B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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在りし日の亀

 リーゼロッテからもたらされた情報は、すぐさまACO上層部に報告された。DAPA側が虎に警戒を強めたことに関しては、DAPAの持ついくつかの施設の中で最高のセキュリティを持つアシモフ・ロボテクスカンパニー社の最上部まで辿り着いたのだから、敵がタイガーマスクに対して更なる警戒を高めることなどは織り込み済みだった。

 

 また、絶望を降ろすということの抽象度が高すぎて、二課としても何をすべきか決定も出来なかった。何なら、こちらのかく乱のために出されたダミー情報であるとか、リーゼロッテ・ハインラインがとち狂ったのではなど様々な憶測が飛び交ったほどらしい。

 

 とはいえ、リーゼロッテ・ハインラインは嘘をつくタイプでもなければ、とち狂っていた――少なくともこの時には――訳でもないはずだ。しかし、ハインラインからもたらされた情報を重く見た人物が国際機関内に数名だけいたらしく、その人物と会う約束をべスターが取り付けたらしい。

 

 指定された場所は港湾部の一角だった。ランデブーの相手はDAPA側に潜入している工作員らしく、あまり怪しい動きは出来ない――それ故に基地で会うこともできないし、偽装中のDAPA職員として行ける自然な範囲で落ち合うことになっていたらしい。

 

 べスターの移動には普通の乗用車があてがわれた。DAPAの制御する自動操縦付きのものだが、そちらの方が怪しまれずに済むし、万が一の時には右京がコントロールすることもできる。同時に、落ち合うポイントの監視カメラや音声も、凄腕がどうにかしてくれるという算段だった。

 

 さて、ブラウン管には波止場からの海の眺めが映し出されており――べスターが腕時計を見て十二時の針を指したタイミングで、一人の男が隣に並んだ。

 

「……こいつ、チェン・ジュンダーか?」

 

 自分の質問に対し、画面外のべスターは頷いた。背が高く引き締まった体躯で、サラサラの長い髪を後ろで結わえている二十代の美男子という感じ。アンティーク人形の姿で見慣れてしまっているせいで想像以上に男らしい出で立ちに最初は違和感もあったのだが、それも糸目の下で胡散臭く釣りあがる口元を見た瞬間、やはりコイツはチェン・ジュンダーであるという妙な確信を得たのだった。

 

 ◆

 

「ごきげんよう、ヴィクター博士……貴方の活躍は伺っていますよ」

「オレは改造手術をしただけだ。活躍をしているのはタイガーマスクだろう」

「ははは、そう御謙遜なさらず……とはいえ、今日は噂の虎は来ていないので?」

 

 チェン・ジュンダーは三つ編みを振り回しながら、辺りをきょろきょろと見回す――とはいえ、本気で探しているという感じではない。恐らく、虎がいないことは分かっているが、ひとまずポーズのためにやっているという雰囲気だ。

 

「会いたかったのか?」

「いいえ。彼は優秀なようですが、同時に無駄な行動や命令無視が多いようですからね。きっと私とは相性が悪いでしょう」

 

 男は笑いながら肩をすくめた。実際、コイツの推測は正しい――自分としてもコイツのことを信用していないわけではないが、特段相性が良いとは思わない。恐らく惑星レムで自分と出会った後のゲンブも、自分に対して同様の感想を抱いていたことだろう。

 

「さて、私のことはゲンブとお呼びください」

「ゲンブ……?」

「私のコードネームです。祖国の神話から倣ったもので、亀と蛇が合わさった聖獣なのですよ」

 

 亀は万年生きるというが――この時はチェン本人も、まさか一万年の時を超えて戦い続けることになるとは思ってもいなかっただろう。この先に訪れる苦難など知らないで、チェン・ジュンダーは穏かに話を続ける。

 

「さて、貴方を呼びだした目的は、二点ほど口頭で詳しく確認したいことがあるからです。一つ目は……アナタがグロリア・アシモフやリーゼロッテ・ハインラインから聞き出した情報に関してです。彼女たちの話は非常に興味深い。というのも、私が潜入し、調査しているものごとを指し示しているように思われるのです」

