B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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潰えたはずの夢

「あのなぁ……俺一人じゃ身体だって修理できないし、潜入だってかなりお前に頼ってるんだ。だから、別に一人で何でも出来るなんて驕っているつもりはないぜ。

 それに一応、お前が道を踏み外しそうになったら、殴ってでも止めようと思う程度には他人にも関心はあるつもりだぞ?」

「うん、そうだろうね……そこがある意味では羨ましい所さ。アナタは他人に対して期待はしていないけれど、同時に見捨てることをしない程の度量もある。

 だからアナタは誰からも好かれるし、信頼される……誰に対しても平等で、何でも受け入れてくれて、決して見捨てない人なんて、僕は他に見たことは無い……おとぎ話の中のヒーローを除いてね」

 

 右京はため息交じりに首を振り、また羨望の眼差しをカメラに向けてくる。

 

「ふぅ……何となく皮肉っぽく聞こえるが……」

「勘違いしないで欲しい所は、僕はアナタのことを信頼もしているし、尊敬もしているってことだ。ヒーローと言うのは皮肉じゃなく、素直な感想さ」

「流石にそう真正面から言われると、流石に照れくさいものがあるな……」

「いやいや、アナタのように自己の願望もなく、社会に対してその身を奉仕に捧げている人は、ヒーロー以外に形容のしようがないからね」

「……なんかそう表現されると、褒められている気がしないな」

「いいや、褒めているよ。そこまで自我を捨てられるなんて、普通はあり得ない。羨ましい限りだよ。アナタほどの境地に辿り着けば、きっと僕だって彼我の差からくる劣等感に苛まれずに済むだろうに……」

 

 なるほど、星右京の人となりが――彼の持つ悩みや歪みが少し垣間見えたように思う。完璧でない自己に対する嫌悪感と、他人や社会に対する厭世感に苛まれながらも、自分や他人に対して期待を捨てきれない――だが、それは星右京のみが持つ特別な感情なのだろうか?

 

 自分が右京に対して抱いた感想としては、彼が虎を評したのとまったく逆のものだ。全てを裏で操る底の知れない奴と思いきや、彼の持つ悩みや不安は、自分にすら理解できるほど一般的なものであり――やはり意外と普通な奴なのではないか。

 

 以前にシンイチと夜の散歩をしていた時も、同じような感想を抱いたはずだ。彼は繊細であり、自身の精神状態を生半可に言語化できてしまうせいで、不安をより強く感じてしまう部分はあるのだろう。

 

 しかし、彼が持つ悩みそのもの自体は、きっとどんな人間だって持っているモノだ――極々一部の、それこそデイビット・クラークのような超人を除いて。

 

 もちろん、この時の右京と惑星レムで自分が出会った右京とでは、精神状態は違ったものになるはずだ。この時の右京はまさに十代の少年であり、一方で惑星レムの右京は一万歳を超えているのだから。とはいえ、結局人の本質的な部分はきっとそこまで変わらない――自分が以前にシンイチに感じていたモノと、この時のオリジナルが右京に対して感じているものは、ほとんど同じようなものであるだろうから。

 

 当のオリジナルは右京の眼差しが眩しかったのか、それとも意図せずヒーローなどと言われていることが気まずかったのか、少年の方から視線を離した。

 

「まぁ、お前が俺をどう評価するのも勝手だからな」

「はは、そういうところだよ。アナタが他人に期待せず、何でも受け入れるっていうのはさ」

 

 少年の涼し気な笑い声が聞こえてから、再びカタカタとキーボードを打つ音が聞こえ始めた。虎は何か言い返すわけでもなく――少ししてから視線を少年の方へとむけた。

 

「俺にだって願望がない訳じゃないぜ。無かったわけじゃない、ていう方が正確なんだろうが……俺にも夢はあったんだ。だが、もはや俺は社会的には死んだ身だ。そうなりゃ、自己表現をする機会は永久に失われてしまったに等しい。

 それなら、せめて……目に見える範囲、手の届く範囲に対して何かをしようって、そんな風に思っているだけだ。だから、ヒーローなんて言うのは大仰だ」

「むしろ、自分の夢が潰えた後に人助けをしようだなんていう人の良さこそが、ヒーローらしいと思うけどね……でも、気になるな。聞かせてくれるかい? アナタの夢を……夢だった物を」

「うぅん……気恥ずかしいな」

「あのね、僕だって色々話したんだ。もちろん、アナタにうまく誘導されて勝手にベラベラと喋ったと言えばそれまでだけれど、こちらばかり情報を開示しているんじゃあ公平でもないだろう?」

「……俺はな、絵描きになりたかったんだ」

 

 それは、自分が予想していた通りの夢だった。何か美しいものを見た時に自然と湧き出る衝動は、この身に刻まれた遺伝子に確かに存在するモノであり――自らの存在証明であるような気がしていたからだ。

