B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
二課が成功をおさめてくると、自然とターゲットを外で狙うのが難しくなり始める。虎による暗殺は常に外で行われているのであり、次は自分かと警戒するDAPAの幹部が外出を控えたり、移動する際には複数人で且つ大規模な護衛を引きつれたりするのは自然な対策だったと言えるだろう。
そうなってくると、DAPAの施設内に潜入し、ターゲットを暗殺するというミッションも必要になる。こうなることを見越して、二年の訓練には屋内への潜入も含まれていた。
とはいえ、あまりに複雑な施設やセキュリティレベルの高い場所に潜り込むには、優秀なハッカーが必要になる。防衛のための設備が充実しているのもあるが、一番は隔壁を開けるためや、身動きが取れないほどの赤外線センサーを解除するのにハッキングが必要になるからだ。
もちろん、どの施設にもそれなりのセキュリティがあったのは間違いない。そのため、まずは事前調査において防衛レベルが低めの施設に対し、赤外線感知装置を使用しつつ監視カメラの死角を見切っての潜入が行われた。
車内でモニターを眺めるべスターの視点からは、赤外線で張り巡らされた暗い廊下を突き進む虎の視界が映し出されている。警戒すべきは防衛のための機器だけでなく、徘徊する第五世代型アンドロイドのセンサーにも入らないようにしなければならない――それ故ゆっくりとだが、しかし着実に、オリジナルは施設を進んでいき、最終的に一つの扉の前で立ち止まった。
「ヴィクター、そちらで扉を開くことは出来るか?」
「少し待てるか?」
「アンドロイドたちの順回がある……あんまりノンビリはしていられなさそうだ」
「それなら、腰のケーブルを扉横の機械に繋げてくれ。無理やりこじ開ける……敵にはバレるだろうが、そこにターゲットがいる。仕留めてすぐに脱出すれば問題ないだろう」
「はぁ、スマートじゃないね……まぁ、仕方ないか」
オリジナルがケーブルを機械に繋ぐと、機器の小さなデジタル盤の表示がバグりだし、ややあって扉が開いた。虎は投擲用の短剣を取り出し、暗い部屋の中を注意深く見つめるが――。
「……気配が多い。どれがターゲットかまでは分からないな」
そう呟きながら暗い室内へと一歩踏み入れると、こじ開けたはずの扉が閉まり、同時に部屋の中が一気に明るくなった。室内には六体ほどの第五世代型アンドロイドが姿を現したままで武器を構えて――その中央では護衛と同様にリーゼロッテ・ハインラインが銃のトリガーに指を掛けており、隣では作業服を着た職人風の中年が眼を見開きながらこちらを見ていた。
「すげぇな、ハインライン! お前の勘、本当に当たりやがった!」
「セキュリティレベルを考えたら、まずはこの辺りが妥当だと思ったんだけれど……」
「しかし、ここに来るまでまったくセンサーの類に引っかかりやがらなかった……アイツ、何者だ?」
「ひとまず、伊達に単身で潜入して、要人を暗殺をしようだなんて無茶をする馬鹿だということは間違いないわね……ひとまずアナタは手を出さないで、キーツ」
予想はついていたが、リーゼロッテの隣にいるのがフレデリック・キーツか――しかし暗殺者が来ると予想していたのに、生身をさらけ出しているとは二人とも勇敢と言うべきか。
自分がそんな風に思っていると、リーゼロッテ・ハインラインは口元に微笑を浮かべたまま――同時に瞳には怒りの炎を顕わにして一歩前に進み出た。
「こんばんは、タイガーマスク。折角の再会だし、少しばかり話をしない?」
「茶は出さねぇがな!」
「茶化さないでキーツ……わざわざ着いてくることもなかったのに」
リーゼロッテは振り返らないままそう言って、何も言い返さない虎の方をじっと見つめている。
