B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
俺とソフィアの二人は、店主が現れてから宿を後にしていた。駐屯地に今回の襲撃の報告をするためである。回復魔法のおかげでほとんど治っているようだったが、それでもケガをしたばかりのエルと、クラウの二人が宿で状況説明の対応にあたっている。
「……さっきの、全部撃ち堕とせたのか?」
「分からない……でも、大多数は堕とせたはず。仮に生きているとしても、大分力は削ぎ落せたと思う」
横を歩くソフィアは、ボンヤリとしながらそう答えた。夜中で眠いから、というわけではない。何かを思いつめたような表情をしており――つまり、考え事をしているせいで心ここにあらず、となっているようだった。
「あのな、ソフィア。なんでも自分のせいだ、なんて思ったらダメだぞ?」
「……えっ?」
きっと、先ほどの吸血鬼の襲撃の件で、エルに傷を負わせてしまったことに心を痛めているに違いない。とはいえ、敵としては、更に言えば理性のある相手なら、強力な攻撃手段を持つ魔術師を最初に潰したいのは当然だろう。だから執拗に狙われてしまい、それを庇ったからエルは名誉の負傷をしただけなのだから、ソフィアが気にすることもないはずだ。
「なんと言うか、ソフィアは強すぎるんだよ。気持ちも、魔術もさ。だから、自分が頑張らないとって思ってる。でも、実際は、一人一人に出来ることなんか、限られてるもんで……だから、もうちょっと周りを頼らないとダメだ」
実際、強すぎると思う――正直、魔族と対峙しているときのソフィアは、凛々しい以上に、鬼気迫るものがあった。しかし、生まれた時から魔族憎し、魔王を倒せ、と言われ続けてきたのだから、それも仕方のないことかもしれない。
しかし、こちらの言葉に対して、ソフィアは「え、えぇっと……」と困惑の表情を浮かべている。
「……まさか、全然、別のことを考えていた?」
「……うん」
やってしまった。勝手に説教を垂れるとは、これが老害というヤツであろうか。いや、自分だってまだそんなに老いた気はないし――まぁ、結局自分が何歳かも分からないのだが。
こちらが悩みに眉間を抑えていると、気遣ったようにソフィアが笑った。
「でも、ありがとう、アランさん。それに、さっきも二回、また護ってもらって……私、ダメだなぁ……」
「あーほら、今度こそ自分のせいだって思い始めただろ」
「う、うぅ……うん」
「まぁ、俺ももうちょっと頼れるように精進するからさ。自分のせいにしたら駄目だぞ?」
「うん、ありがとう、アランさん」
「それで、結局何を考えていたんだ?」
「……うん、アランさんには、話すよ。とりあえず、二人だけの秘密にしてほしい」
ソフィアの表情は真剣だ。これはつまり、エルとクラウにも話せない、ということか。しかし一人にしか言えないのなら、自分ではなくエル辺りに言うのが正しい気がするのだが。
「……あの二人にも、言えない訳があるのか?」
「確証が無いうちに、言ったら誰かが傷つくことだと思うから……アランさんは、レヴァルに来てまだ日が浅いから、大丈夫だと思う」
「あぁ、分かった。それじゃあ、聞かせてくれ」
ソフィアは頷いた後、周囲を見回しているようだった。時刻が彼女に味方をしてか、宿のほうは騒ぎになっているものの、こちらは静かで動物の気配すら感じられない。
「……今回の襲撃を手引きしたのは、ジャンヌさんだと思う」
その言葉は、一瞬意味が分からなかった。あのジャンヌさんが――聖女と形容するのが相応しいような、清廉な女性。それが、吸血鬼をけしかけてきた――それは、にわかには信じがたいことだった。
だが、今の自分はソフィアの味方。少女が二人に聞かせたくなかった理由も分かるし、下手な憶測で人を犯人扱いする子でないことは分かっている。だから、彼女の推理を冷静に聞こうと決意する。
「……生半可な推理じゃないんだよな、理由を聞いてもいいか?」
「うん……まず、今回の宿を決めてくれたのは?」
「……ジャンヌさんだな」
「それに、私たち以外で、あの宿に泊っているって知っているのは、ジャンヌさんだけなんだ。まだ、軍の方には、私の宿泊先は伝えてなかったから……」
