B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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雷神の手甲

「こんな所でアナタと対峙することになるとはね……」

 

 レーザーブレードの先端を突きつけて微笑むリーゼロッテは、普段のスーツ姿とは全く違う装いだった。体のラインの分かるぴっちりとしたボディスーツに、胸部など局部を守るためのプロテクターが所々ついているのだが――何より印象的なのは機械的なグローブだろう。右手の物は比較的シンプルな構造に見えるが、何やら左腕の物は巨大であり、何かしらの機構を積んでいるのは想像に難くない。

 

「気をつけろタイガーマスク。ハインラインはパワードスーツを身に着けているようだ」

「あのエグい角度のハイレグがパワードスーツだと? 冗談キツイぜ」

 

 確かにリーゼロッテは鼠径部《そけいぶ》をかなり露出させており、普通なら目のやり場に困るほどだろう。実際、べスターの隣に座るグロリアなど顔を赤らめながら「そんなにじろじろ見てるんじゃないわよ!」と言いながら――オリジナルのアイカメラが共有されているというのは、それだけ凝視しているという証拠だ――視線を泳がせているほどだ。

 

 とはいえ、相手がリーゼロッテ・ハインラインであるならば、いやらしい気持ちで見つめている余裕などない。実際、女はブレードを振り回し、柄を逆手に持って構えを取っている。

 

「キーツが私の指示通りに作ってくれたのよ。間接の取り回しが良いように……ね!」

 

 語気を強め、女は一気に接近してくる。ブラウン管の解像度のせいか、虎と狼の素早い動きの詳細は追いきることができない。大雑把に言えば、アラン・スミス側はADMAsをまだ起動していないこと、殴り抜けるように繰り出されたブレードの一撃はしゃがんで躱したこと、そこに対して女が蹴りを放ち、重いサイボーグのボディを軽々と蹴り飛ばしたようだ。

 

「くっ……確かに凄いパワーだ!」

「当り前よ……アナタの戦闘行動を分析した結果、サイボーグであるアナタの膂力《りょりょく》と、超音速の衝撃に対して正面からやり合えるだけの規格のスーツなのだから」

 

 蹴り飛ばされて着地したオリジナルに対し、リーゼロッテは追撃の様子を見せることなく、意外と落ち着いた様子であった。やはりこの頃の彼女は、ヘイムダルで見た時ほど力任せにオリジナルを追い詰めようとしていた訳ではないように見える――剣を構えたままではあるものの、女はどこか憐れむ様な目線をオリジナルに向けているのだから。

 

「随分としょぼくれていたようね。ジム・リーに対して思うところがあったのかしら?」

「最初は禄でもないやつだと思って、今回ばかりはアイツを殺すのも躊躇は無いと思ったが……結局、アイツも悪い奴に利用されているだけの犠牲者だったからな」

「だけど、彼は自分で利用される道を選んだ。そういう意味では、自己責任なんじゃないかしら?」

「なんでも自己責任で片づけるのは簡単さ。それほどまでにアイツが歪んだのは、この世界の在り方にだって原因はあるんだ。お前のボスが創り出している世界が、ジム・リーという化け物を産んだんだよ」

 

 オリジナルの言葉に対してリーゼロッテは皮肉気に笑いながら首を横に振った。

 

「やっぱり気に入らないわ。兵士は世の中の在り方を嘆いたりする必要はない……ただ、目の前の任務に忠実でさえあればいい」

「お前の忠義はなんだ、金か?」

「えぇ、そうよ。傭兵とはそういうものだもの。主義も思想も理想も無い、より好条件で、より安全な雇い主の下で働く……ま、アナタのような猛獣を相手にするのは安全ではないけれど、これは単純に私のこだわりね」

 

 話を続けるリーゼロッテはどこか自嘲気味だった。彼女の言葉と表情からは、かなり複雑な精神状態が読み取れるようにも思う。金のためというのも――もちろん、全てではないだろうが――嘘だろうし、安全な雇い主の元で働こうというのも恐らく嘘だ。かといってDAPAに対して忠誠心がある訳でもない。強いて言えば、彼女は傭兵のあるべきセオリーと自身の本心との齟齬を、自らを嘲ることで納得させている、そんな風に見える。

 

 どこか放心状態にも見える彼女ではあるが、その所作には隙が無い。虎を貫く眼光は、その一挙一動を見逃すまいと釘のように注がれてきている。ブラウン管を挟んでいる自分ですら固唾を飲むほどの気迫なのだから、実際に対峙しているアラン・スミスの緊張は極限に近いものだろう。

 