「ダンマリね。個人的には先日見逃された借りがあるから、この場で引導を渡してやりたいところなんだけれど……アナタが何者なのか、どうして第五世代型アンドロイドを感知できるのか、諸々聞きださなければならないことがある。
さぁ、両手をあげて投降しなさい、そうすれば命までは取らないわ」
オリジナルもリーゼロッテを視界に収めたまま――女の所作に隙はなく、油断すればやられるだろう――小さな声で「だそうだが?」と質問をした。もちろん、今のはリーゼロッテに対する返答ではないだろう、車内のべスターが口元のマイクを近づけてリーゼロッテ達に聞こえないように声を絞った。
「馬鹿なことを言うな。こう言っては厳しいが、拘束されて機密情報を漏洩するリスクを犯すくらいなら、お前に仕掛けている爆弾を使うしかない。そもそも……」
「あぁ、大人しく拘束されることも無いわな!」
巨大な破裂音と共にカメラの映像が反転し――次に視界が明瞭になった時には同じ場所に戻っており、二人の人間を挟んでいた計六体のアンドロイド達が全て崩れ落ち始めるのが映し出された。
「んなぁ!? なんだ、これが噂の超音速機動か!? しかし、こんなせまっ苦しい場所で!?」
「細かく移動を調整できるということは、単純な推進力の増加ではないということね……それに、以前に見た時のような迷いもない。どうやら、兵士として成長しているようだわ」
大声で狼狽するキーツに対し、リーゼロッテは冷静そのものだ。彼女はそのまま目を細めて、その手に持つ銃のトリガーを引いた。銃声が室内に響き――しかし射線を完璧に読んでいたのだろう、アラン・スミスは一切身動きをせず、忌々し気な表情を浮かべる女を見返していた。
「……どうしてあの時、私を殺さなかった?」
「お前は俺のターゲットじゃないからな」
「舐めた真似を!」
もう一発銃声が聞こえるのと同時に再び視界が反転し、次にカメラが安定した時には元来た通路を引き返して走っている映像に切り替わっていた。
「どうやって脱出したんだ?」
「こいつを利用させてもらった!」
いつの間にか拾っていたらしい、オリジナルは巨大なヒートサーベルを視界に映して見せた。ADAMsを起動して倒れた第五世代型からヒートサーベルを奪取し、扉を切って脱出したということなのだろうが――もう使う気もないのだろう、虎は通路を塞いでいる第五世代型アンドロイドに向けてそれを投げつけ、動かなくなった機械兵の横をすり抜けた。
「それより、脱出できそうな場所までナビゲートしてくれ!」
「人らしくドアから出るか?」
「俺は虎だぜ!」
「何を言っているかは良く分からんが、音速で壁に当たれば破壊できる場所もあるだろう……たとえば、そこの突き当り!」
「チェストぉ!」
掛け声が聞こえた直後、遠景に夜の闇の中で燦然と輝く摩天楼と、鬱蒼と茂る雑木林とが見え――重力のままに落下して着地した直後、モニターはグルグルと回転し始めた。
「くそっ、撃て、撃て!」
上からキーツの怒号が響き、敷き詰められているアスファルトが銃撃によって抉られる。どうやら、オリジナルは上からの攻撃を避けるために転がっていたようだ。銃撃が落ち着いたタイミングで虎が起き上がり、投擲用のナイフを空けてきた穴の方へと二本投げる。それらはキーツの左右に居た二体のアンドロイドの頭部に直撃し、電磁パルスにより動かなくなった。
「勇敢なのは結構だがな、人殺しの前に出るなんて無茶はするもんじゃねぇぞ、オッサン!」
「誰がオッサンだ! くそ、電磁パルスを発生するナイフだと? ちく……」
男の言葉を最後まで聞くことなく、虎はADAMsを起動して施設から離脱した。そして少し離れた建物の隙間に入ったタイミングで、べスターはモニターから車内の計器に視線を映した。
「……どうやら、ターゲットは車で逃走したらしいな」
「なるほど、完全なダミーってわけじゃなかったようだな……ちなみに、車種と場所は分かるか?」