そう言えば、今日の昼に宿は決まったか、とジャンヌさんはクラウに確認を取っていた。他に尾行なども考えればジャンヌさん以外にも自分たちがあの宿を取っていたことは知る由はあるのだろうが、それが無いとすれば知っているのはジャンヌさんだけになるのも確かだ。
「あとは、宿の立地や構造もだね。これは襲撃されてから気付いて、やられた、と思ったけれど……二階建てが多く、せいぜい三階建てまでしかないレヴァルにおいて、四階のあの場所は空から襲撃をかけやすい。それに、駐屯地や詰所からも離れているから、異変に気付いた軍がすぐに救援に来ることもない」
「えぇっと……一応、あのヴァンパイアに凄い索敵能力があって、空から探したってことは……?」
「その可能性はかなり低いよ。二階や一階だったら、窓から私たちを探すのもかなり難しいし、それにアランさん、そういう感じはした?」
「……迷いなく、真っすぐに向かってきていたな」
「うん。ジャンヌさんは、私たちが大部屋を使うことが分かっているから、四階って部屋まで分かってたはずなんだ。
そもそも、軍の見張りがあるのに、魔族が悠々とレヴァルの空を飛んでいること自体がおかしいんだよ。城塞を飛んで超えてくるのなら、見張りに気づかれるはず……アレは、やっぱり地下から城塞を抜けて、街に入り込んでいたんだと思う」
「……つまり、ジャンヌさんが襲撃を掛けやすい場所に俺たちを集めて、地下通路から魔族の侵入を手引きした、と?」
「うん……矛盾するような推測とか、あったかな?」
「いや、言われたらそうとしか思えなくなってきた……」
ソフィアの推理は筋がしっかりと通っているように思われる。しかし、これをこの移動中の短時間に思いついたというのか。いや、実はもっと前から想定していたのではないか? 思い返せば、昼の時点で自分が街の中に犯人がいる、と言いかけてソフィアがそれを止めた時、近くにジャンヌさんが居たのだ。それ以外にも、先ほどソフィアが言っていたことで引っかかる表現があったのを思い出す。
「なぁ、さっき、これは襲撃されてから気づいたって言ってたよな? つまり……もう少し前から、ジャンヌさんが怪しいって踏んでたってことか?」
こちらの質問に、ソフィアは小さく首を縦に振る。
「疑惑を強めたのはさっきだよ……今日の昼までは、あくまでも容疑者の一人だった。捜査線上に上がっていた理由は二つ。一つは、結界を弱めることが出来るのは、結界の使い手だということ……魔族にも邪神を崇めて使う魔法があるから、魔族の僧侶でも可能だけどね」
「もう一つの理由は?」
「地下道が、どこを通じているか考えたら……この街は古い建物が多いけれど、地下道が利用されていた時から残っている建物は大聖堂くらい。それに、大聖堂は街の中央にあって、何かあった時の避難先になっていたと思うから……」
「なるほど、地下通路を使える人として、容疑者に上がってた訳か」
「アランさん、私、昼にジャンヌさんの前で、堀のそばの地面から生えてきたらって言ったよね?」
「あぁ、あれ、カマをかけてたんだな?」
「うん……ジャンヌさん、一瞬だけ固まってた。それで、こう思ったんじゃないかな……何者かが結界を弱めているのがバレている上、地下通路にまで目星をつけられている……だから、少し焦って、今回の襲撃を手引きしたんだと思う」
そして、その事実を知るソフィアを、あの吸血鬼は執拗に狙っていたという事か。
「……もちろん、今話したのは全部憶測、状況証拠しかないから。私が捜査線上にジャンヌさんを出してしまっていたせいで、全部それに収束させるように事実を曲解して認識しているだけかもしれない。
だから、ジャンヌさんをすぐに捕まえるのは難しいし、とくにお世話になっていたクラウさんが聞いたら、ショックを受けると思うから……」
「……これから、どうするんだ?」
「ジャンヌさんが白か黒か分からない。一応、結界の修復で変なことをしていないかは、レオ曹長達に見張ってもらってるよ。それで、どちらにしても、今日という日に魔族がレヴァルを襲ったのは間違いのない事実。
そうなれば、少なくとも魔族は地下通路を使った可能性も高いと言える……だから変わらず、地下通路の調査、だね」
「それで、ジャンヌさんが本当に尻尾を出したら……」
「……ひとまず、軍で拘留。それで高い確率で、異端審問にかけれると思う」