 

「デジタルかい?」

「いや、アナログだ」

「珍しいね……今日日学校の美術の授業ですら、紙には描かないっていうのに」

「しかし、全く描かれなくなったわけじゃない。楽器とかと同じで、クラシック路線ってのは残ってるからな」

「まぁ、それは確かに……でも、なんでアナログなんだい?」

「そうだなぁ。こう、紙に絵具を乗せていく方が、世界を創り上げている感じがするから、かな。別にデジタルが悪いってわけじゃないし、そっちだって十分に世界を表せるんだろうが……俺にはアナログの方が性にあってたんだ。

 実際、デジタルの講座なんかは色んなところにあるし、そっちの方が仕事だってある……でも、今日日アナログを専門的に勉強したり、食いぶちを探すのなら、やっぱり美大に行きたいなと思ってな」

 

 アラン・スミスはそこで言葉を切って、真っ暗な窓の外へと視線を向けた。

 

「ウチは親父が士業だったから、俺にも同じように士業になるように教育されてたんだが……」

「え、アランさんの家庭、そんな感じだったのかい?」

「なんだよ、意外か? でもまぁ、そんな立派なもんじゃないぜ。仕事はどんどんAIに置き換わっているが、絶対に人が必要な仕事がある……それは、契約書を作成して説明し、判子を押したり押させたりする仕事だ。

 なんなら書類の作成自体はAIに任せたっていい訳だが、それを精査して状況に合わせて微調整して、人に説明し、同意を得るには人の手が必要になる。そういう意味では、士業ってのは食いっぱぐれない割に高給な仕事だ。資格を取るのは簡単じゃないが……そんな兼ね合いで、親父は事務所を俺に継がせたかったんだよ」

「成程……それじゃあ、家族には色々反対されたんじゃないかい?」

「あぁ。でも、妹だけは……晴子だけは俺の夢を応援してくれた。事務所は自分が継ぐから兄さんは好きなことをして欲しいって……一緒に親を説得してくれたんだ。その甲斐あって、一回だけ、美大受験のチャンスをもらったんだよ」

「でも、美大って入学するのは難しいだろう?」

「あぁ、浪人するほうが普通だからな。でも、せっかくもらったチャンスだったんだ、絶対にものにしたかった。それで、高校三年の時には死に物狂いで勉強して、絵の練習もして……家族旅行も辞退して、な」

 

 だから、自分だけは事故に巻き込まれずに済んだ――そんな身の上話を告げると、少年は痛まし気にうつむいた。

 

「……すまない、何と言えばいいか」

「別に起きてしまったことが覆る訳でもないしな。気にしないでくれ。ともかく、ウチは両親ともに兄弟は居なかったし、祖父母も親戚筋も亡くなってたから、保険金と遺産はまるまる引き継ぐことになった。そうなればまぁ、その金で大学に行くって選択肢もなくは無かったんだが、女の子が両足を無くしたままじゃ可哀そうだろう?

 だから、俺は大学進学を諦めて、妹の足の再生手術のためにお金を使おうと決めたんだ」

「しかし、まだ妹さんは手術を受けていないんだよね?」

「あぁ、そうらしい。俺が見舞に行っているうちは手術の準備を進めてたんだが……事故に会ってからは拒んでいるらしくてな。俺としてはよくなって欲しいんだが」

「それじゃあ、僕が説得に行こうか?」

「……はぁ?」

 

 予想外の返答が来たせいか、オリジナルは間の抜けた声をあげた。

 

「うぅん、今朝、グロリアにも同じことを言われたんだよな……」

「それなら、きっとそういうタイミングなんだよ」

「しかし、お前が説得に行こうだなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「はは、酷いね……まぁ、人間嫌いを公言しておいて、説得に行くのもおかしな話か。でも、僕だって周囲の人が困っているのを放っておくほど冷血漢でもないつもりさ。もちろん、本当は先輩自身が会いに行って、話をしたいだろうけれど……」

「……まぁ、この面で会いに行ってもビックリさせるだけだろうし。何より……俺にはもう、晴子に会う権利なんてないしな」

 

 虎は視線を落とし、自らの手を見つめた。戦闘でボロボロになったグローブの下には機械仕掛けの義手が――暗殺者の手が覗いている。血濡れた自分の手では、もう妹の手を握る権利など無いと思っているのだろう。同時に、先ほどオリジナルがヒーローと呼ばれるのを嫌ったことも理解できた。どれだけ偽善を重ねようと、その手には確かに血で濡れているからだ。

 

 とはいえ、誰かが働きかけなければ、晴子が手術を受けてくれないという現実は変わらない――そう思ったのだろう、オリジナルは顔をあげて自らの手から目を離し、右京の方を見た。

 

