B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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在りし日の武神

「アンタはどうして戦ってるんだ?」

「くだらない質問ね、どうしてそんなことを聞くの?」

「さっきの金のため、というのがどうしても本心に思えないからな」

「……まぁ良いでしょう。時間が経つほど、不利になるのはアナタの方だからね」

 

 リーゼロッテ・ハインラインも武器を構えたままだが、自ら前進してくることはせず、ただあの鋭い視線はそのままで口を開いた。

 

「ただ、そんな大層な理由もないわ。ここに来たのも単純に雇い主からの依頼されたのであって、アナタが暇つぶしにちょうどいい相手ってだけ」

「暇つぶしに海を超えてくるのか? 熱心なことだぜ」

「熱心……そうね、素直になるわ。私、アナタのことが気になっているの。いつもあなたのことばかり考えている」

 

 そういう女は殺気を抑え、その美しい唇を吊り上げて見せる――もちろん、隙がある訳ではなく、その視線は獲物を捕らえる獣の物と言って差し支えない。

 

「ちょっと、どういうことよ!? 敵同士でしょう!?」

 

 モニターに映る美しい狩人の傍らで、分割されている「Sound Only」のウィンドウが大きく広がり、スピーカーからグロリアの大きな声が響き渡った。それに対してべスターは「うるさい、気が散る!」と返しつつ、ガントレットの解析を急いでいるようだった。

 

 同時に、屋上での虎と狼の会話も続いているようだった。

 

「最初は癪だったから……アナタは私を殺そうと思えば殺せたのに、そうされなかったことに対して屈辱を感じたわ。でも同時に、第五世代型を見破るような手練れのはずの暗殺者が、どうして殺しの後に振るえているのか分からなかった……だから、アナタに興味をもったのよ。

 そして何度か対峙する上で、屈辱は関心へと、そして……憐憫へと変わった」

「俺を憐れんでいるのか?」

「えぇ。アナタは変な主義を捨てて、任務に集中するべきなのよ。そうでないのなら、その姿を白日の下にさらし、人を殺めた罪を認めて素性を公開するべき。そうすれば、さっきみたいにじょぼくれずに済む……これ以上、罪を重ねる必要もない。

 アナタは暗殺者なんて向いてないのよ。才能は間違いなく最高、でも……その精神が、アナタの殺しの技術についていっていないの」

 

 これがリーゼロッテ・ハインラインがアラン・スミスに執着していた理由か。要するに、彼女は存外にオリジナルのことを気に掛けていたのだ――その手段は刃を交えることであっても、人を殺すことに迷いを覚えているオリジナルのことを案じ、これ以上罪を重ねないように止めようとしてくれていたのだろう。

 

 彼女の刃のような鋭さの中にあるどこか温かい雰囲気は、ヘイムダルで見た時とは違っているものとも思う。あの時の彼女は、真にアラン・スミスとの決着を望んでおり、その身を案じることをしていたとは思わないからだ。あくまでも予測にしか過ぎないが、恐らく一万年の時の中で「自分の手で止められなかった」という後悔が肥大化したせいで歪んでしまったのだろう。

 

 そこに彼女自身も言っていたように、何度も見逃されたという屈辱が上乗せされ、原初の虎との決着だけを望む武神が熟成された――というのが事の真相だろうか。

 

 さて、女の温情をオリジナルはどう思っているだろうか。ここに対しては断言できる。彼女の気遣いはありがたくもあるが、引き返すわけにもいかないと。同時に、やはり彼女を殺すことはできない、そう思っているに違いない。

 

 その証拠として、モニターの中の原初の虎はブレードを握り直し、「止める気はないと言ったら?」と女に対して質問を返している。

 

「それなら、もう二度と武器を握れないようにその腕を落として拘留するか……それすら無理なら、私がアナタを終わらせてあげるわ」

 

 女の方もブレードを握り直し、二人の間に緊張が走る――オリジナルもこれ以上の時間稼ぎは難しいと判断したようだ。虎は止まる気が無いと自白したのに対し、狼はその喉元に牙を突き立てるだけなのだから。

 

 ちょうどそのタイミングで、視線の主による解析も終わったようだ。べスターはパソコンの解析結果を見ながら、マイクを口元に近づけた。

 

「あのガントレットの弱点だが、やはりその機構にあると言って良いだろう。連続使用せずADAMsに合わせてしか起動していないのがその証拠だ……長時間にわたって起動させれば、自ずと限界が来て自壊する。

 とはいえ、ADAMsの使用にも限界はある。この策を採用する場合は、お前の神経とフレデリック・キーツの発明の我慢比べになるが……」

 

 そこで二本目の煙草を取り出して火をつけ、大きく息を吸い込み、そして煙を吐き出し、視線を落としながら話を続ける。

 

「もし、もしもだ。もう殺しをやりたくないというのなら……その判断はお前に任せる。晴子のことは、どちらにしてもオレがどうにかするから……」

「……辛気臭いことを言ってるんじゃねぇぜ。俺には最後までやり遂げる意志はある」

 

