B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ハインラインの過去

 べスターたちがトラックに戻ってきたときには、すでにハインラインは撤収した後だった。右京がトラックに盗聴器やGPSの類が設置されていないか調べてくれたが、怪しい機材は発見されずに、そのまま撤収することになった。

 

 基地に戻ってから、録画されていたリーゼロッテ・ハインラインとのやり取りを確認するため、地下の研究室にオリジナルとべスターは移動した。録画されていた時刻を指定して再生を始めると、モニター付属のスピーカーからは僅かに金属を叩くような音が聞こえ始めた。これは、何者かがコンテナの側面を叩いている音だったのだろう。

 

 コンテナの外の様子は、トラックに取り付けられているモニターで監視が出来る。コンテナを叩いているのは間違いなくリーゼロッテ・ハインラインであり――女がコンテナを周り、扉に近づいてくるタイミングで虎は機材から離れてナイフを取り出し、扉を開け放って、急な展開に驚いている女の首元にその切っ先を添えたのだった。

 

「ご挨拶ね。知り合いには武器を突き付けるようにママから教育を受けたのかしら?」

「あぁ、不審者には容赦しなくていいって教えられたな」

「それはそれは、素敵なお母様ですこと……ともかく、それを降ろしてもらえないかしら? 別に、今日は事を構えに来たわけじゃないもの」

 

 リーゼロッテは飄々とした様子で両手を上げ、抵抗の意志が無いことを示してきている。とはいえ、この女ならこの状況からでも何とか活路を見出すことくらいはするだろうし、こんなにもあっさりと無抵抗になるのは怪しい――オリジナルもそう思ったのだろう、突きつけているナイフを離すことはしなかった。

 

「この前、あんだけ好戦的な態度を見せられたんだ。今日は無抵抗ですってのも、納得できるもんじゃないぜ」

「私を何度も見逃したアナタが言っても説得力もないわね。まぁ、アナタがここで決着をつけてくれるっていうのなら、私としてはそれでいいのだけれど……ただ、今日の装備じゃ太刀打ちできないからね。私としては日を改めたいところよ。

 ともかく、そんな風に武器を突き付けられてちゃ、その貧弱な装備も外すこともできないけれど」

 

 女の表情と声色からは――そもそも武器を突き付けられているのに余裕が過ぎるが――嘘を言っている感じは見受けられなかった。オリジナルも同じように感じたのだろう、ナイフを収めてコンテナ内に二歩ほど後ずさった。

 

「自分で外せ」

「あら、信用してくれるの? それとも、坊やだから女の体は触れないって緊張しているのかしら?」

「あ、あのなぁ……警戒してるんだよ。お前のことだ、近づいたら腕を取られて、ナイフを突きつけ返されるくらいのことはしてくるだろうからな」

「まぁ、そういうことにしておいてあげる」

 

 女はからかうように笑って、ジャケットを脱いでオリジナルの足元へ投げ出し、脇につけているホルスターから銃を抜いて、それもオリジナルの足元へと投げた。

 

「足元にもナイフを仕込んでいるだろう?」

「今から外すわ……しかし、まさかアナタが乗っているとは思わなかったけれど……でもちょうど良かった、アナタとは一度、戦場の外で話をしたかったから。先日のわびも兼ねて、ね」

 

 女の姿が屈んで見えなくなり――立ち上がると、リーゼロッテはコンテナの床にナイフを置いて、柄を前にしてそれもオリジナルの方へと滑らせた。アラン・スミスはそれを脚で止めて、ジャケットとまとめてコンテナ内の脇へと置き――振り返ると、女がコンテナの中へと入ろうとしていた。

 

「おい、中には入るなよ。色々と機密があるんだからな」

「それじゃあ、ここで話し続けるつもり? そっちの方が怪しいわよ?」

「はぁ……分かったよ、俺が外に出る。少し待っててくれ」

 

 オリジナルは帽子を被って外套を羽織り、襟を立てながらべスターへの通信を始めた。その間も虎は女の一挙一動を見逃さず――しかしリーゼロッテは、呑気にあくびなどをしている。今日戦う気が無いのも事実なのだろうが、アラン・スミスが攻撃してくることなどまるで警戒していないようだ。ある意味では、それだけ信頼されている証拠なのかもしれない。

 