そこで、少女は話を一旦切った。こちらも、少し状況を整理する。ソフィアの言うように、状況証拠だけで考えればジャンヌさんは大分怪しい。しかし、動機が見えない――これが腑に落ちない理由だろう。魔族に加担しているとして、なぜ彼女はそれを選んだのか? それが分かれば、もう少し納得感が出てくるかもしれない。
「……なぁ、魔族に協力する人間って、いるのかな?」
「それは、分からない……操られているだけかもしれないし、自分の意志かもしれない……歴史的に見て、魔族に味方をする人間は、僅かにはいるんだよ。
人間世界に絶望して、もしくは、魔族の甘言にそそのかされ……もしジャンヌさんが自分の意志で魔族の味方をしていたとしたとするなら、それは深い理由があるんだと思う」
「操られていた場合は、無罪になるのか?」
「……良くても、教会からは、追われてしまうと思う。レヴァル大聖堂を任されるだけの地位にありながら、魔族に隙を見せてしまったことになるから」
「そうか……」
それなら、操られているほうが良い。知っている人が、クラウが世話になっていた人が、異端審問に掛けられる――どうせ名ばかりの死刑宣告だ――よりは、教会なんぞ追われてしまうほうがマシに思える。
しかし、少女の表情を見るに、恐らくその可能性も低い、ということなのだろう。
「……ソフィアは、ジャンヌさんが自分の意志で魔族に味方していると思ってるんだな」
「うん……操られている可能性を考えて、今日会った時に、ジャンヌさんの魔力を遠巻きながらに観察したんだ。もっと近づかないと分からなかっただけかもだけれど……それに、操られている場合、人として生活するのに整合性が取れなくなってくるんだよ。
その違和感は、親しい人なら気づくはずだから……ジャンヌさん自身の意思で、周りを欺いている可能性が高いと思う」
ソフィアほどの観察眼があれば、それはきっと高い確率で正解なのだろう。自分なんて、この世界のことをほとんど知らないのだから。馬鹿の考え休むに似たりは卑屈過ぎても、ソフィアの推理を上回る仮説は出せそうにない。
しかし、仮にジャンヌさんが魔族に加担していた場合、どうしても同時に気にかけなければならない人物がいる。
「……一応、確認していいか? クラウのことなんだが」
「多分、クラウさんがジャンヌさんに加担しているかってことだよね? 仮にジャンヌさんが手引きしていたとして、確かにクラウさんが内通していれば、今回の襲撃はより容易にできることになる。でも、クラウさんは白だと思うな」
「理由はあるのか?」
「単純に、龍を倒すのに協力してくれたこと。それに、もしジャンヌさんが黒だとして、それならクラウさんが吸血鬼に加担するだけで、私は簡単にやられていたはずだよ」
「……確かに、クラウの補助魔法が無ければ、エルともどもソフィアもやられていておかしくはなかったな……怪しまれないように協力したふりをするにしても、千載一遇のチャンスを逃すはずもない」
それに、吸血鬼を撃退できたのも、クラウの聖水のおかげだ。これから襲撃してくるものの弱点など、もし間者なら手渡しておかないだろう。
「うん。だから、クラウさんは……少なくとも、私たちの味方だよ」
「あぁ、そうだな……この場にいないとはいえ、疑って申し訳なかったな」
「ふふ、アランさん、真面目だなぁ」
ソフィアはそう言って笑い、しかしすぐにまた真剣な顔に切り替わった。
「あと一つ、ちょっと状況を整理すると……第三勢力が居るかはちょっと分からなくなってきたね」
「えぇっと、今回の襲撃は、魔王軍のモノという感じだったからか?」
「うん。レヴァルの結界が弱まることは、第三勢力の利益になるかは不明だけど、少なくとも魔王軍の利益にはなる」
「それなら、あの龍のことも今回の襲撃も、全部魔王軍の仕業と考えるのが自然か?」
「うん、そうなる……でも、これは全く勘だけれど、私はやっぱり第三勢力は居ると思うんだ」
「……理由は?」
「一つは、龍がオークを攻撃した理由が、魔王軍には無いから、なんだけれど……もう一つ、今までこういう回りくどい策を、魔王軍が使ってきたことがない、からかな。知性の低い魔族が多いのもあるけれど、結構魔王軍は正面衝突、強行突破な作戦を取ることが多いの。それは、この三千年近くに及ぶ歴史の中で、いつもそうだった」
