B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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鳥かごの中の少女

「……どういうことだ?」

 

 アラン・スミスから共有されている映像を見て、べスターはそう呟いた。恐らく会話で少女を起こさないためだろう、虎はベッドから離れて壁際へと移動した。

 

「それは俺が聞きたいぜ。四十代の女社長が寝ていると思ったら、まさか女の子が寝ているだなんてな。ファラ・アシモフに子供は居るのか?」

「ちょっと待て……いや、いないはずだ」

「本当か? 確か……そう、リーゼロッテ・ハインラインがローレンス・アシモフに対して、家族に向き合うべきと言っていたな。子供が居なかったら、奥さんに、とか言ったんじゃないか?」

「いや、正確には居た、というのが正しいか。グロリア・アシモフという子供が居たらしいんだが、五年前に身代金目当ての誘拐が為され、そのまま行方不明になっていたそうだ。しかし、犯人がその後どうなったかなど細かい情報はないな……」

 

 べスターは先日のファラ・アシモフに関する資料を繰り返し見ながらアラン・スミスの質問に答え、グロリアに関する記述を読み終えると煙草を一本取りだした。

 

「なんだかきな臭くなってきたな……しかし、写真で見たファラ・アシモフの面影が、どことなくあの子にもあるように見えるぜ」

 

 アランの言葉に対し、べスターは持っている書類を一度表紙に戻し、更に一枚をめくってファラ・アシモフの写真を眺める。自分から見ると、くせ毛の美人といった印象――恐らく美容にはそんなに執着していないのだろう、金持ちのわりにけばい印象は全くなく、しかし四十代と言うほど老けているようには見えないのは素材が良いおかげだろう。どことなく目つきが鋭く、白衣のおかげか利発そうな顔立ちがより聡明そうに映っている。

 

 オリジナルが言ったよう、本来のファラ・アシモフは――自分の知る彼女は落ち着いた老婆だったが、こちらは少々きつそうな印象を受ける――先ほど見た少女とどことなく目鼻立ちは似ているように思われる。更に言えば画面外のべスターが、グロリアは鳥かごに閉じ込められていたと以前に言っていたことを思い出す。そうなれば、恐らくベッドで眠っていた少女こそ、グロリア・アシモフで間違いなさそうだ。

 

 自分がそんな考察をしている傍らで、画面内のアラン・スミスが「それに」と話を続ける。

 

「仮にあの子がグロリアであろうとなかろうと、ここにファラ・アシモフが居ないのは確かだ。偽情報を掴まされたのか?」

「いや、彼女は私室に娘を招いていて、今は浴室か何かにいるという可能性も……」

「この部屋、見ただろう? 最新テクノロジーを研究している女社長の部屋には見えないな。強いて言えば、ここは……」

 

 牢獄だ、恐らくオリジナルはそう言いたかったのだろう。しかし最後まで言うことなく、オリジナルは言葉を切って振り返った。

 

「うぅん……ベディ?」

 

 虎の視線の先には、上半身を起こして眠気眼を手の甲で擦る少女の姿があった。室内から聞こえた音の気配を手繰っているのだろう、ボンヤリとしたままの眼で月明かりで照らされている室内をきょろきょろと見つめている。

 

「おいアラン、叫ばれては面倒だ。お前の信条は分かっているが、せめて気絶でもさせて……」

「あのな、こんな小さい子を気絶させるようなことをしたら後遺症の一つでも残るかもしれないだろう?」

 

 虎の返答が手がかりになったのだろう、少女は暗がりに侵入者を見つけたようだ。少女の視線は虎のアイカメラとぴたりと合う。しかしまだ頭が冴えていないおかげか、知らない者が室内にいることにたいしては驚きよりも、不思議という感情が勝っている表情を浮かべていた。

 

「残念ながら、俺はそのベティとやらではないな。ついでに、大人しくしてくれると大変助かるんだが……」

 

 オリジナルがゆっくりと交渉を切り出すと、徐々に意識が覚醒してきたのだろう、少女は警戒を深めて虎をじっと見つめてくる。

 

