B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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晴子の兄評

 聞こえてきたコール音は、べスターが耳につけている小型の通信機から発せられるものだった。このタイミングで連絡が来るとしたらオリジナルからであろう。男もそう判断したのか、廊下の隅へと移動して、周囲に誰もいないことを確認してから、口元を手で押さえながら話し始めた。

 

「まさか本当に人以外が来たのか?」

「いいや、むしろ人が来た……とはいえ、こっちは大丈夫だ。一応連絡を入れておこうと思ってな」

「人だと?」

「あぁ、滅茶苦茶鼻の利く奴だ」

「鼻の利く奴……まさか、ハインラインか!?」

 

 まさかそんな大物が来ているとは露にも思っていなかったのだろう、べスターは驚きのあまりに少々大きな声をあげた。

 

「御名答。どうやら、基地から出た後に追跡されていたらしい。とはいえ、出待ちされていた訳ではなくて、たまたま気が付いただけらしいな……今日こそ完全なプライベートだとよ」

「馬鹿野郎、そんな上っ面の言葉を信じるやつがあるか? 今、そっちに戻って……」

「いや、ここは俺を信じてくれ。アイツは嘘を吐くタイプじゃないし、何より色々と情報を聞き出せるかもしれない……アイカメラの映像と音声データは記録しておくから、後で確認してくれ」

「あのな、ハインラインはプロだぞ? オレ達を追い詰めるためなら嘘だって吐く」

「ま、その辺は俺の勘を含めてだ……危険な武器を持っていないのは確認しているし、通信機の類も今は外してもらっている。それより、晴子の様子はどうだ?」

「それは……グロリアと右京が上手くやってくれているよ」

「それなら、キチンと説得してもらわないとな。そっちだって重大なミッションなんだ、頑張ってくれないと困る……こっちは大丈夫だ、信じてくれ」

 

 アラン・スミスにとっては、晴子が足の再生手術をするのは重大なことであり――同時に、信じてくれと言われたら言い返せなかったのだろう、オリジナルの念を押す様な声にべスターは小さくため息を吐いた。

 

「お前が簡単に出し抜かれることはないと思うが、何かあったらすぐに連絡しろ」

「あぁ。ついでに、このトラックは廃棄だな。ハインラインの奴には見覚えがあったようで、それで追跡されたらしい」

「了解だ……正規のミッションの時にバレなかっただけマシとすることにしよう。そっちも無理をするなよ」

 

 そこで男は通信を切って、晴子の個室へと戻っていった。各々に飲み物を配り終え、晴子には水を注いだコップを渡し――手渡されたそれを少しあおって一息つき、晴子はおもむろに口を開いた。

 

「兄は……そうですね、普通な人だったと思います」

「普通……ですか? 本当に?」

 

 首を傾げて変な所に念を押すグロリアに対し、晴子は苦笑いを浮かべている。

 

「うぅん、なかなか適切な表現が無いんですよね。一応、兄は世間一般と比較をすれば優秀な部類だったと思います。勉強も出来ましたし、運動も平均以上、何よりも絵に対する情熱もありましたし……ただ、何かが一番ということはありませんでした。

 こんな風に言ったら怒られるかもしれませんが、私は兄の絵が大成するとは思ってなかったんですよ。上手いと言えば上手いけれど、魂に訴えかけてくる何かは無かったというか……趣味として描く分には良いけれど、仕事にできるほどだとは思えなかったんです」

「でも、お兄さんの大学進学には賛成だったんですよね?」

 

 晴子は質問を出した右京の方へと視線を移し、小さく頷いた。

 

「理由は二つ。まず単純に、美大に行って専門的な知識を身に着ければ変わるかもしれないと思ったのが一つ。もう一つは……兄の絵が好きというより、絵を描いている兄が好きだったんです」

 

 晴子はそこで言葉を切って、再び窓の外へと視線を向ける。

 

