B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
戦艦島からの脱出に関しては手際よく行えたようだ。そもそも、この時代の第五世代には超音速戦闘を行えるだけの機構は備わっておらず、TF19の撃破後はオリジナルに有効な戦術を取れる敵がいなかったのだ。無駄な戦闘を避けるに越したことは無いので、わざわざ全滅させるような真似こそしなかったものの、最短距離上にいるアンドロイドに関しては撃破し、D地区から潜水艇を一つ奪って脱出したという流れだった。
映像が切り替わり、海上で潜水艇からオリジナルが姿を現したタイミングで、隣に座るべスターが少し大きめに息を――もとい煙草の煙を吸い込んだ。
「……レオナルド・アンダーソン暗殺の後、フレデリック・キーツはダイナミクス・モーターズの事実上の最高責任者になった」
「社長になった訳じゃないのか?」
「あぁ、社長には別の者が就任した。しかし、その後の事実上の決定権を持っていたのはキーツだ。どうしても技術者であり、現場側の人間だからな……手を動かしていたかったんだろう。
とくに、新しい武器の開発に尽力していたようだな。先ほどのを見れば分かると思うが、結局この時点では虎に対して第五世代型のアドバンテージは無かったのだから」
「しかし、旧世界では超音速戦闘を出来る第五世代は作られなかったんだろう?」
「それには二つ理由がある。一つは、虎との戦闘は今後、リーゼロッテ・ハインラインの強化で対応しようという戦略がメインに取られたからだ。実際、超音速の世界に対応できるだけの戦闘技術を持っているのは、彼女しかいなかったからな」
そこでべスターは煙をゆっくりと吐き出し――まるで先ほど画面内で吸えなかった分を補填しようと言わんばかりだ――次のように続けた。
フレデリック・キーツとオリジナルが直接的に対峙をしたのは、この戦艦島が最後であったらしい。もちろん、この先何回かの潜入において、虎を迎撃するためのトラップに関してはキーツがかなり手を入れていたとは推測される。
しかし、それらも原初の虎の持つ固有の勘と、星右京のハッキングとが合わさった結果、ほとんど難なく切り抜けられたこと。同時に、それらをキーツは映像記録として見ているはずであり――ガングヘイムで彼が見せた虎への執着は、恐らくその辺りが起因しているのではないかということが語られた。
「第五世代型に超音速戦闘の機能が取り入れられなかったもう一つの理由は……ここからそう遠くないうちのその必要性が無くなったからだ。
原初の虎とデイビット・クラーク、二人の傑物が亡くなってからは、互いに泥沼の正面衝突が多くなった。原初の虎の行動パターンを模したAIを持つパワードスーツT2も、結局はアラン・スミスほどの戦闘力を持つには到らなかったからな。
そういう意味で、キーツも虎ばかりに執着している暇も無くなってきたのだろう。それで……」
隣に座るべスターはそこで言葉を切り、背もたれに頭を押し付けてしまった。右手に持つ煙草から立ち上る紫煙をしばらく眺め手待つが――どうやら何から話したものかと迷っているようだった。
「話したい順に話してくれれば大丈夫だぞ」
「あぁ……しかし、本当に様々な情報が……いや、様々な感情が交錯していて、上手く話せるとは思えないな。味方内でも敵陣営でも、タイガーマスクの存在は非情に大きかったと言えるだろう。誰もかれもが、お前の幻影を追っていたように思うんだ」
「俺はクローンだ、オリジナルじゃない」
「はは、そうだったな……しかし、こうやって話していると、お前がクローンだということをいつも忘れそうになる。惑星レムで女神によって創り出されたアラン・スミスは、オレの知るアラン・スミスと同じように話し、同じような行動を取る……まるで久々に会った旧友が、以前と全く変わっていないかとでもいうかのように」
今のべスターの言葉に関して、自分も思うところが全くない訳ではない。ブラウン管に映し出される原初の虎は、自分の予想通りの行動を取り、自分ならこう返すだろうという言葉を紡ぎ出す――そうなれば、べスターが自分をオリジナルと錯覚するというのもおかしな話でもないのかもしれない。
そんな思考を他所に、べスターは無精髭を撫でながら笑い、改めて煙草のフィルターに口をつけながら、左手のリモコンをブラウン管に向けた。
「やはり、これまで通りに時系列順が良いだろう。お前に向けられた個々人の感情に関しては、オレの予想でしかないからな……本当の所は当人にしか分からない訳だが、後はお前の眼で見て判断してくれ」
画面が再び切り替わると、先ほどの真っ暗な海の情景から雰囲気が一変した清潔な白い壁が映し出された。そしてその中央には、以前に見たのと同じように、少年と二人の少女が居り――少し雰囲気が変わったように見える所と言えば、割と人見知りの右京とグロリアが晴子と打ち解けているらしいことと、晴子の血色が少し良くなっているように見えるところだった。
◆
「姉がいるって言うのは悪くないかもしれないわね」
