B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
宿に荷物を自分の個室に下ろして、今度は大部屋でクラウの調剤用具の整理に付き合わされて、落ち着いたのが正午過ぎ。ソフィアの提案で、今日は簡易な調査をすることになった。
簡易と言っても、移動距離が短いというだけ。特に重要な箇所である城壁の結界、それが弱まっていていた原因の調査だ。そのため、現在は四人で城壁の外まで来ている。
外壁の周りではすでに軍の調査が行われているのか、所々に甲冑と白いコートの連中が点々といる。そのせいか、行く先々で敬礼をされる――もちろん、ソフィアに対してなのだが。
「レオ曹長、何かあったかな?」
「いえ、特には……」
「うーん、そうだよね……何か、なんて漠然と言われても、探しようもないと思う。私のほうでも色々探ってみるから、具体的になってきたらまたお願いするね。後、例のもの、よろしくお願い」
「はっ」
近くにいた兵たちが、みな一様に少女に敬礼をするのを見て、なんだかこちらも気持ちが大きくなった気がする。これこそ虎の威を借る狐というやつか、気分がいい――いや、少女の威を借りて大きな顔をしているのは、人としてどうなのだろうか。ふと、レオ曹長から腕をグイっと引っ張られる。見れば、ソフィアたちは移動を開始していた。
「……エルとクラウディア・アリギエーリはさておき、オレはお前を認めてるわけじゃないからな」
それはそうだ、記憶喪失で一時期拘留されていた不審者が、軍のお偉いさんと一緒に悠々といるのもおかしな話。逆の立場なら、自分だって納得していないだろう。だが、こちらだってそれなりの覚悟はしている訳で、少しムキになって言い返そうとした瞬間、掴まれていた腕が離された。
「だが、あの夜、誰よりも早く駆けだしたのはお前……ソフィア准将を守ってくれて、感謝している。我々は、彼女に対して、おっかなびっくりに接することしかできなかった……だから……」
「……あぁ、アンタにもそのうち認められるように、なんとか頑張るさ」
そう言い返すと、男は歯をむき出しにしながら笑った。
「はっ、てめぇがおっちぬのが先じゃなければいいがな」
「嫌な奴だなぁ……ま、見回りご苦労さんってことで」
適当に砕けた敬礼を返し、背中で「けっ」という悪態を受け止めながら、ソフィアたちを追い、横に並んだ。
「レオ曹長とお話ししてたの?」
「あぁ、ちょっと仲良くなってきた」
「そっかぁ、それなら良かった! 軍のみんな、アランさんのことを話すと渋い顔をしてたから、ちょっと心配してたんだ」
「ははは……ところで、城塞の結界ってのはアレのことでいいのか?」
こちらが指を刺した先には、堀に立っている街灯のようなものがある。今のところ、静かに輝いているようで、問題はなさそうだが。
「はい、アレですね」
「うーん……ちなみに、人為的に結界を弱めるっていうのは可能なのか?」
「それは、クラウさんからお話ししたほうが良いかな?」
ソフィアがクラウのほうを見ると、「そうですね、プロですから」と言いながら、クラウが一歩前に立った。
「おぅ、よろしく頼むぞ、プロ」
「ぬぐ、そう煽られるとなんか答えにくいですね……まぁ、結論を言えば可能です。城壁を囲う結界は、魔術と魔獣の侵入を防ぐためのものです。簡単に破壊するなら、相応の魔術をぶつければいいですが……」
「そんなことは出来ないだろ、上に見張りがいるんだ」
そう言いながら、城壁の上を見つめてみる。確かに、灯台元暗しとは言えど、下で何か派手なアクションの一つでもあれば見張りが気付くはずだ。
「はい、そうですね。あともう一つは、結界をぶつけることです。波紋のような物を想定してもらえば分かりやすいですが……ある結界に同質の結界をぶつければ、対消滅します。これだと、魔術と比べればかなり静かに、ひっそりと結界を弱めることは可能と思いますね」
「なるほど。それなら堀の中に立ってる結界に対しても、少し離れたところからでも作用できそうだな」
そこまで言うと、一番奥にいるエルが話し出す。
「仮にクラウの言った方法で弱められたとして、間者がどうやってこの城塞の麓まで来たか……見たらわかるけれど、城塞の外はかなり見晴らしが良い。もちろん、夜の闇に紛れて近づけなくもないとは思うけれど……」
「……まぁ、あんまり現実的じゃないな」
「えぇ、一か所ならまだしも、複数個所やられているとなるとね。あまり下でのんびりしていたら流石に上の衛兵に気付かれるリスクも上がる。そう考えれば、実行犯は一人ではない……多分、複数人いる。それらが一人も気付かれずに、この平野を抜けてこれるとは、ちょっと考えにくいわね」
「あんまり想定したくないが……」
街の中にいる者の犯行、という前に、ソフィアが彼女自身の口元に指を置いているのが見えた。確かに、確証もないのに下手なことをいうものでもない――と、言葉は引っ込めたが、ソフィアはこれから俺が何を言うか、分かっていたのだろうか?
