B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ブラウン管に映っている場所は初めて見る所であり――乗り物の中なのは間違いないが、車とは違った駆動音が聞こえる。そんな中、べスターはノートパソコンを操作し、乗り物のモニターに映る男の顔を指して見せた。
「今回のターゲットはストリーマーにして、有名インフルエンサーであるジム・リーだ」
「ふぅん、有名なんだな」
「あぁ、世界規模で見ればな……とはいえ、有名になったのはここ二年くらいだから、お前が知らないのは無理もないかもしれない。ちなみに、インフルエンサーは好きか?」
「もちろん人によるんだろうが……特別、良い印象は無いな。しかし、殺しのターゲットになる奴なんだ、DAPAの息がかかってるやつなんだろう?」
「あぁ、その通り。とくに急増しているテロ活動や社会不安に関して、その真相を暴くということで人気を博している。言説は一貫しているわけではなく、各国政府が疑う事もあれば、テロは旧大戦の亡霊たちが引き起こしているとも、人格を得たAIの反逆だとも。ともかくその目的は社会不安を煽ることにあるようだな」
「社会不安を煽る、ねぇ……ハインラインがそんなことを言っていたな」
「その件に関しては、潜入工作員からの情報を得てから、各国政府の方でも調査を続けている……まだDAPAの目的を断定こそできないが、少なくともリーに対しては多額の出演料を払い、チャンネルも表示されやすいようアルゴリズムを組んでいるのは間違いないそうだ」
「なるほど、それならきな臭いことだけは確実ってことだな。それで、ターゲットのことは分かったが、そのために不法入国するのは良いのか?」
今のオリジナルの口ぶりから察するに、どうやら海を超えて別の国にまで行こうということらしい。つまり、この乗り物はヘリコプターないしジェット機なのだろう――狭さと乗客の少なさから、少なくとも飛行機であるということはあり得なさそうだ。
「なんだ、入国審査を受けたかったのか?」
「こんな怪しいマスクを被ったやつ、そもそも飛行機にすら乗れないだろうがよ」
「ま、そういうことだな。だから、わざわざ軍用ヘリをチャーターしたんだ。基地間を行き来できるから、入国審査の必要もないしな……それに、本来は法を定める政府が許容しているんだ。超法規的な処置と言うべきだな」
「物は言い様だな……だが、コイツがはるばる海を超えていくことは、DAPA側も気付いてはいるんだろう? それに、ターゲットはDAPAの要人ではない訳だし、第五世代型の護衛も無いんじゃないか?」
「DAPA側に察知されるのは許容するとして、暗殺に虎の嗅覚が必要と判断された理由はある」
べスターが再びパソコンの画面を操作すると動画投稿サイトが開かれ、ジム・リーのチャンネルの一つの動画が再生され始める――街中に黒煙が舞い、爆発音と悲鳴の響く中、チャンネルの主である男が突如として何もない空間から現れ、現場の中継をし始めているのが映し出されている。
「なるほど、第五世代型と同レベルのステルスを与えられているわけだな」
「あぁ、コイツのチャンネルが人気の理由の一つがコレだ。ステルス迷彩を使って現場へ行って、テロ活動が行われている様を中継しているんだ」
「過激なチャンネルとしてバンされろよ、そんなの……なんてのも、運営のお気に入りだから消されない訳か」
「あぁ。運営元は通信を一手に担うDAPAの一角、アルファ社だからな。ともかく、コイツが現れる場所はテロの現場とは推測はできるが、追うのが難しい。そこで、迷彩を見分けられる虎の出番ってわけだ」
「なるほどね……人を殺していい理由にならないというのは変わりないが、コイツを放置しているわけにはいかないのも分かった」
そういうオリジナルの声は低い――自分としても同じ気持ちだった。本来なら避難が第一優先の中、救助活動をする訳でもなく、凄惨な現場をある種のエンタメとして提示しているこの男は禄でもない存在だ。DAPAの息がかかっており、依頼されてやっているとしても、それを許容しているのは間違いなくこの男な訳であり、性根に問題があるのは間違いない。
「しかし、一応は一般人だろう? それを政府関係者が暗殺に乗り出すのも、穏かじゃないと思うがな」