べスターの見つめる先、歓談する三人の中で、グロリア・アシモフがそう呟いた。
「あら、グロリア。どうしたの急に?」
「晴子は優しくて面白くて、こんなお姉さんだったら居ても良かったなぁなんて思ったの」
グロリアの言葉に晴子は優し気にはにかんだ。これで二回目の見舞だったらしいが、若い者同士ですぐに打ち解けてくれたらしく、少女二人に関しては既に言葉遣いも親密さを感じるものになっていた。
何より晴子の表情の柔らかさは、先日と同一人物とは思えないほどだ。やはり、グロリアと右京の存在が、晴子にとって良い刺激になったのだろう――自分に会いに来てくれる人がいるだけで、人は前向きになれるのかもしれない。それが僅かな前進であったとしても、ずっと負の方向性へ向いていた晴子の心にとっては大きな前進だったとも言える。
ともかく、妹に良い刺激を与えてくれた片割れの少年が、いつもの皮肉気な微笑を浮かべながらグロリアの方へと向き直った。
「兄はダメなのかい?」
「兄はダメよ。男ってガサツで自分に酔ってて、意味不明なことばかり言うんだもの」
「それは君の主観から見た男がダメな理由で、兄がダメな理由にはなってない気がするけれどね」
「そういう無駄に理屈っぽい所もマイナスポイントよ。まぁ、別にアナタ達に良い所があるのも理解はしているわ。ただ、やっぱり甘えられる存在ってなると、同性の方が気心も知れていて良いじゃない?」
グロリアが念を押すように「ね?」と声を掛けると、晴子はまたはにかみながら口元を抑えて笑った。
「ふふ、気持ちは嬉しいけれど、アナタみたいに綺麗な子が私の妹だったら、ちょっと恐縮しちゃうかも」
「あら、晴子だって綺麗よ。右京だってそう言っていたわよ?」
グロリアの唐突な暴露に、右京は珍しく肩を跳ね上げたようだ。そのまま「違う……いや、違わなくないんだけど……」と小さな声で言い訳をしながら、珍しく顔にびっしりと汗をかいているようだった。
自分としてもその様相は面白く、べスターやグロリアも同様だったようで――暴露に関しては意地が悪かったとも言えるが、恐らくグロリアなりに晴子と右京の関係性を配慮した結果だろう――癖っ毛の少女はニヤニヤと口を緩め、保護者の方は笑っているのを悟られないようにするために口元を抑えている。
しかし、この中で唯一、浮かない表情をしている者がいる――それは綺麗だと賞賛を送られたはずの晴子で、憂い顔で視線を落としてしまっていた。
「……こんなみすぼらしい姿、本当はそんなに見られたくないんですけれどね」
晴子の気持ちは彼女にしか分かるものでもないが、恐らくはせっかく人が会いにきてくれているというのに、やせ細った姿を見せるのが情けなく、自己嫌悪に陥っているというところだろうか。逆を言えば、先日は人目を気にすることもないほどに落ち込んでいたのに対し、他人に対して興味を取り戻したと言えなくもない――とかく人の心は複雑なものだが、これも自分からしてみたら良い兆候のように思われた。
自分とは対照的に落ち込んでいる彼女を慮ってか、グロリアは少し身を乗り出しながら晴子の髪をじっと眺めながら口を開いた。
「でも、今日は髪も梳《と》かしているし……長くてきれいな黒い髪、私は癖っ毛だから憧れちゃう」
そう言いながら、グロリアは自分の前髪を一束つまんで伸ばして見せた。すぐにそれらは元の彼女らしい跳ね返りを取り戻してしまい――その様子を見て晴子も少し元気を取り戻したようだ。
ともかく場の空気が落ち着いたタイミングで、今日も後ろで立ちんぼしていたべスターが一歩前へと進んだ。
「それで、手術の件は考えてくれましたか?」
「はい、前向きに検討はしています。ただ、何点か不安もありまして……再生手術は拒絶反応の危険性もゼロではないと聞いていますし、成功しても以前のように動かすにはかなりのリハビリが必要になるとも。それに……」
「……やはり、退院後の不安が大きいですか?」
男の質問に対し、病床の少女は再び憂い顔を浮かべて「はい」と頷く。
「高校中退の私には学もありませんし、事故で身体が弱っている状態では、兄のように力仕事もできません。それに、手術の費用を考えれば、貯金も心もとないですし……そこから勉強しなおして大学に行くというのも難しいと思っています」
「一応、生活保護という手段もあります。この国の現在の福祉制度上、審査は厳しいでしょうが……アナタのように若くて再起の可能性がある人なら受給できるかと」
「でも、絶対ではありませんし……それに、なにかしら手に職をつけなければいけないことも変わりません。もちろん、色々と調べてはいて、職業訓練校のようなものがあるのも分かったのですが……やはり、現代では多くの仕事をAIやアンドロイドがしてくれますから。中々難しそうで……」
晴子はそう言いながら、ベッドに備えつけられている端末から正面にエアモニターを出し、色々とスワイプし続けている。その表情は、何とも暗いモノであり――人と触れあって少し落ち着いたものの、やはり未来に対する希望の持てなさは払しょくできないようだった。