B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アシモフ・ロボテクスカンパニーへの潜入は、まずは外壁を上るところから始められた。いかに優秀なハッカーが居るとしても、正面から全てのシステムを掌握するのは難しいし、そもそも出来たとしても有人の警備員も存在している以上、大規模な防衛プログラムの改竄をしたとしてもバレてしまう。そのため、ハッカーによる援助は最小限に、ある程度は虎自身の独力で頂上まで辿り着かなければならない。
狭い範囲に高層ビルが密集しているのを利用し――当時の首都は高層ビルが文字通りに密集しており、その隙間を環状線が走る立体的な構造になっていた――まずは近くの建物の屋上からの移動が試みられた。オリジナルの腕に取り付けられたガジェットからワイヤーが発射され、それを伝って摩天楼の中層まで一気に移動をする。もちろん監視カメラは仕掛けられているはずだが、それは凄腕のハッカーの腕の見せ所だ。
ハッカーが監視カメラに擬似映像を流してカモフラージュしてくれている甲斐あり、虎はアシモフ・ロボテクスカンパニーの外壁に着地することができた。そこからしばらくは、光学迷彩を使って窓の死角になる部分から壁をつたって昇っていき、最終的には地上から三分の二ほどの高さの部分で――とはいえ、まだ更に上に何十階もあるはずだ――メンテナンス用の出入り口から侵入することに成功した。
扉付近の監視カメラは、これもハッカーの対応により事なきを得た。しかし、第五世代型が有人の見回りが居ないとも限らない。仮面は屋内に入ってすぐに身を潜め、物陰へ移動し、辺りに何者もいないことを確認してから「こちらタイガーマスク」と――先日リーゼロッテに呼ばれたのが気に入ったのか、ミッション中はタイガーマスクと自称するようになったらしい――通信を始めた。
「予定通り潜入することに成功した……オーバー」
「あぁ、こちらからも映像は見えている。引き続き慎重に行動し、最上階を目指してくれ。なお、戦闘は……」
「分かってる。破壊しちまえば侵入がバレるからな。上手く身を潜めながら進むよ……凄腕さんに協力してもらいながらな」
オリジナルの言葉に対しては、誰も返答をしなかった。本来なら、凄腕と呼ばれた者が返事をすべきところだと思うが――沈黙が気まずかったのか、オリジナルは「おい、何とか言ったらどうなんだ?」と声を掛けるが、やはり無言が続くだけだった。
「ヴィクター、ハッカーにも声は聞こえてるはずだよな?」
「あぁ……こちらに返答が来ている。協力は惜しまないが、一度に干渉できる第五世代型は二体まで。正確には十体までいけるが、怪しまれないようにするにはそこが限度……らしいぞ」
「あのなぁ、俺は凄腕さんの声が聞きたいって言ってるんだぜ」
「人見知りだから勘弁してくれとさ」
「はぁ……人見知りの癖に大胆なんだな」
人見知りの癖にトップシークレットにアクセスしようとしてくるというのは大胆だと言いたいのだろうが――自分としてはまた別のことが気になっていた。星右京はなぜ、ACOのデータベースにハッキングを仕掛けてきたのだろうか?