「報告書に挙がっていること以上のことを話せるとも思えないが……しかし、グロリアの言っていた黒い板と、人々の心に絶望を降ろすということが、何か関係性があるのか?」

「えぇ、国際機関内では、後者はあまり重要視されていないようですがね。しかし、恐らく黒い板と……ひとまずアンノウンXとでも呼称しましょうか……DAPAの目的とには、深い相関性があると私は考えています。

 そもそも、DAPAの各本社のある本国ではなく、極東の島国に多くの幹部を配置している理由もその辺りにあると思うのです」

 

 そこでチェンは言葉を切って、波止場の彼方に見える巨大ビル群の方を見た。そして、ある一点を指さす――そこには湾岸に接するピラミッドを思わせるような巨大建造物がある。

 

「あそこがDAPAの極東支部に置ける最大の拠点、通称金字塔です。言ってみれば、文字通りの悪の総合商社ですね。

 今から十年ほど前、この島国を拠点とした大規模な深海探索プロジェクトが行われた……主に深海資源や生態系の調査と銘打たれており、その調査内容の大部分は公表されていていますが、探査船はあの建物から出発して、そしてどこにも寄らずにあすこへと帰投しています……つまり、秘匿している情報もあるはずなのです。

 それだけではありません。その直後に実施された二年に及ぶ惑星間飛行の調査物は、DAPA私有の宇宙ステーションからあの建物へと運び込んでいることも確認されているのです」

「つまり、DAPAはアンノウンXをあそこに秘匿している、ということだな?」

「えぇ。私の仮説としてはこうです……まず、どんなきっかけがあったのか分かりませんが、DAPAはこの国の近くの海溝にアンノウンXがあることを突き止めた。そして、その存在を我々政府の者たちに察知されないようにするため、遠い本国への輸送を諦めて、近くのこの土地に運び込んだ」

「随分と手の込んだことをするんだな」

「えぇ。各国政府もDAPAの深海探査プロジェクトには目を光らせていましたからね。仮に本国へまで輸送をしていれば、もう少し尻尾は掴めたと思うのですが。

 元からこの国はDAPAの資本もかなり投下されていましたし、深海探査の前から分社も数多く設置されていました。通信技術の発達した現在では、ビジネスマンはどこにいても仕事が出来ますから。そう言った意味でも、ここは都合が良かったのでしょう。

 まぁ、どれもこれも私の憶測にすぎませんが……とはいえ、グロリア・アシモフの言う謎の黒い物体が存在するのが確かなら、少なくとも人智を超えた力を引き出す何物かが、金字塔にあるのは間違いないでしょうね」

「そもそも、人智を超えた何かがあるなんていうのも、にわかには信じがたいが」

「しかし、現在の科学では立証しきらないことも、また存在するのです。たとえば……」

 

 男が緩やかな調子で腕を動かし、二本の指を上へと曲げると、べスターの胸ポケットから一本の煙草が浮かび上がってきた。そしてそれはゆっくりとべスターの顔の方へと近づき――それを咥えると、べスターはライターを取り出して火をつけた。

 

「成程、お前が噂のサイオニックか」

「えぇ。私がこの能力を得たのは、旧大戦中に祖国で能力開発を受けたからです。薬品投与など科学的なアプローチもありましたが、多くは瞑想や断食などからくるトランス状態に頼るなど、オカルト的な要素が多かったですがね」

 

 チェンはべスターの吐き出した煙に向けて指を突き出し、その先端をクルクルと回し出す。霧散するはずだった煙は細長く収束したかと思うと、それは竜のような姿を取った。その後もいくつかの煙の動物を創り出して後、糸目の男が掌をパッと開くと宙の動物園は終わりを迎え、煙は一気に霧散した。

 