 今のアラン・スミスの言葉は、果たしてべスターとリーゼロッテ、どちらへ向けられたものだったのか? 恐らくは両方だ――どちらに対しても意味が通じる言葉を選んだのだろう。

 

 しかしその受け取り方は、両者の間では大きく違ったようだ。べスターは下がっていた視線が自然と上がり、リーゼロッテは好戦的な――アナタならそう言うでしょうねと言わんばかりの――笑みを浮かべた。

 

「それは、私に殺されたいって解釈で良いのかしら?」

「自意識過剰だぜハインライン。別に、お前さんと関係ない所で俺の腹積もりは決まってるんだよ。確かに、俺には殺しは向いていないのかもしれない。だが、それでもうやりたくないとか、終わらせたいとか、そんな無責任なことを言える所はとうに過ぎてんだ。

 仮に地獄に落ちることになっても、俺はDAPAとの戦いを止めるわけにはいかない。最初こそ成り行きで始めた仕事だったが……これはもう、俺の戦いなんだ」

 

 オリジナルの決意に対し、先ほど攻撃的な笑みを浮かべていた女の表情は、どこか悲し気なものへと変わった。恐らくは、彼女が言っていた通り、その感情は憐れみなのだろう――何者かの命令で戦い続けるオリジナルを不憫に思っているに違いない。

 

「アナタのその精神は、間違いなく兵士向きよ……暗殺者には向いてないのは間違いないと思うけれどね」

「そういうアンタも、思ったより優しいんだな」

「これからアナタを殺す者に対して優しいとは、やっぱりとんだ甘ちゃんね」

 

 リーゼロッテ・ハインラインは左腕を掲げ、ブレードを握って低い姿勢で構える。

 

「私はアナタを殺す気で行くわ。だから、アナタも私を殺す気で来なさい……そうしないと不公平でしょう?」

「はっ、一方的なクソデカ感情に付き合うのを公平とは言わないんだよ……どの道、アンタの言い分を聞く気はない! 俺はそいつと我慢比べしようってだけなんだからな!」

 

 アラン・スミスはリーゼロッテ自身でなく、女の掲げる左腕の巨大な手甲を指さしながら吠えた。それに対し、女は不機嫌そうに眉をひそめ――しかしすぐにその感情を怒りに変え、鋭い殺気を放ち始めた。

 

「私を見てもらえないのは癪だけれど、良いわ……勝負よタイガーマスク! ヴォルテクス・ソー!」

 

 ガントレットの中心でコイルが周り、周囲に稲妻が走り、強力な磁場が形成される――その渦に巻き込まれないよう、虎も歯を食いしばり、強化された神経伝達により磁力から逃れるように相手の周りを走り始めた。

 

 カメラの映像が、大幅にぶれながらもなんとか辺りの輪郭を保っているのは、いつものように一気に移動をしているわけでなく、磁力に抵抗しているために動きがややゆっくりであるからだ。とはいえ、スピーカーからの音はやかましく、現場の音声は聞き取りにくくなっている。

 

「くっ……おい、耐えられると思うか!?」

「その辺りの計算は、アナタの方が得意だと思うけれど……」

 

 べスターがすがるように右京に質問したのは、モニターに現れている赤い数字の部分の部分のせいだろう。それは恐らく、ヴォルテクス・ソーが見せた磁場の力と、ADAMs込みのオリジナルの力との試算の結果であり――数値的にはマイナスを指し示している。

 

 その画面は右京には共有されていなくとも、聡い少年は不利を悟ったのだろうが――。

 

「大丈夫よ! だって、あの人はアラン・スミスなんだもの!」

 

 男二人が神妙な空気になる中、ただグロリアは虎の勝利を確信しているらしい。数字も根拠も無いのだが、少女の元気な言葉に男二人も気力を取り戻し、自らの作業に戻ったようだった。

 

「あぁ、そうだね……マチルダ、もう少し低く飛んでくれ。ヘリ全機をコントロールできるわけじゃないから、なるべく奴らに勘づかれない移動を頼むよ」

「そうは言っても、高い所じゃないと視界が悪いし、あんまり人に見られるのも……」

「なるべく人通りがない道を僕がナビゲートするから」

「……分かったわ!」

 

 少女の方はカメラが無いので映像は分からないが、通信機のおかげで場所は認識できているようだ。着実に現場へと進めているようであり――べスターはそこで磁界の中で戦う二人の方へと視線を映した。

 

 とはいえ、二人ともそこまで激しく動いているわけではない。超電磁ガントレットは使用者への負担も大きく、起動中は身体を動かすのが難しいからだ。本来なら引き付けた瞬間に磁力を切り、一気に近接戦闘に持ち込むというコンセプトなのだろうが――肝心のアラン・スミスが磁界から逃げようと努力しているおかげで、たまに数激打ち合う程度に収まっているようだ。

 

 虎の方もADAMsの使用に限界が来たのだろう、一度一気に引き寄せられ、リーゼロッテが振りかぶったブレードを躱し、そのまま相手の後ろへと移動した。

 

「逃げてばかりじゃ好機を掴めないわよ!」

「うるせぇ! 言っただろう、我慢比べだって……そういうお前こそ慌ててるんじゃないのか!?」 

 