「アナタ、何者?」

「そうだな……季節外れのサンタクロース、とか言うのはどうだ?」

「何言ってるの。サンタクロースは赤い服を着たおじいさんよ。少なくとも、アナタみたいに変な仮面を被っている怪しい奴じゃないはずね」

「勝手に人の家に侵入するという点では大差ないと思うけどな」

 

 アラン・スミスの適当極まる返答に対して――周りからしてみると自分もこんな感じで話していたと思うと、ある意味恥ずかしくて眩暈がする心地になるが――少女は意外なほど真面目に対応してくれている。謎の侵入者への不信感よりも興味本位が勝っているらしく、何やら顎に手を当てて考え込み、そして何か思いついたのだろう、目を細めてしたり顔で口を開いた。

 

「ははぁ、分かった。アナタ、新しく私の世話用に送られてきた第四世代型ね? でも、あおいにくさま。私はベティ以外の世話係は認めないし……そうでなくとも、自分の身の回りのことは自分で出来るわ」

 

 そう言いながら少女はベッドの縁の縁に座り直し、足をぶらぶらさせながら改めてオリジナルの方をじろじろと見つめてくる。しかし、自らの言葉に彼女自身が違和感を覚えたのか、今度は訝しむ様な表情を浮かべた。

 

「でも、第四世代型は普通、人間と同じような外観をするわよね。何より、第四世代型があんなつまらないジョークを言うかしら?」

「つまらなくて悪かったな。ついでに、俺は第四世代型でもないぞ」

「それじゃあ、何だっていうの?」

「質問に質問を返すようで悪いが……君は一体何者だ?」

「私? アナタ、私を知らないの? 私はグロリア……ただのグロリアよ」

 

 グロリアと名乗った少女は、どことなく不機嫌な雰囲気だ。ただのグロリア、出会った当初に黒衣の剣士が自身を「ただのエル」と称していたことを思い出す――こういう表現をする時は、自身の素性を隠したいものなのだろうが、少女の場合は事情は少々異なるように思われた。

 

 ここに関しては、画面外の自分の方がこの時点のオリジナルより情報を持っている。グロリアは親との関係性が良好でないため、自身をアシモフの子と称すのが憚られたのだろう。

 

「グロリア・アシモフが生きていたとはな」

「あぁ……しかし、そうなると、俺は……」

 

 べスターからの通信に対し、アラン・スミスはそれだけ言って押し黙ってしまった。この時のオリジナルの心境としては次の様なものだろう――親を殺してしまった自分は、この子にどう向き合えばいいのか。

 

 確かに、ローレンス・アシモフは娘を放って不倫をしていたのも確かだし、こんな場所に娘を幽閉するのも肯定していたのだから、良い親でなかったのは確かだ。しかし、善悪を差し引いても、やはり誰かの命を――人の子の親を奪って良いことにはならない。

 

 さらに言えば、オリジナルは彼女の父だけでなく、母までも亡き者にしようとこの摩天楼に臨んだのだ。結果的には一万年後もファラ・アシモフは存命であったのだから、オリジナルは彼女の両親までを奪うという残虐を行わずには済んだわけだが、それでも殺意を持って――仕事という側面もあるので、ある種事務的でもあるが――この鳥かごに来たのは間違いないのだから。

 

「ちょっとアナタ変よ? 何かぶつくさと言ってると思ったら、急に押し黙って……」

 

 虎が伏し目がちに見ていた少女は、不思議そうに小首を傾げながらそう言った。しかし声をかけても反応が無いことに腹を立てたのか――というより、仮面から言葉を引き出そうと思っているのだろう、グロリアは悪戯な笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「……大きな声を出すわよ?」

「おっと。それは勘弁して欲しいな」

「なるほど……大声を出されては困る、つまりアナタは不法侵入者ね?」

 

 不法侵入の不審者に対する態度としては、グロリアの口調は柔らかい。雰囲気は母親譲りなのか聡明そうで、難しい言葉も平然と使っている――なんとなくだが、出会った当初ソフィアに雰囲気が近いようにも思われた。

 

 とはいえ、やはりソフィアとの違いもある。ソフィアは大人に囲まれて生きてきたので大人向けの対応を熟知していたのに対し、グロリアは大人に対する対応が年相応というか、無邪気で幼いように見える。きっとこの辺りは、環境の違いだろう――恐らくグロリアは、あまり人と接点を持たずに生活をしてきたのだろうから。

