B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
取り囲んできたアンドロイドの数から鑑みれば、ADAMsを使えば切り抜けることは可能だろうが――アラン・スミスは抵抗を示さなかった。その理由は恐らく、アンドロイドの構える射線上にグロリアが居るからだろう。
「おい、これは何の冗談だ?」
「知らないわ! 私がやったんじゃない……そう、ママよ、ママがやったんだわ!」
グロリアが半狂乱気味にそう叫ぶのに合わせ、天井のプロジェクターから光が部屋の壁に向けて照射され――そこには二人の人物が映し出されていた。左下に小さく映って神妙な表情を浮かべているのはファラ・アシモフ、そして画面の大部分を占有している男性が、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「ようこそ、タイガーマスク。そして始めまして……私のことは知っているかな?」
「デイビット・クラーク……」
「自己紹介の手間が省けられそうで良かったよ。さて、私のことだけ知られているというのは不公平だ。ぜひ君も自己紹介をしてくれないかね?」
「ご存じタイガーマスクだ。それ以上でもそれ以下でもないぜ」
「少なくとも相当肝は座っているようだ。まぁ、そうでなくては、こんな所に単身で潜入などしてこないか」
デイビット・クラークは高そうな椅子に背を預け、楽しそうに手を数回叩き合わせた。彼の背後にある窓からは陽光が差し込んでいるのを見るに、彼が星の反対側にいるのは間違いなさそうだ。
クラークはしばらくの間、品定めをするようにオリジナルを見つめ――対する虎は何も答えなかった。このままでは埒が明かないと判断したのだろう、クラークは身を乗り出して、机で頬杖をつきながら口を開いた。
「そのうち、君がアシモフ・ロボテクスカンパニーに乗り込んでくることは予想していたのだ。それ故、偽りの情報を流しておいたのだよ。この最上階の鳥かごが、アシモフ君の私室であるとね」
「なんでそんな回りくどいことをしたんだ?」
「こうやって、君とゆっくり話すためさ。さて……」
「……いや、待て。お前らはグロリアを幽閉しているこの場所に、敢えて俺をここに誘導したってことか?」
もしオリジナルの質問の内容が真実だとすれば、事態はかなり悪辣と言わざるを得ないだろう。一言で言えば、布団を被って眠っていたグロリアは、虎にそのまま暗殺されてもおかしくなかったはずだ。そうなれば、子供を餌に――もちろん、元からここはグロリアの檻なのであり、ACOの調査不足という側面もあるのだが――虎を招き入れたというのは、いい大人達が画策するにはあまりに酷いやり方ように思われた。
オリジナルもそう思ったのだろう、声にはどことなく怒りがある。虎の質問に対し、クラークよりも先に反応したのは人工の灯りの下にいるファラ・アシモフだった。とはいえ、何かを言ったわけではない――彼女は肩を揺らして目を伏せ、オリジナルと同じくモニターの方を見ているグロリアから眼を逸らしているようだった。
そして娘と向き合うことを避けている母に変わって、クラークが「うむ」と頷いた。
「アシモフ君の了承は得ている。グロリアは確かに優秀な被検体だが……私から見ればその子が居るせいで、アシモフ君がのびのびと働けていない様に見えたからね。DAPAの総合的なパフォーマンスを考えれば、まぁそこで惨劇が起こることは問題ないと思っていた。
そして君がグロリアとゆっくり話しているうちに、こうやって色々と準備が出来たというわけだが……」
「それなら、テメェらと話すことなんかないぜ」
「ははは、成程……射線上に居るグロリアの心配を、君が親に代わってしているというわけか。ちょうどいい、この状況は使わせてもらうよ」
乾いた笑いを浮かべてからクラークが手を上げると、エレベーターの前に居る第五世代たちは射線にグロリアが確実に入るように移動し、改めて銃を構えなおした。それに対し、アラン・スミスは舌打ちをしながら両手を上げ、クラークは満足そうに頷いた。
「君を招いたのは他でもない、スカウトのためだ」
「はぁ? 正気か?」
「あぁ、正気だとも……君はこんな風に考えている。組織の幹部を暗殺して周った自分をスカウトするなどあり得ないと。だが、私から言わせてもらえば、君がターゲットにしたのは社歴だけ長くて融通の利かない、しかし無駄に政治だけは上手くしぶとく生き残っている、取るに足らない存在だった。
何より、暗殺されるなど自己管理が出来ていない証拠だ。むしろ人員整理が出来て感謝しているくらいだよ」