ハッカーとしての腕を試したかった、または本当に虎のファンでその秘密を知りたかったなど色々考えられるが――そのどちらも違うように思われた。ふと、以前にべスターが右京が二重スパイと言っていたことを思い出し、画面外にいる方に質問を投げかけてみる。
『右京は二重スパイだった言っていたか?』
『その質問に対する回答はイエスだ。アイツがACOのデータベースにアクセスしてきた理由は自分の存在をアピールし、入り込むためだろう。単純にスパイ活動をするんだったら、ハッキングしていることが露見するのは避けるべきだし……そもそも、アイツの腕があれば、情報を抜き出すだけならAOCに入り込む必要もなかったんだ』
『つまり、アイツの目的は情報ではなく、AOC、ないし二課に入り込むことだったと?』
『あぁ、恐らくな……とはいえ、いつ、どのタイミングから二重スパイをしていたのかは不明だ。最終的にはDAPA側に寝返った訳だが、実際に右京と組んで重要な人物の暗殺にも成功しているから、最初からDAPA側だった訳でもないと思う。
どちらにしても、星右京の心は、ACOにもDAPAにも所属していなかったように思うがな』
その辺りはオレの記憶を見て確認してみてくれ、ベスターはそう言いながら煙を吐き出し、視線をブラウン管に戻した。
自分も視線をブラウン管に戻すと、オリジナルはゆっくりと、しかし着実に摩天楼を進んでいるようだった。仮面から共有されている映像には捉えられていないが、時に物陰に身を隠しているのは第五世代型アンドロイドの接近に備え、センサーの範囲内に入らないようにしているからだろうと思われる。
しばらくそんな牛歩の侵入が続くと、ふと車内にいるべスターから「凄腕からの質問だ」と声があがった。
「アナタはどうやって第五世代型アンドロイドの気配を察知しているんだ、だと」
オリジナルはハッカーの質問にはすぐには答えず、静かに息を殺して男性用トイレの個室に潜んでおり――気配が過ぎ去ったのだろう、ゆっくりと便所から出てから質問に答えだした。
「残念ながら、俺に答えている余裕は無いぜ……お前から答えてやってくれ」
「オレはあくまで、お前から共有されている情報しか知らないが……」
「それで十分だろう?」
「にわかには信じがたいから、出来れば本人の口から答えたほうが良いと思ったんだがな。それじゃあ、訂正する点があったら指摘してくれ」
「あぁ、了解だ」
潜入中のアラン・スミスがゆっくりと暗い廊下を進みだすのに合わせ、画面内のべスターは機材の横に置いてある煙草の箱に手を伸ばして一本咥えた。
「如何に第五世代型が姿を消し、センサーを欺き、気配を消していたとしても、物体そのものは確実にそこにある。動いてくれるのならその気配や空気の動き、僅かな音で気付くそうだ……とはいえ、第五世代型アンドロイドは移動する際に気配も音も殺しているはずだ。
実際、タイガーマスクから共有される映像や音には、第五世代型アンドロイドから発する音は高精度な機材を用いても拾うことは出来ない……その気配を感知するというのは、生物的な感覚で第五世代型を破ろうと立案した自分自身が一番信じられないんだがな」
「補足だぜヴィクター。第五世代型アンドロイドには、なんとなくだが意志みたいなものを感じる……それがあるから、完全な無生物と比べて気配は察知しやすいんだ」
「……だそうだ。納得したか?」
べスターが見つめるチャットの画面には、「訳が分からないね」という文字が浮かんでいた。その後に次のようなチャットが続き、それをべスターが読み上げる。
「DAPAのデータベースにアクセスした時、第五世代型アンドロイドの情報も閲覧した。他の世代にももちろん搭載しているけれど、第五世代にはファラ・アシモフが育てた最高級のAIが積まれている。
とくに要人の警護や破壊工作など、特殊な状況に対応することを望まれる第五世代型は、三原則を守りつつ、思考やパターンがある程度並列されつつも、同時に個体別に意識をある程度持っているらしい……もしかしたら、それがアナタの言う意志というものに当たるのかもしれない、だと」
映し出されている文字を読み切り、男は煙を吐きながらモニターに視線を戻した。近くに第五世代型が居るのだろう、アラン・スミスは階段でしばらく身をかがめて押し黙り――改めて移動を開始してから「少し脱線だが」と切り出した。
「三原則って、ロボットが人間に危害を加えてはならないってやつだろう? 今更だが、俺が襲われるのはおかしいんじゃないか? ちなみに、俺がサイボーグだからっていうのは無しだぜ」
「お前の言う三原則は、一世紀以上前に考案されたフィクションだ……もちろん、第四世代まではそのような三原則が搭載されているが、特殊工作を行う第五世代型は別だってことだろう……そうだよな、ハッカー?」
再び視線がチャットの方へと映されると、最初に「YES」の三文字が返され、続いて次のような文章が送られてきた。