「DAPA内でも、このような能力開発は行われていることは確認済みです。恐らく、その一部の試みが、アンノウンXとの接触なのでしょう。

 念視やサイオニック、パイロキネシスなどは、人の持つ能力……脳波や感覚、身体機能の延長線上として、ある程度は開発可能とされています。

 しかし、グロリア・アシモフの持つ飛翔能力は、本来人が持つ能力のそれを遥かに凌駕しています。また、タイガーマスクが対峙した時にデイビット・クラークが見せたという噂のアレが、映像によるトリックでないとするならば……瞬間移動などという次元を超越する能力は、まさに人智を超える何かとの接触が無いと開花することは不可能でしょう。

 そのほか、私以外の諜報員の調査で、超能力を理論的に体系化する流れもDAPA内にあることが確認されています。魔術などと呼ばれているようですが……まぁ、現代においてこの呼称はナンセンスだと思いますがね」

 

 チェンが皮肉そうに笑いながら肩をすくめたタイミングで、べスターは携帯灰皿に吸殻を押し込んだ。

 

「ひとまず、アンノウンXが存在し、DAPAの連中に不思議な能力を授けていることは分かった。だが、それが人々の心に絶望を落とすということとどう関係するんだ?」

「その二つに関しては、特別な関係性は無いと考えます……正確には、両方ともアンノウンXの解析の結果、別個にもたらされたものなのではないかと」

「全てはアンノウンXが起点ということだな」

「えぇ。そこでもう一点、確認したいことがあるのです。貴方は、デイビット・クラークの生の演説を見ている……彼はここ数年は表舞台に出ていませんでしたし、彼がタイガーマスクに語ったことの中に、ヒントがあるような気がするのです。

 クラークは、虎にどのようなことを話していましたか? 些細なことでも良いのです……恐らく、仲間に引き込めるか分からない虎に対しては本質を捕まれないよう、オブラートに包んだ言い方をしたとは思いますが、真実の一端を指し示している可能性はありますから」

「映像は見ていないのか?」

「えぇ。簡単な報告書は確認できたのですが、何せ虎の存在も極秘ですからね。彼が関わるミッションに関する資料は、中々閲覧できないのです」

「なるほど、そういうことなら……確か、妙なことを言っていたな。人類の進化がどうのと……少し待て」

 

 集中力を取り戻すためだろう、べスターはお得意のチェーンスモークをしながら眼下の海を見つめ、しばし黙り込む。そして何度か煙を吐いたタイミングで視線を戻した。

 

「確かこんな感じだ。進化に関する永久の袋小路に彷徨うことになるか、絶対の進化を成し遂げ万物を超える存在になるかの選択を迫られていて……それに関してはタイムリミットは迫っているとか」

「成程……」

「何かわかるか?」

「いいえ、まったく」

「なんだ、意味深な雰囲気だったから、何か気付いたのかと思ったぞ」

「確かに、まったくというのは語弊がありますね。確かなことは二つ、クラークは何かを焦っていること言うこと、そして恐らくは絶対の進化を遂げることを目的としているということです。

 恐らく、進化を遂げることに関してはアンノウンXが関係していることは疑うまでもないでしょう。そして、その手段として、統制された情報とテロ活動を通じて混乱をもたらし、

社会に絶望を降ろそうとしている……そこに関してはゆっくりしている暇はなく、焦りが見えると、こんなところでしょうか」

「……結構まとまった推論のように聞こえたが、それでも分からないのか?」

「えぇ、具体性は何一つありませんからね。ただ一つ確実なことは、彼らがやっていることは禄でもないということだけです。同じ管理社会でも、私の祖国の方がもう少しましだったと思いますよ」

 

 チェン・ジュンダーは、再びべスターの吐き出す紫煙を空中で弄びながら話を続ける。

 

「結局、人の多くはそれほど賢くありません。民主主義だ法治国家だとか言っても、結局は権力者達に無意識の間に誘導され、大衆は自らの権利を上手く行使することは出来ないのです。