そこでクラークは手元の端末を操作し、宙に浮かんでいるスクリーンをスワイプしながら眺めながら話を続ける。
「君の経歴に合致しそうな者をくまなく探してみたのだが……軍人、警察関係者、裏社会の者など、いずれも合致するものは無かった。我々からしてみたら、君は本当に急に現れた正体不明の猛獣だよ。
だが、それ故に興味がある。第五世代型を感知する未知の能力と、ここまで潜入できるその技術の持ち主は、是非とも手元に置いておきたい」
偉丈夫が指を横に流すと、彼の手元に浮かんでいたスクリーンが消え――デイビット・クラークは再びカメラを見つめて、歳のわりに並びの良い白い歯を見せながら不敵に笑った。
「資本主義はいいぞ、単純明快だ。もちろん、ACOを裏切ることになれば、危険も伴うだろうが……君の体に仕込まれているであろう危険物質を取り除くことにも協力するし、今以上の報酬を出すと約束しよう。
それに、宮仕えというのは、不必要になれば君自身が消されかねないリスクもある訳だ。対して企業に所属すれば、成果を出し続ける限り首をきられることもない。そして君には、それだけの実力があると確信している」
「魅力的な提案だな……だが、人をスカウトしようってなら敬意が必要じゃないか? 星の反対側で偉そうにふんぞり返ってる奴の言うことを聞く気はないね」
「それなら、直接出向けば良いのかな?」
「あぁ、出来るもんならな」
偉丈夫は不敵に「成程」と頷くと、スクリーンから忽然と姿を消した。そこで一瞬、虎のアイカメラが動揺したように一瞬揺れ――画面が一気に切り替わると、アラン・スミスが振りかぶった高周波ブレードをデイビット・クラークが指で掴んで止めているのが映し出された。
「なっ……!?」
「ははは! 素晴らしい、どんな気配にも敏感なようだな、君は!」
異常な事態に体制を立て直そうとしたのか、アラン・スミスは偉丈夫に握られているナイフを手放して後ろへと跳んだ。それに合わせてクラークの姿もまた忽然と消え――同時に第五世代達がアラン・スミスを狙いなおすために銃を構えなおす音が聞こえた。
そして再びスピーカーから「さて」という声が響くと、いつの間にかクラークは元居た椅子の上で虎から奪った高周波ブレードを眺めていた。
「本当は紳士的に挨拶をしようと思ったのだが、まさかこんな物で歓迎されるとは思っていなくてね。とんぼ返りで失礼するよ」
「……トリックに決まってる」
「まぁ、そう思うのは無理もないが……成程、カメラから忽然と消えるくらいは、君たちのハッカーと同じように映像を改竄すればいいだけだ。だが、君なら分かるはずだ。その室内に急に気配が一つ増え、そして今は無くなっているということを」
不敵に笑うクラークに対し、アラン・スミスは押し黙ってしまう。画面外にいる自分には気配は分からないが、虎の沈黙こそが男の言っていることを事実だと証拠づけているように思われた。
固唾を呑んで状況を見ていたべスターは、場の膠着状態を見て次第に冷静さを取り戻してきたのだろう、ヘッドフォンのマイクを口に近づけて「あり得ないと思うが……」と小さな声で切り出す。
「オレ達の常識を超えるような何かが存在していることは確からしい。実際、国際機関の中には念動力の使い手が居ると聞いているし、DAPAは超能力開発をしているというのも事実だ」
「まさか、本当に瞬間移動をしたってのか……?」
返答するのに合わせて、オリジナルはスクリーンをじっと見つめる――そこに映っている男は持っていたブレードを後ろへと放り投げ、楽し気に眼を細めながら虎を見つめ返していた。
「さぁ、君が言った通りに直接出向いたぞ?」
「俺は敬意が足りないって言ったんだぜ」
「突然切りかかってきた君に言われる筋合いは無いと思うがね。しかし、今ので確信したよ。君の能力は素晴らしい……そして、敵対すれば私の最大の脅威になりうると」
笑っていた男は組んでいる手で口元を隠し、今度は鋭い目つきで虎を見つめた。その眼光から見える意志の強さは、自分の知る中ではブラッドベリと匹敵するか、ある種それ以上のものだ。
そして、同時に直感する――自分はこの男とは相容れないと。それは言語化できないただの感覚にしか過ぎないのだが、きっとオリジナルも同様に思っているはずだ。その証拠に、普通ならすくんでしまいそうな恐ろしい眼光に対し、虎は一歩も引かずに対峙しているのだから。
「随分と評価されているようで恐縮だが……一つ聞きたい」
「なんだね?」
「ここ数年の間で世界各地で起こっている、自動車や公共交通機関の事故。アレはお前らの仕込みか?」
そこでクラークは手から顔を離し、つまらなそうに嘆息を一つ漏らした。
