B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
晴子の言う通り、この時代における人の仕事の領域は二極化されていた。企画や構想、要件定義などの方向性を定める上流の仕事か、はたまた極度の単純作業や力仕事が人には割り振られていた。
というのも、AIやアンドロイドは人の生活をサポートする存在であり、自分から目標を生み出すことはしない。もちろん、ある一つのプロジェクトを完成させるために必要なタスクを生み出すことは出来る。しかし、そのプロジェクトそのものが必要だと意思決定するのは人でしかあり得ない。そういう意味では、人工知能単品では上位存在が求める所の「意味を創り出す」ことは出来なかったのだろう。
一方で、AIやアンドロイドの活動量や作業スピード、効率は人間のそれと比較しても非常に高いモノであり、ある意味では「簡単すぎる作業をやらせるのがもったいない」という逆転現象が生じていたのだ。
アンドロイドが発達する前は単純作業こそ彼らの役目と思われていたはずなのに、その存在がやはり高価であることから――もちろん、人を五年雇用すればお釣りが来る投資であり、耐用年数から考えれば割りは悪くないはずなのだが――資本力のない中小企業や現場での仕事するのに人の雇用は継続されていたという形だ。オリジナルが事故前に現場の仕事に携わっていたのは、こういった世情を反映してのモノだろう。
「……それなら、べスターの所に居候させちゃうのはどう?」
唐突にそんな提案を出してきたのはグロリアだった。彼女は懇願するような瞳でべスターの方を仰ぎ見ている。
たとえばこれがナナコの様にポジティブなタイプが言ったのだったら、妙案だと言わんばかりの元気な声をあげていただろう。しかしグロリアはそう無邪気なタイプではない――無理だと分かっていても、ただそうあったらいいのにという願望を思わず口にしてしまった様に見える。
もちろん、少女の無理な要求に対して、べスターは首を横に振って応えた。
「お前の気持ちを組んでやりたいのは山々だが、ウチには既に居候が何人もいるからな……」
「あら、そうなんですか?」
今度は晴子が口を挟んできた。グロリアの言ったことを期待していたのだろう、晴子は無理と言われて目に見えて意気消沈しているようだった。
「えぇ、まぁ色々と事情がありまして……」
「確かに、何となく訳アリって感じですものね。差し出がましいことを聞いて申し訳ありません」
深々と頭を下げる晴子に対し、べスターは「いえ、お気になさらず」と返して後、グロリアを手招きして呼んで廊下へと出た。
「あのなグロリア……アランの気持ちも考えろ」
ため息交じりの男の声に対し、グロリアは少し泣きそうな顔で俯いており――同時に納得いかない、ともいう調子で唇を尖らせている。
「分かってるわよ……二課は秘密の機関だし、何よりアランも暗殺者になってるなんて晴子に知られたくないでしょう。でも、でも、アランは晴子のことを大事に思ってて、晴子だってアランのことを大切に想ってるのに……二人とも生きているのに、もう二度と会えないだなんて寂しいじゃない」
「そうだな……だが、伊藤晴子の兄は死んでいるんだ。その事実は覆らない」
「……アランは生きているわ。もちろん、アナタの言いたいことは分かっている。でも、アラン・スミスは間違いなく生きているの……」
小さく呟く少女の肩に男は手を置いて、ゆっくりと首を横に振った。グロリアの方もそれ以上の我儘は言わずに呑み込んでくれた。べスターが病室へ戻ろうと扉を僅かに開くと、中から右京と晴子の話し声が聞こえ始めた。
「……他人の人生に責任を持つことは、余りにも重大なことです。自分の面倒だけだって見切らないのに、誰かを支えようだなんて傲慢なんじゃないって……そんな風に思ってしまうのです」
「えぇ、アナタの言う通りだと思います……そういう意味では、兄は傲慢な人だったのかもしれませんね」
「誰かを救うという行いは、偽善だということですか?」
少年の言葉に対し、少女は髪を揺らしながら首を横に振った。
「誰かを救おうとする行いは一見すると貴《たっと》く見えますが、本当なら、救われる側にも覚悟が必要なんだと思います。
たとえば、私なんかが良い例ですね。辛い辛いと沈んでいきたい時に差し伸べられる手は、有難くもありますけれど、同時に重責のように感じられることもある……」
「僕らがここに来るのは、アナタにとってはおせっかいでしょうか?」
少年の二度目の質問に対し、やはり少女は首を横に振る。
「そこが人の難しい所なのでしょうね。アナタ達が来てくれるようになったおかげで、私は少し前向きになれました。でも、同時に……私なんかのために時間を使わせるのが申し訳なくって。
だから、手術を受けることで、アナタ達の厚意に応えたい気持ちもある一方で……やはり、この世界で一人で生きていくが怖いんです」