「あー! ジャンヌさん!」
こちらがソフィアの真意について考えている側で、クラウが大きな声を出した。確かに奥を見ると、ジャンヌを筆頭に複数人の聖職者たちが、堀の間に板を置いて結界の側で作業しているのが見える。向こうもこちらに気付いたようで、ジャンヌは周りに指示を出して、こちらに近づいてくる。
「朝ぶりね、クラウ。新しい宿は決まった?」
「はい! ジャンヌさんのおすすめの場所が良い感じで、そこに決めました!」
「そう、それなら良かった」
ジャンヌはクラウに向けて笑って後、すぐにソフィアに向き直って敬礼をした。
「ソフィア准将、結界の修復のほうは順調です」
「はい、ありがとうございます、ジャンヌさん」
「それで、軍の方の調査で、何か分かりましたか?」
ジャンヌの質問に、ソフィアは小さく首を振る。
「すいません、こちらでは何も……でも、どうでしょう。修復していて、人為的に弱められていたという感じはありますか?」
「こちらも何とも。確かに、准将の言うように、あまりに一斉に弱まっているのは確かですから。何者かが手を加えた、と考えるほうが自然のように思われます。とくにこの辺りの結界は、先月入れ替えたばかりですから……自然に消耗した、はちょっと考えにくいですね」
「そうですよね……」
しばらく口元に手を当てながら考え込むソフィアに対し、ジャンヌは覗き込むような姿勢で声をかける。
「……仮に人為的に消耗させられていたとして、どのように実行されたとお考えで?」
「そうですね。一応ほぼあり得ないことを言えば、かなり遠隔で結界を弱める手段があるならそれかと。ちなみに、ジャンヌさんからしたら、そういう方法ってご存じですか?」
「やるとするなら、遠距離からの魔術で消耗させるでしょうけれど……それだと、見張りにバレますよね。それ以外の方法は思い浮かびません」
「私もそうです、なので超遠距離からの操作はあり得ないとします。そうなれば、近距離というか、上の見張りを搔い潜って弱めた訳ですが……」
まさか、ソフィアにはある程度の目星は着いているという事か――この場にいる全員が、少女の次の句を、緊張した面持ちで見つめている。
「……実行犯が堀のそばの地面から生えてきたら、可能かもしれませんね?」
すごくいい笑顔で言い切ったソフィアに対して、こちらとしては脱力してしまう。
「いやソフィア、地面から生えるって、それこそ遠距離から魔術で剥がすと同じくらいの理論の飛躍じゃないか?」
「えへへ、そうだよね……だから、現状だと全く分からないってことで.」
そう言って笑うソフィアに対しては、なんとなくだが違和感があった。本当に分からないなら、もっと申し訳なさそうにする子な気もするが――まぁ、緑の頭の奴とかが適当なので、それが少し移ってきただけかもしれない。
「ともかく、ジャンヌさん、修復のほうをお願いしますね」
「はい、准将。お任せください。何かわかりましたら、私にも共有してくださいね」
二人の金の髪が深々と下がり、その場を後にすることになった。
結局、その日はなんの成果も得られないままに宿に戻ることになった。すでに時刻は夜の九時、今は大部屋に一同集まっている形だ。
「……しかし、昼のアレは驚いたな」
「うん? 昼のアレ?」
ベッドの上でカップを持ったまま、ソフィアが首を傾げた。
「いや、地面から生えてくるとか、ソフィアがあんな冗談を言うなんて予想外というか」
「……うん、アレね。冗談じゃないんだよ。レヴァルの街が、今のような形になったのは、第三回の魔王討伐の時から……城塞が完成するまでは、魔族や魔獣の侵攻は、今より厳しかったと言われてるの。だから、退路や補給路の確保が必要だったんだよ」
「うん……? 意図が分からないんだが……」
言いたいことが分からずに聞き返すと、少女が答える前にエルが身を乗り出した。
「……地下通路?」
「うん、エルさん。このレヴァルには、使われなくなった広大な地下通路があるはずなんだ。そしてそれは、完成当時はちょうど、城塞の外まで繋がるように設計されていたと思う」
そこまで言って、ソフィアがこちらを振り向き、小さな声で続ける。
