B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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少年の生い立ち

「ちょっと自分語りになるけどさ、昔のことを話しても良いかな?」

「あぁ、どうせ暇だしな」

「はは、僕の身の上話なんか暇つぶしか……まぁ、それくらいがちょうどいいかな」

 

 仮面の皮肉に対し、少年は屈託なく笑い――そして右京も窓ガラスに差し込む僅かな明かりをボゥッと眺めながら話し始める。

 

「自分で言うのもなんだけど、僕は何でもある程度そつなくこなすことはできた。勉強も運動も、人付き合いも。ただ、どれも一番得意って程じゃない……下を見ればキリがないかもしれないけれど、上を見てもやはり敵わない相手がいる、そんな程度の出来の人間だ。

 そんな調子だから、僕は自分に対しても、他人に対しても鬱屈とした感情を持っていたと思う。何者かに成れるほど特別じゃないくせに、もう少しで何かを得られるんじゃないかっていう思いから、自分に対して期待を捨てきれないんだ。

 同時に、そつなくこなせるから人から頼られることも多かったんだけど……」

 

 少年はそこで一度言葉を切り、瞳を閉じながら静かに首を振った。

 

「まぁ、僕も悪いんだ。イヤなら断ればいいのに、残念な顔をされるのが怖くてね。頼まれごとをこなせば感謝もされるけれど、別に僕は感謝されたいわけじゃない。ただ、失望されるのが怖いから、言うことを聞いていただけだ。見返りに何をしてくれるわけでもないのにね。

 要するに、僕にとって他人って言うのは、面倒ごとだけ持ってくる厄介な存在だった。とくに僕に近づいてくる奴は、僕に何かしらの利用価値を見出してるからであって、僕の本心なんかどうだっていいって奴ばかりだったからさ。

 だから、クラークの言い分に共感できる部分があるんだよ。自分の力だけで生きていけない者に、誰かが利用されるのはおかしいことだと……他人を利用するだけで生きている奴なんか、どうなったっていいって、そんな風に思うんだ。

 同時に、僕は人前に出ないように生きていこうと思った。誰かに存在を認知されなければ、頼られることだってなくなるし、同時に失望されることだってなくなる……誰かに煩わされることもなくなるからね」

 

 少年の言葉は、まるで独白のようだった。聞かせている仮面に対して向けているという雰囲気ではなく、ただ窓の外に向かって語り続けている。オリジナルの対応は正解だっただろう。もし食いつくように聞いたり、下手な共感をするようであれば、右京からここまでの言葉を引き出すこともできなかっただろうから。

 

 もちろん、惑星レムでの結末を見ていた自分としては、全てを裏で操っていた男こそ星右京だと知っている。右京の底知れなさを考えれば、これだって何かしらのブラフと考えるべきなのかもしれないが――これは少年の嘘偽りない本心であると自分の直感が告げていた。

 

 彼が本心を言っているように思うのは、自分から見た少年の臆病な立ち居振る舞いを形成した生い立ちが、なんとなくだが予想していたものと合致していたから――そのために違和感も生じず、彼が本音を言っていると思ったのだろう。

 

 そしてオリジナルも同じだったのか、とくに驚く様子も、下手にリアクションを取ることもなく、静かに「なるほどな」と相槌を打つのみだった。

 

「先輩には、そういうのは無いのかい?」

「あると言えばある。他人ってめんどくせぇと思うこと自体は、俺にもあったからな」

「でも、先輩はそんな他人を率先して助けようとしている。縁もゆかりもない人を助けに行くじゃないか。それは何でないんだい?」

「そこんとこは俺にも分からん。だけど、分からなくていいとも思っている。誰かを助ける理由を言語化する必要はないんだ」

「でも……」

「ついでに言えば、得なんか無くてもいいだろうって思うぜ。確かに他人なんてめんどくせぇだけの相手だから、死んでも構わないってのはある意味では合理的なのかもしれないが……人を助けるのに合理的である必要は無いと、俺は思ってる」

「ふぅ……成程ね。でも、だからこそ……僕はやっぱり、人々のことが許せないよ」

 