 オリジナルの言葉の通り、確かにリーゼロッテに焦りが見える。何よりの証拠に、フルで稼働していたガントレットはかなりの高温になっているようで、あたりに蒸気をまき散らしている。

 

「そういうアナタの方こそ、もう限界なんじゃないの!?」

「試してみるか!?」

「望むところよ!」

 

 売り言葉に買い言葉、リーゼロッテは意を決してガントレットを起動したようだ。実際、クローンの自分の体感としても、恐らくオリジナルの神経は限界に近い――いや、すでに限界を超えているという方が正しいだろう。

 

 要するに、アラン・スミスはやせ我慢をしているだけだ。とはいえ、それは意地でもある――フレデリック・キーツの発明を上回ろうという、同時に仲間の元へと帰るという意地が、虎の精神を支えているのだ。

 

 意地の張り合いで言えば、リーゼロッテ・ハインラインも中々に我慢強く抵抗しているだろうが――彼女自身では機械の限界まではコントロールできなかったのだろう、ガントレットの周囲に稲妻が走り、狼は強大な力に呑み込まれそうになり、苦痛に顔を歪め始めた。

 

「この時を待っていたんだ!!」

 

 虎は磁力に引かれるまま前進し、暴走するガントレットのコイルに向けて先端の無くなったブレードを押し込んだ。その結果、辺りに渦巻いていた磁場は収束した。恐らく内側に安全装置として設計されていたのだろう、女の腕から手甲がパージされ、虎も狼も地面に落ちた超電磁コイルから距離を離し――直後、二人が激突した地点に爆発が生じた。

 

 アラン・スミスはその爆発を見送ると、反対方面に跳んだはずの女の方へと視線を向けた。屋上の強風ですぐに煙が晴れると、そこにはレーザーブレードを右手に持ち、左手にコンバットナイフを握って構える女の姿があった。

 

「流石に音速の相手をヴォルテクス・ソー無しに対処するには厳しいでしょうけれど……まだ終わったわけではないわ。さぁ、続きをしましょう」

「……何度でも言う、お前は俺のターゲットじゃないんだ」

「ふざけないで! 私を見なさい、タイガーマスク!」

 

 激怒する女を無視し、アラン・スミスは周囲の空を眺め始めた。先ほどまでの激戦で聞こえていなかったが、どうやら磁場が晴れたことで無人ヘリが一気に近づいてきたようで、ブレードの周るけたたましい音と共に虎の視界の中に何隻かのヘリが映しだされた。

 

 しかし、虎が探しているのはそれではないはず――先ほどの通信はオリジナルも聞いていたはずであり、彼は空飛ぶ鉄の箱でなく、恐らく鳥の気配を手繰っているのだ。

 

「ふっ……まぁいい、十分に時間は稼いだわ。もはやアナタは袋の鼠よ」

「……時間稼ぎをしてたのは、お前だけじゃないんだぜ」

 

 オリジナルは女に背を向けて、東の方へと振り返った。そこには武装ヘリが一機浮かんでおり、虎の方に銃口を向けているのがべスターの見つめるモニターに映し出された。

 

「タイガーマスク、三時の方角へ!」

「分かってる! マチルダ、あのヘリを飛び越えたところでランデブーだ!」

 

 叫び声が聞こえたのと同時に、いつものようなソニックブームの音が鳴り響き――モニターには一杯の青空が映し出された。恐らく、オリジナルは加速してビルの端から跳躍し、ヘリコプターのプロペラの中心を踏みつけて飛び越したのだ。

 

 そしてオリジナルが下を向くと、炎の翼が急上昇してきており――落下が始まる前にグロリアが虎の手を取ったおかげで、二人は中空に制止する形になった。

 

「……グロリア!? どうしてこんなところに!?」

 

 リーゼロッテから驚愕の声が上がったのに対し、グロリアは女の方へと思いっきり舌を突き出して見せた。そしてすぐに「ケイス!」と叫ぶと、周囲の武装ヘリ同士が同士うちを始めた。

 

「くっ……アナタを止めるのは私よ! 再び対峙するその時までに、他の誰かにやられたら許さないんだから!」

 

 ヘリコプターの向こうで叫ぶリーゼロッテの様相を確認してから、グロリアはオリジナルをぶら下げてビルから急速に遠ざかり始める。オリジナルは追撃の手がないか確認しているようで、宙ぶらりんになりながら周囲を見回す。そしてある程度の安全が確保できたということなのだろう、上を見上げて安堵のため息を吐いた。

 

「ふぅ……来てくれてありがとう、助かった」

「どういたしまして。それで、このまま飛んでいく?」

「いや、前みたいに降りて行った方が良いだろう。適当な路地の近くに降りてくれ」

「えぇ、了解よ……しかしボロボロね、サンタさん」

「そうだな……戻ったら調整の方もしてくれると助かる」

「ふふ、仕方ないわね。まったく、私がいないと駄目なんだから!」

 

 虎を見下ろす少女は、そう言いながら温かい微笑みを返してくれたのだった。

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