「そこに関しては、リーがDAPAお抱えの最大のインフルエンサーであると言う点がある。チャンネル登録者数は世界規模で五億人、同時接続数も数千万、投稿された動画の再生数は毎度数億から十数億回にのぼる……それが過激な映像を流しているんだ、リーを止めるのは治安維持の一面もあるし、気合を入れてサポートしている扇動者を止めることで、DAPAの狙いをくじく一面もある」
本来なら法的に取り締まるべきだが、DAPAの庇護があるうちはそれもできない。ならば、超法規的な処置が必要になるのも頷ける部分もあるだろう。
そんな風に思っていると、オリジナルは緊迫した空気を和らげ、視線を自らの横に移す――そこには仮面の肩を借りて寝息を立てている少女の姿があった。
「それで……なんでグロリアも来ているんだ?」
「お前が海外に行くと言ったら、着いて行くと言ってきかなかったからだが」
「いや、そういう問題じゃないだろう?」
「それをグロリアの前で言うなよ? 怒るのは目に見えてるからな。まぁ、実戦的な面での理由もある。お前のメンテナンスを大分任せられるようになっているのは事実だし、アウェイでの仕事だ。オレは現地での折衝など雑務に追われる可能性が高いからな。そういう意味で、オレとお前のサポートに付いて来てもらっている形だ。
それに、場所もこの子の生まれ故郷だからな……出歩けなかった街を遠目からでも見たいという気持ちも、分からないでもない」
べスターはそう言いながら、煙草の代わりに飴玉を一つ口に放り投げた。べスターにはグロリアにもう少し外へ行かせてやりたいという気持ちもあるのだろうし、それはきっとオリジナルも同様だろう。
実際の所、基地間をヘリで移動できるのであれば生半可に街を出歩くよりは安全性も高い。それを思ってのべスターからの同行許可だったのだろうし、オリジナルも話を聞いてから「なるほど」と頷いた。
「ただし……殺しは絶対に見せないぞ」
「あぁ、そこはオレも見せないようにフォローしよう」
男二人の会話が終わると、今度はどこかの施設内へと画面が切り替わった。何かの作業中であり、男は灰皿に一杯のフィルターを詰め込みながらキーボードを叩き続けている。
その傍らには別のモニターがあり――恐らくオリジナルのアイカメラだろう、そこには青空の下、遠方には剥き出しの岩山が広がる広大な基地が映し出されている。そして、スピーカーから「ねぇ」という少女の声が聞こえると、視点が百八十度入れ替わり――風に髪をなびかせるグロリア・アシモフが画面の中心に表れた。「あんまりおもしろくないわね……せっかく海外に来たっていうのに、いつもと変わらないむさくるしい場所に閉じ込められて」
「観光気分で来たのか?」
「正直に言えば、そういう気分だったっていうのも否定はしないわ。てっきり、街中を見張ると思っていたし」
「まぁ、テロの現場を抑えないといけない訳だからな。なるべく現場になるであろう場所の近くに居られた方が良いとは思うが。
ただ、どこが現場になるかも特定はできない。西海岸の広大な都市の内、散発的にどこかで起こるということしか分かってないから、下手に街中で張るよりもヘリで飛んでいった方が早いケースの方が多いだろう。それに……」
「アナタと私が外を出歩けないってことでしょう? 分かってるわよ。同行の許可をもらえただけでもべスターが頑張ってくれた訳だし、感謝しないとね。でも……たまにはいつもと違う景色を、誰かと一緒に見たいって思う自由くらいはあってもいいんじゃないかしら」
少女はそこで言葉を切って背を向け、フェンスの向こう側に見えるビル群を――極東ほど密集しているわけではないが、その代わりに南北に長く連なる摩天楼は圧巻でもある――見つめた。あの西海岸の巨大都市のどこかで彼女は生まれ、そして家政婦アンドロイドと共に家の中に閉じ込められていたのだろう。
そう思えば、彼女にとってもあまりあの街に良い印象も無いはずだが、それでも何か感じる所があるのかもしれない。黙って故郷を見つめる少女の姿は、どことなく寂しそうでもあり、どこか美しくもあった。
そんな彼女の厳かな雰囲気に吞まれてか、オリジナルは無言のまま少女の背を見守り続け――そしてややあってから、グロリアは何か思いついた、という調子でくるりとスカートを翻し、両手をぽん、と叩いた。
「ねぇ、サンタさん。一つお願いがあるのだけれど」
「こんな季節にサンタもないと思うが。なんでしょう、お嬢様」