 ともかくオリジナルはコンテナを降り、病院近くの植林まで移動をした。ちょうど周りからは見えにくく、同時に駐車場を監視できる距離――ここならトラックに何者か近づけばすぐに分かるし、最悪の場合でもADAMsを起動すれば何かあっても間に合うだろう。

 

「それで? 話って言うのはなんだ?」

「えぇ、まずは先日の……自分の無知さに関する非礼を詫びようと思ってね。別にDAPAが善良な組織だとは思っていなかったけれど、まさかテロ活動をしているのが自分の所属している組織だとは思わなかったから」

「調べたのか?」

「ボスに直接聞いたのよ。すんなり答えてくれたわ」

 

 ボスとはデイビット・クラークを指しているのだろうが――アイツならあっけらかんと言っているところを想像できる。もちろん、流布するようなら対応を考えるが、と付け足されたらしくはあるが。

 

「それで、お前はどうするんだ? DAPAを抜けるのか?」

「いいえ、抜ける気はないわ」

「どうして?」

「ここに居れば、アナタを追うことが出来るから」

 

 木の幹を背もたれ代わりに、女は腕を組みながらそう答えた。予想に反して、リーゼロッテは無表情だ――自分の知る彼女だと、もっと好戦的に笑うかと思ったが。

 

 もしかすると、この時のリーゼロッテ・ハインラインは、言うほど虎との決着に執着はしていなかったのかもしれない。もちろん、DAPAを抜けない理由がオリジナルを追うという時点で執着が無いとは言わないが――ヘイムダルで見た時の彼女と比べれば落ち着いた様子に見える。

 

「あのな、俺はお前を無視しているわけじゃないんだ。むしろ、厄介にすら思ってる……行く先々に行く嗅覚があるし、まさか超音速機動に対処してくるだなんて思わなかったからな」

「それじゃあ、私を消したほうが楽じゃない? どうして殺さないの?」

「それは……もちろん、誰振り構わず殺したくないというのもあるが……」

「アナタの気に食わない所はそういうところよ。戦場で敵に情けを掛けるなんて、やってはならないことだわ。別に、アナタはそれでいいかもしれない……だけど、トドメをさせる敵を見逃すことで、アナタの仲間がやられるかもしれない」

「それは、確かにそうだが……」

「でも、改めるつもりはないと?」

「あぁ、改めるつもりはない」

「ふぅ……やっぱり気に食わないわ。アナタのような甘ちゃんは、本来は戦場に立つべきじゃない。日の当たる場所で、のうのうと生きていれば良かったのよ」

 

 腕を組んだまま、リーゼロッテは吐き捨てるように言った。しかし、なんとなくだが――彼女の「気に食わない」には、言葉以上の意味が込められているように思う。

 

 そして概ね、ここまでべスターの記憶を追ってきた体感的に、自分とオリジナルの感覚がズレることは無い。つまり、オリジナルもリーゼロッテから、悪意だけでない複雑な感情を読み取っているに違いなかった。

 

「俺がアンタを殺したくない理由は、もう一つある……俺は、アンタに感謝しているんだ」

「はぁ? 頭でも打っておかしくなった?」

「頭は打ってないが、おかしいとはよく言われるよ……リーゼロッテ、アンタは初めての任務の時、俺のことを心配してくれたんじゃないか?」

「……どうしてそんな風に思うの?」

「あの別荘地を音速で抜ける前のアンタの態度……アンタ、人殺しをして動揺している俺をことを案じてくれていたんじゃないかって、そう思ってな」

 

 オリジナルの言う通り、あの時のリーゼロッテは――いや、この時ですら、虎のことを案じているようにも見える。それならば敵対などしなければ良いと言えばそれまでだが、互いに立場がある。さっき感じた彼女の複雑な感情は、敵対するオリジナルの身を心配している所からきているのかもしれない。

 

 とはいえ、それを認めるほど安い女ではないということだろう、リーゼロッテは無感情な声で「覚えていないわ」と答えた。

 

「それだけじゃない。行く先々に居るアンタは確かに厄介だが、悪い奴とも思えないんだよな……だからまぁ、行く先に顔なじみがいる安心感があるというか」

「何よそれ、私が居ると安心するっていうの? 滅茶苦茶に癪だわ」

 

 リーゼロッテは露骨にイヤそうな顔をしている。こういう所作はなんだかエルに似ている――いや、エルよりもやや高圧的な感じはするか。この辺りは、彼女がオリジナルを坊やと呼ぶところに起因しているのかもしれない。実際彼女の方が年上であり、精神的にも彼女の方が成熟しているが故、エルと比べて態度が大きいようにも見える。