言葉を終えた時、晴子は右京の方をじっと見つめていた。対する右京は何も返答せず――出来なかったのかもしれない――しばらくいると、晴子は視線を外して自嘲気味な笑みを浮かべた。
「右京さんってモテそうですけど、すぐに愛そう尽かされるタイプですね?」
「否定はしません。今だってアナタが期待していることは何となく分かっていました。しかし、自分の言葉に責任を持つことが怖かった……」
「浅ましい女と軽蔑するかしら?」
「いいえ、僕がアナタの立場なら、きっと同じように思い、期待したことでしょう。だからこそ理解できたのであり、同時に……だからこそ返事をすることが出来なかったんです」
「アナタは真面目過ぎるのね。慎重すぎる、というのが正しいのかもしれないけれど」
晴子の指摘に、右京は肩を揺らした。以前、自分はシンイチに同じことを言った。お前は真面目過ぎると。あの時に右京の魂が動揺したのは、晴子に同じことを言われていたせいなのかもしれない。
自分が言った真面目という形容は勿論だが、晴子の言った真面目も良い意味ではないはずだ。もちろん、相手の立場や未来のことまで考えれば安易な行動や言動を取るべきでないのは一つの正論ではあるが――あまりにも気を使いすぎれば疲れるだけだし、様々な可能性に雁字搦めになって、結局は何も行動できなくなるはずだ。
そして、そんなことは聡明な少年はとうに気付いているはずであり――だから図星を突かれたような居心地の悪さを覚えて押し黙るしかないのだろう。
晴子はというと、そんな右京の様子に満足したのか、雰囲気を少し柔らかくした。
「でも、それだけ考えている証拠だとも思います。私が先ほど、兄を傲慢だったと表現したのはその辺りです。
別に、本心から兄が偉ぶっているとか、そんな風に思っているわけではないのです。ただ、困っている人を見れば、相手の気持ちも考える前に……救われる覚悟が無い者にも手を差し伸べてしまう」
「しかし、事故から女の子を救った時のことを考えれば……その子は覚悟をする時間もなかったはずです。お兄さんはそういった、理不尽な暴力に対してこそ立ち向かっていたのではないでしょうか?」
「えぇ……だから兄さんは、私の大好きな、お節介な焼きなヒーローだったんです。時おり、あの人の差し伸べられた手を億劫に感じることはありましたが……なんやかんやでその手を取ると確かに良い方に進んでいくから、私は、最終的にはいつも兄の言うことを信用出来たんです」
今の二人のやり取りに関しては、自分としては色々と感ずるものがあった。まず、自分がレムにおいて、エルやソフィア、クラウと時おり上手く噛み合わなかったのは、晴子の言っていたことが原因なのかもしれない。
自分はこちらが思っていることを、少女たちに押し付けてしまっていたのではないか? 相手の立場を考えているつもりで、自分の偽善を押し付けてはなかったか? 思い返せば、結構反発されることも多かったように思う――それは晴子の言うように、少女たちがこちらの手を億劫に感じている時だったのかもしれない。
同時に、画面内の二人が自分のことを――正確にはオリジナルのことだが――理解し、認めてくれるのが嬉しくもあった。右京などはフォローを入れてくれたのであり、晴子は兄のことを信用してくれていたのだ。
そんな事実に対して自分が感じ入っていると、ブラウン管の中で右京が「しかし……」と軽い口調で切り出した。
「晴子さんは見かけによらず歯に衣着せませんね」
「あら、そういう右京さんも、なかなか皮肉を言いますよね。見かけによらずなんて失礼だと思いません?」
「正当防衛ですよ、言葉のね」
「あぁ言えばこう言う……でも、あんまり遠慮しているよりも、そっちの方が親しみがあって良いと思いますよ。初めて見た時は、なんというか……隙がなくて、ちょっと怖かったですから。もう少し、肩の力を抜いても良いと思います」
「それはアナタの言うところのお節介では?」
「アナタと違って、私は自分の言葉に責任を持つ覚悟がありますから」
今の言葉の真意は、流石の自分でも分かる。この短期間で、まさか二人の仲がここまで進展するとは。兄の血を継承している自分としてはやはり複雑だが、同時にこの二人は波長が合っているというのも理解できる。
それは、きっと扉の前で病室内を見守っているべスターとグロリアも感じ取っていたのだろう。黙って成り行きを見守っていたようだが、右京が「まいったな」と頭をかきながら首を回すと、とうとう二人だけの空間は終わりを告げたのだった。
「聞いていたのかい?」
「あぁ、バッチリな」
「えぇ、バッチリね」
「ふぅ……まったくみんな人が悪い」
右京は自虐的な笑みを浮かべてため息を吐き、再び寝台の方へと向き直った。
「ここに来ると、墓穴ばかり掘らされますね」
「もう来るのはイヤになりましたか?」
「いいえ、やられっぱなしは癪ですから。また来ますよ」
少年はそれだけ言い残して立ち上がり、聞き耳を立てていた二人を押すようにして病室を後にした。その背後では、晴子が微笑みながら少年の背に手を振っているのだった。