「アランさん、今日お外で、街の中の人が実行犯なんじゃないかって言おうとしたよね? アレを止めたのは、どこで聞かれているか分からないから……最悪の場合、教会や軍の中に、内通者がいる可能性も考えないといけないから」
なるほど、それならあの時のソフィアの態度も納得だ。しかし、内通者か――自分はレヴァルに来たばかりだし、人もあまり知らないが、一応知っている範囲で色々と考えてみるが――。
「……なぁ、自分で言うべきじゃないとも思うんだがな。内通者と言えば、俺はかなり怪しくないか?」
唐突に、記憶喪失と言いながらレヴァルに現れた自分。もちろん記憶喪失は本当だし、心当たりも全くないのだが、傍から見ればかなり怪しいのは間違いない。こちらの言ったことがあまりにも妙に的を射ていたせいか、エルなど飲みかけていたコーヒーでむせそうになっている。
対して、ソフィアは小さく首を振った。
「うぅん。アランさんは怪しくないよ。間者としてレヴァルに入り込むのに、わざわざ記憶喪失のふりをする必要がないし、街の結界が弱まった時に、アランさんとエルさん、それにクラウさんはハイデルの詰所に泊っていたはず。それに、もしあの龍を送り込む気だったのなら……」
「……まぁ、討伐に協力することはないわな。あんなデカい奴、逃げる振りして放置したって、違和感も持たれない」
「だから、ここにいる三人は、みんな大丈夫と思って話してる。ともかく、地下通路を使って堀のすぐ近く、城壁の根元に出られれば、見張りにバレずに結界を弱めることは可能なはず。
今、軍で信頼できる人に、地下通路の地図を探してもらってるから。それが入手出来たら地下を調査してみよう。もちろん、地下通路を使ったって可能性があるだけで、他の可能性もあるし、仮に犯人が使ってたとしても、もうもぬけの殻かもしれないけれど……」
「いや、確かにソフィアの言う地下通路を使っている可能性はありそうだな。ともかく、地図が手に入ったら行ってみよう。そこに手がかりが無かったら、また別の所を探せばいいさ」
「うん! アランさん、エルさん、頑張ろうね」
少女にエルと二人で頷き返した直後、後ろの机の方から「できたー!」という声が聞こえた。先ほどから何やらガチャガチャと音がしていたが、その音の正体はクラウで、何やら調合をしていたようだった。
「うぉ、夜に大きい声を出すなよ」
「あぁ、ごめんなさい。それでアラン君、ちょっと来てください」
手招きされて机の方へと移動する――すでに机の上はフラスコやらハサミやら、クラウが持ってきた道具でいっぱいになっている。近づくと、薬品の刺激臭が鼻をツンと刺し、こちらはまず、話を聞く前にベランダへの出窓を開け、改めてクラウのほうへと近づいた。
「それで、何が出来たっていうんだ?」
「ふっふー。アラン君のために特別に作ったんですよ? 感謝してください……まずはこれです」
言いながら、クラウは右手に一つの小瓶をつまんでいる。瓶自体の色が深い茶色で中身は不明だが、なぜかラベルに髑髏マークが書かれているせいで、禍々しいものだとは一発で分かった。
「えぇっと……毒薬?」
「はい、そうです。アラン君、武器が短刀とか投げナイフじゃないですか。その攻撃力の低さを、これで補おうってことですね」
「うわっ……なんかセコイというか、エグいと言うか……」
口には出さないが、こんなものを作っていたら教会追放もやむなしな気もする。というか、ますます自分の暗殺者ムーブに拍車がかかってしまうのも嫌なのだが――クラウはこちらの反応の悪さに、ちっちと指を振って応える。
「甘いこと言ってらんないですよ? 何が相手になるとも限らんのですから」
「まぁ、確かにな……これは、短剣に塗って使えばいいのか?」
クラウから小瓶を受け取って、改めて目線の高さに瓶を持ってみる。
「はい、その想定です。一滴でオーク程度なら一瞬で麻痺して、数分後には死に至る程度の毒ですので、投げたりする前に先端にちょこっと漬ければOKです」
そう言われた瞬間、目の前にある瓶の禍々しさが更に上がった。毒薬から目線を逸らすと、もう一つ、今度は緑の小瓶が差し出されていた。
「一応、その毒の解毒剤も。誤って触れてしまったら、患部にこれを垂らしてください、中和できますから」
「あぁ、サンキューな」
「次にこれ、聖水です。こちら、私の祈り純度百パーセントのご利益のある一品ですよ!」