「なんだ、そんなことか……まぁ、疑うのも無理はないね。それらを制御しているのは我々なのだから。だが、仮にそうだと答えとして、君はどうするかね?」
「そんなことをしている理由を教えろ」
「それはトップシークレットだ。それも組織外の人間はおろか、君が消してきた幹部の中にすら知らない者が居るレベルのね」
「つまり、やったことは否定しないんだな」
「君は恐ろしく勘が鋭そうだ。こう見えてそこそこ長く生きているから、化かし合いも得意だとは自負しているが……君は嘘を言って納得するタイプでもあるまい」
そこでクラークは言葉を切って立ち上がり、手を背中で組みながら、窓の方へとゆっくりと歩き始めた。
「人類は、現在大きな選択を迫られているのだよ。進化に関する永久の袋小路に彷徨うことになるか、絶対の進化を成し遂げ万物を超える存在になるか。
そして、民主主義的な話し合いで纏め上げるなどという悠長なことはしていられないほど、タイムリミットは差し迫っているのだ」
自分はチェンたちから情報を共有されているから、クラークの言わんとすることは理解できる――旧人類が永久に三次元の檻から出られなくなることを進化の袋小路と表現し、高次元存在を降ろすことを絶対の進化と称しているのだろう。
偉丈夫は背を向けたまま、ただ太陽を見つめながら話しを続ける――その様子は、まるで地になど興味はなく、ただ天にだけ価値があるという雰囲気だ。
「私は運命の奴隷になどなるつもりはない。そして、これは私個人の願望ではない……定めに抗おうとする強い意志を持つものは、みな潜在的に持っている願いであるはずだ。私はそういった優秀で、未来ある人々のため、苛烈な決断をしたに過ぎないのだよ」
「言っていることの意味は全然分からないが、つまり……そのために誰かが犠牲になることは問題じゃないってことか?」
アラン・スミスの質問に対し、クラークはやっと振り返り、一点の迷いもなく頷き、机に戻って再び深く椅子に腰かけた。
「そういうことだ。私は運命を切り開こうという強者を愛するが、口を開けながら空を見上げて施しを待つ弱者は淘汰されればいいと思っている。私の言う人類に前者は含まれるが、後者は含まれない……弱き者はただの乞食であり、知的生命体と呼べないからだ」
「そうかい……それなら、俺の答えはこれだ!」
虎は咆哮と共に投擲用のナイフを取り出し、それをスクリーンに向けて投げ出した。その軌道は寸分の狂いもなく男の額を捉え――しかし実際に当たる訳でもないのに、デイビット・クラークは首を傾け、襲い掛かる凶刃を躱した。
「逆に聞いても良いかね? どうして君は国際機関の犬になどなり下がっているのか……」
「なり下がっているつもりはないし、ただの成り行きだが……少なくとも、お前に着いて行くよりはマシだと確信したよ」
オリジナルの意見には、全く自分も同意だった。先ほど言語化出来なかった部分が、今なら少し説明できる――この男は強すぎるが故、虎とは相容れないのだろうと。
強いというのは、物理的な意味合いではない。もちろん、先ほどナイフを受け止めた体さばきに、投擲ナイフを躱す反射神経まで備えているのだから、肉体が強いのはもちろんだが――更に恐ろしいのは意志の強さだ。
今まで自分が対峙してきた者たちは、もっと人間臭かったように思う。それは、肉体という器のもつ生物の本能と、魂の持つ理性とが衝突し合った結果、生じた自己矛盾を解消するために出る迷いや弱さが垣間見えていたとも言える。
しかし、この男にはそれがない。迷いも弱さもなく、ただ自分の意志こそが正義であるということに疑いもない。それ故に迷いなく弱者を踏みにじることが出来る――そう言ったある種の冷酷さと強靭さがあるのだ。
これがDAPAの創始者にして、カリスマ――運命の抵抗者。この男が存命していたら、多種多様な人間世界は終わりを告げるだろう。原初の虎はこの男を最終的に倒した、その顛末を知っていてなお、この男を放置してはならないと自分の本能が告げていた。
対してクラークは、勧誘が上手くいかなったことにため息を吐き、ナイフを避けたまま頬杖をついて話を続ける。
「解せないね……政府など、民主主義という名の元に、偽りの自由と平等を振りかざし、既得権益の温床となり下がっている腐った存在だというのに……まぁ良い。どのみち袋の鼠だ。天井を覆うシャッターは、君が音速でぶつかっても破られない規格になっているからね。もう少し交渉を続けてみて、手なずけられなさそうなら処分をするだけだ」
「……いい加減にして! 大人同士で勝手に話を進めないでよ!」
虎の視点が移ると、少女の眉間あたりに火花が散り――そこから炎の渦が、少女の前髪を揺らして勢いよく照射された。