「兄とは違って、私にはこれといった人生の目標はありませんでした。ただ、両親や周りを失望させないため、良い子を演じていただけ……だから何事もそつなくこなしましたし、父が望むような進学先を選ぶことも苦ではありませんでした。

 正確には、とくに目標もないのなら、反抗して変な波風を立てないようにしていただけなのですが……すいません、脱線しましたね。

 ともかく、とくに目標のない私に対し、やりたいことが明確にある兄は、私からしたら輝いて見えました。羨ましかったと言っても良いかもしれません」

 

 そこまで言って、晴子は椅子に掛ける二人の方へと視線を戻した。

 

「お兄さんはどうして絵描きになりたいと思っていたのでしょう?」

「自分の作った世界で、この目に映る感動を、誰かと共有したいから……私はそんな風に聞いていました。

 世界を正確に映し出すだけなら写真だって良いわけですし、綺麗に描くのなら修正の聞きやすいデジタルの方が向いているでしょう。でも、兄はアナログの道を選びました。

 自分の目で見た感動を、絵具に乗せて世界を表したい……写真や映像で見る光景と、自分が感じる世界とはでは微細な差があるからと、兄はその微細な差異を埋めるため、アナログでの技術にこだわっていたのです」

 

 何かを懐かしむように、穏やかに話していた晴子は、そこで口元を抑えながら笑って「でも」と続ける。

 

「おかしかったのは……えぇ、兄の絵の技術は正確だったと思います。独学の状態でも上手な風景画を描きました。しかし皮肉なことに、兄の絵は上手なだけで、それ以上のものに昇華されていなかったんです。

 本当は写真と差別化するためにアナログの道を選んだはずなのに、眼で見たものを正確を映し出しているせいで……それはそれで、凄まじい観察眼だったと思いますけれど……結果としては正確に世界をコピーできる写真の劣化にしかならなかった。つまり、絵であること、アナログであることの意味が消失していたんです。

 ですから正直、私は兄は絵描きとして大成できないだろうと思っていたんですよ。兄の絵は上手いけれど、人の心を動かすほどの凄味はありませんでしたから」

 

 晴子の絵の品評に関して、ティアとの会話が脳裏をよぎった。風景画は抜群に上手いが、多少拙くとも人物画の方が好まれていたこと。大切なのは絵の巧みさではなく、真剣に少女たちを描き出そうとしたこと――そう言われたことを思い出した。

 

 なるほど、自分にはどうやら、サイボーグ化する前のオリジナルの絵の技術は正確に伝わっていたらしい。もちろん、オリジナルも自分も、風景画に対して手を抜いていた訳ではないが、言われてみれば見たままを描くことに集中していて、あまり自分なりの解釈だとか、そういったものを風景には乗せていなかったかもしれない。

 

 いや、きっと乗せようとはしていたのだ。しかし、こだわりがあるからこそ技法に頼ってしまっていたのだろう。もっと簡単に言えば、本気であるからこそ舐められたくない――下手だと言われたくないあまりに技術が先行し、本当に表現したいものを落とし込めていなかったのかもしれない。

 

 そんな風に自らの絵に関して思い返している傍らで、スピーカーの方から「でも」と晴子の声が続く。

 

「兄は私のそんな評論を聞いてもへこたれませんでしたし、どんなに言われても……父に反対されても夢を諦めませんでした。

 それに、絵を通して世界に何かを働きかけようとする兄のひたむきさは本物でしたし……そんな一生懸命になれる兄の姿が好きだったんです。だから、私は兄に美術大学に進学して、チャレンジしてほしかったんですよ」

 

 ブラウン管の中では、穏かに微笑む晴子の手前でグロリアが頷いている。

 

「なるほど……お兄さんとは仲が良かったんですね」

「えぇ、そうですね。割と異性の兄妹って思春期なんかは疎遠になるイメージがありますけれど、ウチの場合はそんなことも無かった……いえ、兄があまりにも適当で抜けているので、結構私の方は呆れかえることも多かったかも」