 そこで初めて予想外の答えが返ってきたのか――自分も予想外だった――仮面の視線は窓から瓦礫に佇む少年の方へと向けられた。対する右京も仮面の方へと向き直り、口元に微笑を浮かべながら首を傾けた。

 

「だってそうだろう? 傷つきながらも自分たちのために頑張ってくれている人のことを知りもしないで、人々は日々の安寧に甘えているんだからさ。自分たちの過ごす日常を守ってくれている人がいるなんて思っても居ない、その無知さを……無責任さを許せないと思うんだ。

 もちろん、先輩は謙虚で照れ屋だからさ。わざわざ周知してくれなんて言わないだろう。それに、認めて欲しくて戦ってる訳でないことも分かっている……でも、そんな風に優しくて強い人に頼りきりな人々を、僕は認めることが出来ないんだ」

 

 話を続けていくうちに、右京の声色には静かな怒気がこもっていく。それは、過去に彼自身が他者から受けた仕打ちに対する怒りなのか、現在進行形で受けている虎を慮っての怒りなのか――どちらかは断定できないが、恐らく後者の方が強いように思われる。

 

 星右京はアラン・スミスの在り方に対して、自分を重ねている所があるのだろう。それは、他人というものは自分を利用するだけの存在であり、無責任である――そこに憤りを覚えているに違いない。

 

 確かに、原初の虎は自らの生き方を選べず、周りに利用されている存在だ。とはいえ、アラン・スミスは世の中に対して怒りもしていないし、絶望もしていない。それは、クローンである自分も、オリジナルも同様のように思われる。

 

 虎と少年、彼我の差はどこから来るのか――それに関する回答を、自分は用意できなかったが、オリジナルが「なぁ右京」と語り始めたので、ひとまずその言葉に耳を傾けることにする。

 

「これもあくまでも俺の勘だが……今の言葉はお前の本心じゃないと思うぜ。もちろん、俺のことを心配してくれているのはありがたいんだがな。お前は言うほど、人々に対して絶望しているわけじゃないと思う。

 いや、正確に言えば……絶望はしているのかもしれない。だが、無関心でもいられないくらいに意識はしているんだ。

 もし本当に人々をどうでも良い存在と思えるのなら、きっとクラークのような男になるんだよ。つまり、他人なんてどうなってもいいと思うようになる……対して、お前は弱い人々の存在を許せないと思っている。これは、他人を何かしら意識して、期待していることの裏返しなんじゃないか?」

「そうかな……でも僕もまた、人々から身を隠して逃げ回っている弱い存在だ。そう思えば、あんまり人のことは言えない立場なのかも……」

「それは論点がズレている気もするが……いや、あながちズレてもないな。どうでも良いと思う相手からなら、どう思われたっていい訳だろう?

 お前が人から期待されるのを嫌うのは、本当は同じくらい誰かに期待しているからで……同時に応えきれない自分や、自分の期待に応えてくれない他人、両方に対してビビってるのかもしれない」

「……痛い所を突いてくるね。でも、そうかもしれない」

 

 ビビっていると誹謗を受けた割には、右京は怒る風でもなく、ただ俯いて口をつぐんだ。オリジナルのプロファイリングはそこそこには的中していたからこそ、右京は黙ってしまったのだろう。

 

 もちろん、多かれ少なかれ、周りからの評価というものは気になるものだ。しかし少年は、常人と比較すると過剰とも取れるほど周囲からの評価に怯えているように見える。

 

 おそらく、虎と少年の差はここにある。とくにオリジナルは、ある意味では世捨て人のような感覚で生きている――世間的にはその存在を抹消されているため、周りに評価されたくても、もはやそれも叶わない場所にいるのだから。

 

 むしろ、虎は人目につくわけにはいかない。だからこそ、ある意味では他人からの評価が気にならない所に行ってしまった。彼が渦中に身を投げるのは、人間世界に対して少しでも接点を持ちたいという儚い願望があるのかもしれない。

 

 対する少年は、まだ世間に対して如何様にも接点を持てる場所に居り、しかし他者からの評価が恐ろしく、おっかなびっくりにその身を隠して生きている――そういう意味で、アラン・スミスと星右京は対照的な存在なのかもしれない。