 

 少しの間、無言の時間が流れ――リーゼロッテは木に体重を預けたまま「ねぇ」と切り出す。

 

「アナタ、ACOを抜ける気はない?」

「あぁ、そのつもりはない」

「理由は?」

「言うと思うか?」

「いいえ、思ってないわ……でも、それなら私は、DAPAを抜けるわけにはいかない。アナタはその手を血で染め続けることになるから」

 

 女はそこで言葉を切り、枝の間から覗く鈍色の空を見つめ始めた。

 

「私は物心ついた時には紛争地帯に居た。孤児だった私を現地のゲリラが拾ってね。待遇はお察しだけれど、彼らは猫の手も借りたい状態だったから、慰み者とされる傍らで少年兵として戦わされていたの」

「第三世代とか?」

「えぇ……だから私は、第五世代型のことも好きではないわ。第三世代型と同じように感情もなく、ただ正確に、無慈悲に侵略を繰り返す……第三世代型にも三原則はあるけれど、それは正当な市民権を持つ者に対してのみ働く。敵対するゲリラに関しては、その限りではなかったから……私は鉄火の音を子守歌代わりに、人形遊びの代わりに引き金を引くことで育ったの。

 生きるために必死だった……そして運良く生き残り続けた私は、最終的に傭兵団に拾われたわ。それも、DAPAお抱えのね」

 

 女は視線を降ろし、カメラの方を真っすぐに見据えて微笑みを浮かべる。

 

「意外って顔をしているわね? まぁそうよね、私は幼いながらに、DAPA製のアンドロイドと戦っていたのだもの。でも、彼らはそのデータを欲しがったのね……私のような娘が対抗できるのなら、第三世代型の弱点が何かあるはずだと。

 あとは、私が倒していたのは人間でなかったという点も大きかったのでしょう。もし人を相手にしていたのなら、恨みを買っていたでしょうから……彼らは自らの兵器のブラッシュアップのため、私を拾ったのよ」

「実際、何か弱点を掴んでいたのか?」

「足音がうるさいとか、物陰に隠れれば意外と攻撃されないとか……ここに関しては、サーモグラフィーに引っかからないからだけれど……あとは動きがパターン化されていて読みやすいとか、そんなことを伝えたわ」

「なんだそりゃ。出来れば苦労しないやつじゃないか」

「えぇ、アナタと同じでね……いいえ、アナタの方が、足音を消している第五世代型の居場所を正確に察知できる分、私としては信じられないけれどね。

 ともかく、データとしてはあまり参考にならなかったけど、兵士としての素養を認められて、そのまま傭兵として雇われることになったわ。兵団は年齢に関係なく実力主義だったから、戦争が終わるころには大分偉くなっていて……後はそのまま、ここに居るってわけ」

 

 なるほど、彼女の生い立ちも凄惨なものだったようだ。戦後の世界でのうのうと育ったオリジナルでは、想像も出来ないほどに苛烈な環境の中で彼女は育ってきたのだ。

 

 同時に、彼女の戦闘センスにも納得することが出来た。ある意味では、彼女は原初の虎よりも早い時期から対アンドロイド戦闘をこなし、気の抜けない戦場の中で、生きるために戦闘における腕と勘を磨いたのだ。もちろん、彼女が言うように才能が――望んで得たものでもないだろうが――あったことに関しても疑う余地はない。

 

「……傭兵団に所属してからは、今度は一転して現地ゲリラと戦うことにもなったわ。人は人でやはり恐ろしい……戦闘行動が最適化されているアンドロイドと違って、何をしてくるか分からないから。不意打ちも上等だし、何よりも残虐性はアンドロイドよりも格段に上。そういう意味では、生きて残すのは人の方が厄介だった」

 

 女は僅かに覗く空を再び見つめ――言い終わったころには、毅然とした眼で虎を見つめてきた。

 

「だから、私はアナタが気に食わない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、生ぬるいことを言っているアナタは、戦場に立つべき人間じゃないのよ。今だって、武器を持たない私の首を狩るべきなんだわ」

「戦争を冒涜しているってことか?」

「いいえ、戦場にルールなんかない。戦争法なんか、極限状態にいる人々には何の効力も持たない。そういう意味では、アナタのような馬鹿が居たっていいと思う。

 だけど、アナタは望んで戦場にいる訳ではない……利用されているだけ。そんな奴が嫌々ながら武器を取って、生存を掛けて戦う者たちの矜持を無視して暴れまわっている。それが許せないの」