「そうなると、第三勢力と魔王軍が組んで入れ知恵をしている、と?」
「うん、そういう感じがするな。それでも、オークの件は謎だけれど……」
そう言いながら、ソフィアは再び考え込むように手を口元に置いた。しかし、ソフィアは凄い。もちろん、魔術の腕は言うまでもないし、精神も十三にしてあり得ないほど成熟しているのもそうなのだが、この推理力まで見せられたら大人側としても唸るしかない。
というか、勇者の判断は間違いだったのではないか? 確かに、この子は無茶をする子ではあるが、これほど理知的に状況を判断できる力まであるのだ。追放するなどもったいなかったのではないか。それこそ、多少の無茶は、周りでサポートすれば良かったのに――そう思わざるを得ない。
しかし、ソフィア・オーウェルは、自分の横に居る。そして、自分は彼女に借りがあり、一緒に頑張りたいと思っている。今は、それで十分だ。
そして気が付けば、もう少しで正門付近のメインストリートという場所まで来ていた。あともう少しで駐屯地に着く。
「……ねぇ、アランさん」
「うん、また何か思いついたのか?」
「うぅん、違うくて……その、アランさんは、お胸は大きい方が好きなのかなって」
あまりの衝撃にふっ、と横を向くと、ソフィアが真剣な表情でこちらを見ているのが見えた。
「いや、今までの話の流れでどうして突然そんな話題が出るんだ!?」
「だって、これ以上考えても、もう分からないし……それで、さっきのことで、気になって……」
「そうだなぁ……まぁその、なんだ、俺も男の子ですから? 主張しているものが目に入れば、それはつい見てしまうと言いますか。それだけ空間を占拠しているんだ、いやでも目に入ると言いますか……」
「アランさん、敬語になってる……」
「ごほん! いやぁ、わっかんないなー俺記憶ないからなー」
まぁ、大きいのが好きかと言われたらそれは好きという話ではあるのだが、しかしただでさえクラウに事案だとか言われているのだから、これ以上踏み込んだらマズい気がする、そう、倫理的に。
「それじゃあきっと、大きいのが好きなんだね」
「何故にそうなる!?」
「だって、無意識で見てるってことだよね? それは好きってことなんじゃないのかなぁ」
この子の鋭さからは逃げられないという事か。いや、鋭いのもクソもバレバレか。しかも絶妙なタイミングで駐屯地の前に着いてしまった。ここで変なことを言っていたら、それこそ衛兵さんこちらですになりかねない。切り抜けなければ――そう、できるだけスマートに、そしてクレバーに。
「……頑張って記憶を思い出しておくから、この話はここまで!」
「あ……ズルい!」
そう言いながら、俺は詰所の扉を開いた。全くクレバーではなかったが、ひとまず窮地はこれで脱しただろう。さすがに、ソフィアも職場でする話ではないと思ってくれたのか、ズルいと言いながらもこれ以上の言及はしてこなかった。
しかし、駐屯地の中は深夜だというのに騒がしい。もちろん、敵襲に備えて深夜でも稼働しているのは織り込み済みだが、それにしても入口付近ですら兵たちがワタワタあわただしくしているのが見える。
「……ソフィア准将!」
そして、中の一人がソフィアの存在に気付き、こちらに急ぎ足で近づいてきた。
「フィリップ大佐、どうしましたか?」
「そ、それが……勇者の居られるバルバロッサ前線基地が、壊滅したとの連絡が入りまして……!」
なるほど、それが原因で、どう対応すべきか慌てていたという事か。確かに、救援を送るのか否か――送るのが筋だろうが――送るとして、どれくらいの規模で送るか、その場合の兵站はどうするかなど、課題は山積みだろう。
「うーん……これは、地下通路の調査どころじゃなくなってきたかな……」
自分やエルたちは良いとしても、軍の司令官がこの窮地に指揮を取らないわけにはいかないだろう。ソフィアが抜けるのは厳しいが、それでも俺たち三人で調査を続行しようか――そう言おうかと思って横を見ると、少女は少し俯いて、何か呟いているようだった。
「……ソフィア?」
「……た……け……」
小声で聞き取れないので、少しかがんで、耳を澄ませてみる――。
