B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
街中でテロのあった帰り道、オリジナルはトラックのコンテナに乗り、グロリアはべスターの隣に座っていた。グロリアは助手席ですすり泣き続け、べスターが声をかけても黙りこくっており――しかし同時に大人しくもしており、一応は基地に戻る意思はありそうではあった。
基地に戻ったあと、グロリアは夕食にも顔を出さずに自室に引きこもった。その間、べスターは戦闘や火事現場で消耗したオリジナルの身体の修理をし、今日はゆっくりと休むように言いつけ、しっかりと一服をしてからコンテナハウスへと戻った。
べスターがコンテナハウスの扉を開くと、中は真っ暗だった。デジタル時計の数字は、すでに日を跨いでいることを示している。普段ならソファーで眠っている右京の姿もその日はなかった。恐らく、その場の空気に耐えられず――本人の言っていたよう、グロリアとどう接すればいいか分からないので、今日は外のどこかで時間を過ごしているに違いなかった。
男は冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、暗いままのリビングの中でそれを飲み始めた。この男が無類の愛煙家であることは疑いようのない事実だが、酒を飲んでいるところは初めて見た気がする。冷蔵庫に常備しているということは、映像に映っていなかっただけで案外飲むのかもしれない。
一本目をハイペースで飲み切り、もう二本の缶を冷蔵庫から取り出してソファーに戻ったタイミングで個室の扉が開いた。扉の先も真っ暗だが――リビング内に点灯する僅かな家電の明かりのおかげで、扉の位置にグロリアが立っているのはおぼろげながらに見えた。
「よう、お前も飲むか?」
「馬鹿、どうせ飲ませてくれないくせに」
「そうだな。冗談だ」
「まったく、笑いどころが分からないわ……ここに居る大人たちは皆そう。何かを誤魔化す様につまらないジョークを言うの」
声こそ掠れているものの皮肉を返している調子から見るに、グロリアも大分気分も落ち着いたようだった。少女は扉から離れて移動し、男の対面へと腰かけた。そしてしばらく無言のまま俯き――少ししてから意を決したように顔を上げた。
「ねぇべスター。アランはなんでパパを殺したの?」
「それは……」
「極秘だ、なんて卑怯な言い訳は止めてよね。どうせ、私の存在だって極秘なんだし……アナタが言ってくれるまではしつこく質問し続けるわよ。それに……今だけは、ここで煙草を吸っても良いわよ」
べスターは真剣な話をする時ほど、煙草に頼る癖がある。グロリアは短い共同生活の中で、それを察していたのだろう。男は一瞬胸ポケットに手を伸ばしたが、ため息を一つ吐きながら取り出しかけていたものを押し込み、姿勢を正して少女の方へと向き直った。
「一言で言えば、それがアイツのミッションだったからだ。オレ達とDAPAが敵対関係にあり、オレ達のボスがローレンス・アシモフを暗殺するように命令を出したから、オレ達はお前のパパを殺した。
そういう意味では、お前の親父を殺したのは個人じゃないんだ。お前の言うつまらないジョークを言う悪い大人たちが、雁首揃えて計画して、お前のパパを暗殺した……オレ達のボスが命令を出し、オレがアイツを調整して現地に送り出して、アイツが実行した。だから……」
「アナタはこう言いたいんでしょう? アランだけが悪い訳じゃないって……うぅん、むしろアランが悪い訳じゃないんだって」
「あぁ、その通りだ。世の中ってもんは悪いことをしたやつより、悪いことを考えたやつの方が罪が重い。兵士は戦争について責任を負わない……戦いの責任は、いつだって争いを始めたやつにこそある。そういう意味じゃ、アランだって犠牲者だよ」
「偉い人って卑怯よね。自分がやりたくないようなことを誰かにやらせて、自分は安全な場所でふんぞり返っているんだもの……でも、私が聞きたいのはそういうことじゃないわ。どうしてアラン・スミスはそんな悪い奴の言いなりになっているのかって、それを知りたいの」