「ふふ、そうなんですね?」

「えぇ。でも……今にして思えば、兄はそれを半分は狙ってやっていたのかもしれません。適度に抜けていて気やすいので、年上でも気やすく接しやすかったですし……兄はそういうところがありました。

 結構何も考えていないようで周りをよく見ていますし、誰かが困っていたら放っておかないんです。妹の私に対しても例外ではありませんでした。私が両親と気まずかったり、学校で嫌なことがあったりして沈んでいるとすぐに気付いて声を掛けてくれましたし、時には私の味方をして解決してくれることもありました。

 だから、私は兄のことを信頼していました……本当に小さいころからたくさん助けられてきました。そういう意味でも、兄に美術大学進学をサポートするのは、恩返しの意味合いもあったんです」

 

 今の言葉から、レムがアラン・スミスを頼った経緯が垣間見えた気がする。信頼する兄の言葉なら――クローンである自分ですらおもはゆいが――信じることができると。同時に、恩返しに兄の夢をサポートしようとしてくれた妹の思いを聞くと、甲斐甲斐しさを覚えるとともに胸が締め付けられるような心地がする。

 

 病室の面々も同様だったようで――神妙な雰囲気になる二課のメンバーに対し、晴子は細い指を立てながら悪戯っぽく笑った。

 

「……まぁ、散々褒めましたけど、残りの半分は素というか、何にも考えてないだけだと思いますけれどね?」

「何にも考えてなくても人を助けられるのは、立派なことだと思いますよ」

「そうですね……えぇ、その通りだと思います。いつでも駆けつけてくれる、優しい自慢の……」

 

 オリジナルをフォローしてくれる右京に対し、晴子はそこまで言って言葉を切った。正確には、言葉を紡げなくなったのだろう――瞳から流れる涙によって。

 

「……ごめんなさい、なんだか胸がいっぱいになってしまって」

 

 胸に左手を当て、右手で頬をなぞる晴子に続いて、室内にもう一つ嗚咽の声が響く――泣いているのは肩を揺らしているグロリアだろう。

 

「いいえ……大切だったんですもの。その、今更ながらに……そんなお兄さんを失ったら、色々なことがイヤになるのも分かります、なんていうのもおこがましいかな。でも、私には兄妹がいないので、少し羨ましいです」

「ふふ、まぁ、私に多少ブラコンが入っていたのは認めますけど……多分、私がふさぎ込んでいた原因は、それだけじゃないと思います。

 兄を失ってしまった今では、困った時に誰を頼ればいいか分からないから……こんなにも辛い思いをしているのに助けてくれる人がいないなんておかしいって、私は世界に対して拗ねていたんだと思います。

 兄が生きていたら……いいえ、亡くなった今でも、私に手術を受けて欲しいって分かっていても……その後、何を頼って生きていけばいいか分からずにふさぎ込んでいたのかもしれません」

 

 感情は落ち着いたのか、晴子は頬を拭うのを止めて話を続ける。

 

「兄は普通の人だと言いましたが……ある意味ではその通りで、ある意味では違ったのかもしれません。兄は、世間に対する感性が優れていたのだと思います」

「感性が?」

「えぇ。中庸というか、バランス感覚が取れているというか……ある程度は客観的に物事を見て分析も出来る人でありましたから、何かを一方的に悪と断定することもしませんでした。

 それと同時に、感情の面を慮ることもできました。とくに、兄は誰かが困っているのを見ると放っておけなかったようで……自分の目で世界を見れるのと同時に、優れた倫理観を備えていたんだと思います。

 なんというか、世の中のことに対して希望も絶望もしていないけれど、困っている人には手を差し伸べようという信念があったんですね。そういう意味では、やはり見知らぬ女の子を守って亡くなったと聞いて、悲しみに暮れる中にも……あぁ、私の兄さんはそういう人だったと、妙な納得感があったんです。損得勘定を抜きにして誰かのために行動できる兄は、いつも自分のことを後回しにしてしまう人でもありましたから」

