するための研究を進めているうちに、ロボットでは技術力で劣る我々では対抗できないと考え……オレはアラン・スミスというサイボーグを創り出すという仮説を打ち出した。そこで素体として運ばれてきたのが、まさかとんだ甘ちゃんだとは思わなかったが」
「なんだよ、ちゃんと活躍しているだろう?」
「あぁ、その通りだ……だが、お前に重い物を背負わせてしまった」
そう独白するべスターの声は低く小さいモノだった。
「正直に言おう。オレは誰かに人殺しをさせるということの重さを余り深く考えていなかったんだ。父と自分の技術の粋を集めて最強の兵士を作るという、その一点のみが自分の関心であり……また、人を殺すということは仕事である程度にしか考えていなかった。
しかし、自分の手を汚すわけではない。オレはお前に武器を持たせ、安全な所から見ているだけ……その行為の無責任さについては、全く考えていなかったんだ」
やはり、先ほどの推察は正しかったように思う。エディ・べスターには闘争心が確かにある。だが同時に、彼は力の代行者が人間であるというのを失念していたのだ――それ故、オリジナルを巻き込んでしまったことを後悔しているのだろう。
とはいえ、それを責めるほどオリジナルも野暮な人間ではないはずだ――それを証明するように、スピーカーからは「顔をあげろって、べスター」と明るい調子の声が聞こえた。
「俺はお前と出会えてよかったと思っているぜ。だって、お前に拾われなきゃそのまま死んでいた訳だし……もっと言えば、もし俺があの日に事故に会わなかったとしても、一人の少女の命を守ることは出来なかったし、晴子の医療費だって稼ぐことは出来なかった。結局、俺は両親を無くして、どん詰まりにいただけなんだからな。
それに、その時は知らなかったとして、互いにDAPAの暗躍に親をやられているわけだ。そう思えば、数奇な運命で出会ったって思わないか?」
仮面の言葉に、視線の主はようやっと顔をあげた。もちろん、自責の念が強いこの男のことだ、一時の慰めになっただけで、本質的に救われたわけではないのだろうが――ひとまず前を向くだけの元気は出たらしい。いつの間にか燃え尽きていた煙草のフィルターをパンパンの携帯灰皿に詰め入れて立ち上がり、男の方を見上げている虎の方を見下ろした。
「そうだな……オレもアラン・スミスがお前で良かったと思っているぞ。ついでにもう少し、無茶をしないで帰還してくれればいうことも無いんだがな」
「あのなぁ……どうしてお前はそう、いつも一言多いんだよ。ともかく、これからもよろしく頼むぜ、相棒」
そう言ってオリジナルも立ち上がって拳を突き出して見せた。それに対し、視線の主が「そうだな」と言いながら、拳を突き出したタイミングで画面が切り替わった。ブラウン管から視線を外して振り向くと、画面外のべスターは「あまり青臭いのを見られるのも恥ずかしいからな」と言って苦笑いを浮かべているのだった。