B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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戦艦島への潜入

「こいつは、まるで棺桶だな」

 

 スピーカーからアラン・スミスの忌々し気な声が響く。べスターの視線には、確かに狭いコックピットのような場所が映し出されており――僅かな隙間もないらしく、オリジナルは胸の上で腕を交差させているようだった。

 

 べスターの方も、いつもといる場所が違う。先日のリーゼロッテの警告に合わせて車を変えたのだろうか――そういう雰囲気でもない。コンテナの中ではなく、もっと広い場所だ。僅かな揺れや窓の隙間から覗く星空を見るに、建物などの遮蔽物が一切ない。どうやらそこは船の中であるようだった。

 

「本当に棺桶になるかどうかはお前次第だ……作戦を繰り返すぞ。今度のミッションは、絶海の孤島にいるレオナルド・アンダーソン……ダイナミクス・モーターズ社長の暗殺だ」

「絶海の孤島までは問題ないんだが、なんでそいつはそんなところにいるんだ?」

 

 べスターは「説明しただろう」と添えて、脇に置いてある煙草の箱に手を伸ばした。しかし、背後から「べスターさん」と窘められ――珍しく右京も同乗しているから、密閉された空間で吸って欲しくなかったのだろう――ため息を一つ吐いた。

 

「この国においてDAPAの武器製造が名目上は認められていないからだ。戦艦島は人工の島、巨大空母のような物で、一応領海ギリギリの外に設置されている。そこに深海や世界中の資源を集約させ、武器を製造しているわけだな」

「ちなみに、公海にあるってことは……」

「事実上DAPAの独立国家のようなものだ。喜べ、この国の法律はもちろん通用しないし、国際法も無視される、文字通り無法地帯だぞ」

「はぁ、そんな物騒なもんを許容するなんて、公務員はちゃんと仕事をして欲しいね」

「お前がその公務員だ。仕事をしてキチンと取り締まってこい」

「へいへい」

「続けるぞ……絶海の孤島にあるという特性上、普段のようにADAMsでの離脱は不可能だ。脱出用の脚は現地で調達する必要がある。ターゲットを排除した後にまたナビゲートするが……使えそうな脱出用の小型潜水艇はD区画にある」

 

 べスターがキーボードを操作すると、オリジナルの乗る狭小の乗り物内のモニターに地図が映し出され、ある区画に赤い点が点滅し始めた。要するにそこがD地区であり――同時に、オリジナルが乗っているのも小型の潜水艇か何かであり、海中からターゲットの元に向かっている最中ということなのだろう。

 

「一応聞くが、今乗っているコイツで往復するわけじゃないんだな?」

「あぁ。潜入を気付かれないようにするため、その潜水艇は海中で破棄する。こういった任務も想定して、お前の身体なら10MPaまで耐えられるように設計されているし、人工肺の気体調整で呼吸も問題ない。ランデブーポイントに到着したら潜水艇から脱出し、ゆっくりと浮上しろ」

「この高額そうな乗り物を海に乗り捨てね……贅沢なんだか、少なくともエコじゃないな」

「そういうのは嫌いか?」

「いいや、馬鹿っぽくて嫌いじゃない。しかし、接近は気付かれないのか?」

「問題ない。海中では赤外線とレーダーは使えない。察知されるとすればソナーだが、その小型艇やお前の体の大きさなら、少々でかい魚と判断されるだろう」

「それなら、潜入自体は問題なくできそうだな……その潜入作戦自体が無茶苦茶だということを除けばだが」

 

 べスターはそこで一度モニターから視線を外し、背後で同じく作業をしている右京の方へと振り返った。

 

「作戦完了後は、ケイスが脱出用の乗り物を制御する……いけそうか?」

「あぁ、何種類かの小型艇の操作方法は勉強しておいたよ。先輩は僕の予習範囲に収まる乗り物を選ぶように注意してくれ」

「まぁ、お前なら初めて見る機械でもなんとなく制御してくれそうな感じはするがな」

 

 最後の言葉はオリジナルの横やりだった。実際、星右京ならば最新のコンピュータープログラムで制御されているデジタル機材なら、ほとんどどんなものでも対応できるだろう――機械を直接的な手作業で動かす前世紀のアナログな機械ならまだしも、言語で処理できる機材ならハッキングで動作を命令できる訳だから。

 

 そんな風に思っている傍らで、べスターがヘッドフォンについているマイクを握って「続けるぞ」と切り出す。

 