 そんな緊張感の中、少年の声がスピーカーから聞こえ始めた。

 

「先輩、ゆっくり会話をしている暇は無いようだよ……無人ヘリがそっちに向かっている。アナタを取り囲む気だ」

「ちっ……狙いは時間稼ぎか」

 

 虎が悪態をつくと、リーゼロッテは目を細めながら笑い、改めてブレードを振り回して先端をオリジナルへと向けてきた。

 

「気付いたようね……だけど、時間稼ぎと言うのは私としては不正解。正解は、アナタが本気になるように舞台を整えているだけ……さぁ構えなさい、タイガーマスク。今日こそ年貢の納め時よ。この先にあるのは、アナタの敗北か、私の敗北か……どちらしかない」

「……テメェの言うことを聞いてやるほど、俺も素直じゃないんでね!」

 

 ADAMsを起動して建物の中に戻って離脱するつもりだったのだろう、アラン・スミスは敵に背を向けて扉の方を見た。実際、建物が既にDAPAの手の者たちに囲まれていることを想定すればベストな手段とは言えないだろうが、一旦リーゼロッテを巻くには良い策だっただろう。

 

「逃がさないわ……雷神の手甲【ヴォルテクス・ソー】!」

 

 オリジナルがADAMsを起動しようとした瞬間とほぼ同時に、リーゼロッテの凛とした声が響き渡った。一瞬だけ音速の壁を超える破裂音がしたものの、しかしいつものように映像が一気に切り替わるようなことは無く――むしろ虎は徐々に退路である扉の方から遠ざかっているようだった。

 

「ぐっ……なんだ、引き寄せられる!?」

 

 そこでオリジナルが振り返ると、リーゼロッテ・ハインラインは左腕の巨大なガントレットを掲げていた。その中央では何かが巨大なモーター音を立てて周っており、その周囲の景色が歪んでいるように見える。

 

 ADAMsによる加速を使っても、何とか距離を保つのに手いっぱいという調子であり――その映像を見て、車内のべスターはすぐに手元のパソコンで解析を始めたようだ。パソコンのモニターには虎のアイカメラの画像が映り、様々な数字や文字がずらっと並びだす。

 

「どうやら、あの左腕のデカいガントレットが電導コイルの役割をしているようだ。アレに強力な電力を流し、磁力を発生させているんだ……お前の機械仕掛けの身体じゃ、発生している磁力を完全に振り切るのは不可能だな」

「それじゃあアイツを振り切るには、ガントレットを破壊するしかないってことか!?」

「もしくは、使い手を仕留めるかだが……お前がどちらを選ぶかは聞くまでもないな」

 

 虎と科学者の会話が終わったタイミングで、リーゼロッテはガントレットの機構を一度停止させた。恐らくだが、アレはかなりエネルギーを食うはず――ADAMsにも一度の加速による制限時間があるが、あの機構にも流石に使いっぱなしというわけにはいかないのだろう。

 

「これで分かったでしょう? 今日こそ年貢の納め時と言った意味が……さぁ、覚悟なさい」

「くそ、重たい女だな!」

「そういうアナタは失礼な男ね!」

 

 アラン・スミスの罵倒を皮切りに、リーゼロッテ・ハインラインは一気に前進してブレードで切りつけてきた。オリジナルの持つ高周波ブレードが如何に耐熱性に優れていると言っても、数千度の熱量で振りだされるレーザーブレードを受け止めることはできないだろう。それ故、アラン・スミスは相手の剣戟を受け止めることはできず、斬撃を躱すので手一杯のようだ。

 

 とはいえ、オリジナルの対処能力も高い。相手の身体の動きをよく観察しており、徐々にパワードスーツのスピード感にも慣れていっているようだ。一度見た相手の動きは覚え、相手の予想を凌駕する反撃を繰り出す――これが原初の虎の戦い方。

 

 しかし、それが同等の闘争本能を持つ相手の場合は、話はそう簡単ではない。徐々に対応してきていたはずのオリジナルの動きに対して、リーゼロッテも同様に虎を観察し、相手の動きを更に上回ろうとしてきている。

 

 戦いの中における対処能力と成長速度が同等であるのならば、戦闘に入った時の地力が勝っているほうが有利だ。ADAMsを使ったトリッキーな動きが上乗せできれば五分以上に持っていけるのだろうが――。

 

「……くそっ!」

 

 オリジナルも自分と同じように考えたのだろう、相手の大振りを後ろに跳んで躱して着地したのに合わせ、ADAMsを起動したようだ。恐らく、磁力に身を任せて突っ込み、相手のガントレットを破壊しようという算段なのだろう。