「駐車場を抜けて北へ逃走中のセダンだ……だが、すでに国道に入ってしまったようだな」
「なるほど、ちなみにこんな夜中にドライブしている奴は居ると思うか?」
「山奥だからな。ターゲット以外にいないだろう」
「だよな、それじゃあ……!」
この後の勝利を確信したのだろう、べスターは煙草を一つ取り出して煙を吸い込み――吐き出した煙の向こうでは、ADAMsで先回りをしていたのだろう、虎のアイカメラが迫りくる一台のセダンを捉えていた。そしてナイフを下に向けて投げると、それはタイヤに直撃し、車は横転してガードレールに衝突した。
車のそばへと近づくと、扉がひとりでに開き――護衛の第五世代型が一体居たのだろう、それを虎は迅速に処理し、開いたままになっている車の扉の前へと立つ。中を覗くと、エアバッグの前で気を失っている科学者風の男が居り――そして虎がナイフを一本取りだした時点でブラウン管の映像が切り替ると、運転席に移動した男が車の窓を開けて一服しているうちに助手席の扉が開いた。
「やはり、DAPAの防護プログラムを上回れるだけのハッカーは必要だな」
「そんなもんなくてもなんとかしてやる、と言いたいところだが……そうだな。監視カメラだって天井からぶら下がってるだけじゃないし、死角をつくのだって限界はある。昔のスパイ映画みたく、完全に単身での潜入というのは厳しいな」
基地に戻る間に、そんな会話がなされた。
その後にブラウン管に映るのは、場面場面を切り取った映像の連続だった。画面外のべスターの補足としては、最初はACOの中でハッキングに優れる者に協力してもらいつついくつかの施設でミッションをこなすことには成功したらしい。
しかし、課題はあった。ACO側の技術では、通信技術の粋を集めたDAPAのシステムを完全に突破するのは難しかったと――幾許か潜入が楽になるのと引き換えに、時には逆探知に会い、逃げなければならないこともあったらしい。
とくにセキュリティレベルの高い施設に潜入するには腕の良いハッカーを雇う必要がある。とはいえ、そんな優秀な野良の人材がいる訳がない――そう思っていた矢先のことだった。
「アラン、優秀な奴が見つかったらしいぞ」
「はぁ?」
施設内の外で鍛錬中の虎の元へ、べスターは紙の束をもって近づいた。
「何でも、ACOのデータベースにアクセスを度々仕掛けてきた奴がいるらしいんだが……今までそいつの足跡を追うことが出来なかったんだ。だが、つい先日そいつの方から連絡があり、雇ってくれないかと打診があったらしい」
「いや……そいつ大丈夫なのか? 優秀なヤツならDAPAのスパイと考えるのが普通だ。仮に野良だとしても、トップシークレットにアクセスしてくるやつなんて碌な奴じゃないだろう?」
「その上、素性も分からないらしい」
「……はぁ? どういうことだ?」
「どうもこうも、言葉通りの意味だ。そのハッカーは自分の素性を明していないし、こちらとしても何者か調査しても分からなかったらしい」
「なるほど、少なくとも俺たちが抱えてたハッカーよりは優秀ってことだな。しかし……」
オリジナルはそこで一度言葉を切り、べスターから視線を外してナイフを一本、訓練用の的に向けて投擲した。刃の先端は的の中心に深々と刺さり――仮面の男は的を眺めたまま言葉を続ける。
「度々おかしいと思っていたが、俺たちのボスは脳が天気なのか?」
「まぁ、話は最後まで聞け……虎の暗殺に一度協力させてくれれば、その後に素性は明かすし、こちらへ合流すると言っているらしいんだ」
「……ますます分からん」
「お前のファンらしいぞ?」
「もはや俺の理解の範疇を完全に超えたな」
オリジナルはそう言って、人差し指を眉間の位置において首を振った。対するべスターは左手に持った書類を右手の甲で叩き、そのまま紙面に視線を落とした。