少女の真剣なまなざしから逃れられなかったのか、男はまた小さくため息を吐き、「他言無用だぞ」と断りを入れてからオリジナルの身の上話を始めた。事故のこと、改造手術のこと、妹のこと――煙草の吸えない口寂しさを補うためか、話が終わるころには三本目の缶ビールが空になっていた。
暗殺者の真実を聞き終わって、少女は「そう……」と小さく漏らした。泣きじゃくって張れてしまった目元には、疑問が解消されてさっぱりしたというような雰囲気はなく――新たに生じた疑問を解消するためか、改めて真っすぐに、背筋を伸ばして口を開いた。
「あのね、べスター。私が知りたかったのは、どうやらそれではなかったみたい。もちろん、今のも聞けて良かった……なんていうのも違うかもしれないけれど、でも私が知りたいのは……そうね、あの人はなぜ殺しなんかをする一方で、誰かのために精一杯なのか……それが知りたかったのかもしれない」
「オレはアイツじゃないからな。あくまでもオレから見たアイツの考えで構わないか?」
「えぇ、構わないわ」
べスターは冷蔵庫から四本目と五本目を取り出して、ビールを自分の前に、もう一つ缶コーヒーを少女の前に置いて座った。喉が乾いていたのだろう、グロリアも目の前の缶を開けて口に運ぶが、苦かったらしく渋い表情を浮かべて机の上に戻していた。
男はその様子を見て小さく笑い、少女に睨まれたのをビールをあおりながらいなした。
「まず、アイツが元からそういう素養を持っていたというのは間違いないだろう。改造手術を受けるきっかけだって、見知らぬ女の子を救うためだったんだからな」
「それだけじゃ納得できないわ。その子を救ったのは、衝動的な行動だったように思うの。でも、たとえば今日、女の子を救いに来た時は色々と考える余裕もあっただろうし……」
「アイツが救いたかったのは、逃げ遅れた女の子だけじゃないと思うがな」
男の言葉に対し、グロリアは太ももの間に自分のを挟みながら俯いた。彼女だって分かっているのだろう――元々、オリジナルはグロリアを連れ戻すために街へと飛びだしていたということを。
「それで、アランのあの献身的な救命活動の動機だがな……恐らくは贖罪だ」
「しょくざい……?」
「罪滅ぼしのことだ。アイツは、自分が許されないことをしたと自覚している……一方的に誰かの未来を奪うという、究極の暴力を犯したという罪の意識に苛まれているんだ。
だからその埋め合わせとして、力のない人々を不条理な暴力に巻き込まれることから救おうとしているんじゃないか……オレはそんな風に思っている」
べスターの考察はオリジナルへと向けられた物であると同時に、なんとなくだが自分にも向けられているような気がした。しかし、コイツは相変わらず考えすぎなのだ――自分も、恐らくオリジナルも、そこまで難しく考えて行動はしていないのだから。
もちろん、オリジナルの行動原理の一端として、贖罪という意識がなかった訳でもないだろう。そしてその行動原理が、無意識のうちに自分に継承されているということ自体はあり得なくもない。とはいえ、アラン・スミスの行動原理はもっと単純明快だ。頭より先に手と足が動いているだけなのだから。
しかし、何となく男の言い分に異様な説得力があったのか、少女は悲し気に表情を歪ませ、泣きそうに口元を曲げて、「そんなの……」と呟いた。これ以上泣かないと気丈に振舞っているのか、少女は頭を強く振ってから口元を引き締めた。
「そんなの、あまりにも悲しいわ。誰かに殺しを命令されて、妹のために戦い続けて、罪を滅ぼすために誰かを救っているだなんて……あまりにも自分が無さ過ぎる。そこに、アランの気持ちが全然ないじゃない」
「そうだな……そしてアイツをそうしたのは、他でもないオレだ」
「……違うわ。アナタだけじゃない。みんなが……私のママとパパが、アラン・スミスを悲しい存在にしたのよ。
私のママが第五世代型アンドロイドを創り上げなければ、アラン・スミスという名の暗殺者は必要なかった。私のパパを殺すことが無ければ、アラン・スミスは罪の意識に苦しむことは無かった……全部とは言わないけれど、アランを歪めたことにはアシモフが確実に関係している」
