B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「それで地上に戻ってからは、オリジナルがグロリアを抱えながら走って合流することができたんだ。そして……リーゼロッテの願いが叶えられることはなかった」
画面外のべスターが、ブラウン管を見ながらそう呟いた。自分も改めてブラウン管に視線を向けると、煙草を吸ったせいで車内が臭いだの文句を垂れつつ、オリジナルの調整を始めているグロリアが映し出されている。
「これがオリジナルとリーゼロッテの最後の戦闘だったってことか?」
「あぁ、そうだ。この後ハインラインも極東に戻ったが、恐らくはキーツと対タイガーマスクの武器調整をしていたんだろうな。
磁力を使う発想は悪くなかったが、如何せんデカい磁石を常時持ち運ぶわけにもいかないし、コイルを使えばさっきみたいな事故が想定される。そして、作られたのが……」
「虎の檻……重力発生装置、宝剣ヘカトグラムだった訳か」
「あぁ、だが宝剣が原初の虎と相まみえることは無かった。しかし、改めて記憶を見返すと……リーゼロッテはお前のことを案じていたんだな」
「俺じゃなくてオリジナルだ。しかし同時に、自らの手でオリジナルを止められなかったからこそ、変にこじれちまったのかもしれないな」
「その怒りの矛先は、同じ虎の面を被ったオレに向けられたわけだが……まぁ、オレがパワードスーツの着想を得たのもこの戦いがきっかけだったんだが。
それだけでなく、この件……ジム・リー暗殺の後から、事態がまた徐々に変わり始めたんだ」
男が煙草の火種でブラウン管を示すと、また画面が矢継ぎ早に入れ替わり始めた。ジム・リー暗殺は世間的には撮影中の事故として扱われた。テロ活動を撮影しようとしたところをビル風に煽られて転落死という風に報道されたようだ。
本来なら白昼の出来事であり、衛星写真に虎の姿も映し出されていただろう。右京がいかに優れたハッカーだとしても、その映像の全てを改竄できるわけではない――しかしデイビット・クラークは敢えて、虎の存在を世間に伏せたのだ。
それはある一定の成果をDAPA側にもたらした。テロリズムを追うインフルエンサーが現場で急死したという事実は、大衆の想像力を否が応でも搔き立てる。誰も事故死など信じなかったし、暗殺されたのだろうというのがWEB上でも盛んに議論されたようだ。むしろ報道機関が事実を報じなかったというのが、何者かに圧力を掛けられている証拠という意味深なストーリーに祭り上げられてしまったようだ。
「……結論を言うと、この頃に黄金症が旧世界の人々の中で発症を始めたようだ。惑星レムのそれと比較すれば、進展は緩やかだったがな」
語り口が推量口調なのは、べスター自身が実際に目撃したわけではなく、そう言った報告を受けたからだろう。チェン・ジュンダーの予想としては――かなり後になって、チェンとホークウィンドがモノリスに関する情報をある程度入手したため推論も可能だったらしい――以下のようになる。
ジム・リーの暗殺以前から社会不安は増大していたものの、それはあくまでも陰謀論の枠を明確に超えることは無かった。都市部の多くで事故や火災が起こっているのだから、何者かによるテロ活動があるのは明白であっても、その正体も根拠もないが故、あくまでも何かしら闇の勢力が存在することは噂の域を出きらなかったのだ。
ジムが暗殺されたこと自体も、確固たる証拠こそ民衆に提示されていなかった訳だが、配信が停止されたのがあからさまにビル風の影響では無かったこと、そしてタイミングが良すぎたことが民衆の想像力を掻き立てたのだ。
ついでに、ジムが核心に近かったために殺されたのだとか、真実を報道されないことが何者かにとって都合が悪いことなのだとかいう、見当違いの推測も実《まこと》しやかに噂されたのだが、これらも妙な説得力を持って民衆に今回のことを考えさせるきっかけになってしまった。
何者かは分からないが、世界を混沌に突き落とそうという勢力は存在する。その勢力は恐らく、ジムが語った者たちのうちいずれかだ、人々はそう考えた。しかし、彼が語った内容の実体は、チャンネル登録のために面白おかしく誇張されたものや、DAPAの指示で語られたフィクションであり、テロ勢力の候補としてあげられるのは多岐にわたる。