「私のことを描いてくれないかしら?」
「その願いを叶えてやりたいのは山々だが……画材もないし、この腕になってからは描くのが難しくてな。何より人は全然描いたことが無いから、多分みせられるようなもんじゃないと思う」
「あら、そうなの?」
「あぁ。絵のことは晴子から聞いたのか?」
「えぇ。今頃は右京がお見舞いに行っていると思うけれど」
実際はかなりの時差があるはずであり、向こうは深夜だろうから、面会時間ではないだろうが――ともかく、この海外任務中は右京は星の裏側からのサポートという手筈になっているようだった。
「本当は……練習させすれば、この腕でも前と同じくらいには描けるようになるとは思う。だが、暗殺者の手で、描いていいものかと思ってな」
グロリアが右京達がいる海の向こうを眺めている間、オリジナルは右腕を上げ、自らの掌を見つめながら呟いた。少女は振り返り、男の言葉に一瞬驚き、次第に悲し気な表情を浮かべ――最後には色々と察したように諦観の笑みを浮かべた。
「とりあえず今がその時じゃないのは理解したわ。代わりに、アナタが絵を描いていた理由を教えてくれないかしら?」
「その辺りは晴子から聞いてないか?」
「自分の見たものを絵で表現して誰かと共有したいって言うのは聞いているけれど……アナタの口からは聞いてない。もしかしたら、もうちょっと違った真意があるかもしれないじゃない?」
「そうだな……別に、晴子が言っていた通りではあるんだが……」
声が途切れるのと同時に、モニターの画面に間抜けなほど青い空が映し出される。
「……今にして思えば、俺は退廃していく世界の中にある感動するような景色を、何かに残しておきたかったのかもしれない」
「滅茶苦茶に抽象的だけど……続けて?」
「あぁ。俺はなんとなくだが、この世界が限界にきているように感じていたんだ。世界というより、人の限界というか……ただ、その勘もズレては無かったんだろうと思う。
戦後の政治不安に、アンドロイドとの共存による社会変革……そこから引き起こされる、人々の無気力な雰囲気。今にして思えば、それもDAPAによる緩やかな管理社会が引き起こしていたものだと納得できる。
いや……もしかすると、DAPAのせいですらないのかもしれない。仮に大戦が起こっていなくても、人類はいつかはこんな風に社会の成長に関する袋小路に直面していたのかもしれないな」
ある意味では、オリジナルもクラークも、同じ未来を見ていたのかもしれない。利便性と安全性が追求された結果、至る所に防犯カメラが設置され、マルチファンクション端末に記録されているGPS情報と信用情報、脈拍により、個人の居場所と経済力と健康を監視し、管理される世の中。それはDAPAが推進しなくとも、大戦前から推進されていたことであった。
また、個人で処理しきらないほど多くの情報が飛び交い、何が真実で何が間違いなのか判断するのが難しくなる社会において――同時に、労働の領域の一部をAIやアンドロイドに委譲した社会において、人々は技術の最先端にいるという自負の裏側に、人生における職業選択の自由を奪われてしまっていたのかもしれない。
要するに、技術は人に余暇を提示するどころか、その身に余るほど多くのモノを提示してしまったと言える。それこそが、進化の袋小路――肉の器にある者たちが直面する、人の持つ身体的なポテンシャルと社会進化の到達点。旧世界の人類は、そこまで到達してしまったのかもしれない。
そういう意味では、高次元存在とやらは実に巧みに知的生命体の在り方を計画しているとも取れる。宇宙に遥か彼方の宇宙に有人で進出できるほどの技術力を有するタイミングが、ちょうど知的生命体の一つのターニングポイントになりうる――そこで新しいモノリスという新技術を投入することで、進化の袋小路を脱却するように仕込んでいるのだ。
だが、デイビット・クラークはそれを旧人類の共有財産とせず、選ばれた者たちのみの間で秘匿したのだ。対するオリジナルは――自分にはその記憶はないのだが、きっとこれから彼が話す事柄に真意が隠れているのだろう。
「……俺が絵を描こうと思ったきっかけは二つあるんだ。一つは、小さいころに家族旅行で連れて行ってもらった地方都市の綺麗な街並みを見た時だ。その風景を見た時に、凄く感動してな。なんというか、懐かしさがあったんだ」