 

 二人の間にしばし沈黙が訪れる。窓の外は、段々と夜の帳《とばり》が降り始め――打ち捨てられた廃墟群は街灯からも遠いためか、廃墟の中は薄暗くなり始めていた。

 

 そんな中、オリジナルの方から「一個聞きたいことがあるんだが」と質問がなされたことにより、静寂は一旦終わりを告げた。

 

「ACOのトップシークレットにアクセスし、DAPAの通信を妨害できるお前が優れてないっていうのも、滅茶苦茶違和感があるんだが」

 

 そこに関しては自分も思うところがあった。星右京の自己肯定感の低さは、本来なら彼の劣等感に起因するはず。そもそも、なんでもそつなくこなせるのなら――そつなくも彼自身の言葉であり、実際はなんでもかなりの腕でこなせるはず――そこまで自分のことを卑下する必要もないはずだが、そこに関しては一番ではないから、という点で満足できないのは理解できなくもない。

 

 この辺りは、旧世界においてはある種の社会的な病理でもあった。ネットを通じ、ある界隈におけるトップクラスの者たちの活躍や生活が広く共有されるようになってしまったのが原因で、人々は常に最高の何者かと自分とを比較することが強制されるようになる。そうなると、相対的に優れている者ですら、自分が劣っているという錯覚に陥るようになってしまうのだ。

 

 しかし、誰の口からも「稀代の天才ハッカー」と呼ばれるほど、星右京はハッキングに関しては右に出るもののないほどの実力を持っているわけだ。そうなれば、一番という座を一つは持っているのであり、そこに対して自己肯定感があってもいいようには思う。

 

 もちろん、逆を言えばそれ以外の点は一番でないのであり――そもそも一分野だけでも優れていれば十分だとも思うが――彼自身は満足していないのかもしれないが。ともかく、オリジナルの質問に対し、少年は小さく笑い声をあげて応えた。

 

「はは、お褒めに預かり恐縮だね……でも、うん、ハッキングに関しては自分でも中々だと自負しているよ。でもまぁ、これは手段であって、目的じゃないからね……あんまり誇ることでもないと思ってる。

 べスターさんから聞いていると思うけど、僕は元々はDAPAのデータベースをハッキングしようとしていたんだよ。最高機密までは触れることは出来なかったけれど……僕の目的はそれだったんだ」

「あまりピンとこないが……どういうことだ?」

「つまるところ、僕なりにこのクソッタレな世の中に一石投じようとしたのさ」

 

 そう言って、右京は瓦礫の破片を手に取って、ガラスの方へと放り投げた。

 

「中学で人付き合いに辟易していたから高校は通信制だったし、授業も簡単だったからね。日がな一日引きこもって、世の中に出回る情報を見て回っていたんだけれど……何となく、目に触れる情報のアルゴリズムに違和感があったんだ。

 もちろん、WEBサービスは慈善事業で成り立っているわけじゃない。ビジネスである以上、ある程度は恣意的に提示される情報が操作されるのは当たり前として……本来なら公的機関の情報は一般人や営利団体が発進する物よりは公共性が高いはずなのに、結構掘らないと目につかないようになっているのがおかしいと思ってね。

 それで、なんでこんな風になってるんだとアルゴリズムを解析するため、興味本位でハッキングを独学で始めたんだよ」

「いや、普通は独学でそこまでできないだろう……まぁ出来てるんだから、ある意味ではお前は変態なんだろうが」

「ははは、ただ相性が良かっただけさ……やはり技能というものは、突き詰めていけば素質との相性があるからね。こそこそと他人の素性を暴いて回るという下卑たことには才能があったんだろうね。

 それにまぁ、勉強を始めたのも多感な時期だったからさ。世界最大の企業の闇を暴いてやるんだって、火遊びをしている自分に酔ってた部分もあると思う。そんなこんなで寝るのも忘れて没頭しているうちに、気が付いたら色々出来るようになっていたって感じさ」

「なるほど……いや、全然納得してないがな。没頭して気が付いたら出来るようになるものか?」

「同じ言葉をそっくり返すよ。僕はどれだけ頑張っても、気配だけで見えない相手を感知するなんて出来そうにないからね」

 