 

 声は淡々とした調子だが、その奥には確かな激情が籠っているように聞こえる。言葉の表面も、その裏側にあることも、どちらも恐らくリーゼロッテの真実だ。

 

 戦場で生存率を高めるためには――自分の身も仲間の安全も含めて――敵対者を排除する方が合理的であるという彼女の戦場での鉄則を、つい先日まで人も殺していなかった者が破っているのが気に食わない。

 

 その裏側には、虎のことを案じている彼女の優しさも垣間見えるのだ。人助けをするような甘ちゃんが、これ以上その手を血で染めることはないのだと――そんな意識が彼女の中にあるのではないか。

 

 リーゼロッテ・ハインラインがアラン・スミスに執着した理由は、これ以上の暗殺をさせないように止めることだったのかもしれない。敵対する者同士、刃を交えることでしか解決策を見いだせない中で――彼女は自身の手で、暗殺者のことを止めたかったのではないか。

 

「俺は死んだ身だ。アンタの言う瀬戸際の外にいるんだ」

「言葉遊びのつもり? まぁ、そんな風に改造されているんだから、何かあったのは察するけれど……ともかく、私は自分の身の上を話したわよ。アナタも少しくらい話してくれないと、不公平なんじゃない?」

「俺は教えてくれなんて一言も言ってないぞ?」

「ふぅ……イヤな男ね。坊やのくせに、一丁前に格好つけて」

「……俺にも、守らなきゃならないものがあるんだ」

「人質でも取られているの? まさか……」

 

 リーゼロッテは驚いたように、駐車場の奥にある白い壁の建物を見つめた。

 

「下手な詮索はやめてくれ。もしそうだとしても……クラークに知られたら、望まない鞍替えすることになるだけだ。俺はあの男の下で働く気はない。絶対にな」

「別に、どっちだって変わらないと思うけれど……でもそうね、どうせ鞍替えしたところでアナタはその技を振るい続けることになる。それなら今の構造の方がシンプルかもしれないわね。

 私はアナタを止めるためにDAPAに所属し続ける。アナタはアナタの守りたいもののために、国家の犬としてその手を血で染め続ける……」

「俺はお前に捕まる気はないぞ」

「えぇ、それで良いわ。負ける気が無い奴に勝たないと、意味がないもの」

 

 リーゼロッテは笑いながら木の幹から離れ、アラン・スミスの近くまで移動してきた。そして耳打ちするように小さな声で話を続ける。

 

「さて、ここからは先日の詫びよ。二つ情報をあげる。一つ目は、DAPA内での……正確にはクラークのアナタに関する意見。隙あらばまだスカウトしたいようだけれど、同じくらい警戒もしているわ。味方にできないならば、確実に葬るように考えている。

 だから、私はアナタに対抗するために抜擢され、対策部隊を練っているところよ」

「ひぃ、恐ろしい……それで、もう一つは?」

「……正確なことは共有されていないけれど、DAPAがテロを起こしているのは人々の心に絶望を落とすため、らしいわ」

「はぁ? なんじゃそりゃ……全く得があるように思わないが」

「同意見よ。ただ、あのデイビット・クラークが無駄なことをする訳が無い……恐らく、私たちが想像もつかないような意図があるんだと思う」

 

 そこまで話して女は離れ、男に背を向けて歩き出す。

 

「さて、それじゃあ私は行くわ。今度会うときは、間違いなく敵同士……そして、タイガーマスクの最後の日よ」

「お手柔らかに頼むよ」

「それは無理な相談ね……もう一度言うわ、アナタを捕らえるのは私よ。だから、私以外の相手に負けたり捕まったりするんじゃないわよ?」

 

 女は一度振り向いて、その横顔に微笑みを浮かべる。

 

「安心して、アナタの身内のことをばらすつもりはないわ……今日の私は、何かの気の迷いで病院の駐車場に立ち寄った、それだけなんだから。

 グロリアのことをよろしく頼むわね。あの子が両親と良好な関係でないのは知っていたけれど……きっと鳥かごに捕らわれているよりはマシでしょうから」

 

 それだけ言い残し、再び背を向けて手を振りながら、リーゼロッテは茂みを抜けて駐車場の方へと消えていき――録画されていた映像はここで終わった。

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