 それなら最初から人権というものを制限し、力のある者たちが社会秩序を確立させた方が早くて合理的というものですよ」

「お前の祖国が、かつてそうだったようにか……それならお前の目的は、旧制度の復活か?」

「いいえ。別に祖国に対する忠誠心がある訳でもありませんし……なんなら、私は過酷な人体実験の犠牲者ですからね。人の本質を思えば、衆愚政治より管理社会の方が合理的と思うだけで、それを信奉しているわけではありません」

「では、なぜお前はDAPAと戦っているんだ?」

「そうですね……祖国に対する忠誠心は無くとも、征服者に対する怒りがあるから、でしょうか。戦後、祖国の政治体制は解体され、偽りの民主主義の元に再編成されました……それこそ前世紀的な傀儡政権ならまだイデオロギーがありますが、今祖国の十億の人口は、DAPAの資本による寄生にさらされているだけです。

 どんなイデオロギーが正しいかは私にも断定しかねますが、少なくとも……祖国を食い物にしている連中から祖国の人々が主権を取り戻すことは、民族自決の原則から言っても正当なものだと思いますが……」

 

 チェンは細い目でべスターの方をじっと見つめ、何故だか観念したように首を振った。

 

「いいえ、これは、私にとっては弔いのための戦いなのです。祖国には苦楽を共にした仲間が居ました。旧大戦時に同じ諜報員として活躍した者たち……半数は戦時中に、残りの多くは戦後の体制に対してレジスタンスとして活動し、そして散っていきました。

 私は散っていった仲間たちのために、世界を裏から管理した気になっている連中の欺瞞を白日の下にさらし、私たちの戦いが嘘でなかったと……無為でなかったと証明したいのです」

 

 そういう男の声は、落ち着いてはいるが、確かな信念が込められているように聞こえた。これがチェン・ジュンダーが一万年の時を超えてでもDAPAと戦い続けた理由なのか。

 

 今の言葉は珍しく、彼が見せた本心だったように思う。同時に、仲間を弔うために戦い続けるというのは、一言で言えば復讐だが――その意志が一万年も摩耗せずに保ち続けるというのは、なんたる固い信念であることかと思う。

 

 しかし、それは疑うべくもないことなのだ。この時のチェン・ジュンダーは、祖国の仲間のために戦い続けた。そして、彼が弔わなければならない相手は、この後にも増えていくのだから。

 

 合理的な彼は、普段は自らの感情を押し殺し、決して熱い部分を見せたりはしない。最終的に勝つためなら手段を選ばないし、時に仲間の犠牲を許容することだって厭わないのだが――同時に犠牲者が増えれば増えるほど、この男は信念をより固め続け、万年の時を超えて戦い続けてきたのだろう。

 

「貴方は不思議な人だ。貴方のその困ったような顔を見ていると、なんだか色々と話したくなる」

 

 チェン・ジュンダーはそう言いながら自嘲気味な笑みを浮かべた。そう、チェンの言うことは間違いない。エディ・べスターという男には不思議な力がある。口数は多くないが、人の感情に自然と共感し、寄り添ってくれる、そんな居心地の良さがある――だから、普段は信念を口にしないチェンも、思わず口を滑らせてしまったに違いない。

 

「……何て返せばいいのか分からんな」

「ははは、まぁ誉め言葉として受け止めてもらえると幸いです。さて、本日はありがとうございました。私は改めてアンノウンXの正体と、奴らの目的を追ってみます。また機会があれば、貴方にも情報を共有しますよ」

 

 チェンはそこで踵を返し、海に突き出した波止場から港の方へと歩いてき――次第に姿が見えなくなった。

 

 しかし、今のやり取りで一点疑問があった。それは、二十代にしか見えなかったチェン・ジュンダーが、旧大戦に参加していたということに関してだ。リーゼロッテのように少年兵として参加していたのだろうか。

 

 それをべスターに聞いてみると、「アイツはあぁ見えて、この時アラフォーだ」と返され、そのあり得なさに自分は思わず驚きの声をあげてしまったのだった。

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