 

 しかし、その動きはリーゼロッテ・ハインラインには読まれている。移動先が完全に読み切られていたので、薙がれたレーザーで高周波ブレードのうち一本の刀身が消失することになった。

 

「だが……!」

 

 虎はすぐに思考を切り替え、残りのもう一本でガントレットの破壊を狙ったようだ。クロスレンジ、ここならレーザーブレードはかえって使いにくいはず――しかし、それすらも女は読んでいたようだ。切っ先が手甲に届く前に虎の身体が後方へと吹き飛ばされてしまい――アラン・スミスは何とか着地してすぐに視線をあげると、リーゼロッテ・ハインラインは膝を突き出しながら微笑みを浮かべていた。

 

「中々のセンスだけれど、やはり近接戦闘は慣れていないようね」

「……あぁ、そりゃお前さんと比べたら、人生経験からして劣っているんでね」

 

 腹に良いのをもらったようだが、アラン・スミスの闘争心はまだまだ折れていない。しかし、状況としては不利なのは間違いない――ADAMsでの離脱を防がれており、その上で主力の武器も一本失っているのだから。

 

 けん制するように投擲も行うが、女は一瞬だけガントレットを起動して腕側に引き寄せてナイフを無力化してしまう。更に接近戦が再開されると、膠着状態が続き――むしろ段々とリーゼロッテの動きが鋭くなってきているようであり、オリジナル側は高温のレーザーブレードにより徐々に外套や体表を抉られているようだった。

 

「……あぁ、もう、見てられない!」

 

 オリジナルが追い詰められているのにしびれを切らしたのか、助手席に座っていたグロリアは車の扉を開けて外へと飛びだした。

 

「待て! お前が行ったところで何にもならん! アイツも……」

「望んでないっていうのは百も承知よ! でも、私だってアランが苦しんでいるのを望んでいないもの!」

「感情だけで先行するな! あそこに向かうだけでも大変なんだぞ!」

「押し問答している暇はないわ!」

 

 そう言いながら、グロリアは路上で炎の翼を背中に出した。少女を止めるために男が扉に手を掛けようとした瞬間、スピーカーから少年の声が聞こえ始めた。

 

「ヴィクター、マチルダに任せよう」

「しかし、無人ヘリも向かっているんだぞ!?」

「そこに関しては、僕の方でどうにかしてみせるさ。どの道、あそこから脱出するのには、タイガーマスク一人じゃどうしようもない。彼女の飛行能力を頼ろう……大丈夫だ、鳥かごを脱出した時と要領は一緒さ」

「まぁ、そうかもしれないが……」

 

 右京の説得にべスターは運転席に戻り、改めてグロリアの方を見た。少女は真剣なまなざしで男の方を見つめており――根負けしたのだろう、男はため息を一つ吐きながらダッシュボードを開け、小さな機材を少女の方へと放り投げた。

 

「……これは?」

「通信機だ。それがあれば、ケイスの指示を受けられる。耳につけておけ」

「了解よ。私が必ずタイガーマスクを救ってみせるわ!」

 

 グロリアは力強く頷き、受け取った通信機を耳に取り付けてから背中の羽を羽ばたかせて街の方へと飛んでいった。べスターが車内に視線を戻すと、分割されたモニターの中で右京が何やら考え込むように顎に手を添えているのが映っている。

 

「とはいえ、彼女が到着する前にガントレットの破壊は必要だろうね。そうでなければ、結局は磁界に閉じ込められてしまう」

「あぁ、そうだな……」

 

 少年に返事を返すと、男は胸ポケットから煙草を一本取りだし、やおら火をつけて紫煙を吐き出した。そしてすぐに脇においていたパソコンを膝の上に戻し、キーボードを叩きながらマイクに向けて話し始めた。

 

「タイガーマスク、返答はしなくて大丈夫だから聞いてくれ。ひとまず、時間を稼ぐんだ……オレの方であの手甲の解析をして、活路を見出す。

 お前のポリシーを度返ししても、どうやら今のままでは不利そうだ……それならば、やはりガントレットの破壊がこの場を切り抜ける一番現実的なラインだろう。

 フレデリック・キーツの作品ならば様々なケースを想定してはいるだろうが、同時に携行できる超電導コイルなどの複雑な機械だ、必ず弱点はある……それを見つけ出してみせる」

 

 通信していることを女に悟らせないため、虎は男の声に反応はしなかったが――左手に残ったブレードを右手に持ち替え、しかし相手との距離を一定に保ちながらべスターの提案を実行する気のようだった。

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