「懐かしい? 初めて見る風景なのに?」
「もしかしたら、本やネットで見た写真でデジャブを覚えただけかもしれない。でも確実に、俺はその風景に親しみを覚えたんだ。
高台から見下ろした、坂に並ぶ街並みと海と山とが、夕日に照らされる姿が綺麗で……ワガママを言って日が暮れるまで景色を眺めてて、両親を困らせたのを覚えている。
その感動は、成長してからもずっと胸に残っていてな。それを何かで表現したかったんだ」
「でも、写真でも動画でもなかったのよね?」
「あぁ、それらは自分の眼で見たものがそのまま映し出されるわけじゃないからな。遠近感や、時間によって変わる光の加減、風や虫の声などの音、その土地から感じる臭い……俺は自分の目で見たもの以上に、五感で感じたものを絵の中に閉じ込めたかったんだ。
もう一つのきっかけは……一つ目の理由と関係性はあるんだが、俺は前世紀の映画を見るのが好きだったんだが……」
「あら、べスターと同じ趣味だったのね。でも、絵を描くこととあんまり関係性を感じないけれど……どこが共通しているの?」
「懐かしさだ」
「懐かしさ……?」
含蓄ある言い方に対して普段は割と察してくれる少女が、珍しく本当に「意味が分からない」という調子で首を傾げている。
「あぁ。映画ってもんは基本フィクションだ。だが、事実の側面もある……それは、作られた当時の人たちの人間性や、当時を舞台にするのなら古い町並みであるとか、その時代の常識であるとか……作られた時代の背景を如実に映し出す部分があるんだ。
古臭いフィルムに映し出される映像からは、当時の懐かしい光景と同時に、今よりももっと活力のある人々が銀幕の中にいる。それはもちろん演技かもしれないが……今の時代で作り笑いをしている人たちよりも力強く笑っているように見えるんだ。
きっと、当時の人々は今と比較して、古い時代の人たちは未来に希望があったんだよ。それは、もっと金を稼ぎたいとか、今よりも良い生活がしたいとか、割と単純な欲求だったのかもしれない。だけど同時に、今より明日が良い日になるという確信があったんじゃないか……そんな風に思うんだ」
オリジナルはそこで言葉を切り――上手く纏まる言葉を探しているのだろう、「えぇっと、それで、つまり……」などウダウダと言って後――良い表現が見つかったのか、「そう」と明瞭な声をあげる。
「俺は懐かしさを絵で表現して、それを共有することで、人々に思い出してほしかったんだと思う。人間って言うのは、何か懐かしいものを見た時に感動する心があって……心が動くっていう期待こそが、明日に向かっていく活力になるんだってな」
そんなオリジナルにはそんな意図があったのか。クローンである自分の描きたいという衝動と照らし合わせてみても、なるほど、そんなに違和感もないような気がする。自分が風景を見た時に――とりわけ、心の動くような美しい光景を見た時に――筆を取りたくなったことを思い返すと、オリジナルの言葉に嘘もないように思う。
だが、実際の所はそれは半分と言ったところだろう。もちろんオリジナルは彼なりに、退廃する人類の精神に対して何か一石投じたいと思っていたのだろうが、別にそれは絵であることが絶対条件ではないはずだ。
要するに、単純に絵を描くのが好きというのが前提にあるのだ。何故なら、絵を描いている時の自分は充実していたから――その好きの延長線上に、世間に対する高尚な動機を置いただけに過ぎない。
きっとグロリアはそんな男の単純な動機も知らないで、腕を組みながら口を半開きにして驚いているようだった。
「なんだか意外ね。そんな高尚な理由で絵描きを目指していたなんて」
「なんだよ、悪いか?」
「いいえ、少し驚いただけ。でも、なんだか納得したわ。アナタはやっぱりそういう人なんだって」
「どういう意味だ?」
「自分のためじゃなくて、誰かのために行動する人なんだってことよ」
「そんなことないさ。絵を描くからには、俺だって誰かに絵を認めて欲しい訳だし……それに、そもそも自分が描きたいと思ってるものを描いてたんだから、全然ワガママだと思うぞ」
「そう。でもそれなら、やっぱりそのうちアナタの描いた絵を見てみたいわね……アナタ、どうしたの?」
少女が疑問の言葉を浮かべたのは、タイガーマスクの視線が少女の背後を見つめていたからだろう――アラン・スミスは、少女の背後に僅かに上る黒煙を捉えていたのだ。