「こういうことらしい……要するに、一度のミッションはお互いの試用期間のようなものだと。互いに問題なく連携できれば、今後ともこちらに合流して協力してくれる気のようだな」
「あのなぁ。さっきも言ったが、任務はトップシークレットなんだぞ? それに協力を確約できない相手を巻き込むなんて……」
「ほぅ、お前も思考がお役所染みてきたな。しかし、その辺りは問題ないだろう。どうせ我々のデータベースを自由に見れる奴なんだ、今回協力しなかったとしても、どうせ任務の中身はバレているんだ」
「他にも問題はあるぞ。動機の問題だ。俺やお前にはDAPAと戦う理由があるが、そいつにはあるのか?」
「お前の気持ちも分かるが……一応、協力する理由は言ってきたようだな。昨今のDAPAの情報統制が気に食わず、同時に破壊工作に立ち向かうタイガーマスクに協力したいと思ったから、らしいが……」
「そんなものは建前だろう? 俺が知りたいのはそいつの本音だ」
「あぁ、なんでもDAPAのデータベースにもハッキングしようとして、それがバレてしまい、保護してほしいというのが本音らしいな」
「おい、それを先に言えよ」
オリジナルは嘆息を漏らしながら再び的の方を向き、腕を降ろして二射目を投げた。ナイフは寸分たがわず一射目と同じ軌道を描き、刺さっている刃の柄を押し込んだ。
「だが、それは色々とおかしくないか? まず、本気で保護してほしいならさっさと身元をばらすべきだし、一度はハッキングがバレてしまってるんだ、腕にも疑問が残る」
「一点目に関しては、コイツも慎重になっているとは予想される……ハッキング自体がバレていても、まだ身元まではDAPA側に割れていないらしく、同時にオレ達に協力するのが安全とは限らないからな。
二点目に関しては、実際に彼は多くのプロテクトの解除には成功しているようだ。第五世代型アンドロイドや人体実験など、DAPAが行っている多くのプロジェクトについては閲覧できたとのことだ。ただ、最高レベルの機密についてアクセスしようとした時に、ハッキングが露見してしまったようだな。
ちなみに、協力の暁には、DAPAの機密情報の提供も可能ということらしい。実際、一般人が知りえない情報はいくつか許攸されている。こいつがDAPAのデータベースにアクセスできたのは本当だし、腕も確かだろう」
「なるほどね……お偉いさん方がそいつを招き入れたい理由は納得したよ。とはいえ、胡散臭いことには変わりないとと思うけどな、そいつ」
悪態づくオリジナルの気持ちもわかる。べスターはDAPAに家族を奪われた訳であるし、オリジナルも恐らくその可能性が高い。そうでなくとも医療費を稼がなければならないし、すでに戸籍もないオリジナルは行き場もないから戦わざるを得ない。オリジナルとべスターは共にそれなりに深い事情があってDAPAと敵対しているのに対し、動機がハッキリしない相手を招き入れるのに抵抗があるというのはもっともだろう。
とはいえ、恐らく話の流れ的に、今回志願してきたのはアイツだろう。そうなれば戦力としては間違いないし、何より自分はそいつのことを知りたくてべスターに記憶を見せてもらっているのだから、手を組まないというのも困る――そう思っていると、画面内でべスターが紙面をめくって話を続ける。
「どの道、次のミッションにはコイツが不可欠だ。そういう意味合いも込めて、上層部は自称協力者の要件を呑んだようだな」
「俺は次のミッションの内容を聞かされてないぞ?」
「今から言う。次のミッションは……」
べスターは視線を上げ、フェンスの奥に見える密集した高層ビルの、その一際高い建物を指さした。
「アシモフ・ロボテクスカンパニーの極東支部、あの一番高い摩天楼の攻略だ。そして、次のターゲットは……」
そして男は一歩進み、一枚の紙を虎の方へ提示して見せたのだった。