「それじゃあ、お前に任せてみることにするか。お前は口は上手いし、晴子の気分も変えてくれるかもしれない」

「なんだい、人を詐欺師みたいに言ってさ」

「少なくとも、捻くれてのは間違いないだろう?」

「……違いない」

 

 右京が皮肉気に口元を吊り上げたタイミングで、二人の動向を見守っていたべスターは車内モニターから視線を外し、アナログの腕時計を見た。

 

「アラン、右京。そろそろ迎えに出られるぞ」

「了解だ、べスターさん……晴子さんの見舞には、アナタも来ておくれよ?」

「いや、お前一人で行けばいいだろう?」

「グロリアを置いていくのも可哀そうだろう? それに、僕だけで会いに行くのは、少々不信だろうからね……スーツの用意もしておいてくれ、司法書士事務所の職員になりすまして会いに行くんだ」

「はぁ……まぁ、二年以上も向き合ってこなかったのはオレだからな……仕方ない、準備しておこう」

「あぁ、頼んだよ」

 

 べスターが車にエンジンを掛けるのと同時に、モニターの中で右京がノートパソコンを閉じて立ち上がった。

 

「さて、まだまだ聞きたいことはあるけれど……今日はこのくらいにしておこうか」

「あぁ? どこへ行くんだ?」

「お腹が空いてきたから、ご飯でも食べに行ってくる……べスターさんが回収しにくるまでには戻るよ」

 

 そう言いながら廃墟の一室を出ようとする少年の背中に、虎は「右京」と声を投げかける。

 

「……なんだい?」

「俺は、お前のことを信用しているぞ」

「それは、ハッキングの腕のことを言っているのかな?」

「そう思うか?」

「いいや。まぁ、技術も含めてってことなんだろうけれど……僕もアナタのことを信用しているよ、アランさん。話を聞いてくれてありがとう……少しすっきりしたよ」

 

 ◆

 

 ブラウン管の向こうで少年が扉の向こうへと消えていくと、再び画面が切り替わり――いつものように助手席に座る仮面の男が映し出された。

 

「右京の人となりは多少見えたが……あんまりこういうのを盗み聞きするのも、良くないんじゃないのか?」

 

 実際の所、べスターに聞かれているというのは右京も織り込み済みだっただろう。また、べスターが聞いていたおかげで自分もこうやって過去の記憶を垣間見ることが出来るのだから、本心を言えばべスターが聞いてくれていたことにはある種の感謝がある。

 

 とはいえ、人生相談を覗き見るのも趣味が良いことでないのは確か――そう思っていると、べスターは皮肉気に笑って「オリジナルのアイカメラと収音マイクが勝手にやっていたことだからな」と付け加えた。

 

「時おり、オリジナルと二人で右京の話を出すこともあった。その時の評価はオレもオリジナルも『少々神経質なきらいはあるが、真面目で適度な倫理観を持つ』という点で一致していた。

 確かに、右京自身はクラークに共感する意見も出したが、それはあくまでも『一部彼の思想も理解できる』という程度で、心の底から傾倒している感じではなかったからな。

 だから、オレ達は右京のことを信用していたし……この後も時おり、アイツはオリジナルとこんな風に人生について語っている場面があったから、少なくとも右京はアラン・スミスのことは信用していると思っていたんだ」

 

 だからこそ、裏切る瞬間まで、誰も右京のことを疑っていなかったということなのだろう。

 

「どうする? 一応、右京との会話を先に見せることもできるが……」

「いや、時系列順で問題ない。この後、晴子の見舞に行くんだろう?」

「あぁ……とはいえ、グロリアの外出許可やら行くための準備やらで、すぐにとはいかなかった。まぁ、その間にとり立てて重要なこともなかったんだが……」

 

 男の吐き出す紫煙の向こう側に映る画面を見ると、心配してくれていたのだろう、基地に戻った際にグロリアが涙目ながらに駆け寄ってくるのが映し出され――少ししてから、スピーカーから「おかえりなさい」という声が聞こえた。

 

 その後は、べスターとグロリアがオリジナルを修理している場面や、恐らく手伝うようにしたのだろう、オリジナルや右京も家事を手伝うシーン――自称なんでもそつなくこなす少年の料理は見た目も良く、味もよさそうだ――他にも何気ない日常の一風景が流れ続けている。

 

「今にしてみれば、この時期が一番楽しかった気がするよ。つまらないジョークを言うアランに、男たちに文句を言いながらも皆をサポートしてくれるグロリア、皮肉屋だが色々と気が回る右京……暗殺のミッションも継続されたし、テロ活動の鎮圧と闘いの日々でもあったが、毎日が充実していた」

 

 ブラウン管に映し出されている少年や少女の顔を見れば――何よりも、過去の映像を見て口元をほころばしている無精髭の男の顔こそが、毎日が充実していたということが事実だったのだろうという証拠のように思われたのだった。

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