「やはり、第五世代型に搭載されている三原則は、人間、という部分がDAPA職員、に切り替わっているらしいぞ。DAPAのデータベースに登録されている識別IDを所持している職員は、第五世代型の庇護対象になり、同時に攻撃も受けないと」
「はぁ……倫理観もくそもないね」
「あぁ、本来なら、こういうのは国際法や各国の法で規制しなければならないものだが……何せ、DAPA自身が最強の圧力団体だ。どうすることも出来なかったんだろう」
「しかし、そのプログラムは、上手く偽装すれば第五世代型の眼を欺くのに利用できるんじゃないか? DAPAのデータベースに端末情報を偽装して登録するとか……っと」
階段から通路へと移動していたアラン・スミスは、また別階のトイレの個室へと駆け込み息を潜ませた。しかし、僅かな物音を察知されてしまったのか、今度はトイレの扉が開かれ――流石にマズそうか、そう思った瞬間、再びトイレの扉が開く音が聞こえ、少ししてからアラン・スミスが大きく息を吐き出した。
「はぁ……何故去っていったんだ?」
「どうやら、ハッカーが監視カメラにダミー映像を流してくれたおかげで、そちらの巡回に行ってくれたようだな」
「なるほど……助かったぜ凄腕。しかし、なかなか上にいけないな。最終的にはエレベーターに乗らないといけないんだよな?」
「あぁ、最上部のファラ・アシモフのプライベートルームに続く階段は無いらしく、専用のエレベーターを使うのが必須ようだ」
「階段無しとか、建築基準法は無視かよ。まぁ、プライベートルームだし、こっそり作ったんだろうな。しかし、そのエレベーターの操作は凄腕に任せればいいんだよな?」
「あぁ。本来なら網膜認証か何かが必要だろうが、凄腕が何とかしてくれるだろう」
そう言ってべスターがポケット灰皿に吸殻を捨てるのと同じタイミングで、「あまり凄腕と連呼されるのも気恥ずかしいけれど、エレベータの方は任せてくれ」とチャットが送信されてきていた。
ともかく、そんな調子で徐々にだが、虎は摩天楼の上へと進んでいった。時には階段を上り、ハッカーの協力を借りて制限付きの昇降機を利用し、時には換気用のダクトを通って――潜入から一時間もする頃に、最上階へと向かうエレベーターの中へ入った。
「……ここまで来るのも大変だったが、大丈夫か?」
「問題ない……大分集中して頭は疲れたが、仕事を終えたら脱出するだけだからな」
「脱出の手順は覚えているか?」
「あぁ。最上階の防弾ガラスをADAMsで無理やり破って、隣のビルまでパラシュートで着陸すればいいんだよな……」
アラン・スミスの声色は段々と弱くなっていき、最後には「脱出が一番大変そうじゃねぇか……」と独りごちた。それと同時にエレベーターの扉が開き――気を引き締めなおしたのか、虎は音もなく室内へと潜入した。
虎が見上げたそこは、鳥かごを彷彿させるような空間だった。建物の最上部に付け加えられた円形の空間で、天井も丸く反り返っている。何より印象的なのは、その窓の反り返りに合わせて、人が通れないほどの鉄格子が伸びているのが、ケージという印象を際立たせる――その隙間には、下界の灯りが眩いせいで星こそ見えないものの、満月だけはガラス越しに鮮明に映し出されていた。
さて、改めて室内に視線が移る――護衛用の第五世代型が居ることを予想してか、アラン・スミスはエレベーターから降りる瞬間、投擲用のナイフを二本取り出していた。しかし、室内には第五世代型は居なかったらしく、虎は一旦緊張を解いた様子で室内を見回した。
室内の構造はいたってシンプルで、ほとんど物も置かれていない――違和感があるとするならば、パソコンなど研究に使うような機材が一切ないことか。
それどころか、タブレットなど通信に使えるような端末もほとんど存在しない。あるのは紙の本がぎっしりと取り揃えられている本棚が壁際にいくつか、後は中央にソファーやテーブルが置いてある他、室内の奥に巨大な丸いベッドが一つ置いてあるくらいだった。
「妙だな。これがファラ・アシモフの私室だというのか?」
アラン・スミスから共有される映像を見ながら、べスターが一人そう呟く――恐らく、虎もその違和感は持っているだろうが、ターゲットが居るかもしれない中で声を出すのを控えており、足音を立てずにアシモフが眠っているであろうベッドへと近づく。
投擲用のナイフを月光に煌めかせながらベッドの横に立ち――しかし虎はそれを投げずに仕舞ったようだった。
「おいアラン、どうしたんだ? まさか、ここまで来て、ターゲットを見逃すだなんてことは……」
「逆に質問だ。ファラ・アシモフって奴は小柄なのか?」
「いいや、女性としては背が高い方なはずだが……」
「それじゃあ……コイツは別人だぜ」
アラン・スミスは小さな声でそう言いながら、小さなシルエットが浮かんでいるベッドカバーを少しずらした。すると、そこにはくせ毛の十歳そこそこの女の子の寝顔があったのだった。