「お前の祈り百パーセントって、めっちゃ雑念が入ってそうだけどな」
「つーん。いいから受け取ってください。アンデット相手とかに特攻入りますから」
唇を尖らせながら、クラウは青色の瓶を差し出してきた。しかし、これは毒薬に比べれば安心感もあるし、ありがたく受け取ることにする。
「あぁ、ありがとう。これも塗って使えばいいか?」
「投擲なら、ですかね。近距離なら、そのまま掛けても効果はあるはずですよ」
「了解だ。ちなみに、タダでもらっていいのか?」
「うーん、そうですねぇ……今回は押し付けた形ですし、タダでいいですよ。もし今後作って欲しい物とかありましたら、それは材料費と手間賃はいただきたいです」
「分かった。それじゃあ、これらはひとまずありがたく使わせもらうよ」
そう言いながら、ひとまずポケットに受け取った瓶を忍ばせる。一応、毒薬など敵の攻撃を受けて割れたマズいし、専用の箱とか用意したほうがいいかもしれない。
ともかく、最初こそとんでもないものを渡された気になったが、彼女なりに自分を気遣ってくれた訳だし、ここは素直に彼女を賞賛することにする。
「でも凄いな。神聖魔法に体術、それに調合まで」
「ふっふーん、今更気付きましたか? 私の凄さに!」
「あぁ、素直に凄いと思う」
「なっ……!? な、なんだかアラン君にそう素直に褒められる、調子が狂いますねぇ……」
普段通り、ぞんざいな感じの突っ込みが入ると予想していたせいだろう、クラウはこちらの素直な賞賛がむずがゆいのか、頬をかいて照れているようだった。なるほど、押してダメなら引いてみろ、いやクラウの場合は引いて駄目なら押してみろだったのかもしれない。
「んーむむむ……! その、弱点見つけた、みたいな顔を止めてください!」
「あはは、悪い悪い。でも、気を使ってくれてありがとうな」
「まったく……はい、存分に使ってくださいね。もったいぶるだけ、命の危険はあると思ってください。使ったものは、また揃えればいいだけですから」
最後のほうは、クラウも真剣な表情になっていた。彼女の言っていることは恐らく正しい――ソフィアもそうだったが、強い者は出しどころを惜しまない。同時に、切り札も持っている。これが強さの秘訣なのだろう。
「エルさんもソフィアちゃんも、何か入用でしたら相談してみてください。機械系はまだ苦手ですけど、薬剤系は色々作れると思うので」
二人が頷いたのを見て話もひと段落、時計を見れば良い時間になってきている。あんまり夜分遅くまで男の自分が居ると、彼女らが寝る準備に入れないだろう。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ退散するよ」
「はい、アランさん。また明日!」
ソフィアの笑顔に見送られて、大部屋を後にする。自分の部屋は四階の大部屋の隣なので、移動も楽ちんだ。
さて、寝る準備も一通り終わり、壁に掛けられている時計を見ると午後十一時になっていた。寝るにはまだ少し早いが、特にやることもない、いつ体力を使うかも分からないのだし、さっさと布団に入ることにするか。机の上の灯りを消すと、光源は窓から差し込む月明かりのみになる。
布団に入って目を閉じるが、今日はそんなに動くこともなかったので眠くならない――いや、クラウに重い荷物を持たされたが。考えてみれば、調合した薬は、そのちょっとした彼女なりのお礼だったのかもしれない。
しかしなかなか眠れず、ベッドからゆっくり起き上がり、少し窓の側に椅子を置いて外を眺める――四階のここからなら街がある程度は見渡せる。とは言っても、辺りは暗く、近隣の屋根が黒く並んでいるのが見えるだけなのだが。
どれほど外を眺めていたか。なんとなくボーっと眺めていただけなのだが、気が付けば午前零時を三十分ほど超えていた。隣の部屋からの灯りが無いのを見るに、すでに全員寝たのだろう、少しボーっとしてたおかげか眠気も出てきた。
さて、今度こそ寝るか――そう思ってベッドに入った矢先、違和感を耳が感じ取った。何か、羽ばたいるような音――それが、殺気とともにこちらに向かってきている。
俺はベッドから跳ね上がり、武器の仕込んである外套を着こんで部屋から飛び出した。