 

 晴子は右京達から視線を外し、曇り空の方へと首を回した。

 

「だからこそ私は兄に絵を描いてほしかったのかもしれません。絵を描いている時だけ、自分のために時間を使っている……兄自身のために行動している、そんな風に見えたから。

 都合のいい話ですよね、私は兄に頼る一方で、自分のために生きて欲しいと思っているだなんて、矛盾していて……」

「……きっとお兄さんがこの場に居たら、人間なんてそんなもんだって言うでしょう」

 

 そう言った右京の方へと晴子は振り返り、ビックリしたような表情を見せた。きっと、それがオリジナルの思考を正確にトレースしていたからだろう――その証拠に、もしあの場にもし自分が居たら、全く同じように返答したであろうから。

 

 AIに作ってもらった偽りの言葉でなく、原初の虎に直に触れた少年だからこそ紡ぎだせた言葉に対し、病床の少女は次第に表情を柔らかくして、笑った。

 

「えぇ、その通りだと思います」

 

 少年に対して頷き返し、晴子は立ったままで若者たちの成り行きを見守っていたべスターの方を仰いだ。

 

「あの、手術の件ですが……もう少し待ってもらっても良いでしょうか? 兄のことを思えば手術を受けるべきだとも思うのですが……やはり病院での生活が長いせいで、この場でなかなか踏ん切りは着かないと言いますか……」

「えぇ、大切なのはアナタの意志ですからね」

 

 晴子の悩みも致し方の無いモノだろう。仮に退院しても、行く当てもなく頼れるものもないとなれば、この場で決断をするのも難しいのは頷ける。とはいえ、ここに来た時に見た、今すぐにでも消えてしまいそうな雰囲気はなりを潜めている――グロリアと右京と話したことで良い影響があったに違いない。

 

 そう思っていると、グロリアがまた身を乗り出して晴子の細い手を取った。

 

「あの、また来ても良いですか?」

「えぇ? でも、退屈でしょう?」

「いいえ、そんなことないです……ね、右京?」

 

 振り向いたグロリアに対し、右京は少々戸惑ったようだが、ややあってから頷いた。

 

「……そうですね。僕もまた、アナタに会いに来たいと思っています」

「ふぅ……こんな所に来たいなんて、変わっていると思いますけれど……でも、また来ていただけると嬉しいです。私も、久々に色々と話せて楽しかったですから」

 

 穏かに笑う少女に、べスターも「必ず来ます」と返事をして、一同は病室を後にした。

 

「……綺麗な人だったね」

 

 廊下を歩いている途中で、ふと右京がボンヤリとした表情で呟いた。グロリアは驚きに目を見開き、言葉を失っているようだった。

 

「いや、なんというか、儚くてさ……ごめん、忘れてくれ」

 

 失言したと思ったのだろう、少年は珍しく気まずそうに顔を背けた。グロリアは歩きながら、そっぽ向く少年の方を指さしながらべスターを真顔で見上げてきている。

 

「ベスター、これってアランには言った方が良いのかしら?」

「いいや、黙っておいてやろう。せっかく弱みを握ったんだからな」

「右京のためじゃないのね……」

 

 実際は右京のためなのだろうが――この男もなかなか素直ではないから、黙っておくというのを素直に言えないだけだろう。

 

 しかし、最終的な顛末を知っている自分としては、心中穏かでないと同時に、晴子と右京の二人は惹かれ合うべくして惹かれ合ったようにも思う。二人とも物静かで、理知的で、どこか影がある――そんな共通点があって、互いにしか理解できないこともあったのだろうから。

 

 もしこの時のオリジナルが右京が晴子に惹かれている様子を見たら、きっと最初こそは納得いかない調子でありながらも、最終的には背中を押したのではないか――そんな風に思った。

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