「……シンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃシンイチさんを助けなきゃ……」
機械のように繰り返される言葉、その異様さに背筋に冷たいものが走る。何が起こったんだ、ソフィアの肩を掴んでそのまま顔を覗き込む。顔面は蒼白、目の輝きも失せている。
「ソフィア! おいしっかりしろ!!」
肩を揺らしてみても、少女はうわごとのように同じ言葉を繰り返すだけだ。心ここにあらず、なんてものではない。何か暗示にかかって、操られている、とでもいう方が説得力がある。
「クソ……おい、誰か……」
彼女を助けてくれ、そう言いかけた途端、こちらの頭にも一瞬、鋭い痛みが走る。
『……アランさん、聞こえますか』
「……レム!?」
頭に響いたのは女神の声。つい、周りを見回すが、ここは現実のまま。つまり、脳内に直接声を掛けているようだった。
『アランさん、思ってくれれば伝わります……その子を助けたいですか?』
『ソフィアは危険な状態なのか!?』
『命に別状はありませんが……このままでは、精神が持たないかもしれません』
『それなら、早く助けてやってくれ!』
『分かりました。アランさんも協力を』
『何をすればいい!?』
『そのまま、ソフィアの肩を持って……声を掛けてあげてください。なんでもいいです、彼女を安心させてあげてください』
『……分かった』
少女の肩を強く握り、改めて顔を覗き込む。変わらず青い顔をして、うわごとも止まっていない。
「……ソフィア、大丈夫だ……頼りないかもしれないが、俺がいる」
「シンイチ……さん……シンイチ……さん……?」
うわごとは段々と収まり、目に光が戻ってきている。そして、やっと少女の目の焦点が合い、自然とこちらと間近で目が合う形になる。
「……アランさん?」
こちらの名を呼ぶ少女は、まだ顔は青白いものの、いつもの調子に戻っているように感じられる。
「あぁ、俺だ! はぁ……良かった……」
急なことでこちらも混乱していたものの、ひとまず安心と言ったところで、一気に体の力が抜ける。それこそ、先ほどの吸血鬼の襲撃より、何かおぞましいものがあった――こちらも気が疲れたのか、下を向いて大きなため息を出してしまう。
そうだ、レム、なぜ唐突に干渉してきたのか。ソフィアのことは心配だが、ひとまず問いたださなければならない。
『おいレム、今のは一体何だったんだ?』
そう脳内で呼びかけても、一向に返事はない。クソが、どうせこちらの声は聞こえている癖に、肝心なところはいつものダンマリか――だが、少女の緊急事態を救ってくれたのも、間違いなくレムであろう。
『……俺は納得していないからな。でも、ソフィアを助けてくれて、ありがとうレム』
ひとまず礼を返し、改めて目の前の少女に向き直る。ソフィアは右手で頭を抱えて、辺りを見回しているようだった。
「アランさん、私、一体……?」
「あぁ、きっと疲れが溜まってたんだろう……ちょっと、ボーっとしてたな」
アレをそのまま伝えることもないだろう。ソフィアは正気じゃなかった。そして彼女も実際に疲れもあったのだろう、普段なら聡明でことの原因を探りそうなものだが「そうですか……」と返すだけだった。
「……バルバロッサの地が壊滅した、までは覚えていて。それで、どうするべきかと……考え始めた瞬間からの記憶がないんです」
「あぁ。でも、今は難しいことは考えるな。緊急事態だってのは分かるが、冷静でない時に下す決断が、良いものになるとは思えない」
「はい、そうですね……少し、まずは状況を整理して、落ち着くことに努めます」
徐々に顔色が良くなってきているものの、まだ表情が硬い。それに、言葉も硬かった。なので、少女の額に軽くチョップを入れる。
「わぷっ……アランさん?」
「ほら、俺と話すときは、もっとリラックスしてくれよ」
「あっ……うん! ありがとう、アランさん」
返事する少女の声には、少し覇気が戻っている。それにひとまず満足し、立ち上がり天を仰ぐ――いや、天井が見えるだけなのだが。
それにしても、先ほどのは本当に何だったのか。ソフィアの状態もそうだし、それに龍に襲われようが手を貸さなかったレムが介入してくるほどの事態――何となくだが、この世界の歪み、そして女神が自分に世界を見て回れと言った理由、その片鱗が見えた気がした。