「ターゲットのアンダーソンだが、夜間は居住区画の自室に居るはずだ。武器製造もアンドロイドがやっているし、夜に外に出歩くこともないだろう」

「こんな所に押し込められて、気でも滅入らないのかね?」

「代わりに高い給料をもらっているんだ、文句もあるまい……それに、あのデイビット・クラークが信頼を置いているんだ、世間一般の常識など気にしないような奴だろうよ」

「そう言われると、妙な説得力があるな……それで、戦艦島の防衛体制は?」

「有力な筋による情報によれば、第五世代型が百機程度配備されている」

「少なくは無いが、思ったほど多くはないな」

「孤島という立地上、そもそも不審者に上陸されないような防衛体制になっているんだ。空や海上から接近する分には、対空ミサイルに大型レールガンと、より取り見取りだぞ?」

「なるほど、それでそれらを無視できる海中からのアプローチが採用されたわけだな」

「そういうことだ」

 

 アラーム音が聞こえ、男は別のモニターに視線を移す――ソナーの画面だろう、虎を乗せた棺桶が規定地点に近づいているようだった。

 

「そろそろランデブーポイントだな。映像は共有されているが、海中でお前の方から話しかけることは出来ないからな。最後に確認しておきたいことはあるか?」

「えぇっと、確かライトが仮面に内蔵されていたと思うんだが……これって深海でも使えるのか?」

「もちろん、それの耐久性も織り込み済みだ。ライトはこめかみの辺りにボタンがある。今のうちにつけておいた方が良いだろう。呼吸に関しては、背に着けている酸素ボンベと仮面があれば一時間はもつ……それまでに潜入を成功させるんだ。

 最後に、マチルダからの伝言だ。明日の朝食までは帰ってきなさい、だと」

 

 マチルダというのは、グロリアのコードネームらしい。これもべスターの好きな映画からとった名前だろう。

 

「はは、お嬢さんのご機嫌を損ねると後を引くからな……善処するよ」

 

 オリジナルの正面がライトに照らされ、それと同時に小型の潜水艇の上部から空気の抜けるような音が聞こえ、徐々に船内に水が入ってくる――コックピットの中が完全に浸水するのと同時に上部の扉が開かれ、アラン・スミスは棺桶から漆黒の海の中へと飛びだした。

 

 ライトで照らされてると言っても、逆を言えば視界に入るものはその灯りだけだ。足場もなく、空気もない世界となれば、いくら酸素ボンベがあると言っても上を目指したくなるだろう。しかし、水圧に身体をならすために、一気に上昇することも許されない――そんな中、オリジナルは暗中をゆっくりと、だが着実に進み続けているようだ。

 

 むしろ、モニターを見守るべスターの方が緊張しているのかもしれない――その証拠に、「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」と右京がフォローを入れているほどだった。

 

「もちろん、理論上は潜入可能だ……しかし、こんな真っ暗な中で行く先を見失わずに、水圧に身体をならしながらなんていうのは、かなりの無茶だ」

「だからこそ、DAPAもこんな潜入が行われるなんて想定していないはずだし……それに、あそこに居るのは普通の人じゃない。数々の困難なミッションを乗り越えてきた暗殺者なんだ。必ずやり遂げてくれるさ」

「そうだな……」

「……僕がしっかり見ておくよ。なんなら、一服してきたらどうだい?」

「いいや、アイツを送り出したのはオレだ……見守る義務がある。それに仕事中なんだ、安易に離席するわけにもいかないだろう?」

 

 べスターはそう言いながら右京の方へと煙草の箱を放り投げた。右京はそれをキャッチすると、「それじゃあ代わりに」と飴玉の袋を投げ返し――男はモニターに目を戻して飴を取り出し口に放り投げると、すぐさまそれをかみ砕いてしまった。

 

 そこから画面が少しばかり早送りになると、闇の中を彷徨っていた虎は頭上に光を確認した。月明かりにしては眩しすぎるそれは、人工の光で間違いないはず――右京の言う通り、無事に目的地まで達したようだった。

 

「先輩、こっちの声は聞こえているね? 上陸できるポイントにナビゲートするよ……蜂の巣にされて海の藻屑になりたくないなら、僕が良いというまで浮上はしないように」

 

 右京がナビゲートするとなれば、監視カメラの死角を突き――ないし映像を改竄し――第五世代が配備されているところを避けてポイントを指定できるだろう。虎は少年の指示通りに海中を泳いで進み、最終的には連絡船を乗りつける桟橋のある場所へと浮上した。

 

 オリジナルは周囲に第五世代型が配備されていないのを把握して――恐らく順回路にはなっているだろうが、配備されている数が多くないので常駐しているわけではないようだ――上陸した。

 

 桟橋から戦艦島に渡るのが、今回のミッションの最大の鬼門であると言っても良いだろう。言ってみれば当たり前だが、桟橋の付近には見張りが常駐しているのであり、それらに全く気付かれずに侵入するのが困難だからだ。

 