 薄暗い中でも、右京の顔は良く見える――少年の目の前にあるディスプレイの明かりのおかげだ。右京は珍しく呆れたような表情を浮かべて肩をすくめていた。

 

「ともかく、そんなこんなでDAPAの情報にアクセスしているある日のこと、第五世代型アンドロイドのことやテロ活動のこと……そして対立している組織の存在を知ったんだ。

 そんな中で、僕はタイガーマスクと呼ばれる者に興味を引かれた。暗殺者という苛烈な一面を持っている一方で、第五世代型アンドロイドや機械の暴走によるテロ活動に対して抵抗している存在……そんな人がいるだなんて思ってもみなかったからね。

 一体どんな人なんだろうかと気になって、ACOのデータベースにもアクセスしてみていたんだけど、僕の存在を認知してもらえるよう、わざと足跡を残しておいたんだ」

「……つまり、その気になればバレずにアクセスできたってことだな。しかし、なんでそんなことをしたんだ?」

「べスターさんから聞いてないかい? 僕はアナタのファンなんだって……まぁ、半分冗談だけどさ。

 足跡を残しておいたのは、保険と自己アピールだよ。DAPAに僕の存在が気取られた時に、保護してくれる相手が欲しい……それなら、敵対組織に自分の腕を見せておくのが一番だと思ってね。実際、その通りになったよ」

 

 右京はそう言いながら、ノートパソコンのモニターを見つめている――先ほどから定期的に画面を見ているのは、恐らく辺りの監視カメラを警戒してだ。何者かが近づいてくるのを確認するのはもちろん、廃墟と言えども治安維持や監視のため、監視カメラは生きているらしい――それを警戒してのことだった。

 

 キーボードを打つ音だけが室内に響き――少ししてから、少年は小さく首を横に振った。作業に関して彼が問題を起こすことはあり得ないはずなので、恐らく右京は自分の言ったことに違和感を覚えた、という印象だ。

 

「やっぱりそれだけじゃないな……僕はアナタに会ってみたかったんだ。タイガーマスクのアンビバレントな行動に関しては、自分なりに推測することは出来ても本心を知れるわけじゃない。こんなクソッタレな世界でヒーローみたいなことをしてる人がどんな人なのか、実際に会って話をして見たかったって言う動機もあったんだ」

「ふぅん……それで、お前の言うヒーローに会ってみた感想はどうだった?」

「意外と普通な人なんだなって思ったよ……いや、スニーキングや戦闘に関するスキルは並外れているけれど、主に思想的な面では……あまりぶっ飛んだ発想をしてないなって」

 

 少年はそこでキーボードを打つ手を止めて、仮面の方へと向き直った。そこには、いつものような涼しい笑顔は無く、真剣な眼差しをアイカメラの方へと向けていた。

 

「でも、今の考えは違う……僕が言えたことじゃないけれど、アナタも相当に歪んでいるよ。成程、確かにアナタが言うように、僕は自分で思っている以上、世間の人間に対して期待をしているのかもしれない。

 だけど、必死に誰かを守っているアナタこそ、本当は他人に対して何も期待をしていないんだ。だから、僕のような奴の話だってイヤな顔一つせずに聞くことができるんだよ……アナタにとっては僕が何者であっても問題なくて、またどうなろうとも問題ないのだから。

 きっと、僕以外の人に対しても、アナタは同じ態度を取るだろう。アナタは、誰にも期待をせず、たった一人で走り続けるんだ。その姿は……羨ましいと思うほどに孤独だ」

 

 確かに少年の瞳には羨望の色が浮かんでいる。しかし、孤独を羨むというのはどういう心境だろうか。一般的には孤独でいることは好ましいことではないだろうし、オリジナルも特別に孤立しているという気もないだろうと思う。

 

 仮に世間に接点がなくとも、アラン・スミスには二課がある。それは元来彼が求めていた社会的な立ち位置ではないだろうが――少なくとも、オリジナルは周囲にいる者たちを信頼していたはずだ。実際その通りに思ったのか、オリジナルは少年の眼差しを遮るように右手を振ったのだった。

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