グロリアの言葉をオリジナルが聞いたとしたら、恐らく「そんなことはない」と断言しただろう。もちろんグロリアの言うように、原初の虎はアシモフ一家とは因縁が深いということは疑いのないのない事実だ。
だが、そのことに対する罪悪感を、幼い彼女が感じる必要はない。べスターも同様に思っているのか、「考えすぎだ」と言いながら四本目の酒を空けて、俯く少女を見つめている。
対するグロリアは何か思うところがあったのか、彼女の前にあった缶コーヒーを持って一気にあおって渋い表情を浮かべ――そして瞳に決意を宿らせて背筋を伸ばした。
「ねぇべスター。私に仕事を手伝わせてくれないかしら?」
「ダメに決まっているだろう。アイツだって反対する」
「そうね。でも、もう決めたんだから」
「……今度はお前のママを殺すことになったとしてもか?」
男の質問も意地が悪いが、同時にあり得ない未来ではなかったはずだ。あの摩天楼に再度侵入すること自体は難しかっただろうが、一度ファラ・アシモフはターゲットになっているのだから、チャンスがあればもう一度標的になることだって考えられる。
グロリアはべスターの質問に対して返答に窮したようだったが、すぐに毅然とした表情で「えぇ」と頷いた。
「協力する。もちろん、実際にその場になったら、私はまた感情がぐちゃぐちゃになって混乱してしまうかもしれないけれど……」
「はぁ……すまん、今のお前はそう答えるよな」
「何よ、協力させるつもりがなくて聞いたってこと? それって、あんまりにも意地悪じゃない?」
「あぁ、お前の言うつまらない大人ってのは、意地悪で卑怯なんだ……ともかく、作戦行動への参加は認められない」
お前の覚悟そのものは買ってやりたいがな、べスターはそう付け加えてからソファーで横になった。塩対応な気もするが、これも彼なりの優しさだろう。前線に少女を立たせる訳にもいかないし、車への同乗だって危険は伴う。
もちろん、最終的には彼女も炎の四神として前線に立ったことを自分は知っているわけだが――彼女に少しでも危険に巻き込みたくないのは、オリジナルだってべスターだって一緒だった訳だ。
下手に期待を持たせないため、もう話すこともないと言わんばかりに男は目を瞑ったため、ブラウン管は真っ暗になるが――スピーカーから掠れるような小さな声で「私ね」と声が聞こえ始める。
「今日……アランに一緒に帰ろうって言われた時、凄くうれしかったの。私はいつだってどこかに閉じ込められて、ママにもパパにも手を引いてもらった記憶が無いから……どこかへ出て、一緒に帰ってくれる人が居るっていうのが、こんなにも暖かいものだなんて思ってもみなかった。
ただ、アランは私に対して怒ってるって思ってたから、混乱しちゃって……本当は迎えに来てくれてありがとうって言うべきなのに、泣くことしかできなかった。
それだけじゃないの。鳥かごから出る時だって、アランは私を信じてくれた……それがすごくうれしくて……だから、私はアランにお返しがしたい……アシモフが歪めてしまったアランへの贖罪をしたいの」
少女の甲斐甲斐しさにたまらなくなったのか、途中からべスターは瞼を開いて天井を見上げていた。そして話が終わったタイミングでソファーに座り直して、暗闇の中で瞳に強い意志を秘めている少女の方へと向き直った。
「そもそも、お前が贖わなきゃならない罪なんか無いんだが……しかし、アランのためを思うなら、別に仕事に協力しなくたってできるさ」
「……何をすればいいの?」
「それは簡単。我儘を言わないで、良い子にしていることだ」
「むっ、それはアナタにとって都合が良いだけでしょう?」
「いいや、アランもきっと助かるぞ?」
「それは、そうかもだけれど……違うの、私はアランの役に立ちたいの」
「ふむ……それなら機械化できない家事をしてくれると助か……アランも喜ぶはずだ」
「もう、本音が出てるわよ?」
「だが、それだって立派な仕事だ」
べスターの言葉に、グロリアは腕を組みながら唸った。