 

「でも、ここに来られる不法侵入者なんて大したものよ。誇っていいと思う……」

 

 グロリアはなんだか少し楽しそうにそこまで言って、何か思うところがあったのか、口元に指を置いて何か考え事をし始めた。そして両の手をぽん、と叩いて、可愛らしくも生意気そうな笑顔を浮かべた。

 

「ねぇサンタさん。ここから私を連れ出してくれない?」

「……はぁ?」

「ここまで忍び込める腕があるんなら、私を連れ出すことだってできるでしょう?」

「待て、待て待て待て……」

「うぅん、何か報酬が無いとダメかしらね? でも、私に払える物は何もないし……」

 

 グロリアは一瞬困ったような表情を浮かべて天を仰ぐ――するとまたすぐに何か閃いたのか、再び手を叩いて後、左手の人差し指で天井を指した。

 

「それなら、あの天井を壊してくれるだけでも良いわ! そうすれば、私も勝手に脱出するから!」

「あのな、そういう問題じゃないだろう……というか、話が飛躍しすぎだ。お前みたいな小さい子を連れ出せるわけがない」

「だから、連れ出してくれなくっても良い。アナタはあの耐熱ガラスを破壊するだけで良いの。私はこの檻を抜け出して、自由になりたいんだけなんだから」

 

 グロリアは言葉を切って立ち上がり、ベッドの横に置いてあった靴を履いて室内を歩き始める。薄手の寝間着から覗く手足が月明かりに照らされて青白く輝き――その細い四肢を見るだけで、普段から彼女が運動もしていないし、外にも出ていないのだろうと推測された。

 

「ママもパパも、私のことが嫌いなのよ。だから会いに来てもくれないし、私をこんな場所に押し込んで……それだけじゃないわ。たくさん注射を打たれて、変なテストをたくさんやらされて……」

 

 少女は部屋の中央まで移動し、憂い顔で机の表面を指先でなぞった。

 

「テストを頑張れば職員の人は褒めてくれるけど、全然本心なんかじゃないんだから。大人たちはみんな機械みたい……うぅん、もっとひどい。私を実験の道具として使ってるの」

「俺だって、君から見たら大人だ」

「えぇ、そうね……でも、サンタクロースなんでしょう? サンタクロースは子供の味方。最後に来たのは五歳の時だから、八年分をうんと奮発してもらわなきゃ」

 

 先ほどの悲し気な表情はどこへやら、グロリアは悪戯な笑顔を浮かべながら虎の方を見た。利発そうな彼女のことだ、サンタクロースなどが本当にいる訳でないことは承知の上だろうが――その上で身の上話をし、オリジナルのジョークを逆手に取って、断りにくい状況を創り出したのだろう。

 

「良い子に希望をふりまく代わりに、悪い大人に死をふりまくと考えれば、お前さんはサンタクロースと正反対な存在なわけだが……ともかく、口は災いの元だな」

 

 べスターの皮肉たっぷりの言葉に対し、アラン・スミスはグロリアから視線を外し、小さな声で答え始める。

 

「あぁ、あんまり適当なことを言うべきじゃないな……しかしどうする?」

「それはグロリアの処遇についてか? それとも、ファラ・アシモフの暗殺についてか?」

「両方だ……流石にこんなことは予想していなかったからな」

「行方不明と偽装して、グロリアを秘密裏にこんなところに幽閉していた理由は気になるが……オレ達は児童相談所じゃないんだ。そうなれば、アシモフの暗殺が優先だ」

「とはいえ、どこにいるかも分からないんだぞ? そもそも、この建物内に居ないことだって考えられる」

「そうだな。ともかく、そこから離れるんだ、あんまり一か所に長居をしていると……」

 

 べスターが話をしている途中で、虎のいる部屋の様相が変わり始める。天井を走っていた金属の柱からシャッターが飛び出て、天窓をすっぽりと覆ってしまったのだ。それと同時に照明が着くと、部屋の中が一気に明るくなり――エレベーターの扉が開き、そこから姿を現している第五世代型アンドロイド達が五体ほど部屋に押し入り、銃口を虎の方へと向けてきたのだった。

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