 最初は排水管からの侵入も考案されたようだが、最終的には選ばれなかった。下水を通った時に付着する臭いが暗殺者の位置を知らせかねないからだ。アンドロイドたちは臭いまでは識別できないが、人には察知される可能性はある。

 

 その結果として生じた最初にして最大の関門に関して、虎がとった行動は次のようなものだ。まず、背負っていた酸素ボンベを取り外して適当な重りを追加し、それを海へと蹴り入れる。臭いに反応できない代わりに、アンドロイドたちは音には敏感だ。素早く物陰に身を隠し、音の正体を確認しに来るアンドロイドたちを待ち構える。

 

 確認に来たアンドロイドは二体だった。それも、普段のように完全迷彩は起動しておらず視認できる――それらの背後から腰部に素早くEMPナイフを投擲し、動かなくなった二体から素早くそれらを回収して、階段を昇って桟橋を渡る。

 

 配備されている全アンドロイドの細かい挙動まで確認されていなければ、EMPナイフでスタンした挙動はちょっとした電波障害として処理される。少なくともそういった設計で考案された武器ではあるし、同時にまさか細かくこの状態をモニターしている者はいないだろうということでの潜入案だった。

 

 ともかく、島に入ってからの移動に関しては、ARC社のビルに比べればスムーズだった。屋内と比べれば格段に身動きは取りやすく、また面積あたりに対する警備の数も多くない――その上、この島の上では第五世代型は姿を現したままになっている。

 

 さらに、今回の潜入に関しては内部の詳細な地図が手に入っている。しかも、ある程度のアンドロイドの配置と順回路まで記載しているのだ。もちろん少しずつ配置は変えているようだが、それでも大まかな警戒ポイントは変わらないおかげで、かなりの速度で目的地へと進むことができていた。

 

「……しかし、その確かな筋ってのはどこのどいつなんだ?」

「DAPAに潜伏している諜報員だ。先日、懇意になってな……今回のミッションを事前に聞きつけて、詳細なデータを送ってくれたんだ」

「へぇ、この前会いに行ってた奴か。どんな奴だ?」

「胡散臭いが、味方なら信頼できそうなタイプだ。お前もそのうち会うことになるかもしれない」

「胡散臭い奴ねぇ……そんな奴は、凄腕君だけで十分だが」

「……聞こえているよ、先輩」

 

 オリジナルの軽口に対し、右京は珍しく棘のある声色で反応した。しかし、本心から怒っているわけでもないだろう――虎は「味方なら信頼できそうなタイプ」という点まで含めて右京のことを挙げたのだろうから。

 

「しかし、アンダーソンが居る建物はその先だ。これだけスムーズなら、今日は早く……」

「……いや、イヤな予感がする」

 

 そう言って、アラン・スミスは建物の隙間に身を隠して立ち止まった。そこから僅かに身を乗り出し、先をじっくりと警戒する――戦艦島には、合計三千人程度の人型が存在する。そのうち九五パーセントが生産用の改良型の第一世代と第四世代、百が警備用の第五世代、そして残りの五十人程度のエンジニアなど医者などの人が目的地である複合施設に住んでいる。

 

 その複合施設は、人が暮らすのに最低限の景観を備えるためか、工場地帯からやや切り離された場所にある。つまり、現在アラン・スミスが身を隠している場所から居住区まで、開けた広間が五十メートルほど隔てている――そこには身を隠せるような遮蔽物が無いので、虎はそれを警戒しているのかもしれない。

 

「ケイス、あの建物の外に取り付けてある監視カメラは?」

「入口に一つだけだ。先輩が侵入する時には、ダミー映像を流すよ。第五世代の巡回もあるけれど、先輩から視えなければ問題ないはずだ。入口の電子ロックも問題なく外せるだろう」

「他に入口はないのか?」

「そうだね……周囲の工場とかと違って、アレは独立した居住用の建物だ。人が通れるような配管や地下道もないから……せいぜい、ドアの代わりに窓を破って入るくらいしか方法は無いかな」

「そうか……それなら、行くしかないな。今日に限って、迷彩が無いのが仇にならなきゃいいが……」

 

 海中を泳いで来る必要があったので、いつものステルス機能付きの外套を着てこれなかったのだろう。ともかく、オリジナルも意を決したように建物の前の広場に躍り出て、素早く、そしてなるべく物音を立てないように扉の方へと走り出した。

 

「……見つけたぜ!!」

 

 頭上から声が聞こえたのと同時に、扉の前の広場に巨大なスポットライトが当てられる――虎が声のしたほうを振り返ると、建物の屋上に設置されているライトの横で、不敵な笑みを浮かべながら眼下を見下ろすフレデリック・キーツの姿があった。

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