「まぁ確かに、ウチの男子たちは絶望的に生活能力が無いものね」
「失敬な。オレはやろうと思えば出来るぞ? 忙しいからしていないだけだ」
「多分、アランと右京も全く同じように言うでしょう」
「……言っているところが容易に想像できるな。しかし、信用ってのは小さいことの積み重ねだぞ、グロリア」
「それじゃあ家事を手伝ったら、任務に関することも手伝わせてくれる?」
「今の段階では確約できないが……そうだな、たとえばアランのメンテナンスなんかは教えてやってもいいかもしれない」
べスターとしても、なかなか機転を利かせたのだろう。前線やその付近に出なくてもやれることはある。オリジナルの役に立ちたいとなれば、グロリアもメンテナンスに参加できるとなれば喜ぶのは自然の流れだったのかもしれない。
同時に、サイボーグ化しているとはいえ、女の子に身体をいじられるのはオリジナルも気が気でなかったのではなかろうかとも思うが――とはいえ、恐らくオリジナルもグロリアが自分のために頑張ってくれているとなれば無碍《むげ》には出来なかったに違いない。
ともかく、男の提案に対し、グロリアは瞳を輝かせながら机の上に乗り出した。
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
「分かった、それじゃあ家事から始めるわ。信用は小さなことの積み重ねから、だものね」
「ともかく、もう時間も遅い……今日の所は寝たらどうだ?」
「えぇ、そうね。明日から仕事を手伝わないといけないし……でも、全然眠くないのよね、なんでかしら?」
不思議そうに首を傾げる少女をよそに、視線の主は空になったコーヒーの缶を見つめていた。
ブラウン管の映像が切り替わっても、視点は変わらずにリビングルームを映し出していた。しかし一夜明けた後らしく、窓から日の光が差し込んでおり――視線の先には自動掃除機が床を動き回る傍らで、机の上を鼻歌を歌いながら拭いているグロリアの姿があった。
グロリアがミネラルウォーターのペットボトルを机の上に置いたタイミングにあわせて、コンテナハウスの扉が開かれた。オリジナルが扉で立ち尽くしたままでいると、振り向いたグロリアは「おはよう!」と大きな声で挨拶した。
「あ、あぁ……おはよう、グロリア」
「ちょっと待っててね、今から食事を出すから……座って待ってて!」
グロリアが小走りにキッチンの方へと向かっていくと、オリジナルは呆然とした様子で少女を見つめて――少ししてから扉を閉めて、いつの間にか来ていたらしい右京の隣に腰を降ろした。
「右京、昨日何かあったのか?」
「さぁ……僕は退散してたからね。何かあったとしたら、べスターさんのおかげじゃないかな?」
「なるほど……しかし顔色が悪いが、大丈夫かべスター」
「心配するな……ただの二日酔いだ」
べスターは目の前に置かれているペットボトルに手を伸ばし、それを一気にあおった。
ややあって、先ほどまで元気そうだったグロリアが、両手で一つの皿を大事そうに持ち、しかしなんだか気まずそうに男どもの方へと近づいてきた。少女が机の上に洒落た皿を置くと、そこにはサイボーグ食が下手糞な盛り付けをされて乗っかっていた。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃったけれど……そのうち上手くなるんだから!」
「別に他の皿に移さなくても、プレートのまま出せば良いんじゃないのかい?」
「そうかもしれないけれど……そんなの味気ないじゃない」
「成程、確かにそうかもね……」
「……ちょっと右京、どうしたの立ち上がって?」
「自分の朝食は、自分で用意しようと思ってさ」
キッチンの方へ向かっていく少年の背中に対し、べスターは「オレの分も頼む」と声をかけた。それにムッとして、グロリアが頬を膨らませたのは言うまでもないが――オリジナルが礼を言ったことで、少女の機嫌はすぐに直ったのだった。
しかし随分お喋りだったんじゃないか、そう自分が問うと、画面外のべスターは煙草の煙を吐き出しながら「酔ってたんだ」と答えた。