彼が勢力として配信内であげたのはDAPAも含むが、その他にも旧政府連合、亡国のスパイ、はたまた自我をもったAIの反乱や天才的なハッカー集団の反旗、民衆の集合的な無意識が引き起こしているなど――多岐にわたるどころか、ある意味では想像しうる全てが候補にあがることになる。
ジムとしては深い考えはなかったのかもしれないが、彼の語った言説は真実の側面を捉えていたのかもしれない。というのも、テロを計画し実行しているのはDAPAであっても、その社会構造を作り、許容してしまったのは、旧世界における全ての人々が関与しているからだ。
人々は犯人探しには熱心だが、犯人と自分で戦うようなことはしなかった。ただ、なんとなく「明日死ぬかもしれない」という不安と、本来なら自分を守ってくれるはずの警察や軍すら敵かもしれないという恐怖の中、しかし不自由なく生きていけるという温床の上で、世界が終わりに向かって突き進んでいるという事実に精神を蝕まれていったのだ。
情報化社会によって人々は容易にネットを通して繋がれるようになったのに、その結果が社会的な無責任を助長し、精神的な孤独を助長したのは全く皮肉な話だが――ともかく、熱心なリーの信者の中でも、とくに繊細な幾人かの者から絶望の病に呑まれ始めたのは確かなようだ。
黄金症に関しては、しばらくの間は――少なくともデイビット・クラークが存命の内は――世間に公表されることは無かった。というのも、恐らくこの情報の使い方にクラークが慎重だったせいだろう。謎の疫病が流行し始めたとなれば社会不安を更に増大させることは出来るが、その進行ペースがあまりにも急激な可能性があるのを嫌ったのだろう。チェンによれば、具体的に高次元存在を降ろす準備と進化の抑制は同時進行されており、この時に一気に黄金症を爆発させる訳にはいかなかったと予測していたようだ。
べスターからの諸事情の共有が終わり、ブラウン管に視線を戻すと、様々な推論を立てていた張本人たる糸目の男が何かを差し出している画面が映し出されていた。
◆
「……これは?」
「アンノウンXに関わる機密の一部です。何とかアクセスでき、それをローカルに保存したものになります……もちろんデータ量的にはその極々一部にはなりますがね」
「内容は分かるか?」
べスターは外套の内ポケットに受け取った端末を差し込み、代わりに煙草を取り出しながら質問した。
「高度に暗号化されているので、全容を理解するには解析が必要でしょう……ただ、こちらでも一部解析できた点から推測するに、ハインラインが言っていた絶望に至る病など、DAPAのテロ活動の目的に関する内容だと推察されます」
「成程。しかし、何故それをオレに?」
「理由は二つ。一つは、ACOの中でも活躍をしている二課と懇意になっておきたいということ。もう一つは、私が個人的にアナタを気に入っているからですよ」
「そいつはどうも……スモーカーをやってて気に入られることは珍しいからな、嬉しいよ」
べスターは煙を海の方へと吐き出しながらそう答えて後、チェンの隣で腕を組んだまま押し黙っている男の方を見た。その男が何者かは雰囲気だけで分かるが――この時のべスターは彼との接点が無かったのだろう、「先日は居なかったな。そちらは?」と質問した。
「えぇ、彼はセイリュウです。セイリュウと言うのも……」
「お前の祖国の神話から取っているんだよな?」
「勉強熱心ですねぇ。関心関心」
答えるのはチェンばかりで、当人の話をしているというのにセイリュウことホークウィンドは押し黙ったままだ。とはいえ、友好の証を見せようとしているのだろう、べスターの方へとおもむろに近づいてきて巨大な手を差し出し、べスターもその手を握り返した。
惑星レムにおいては魔族の体を借りていたホークウィンドだが、その体躯の巨大さは本来の元とかなり近い。丸太のように太い二の腕に二メートルほどの高身長であり、背広を着こんではいるものの、こんな規格に合うものとなればオーダーメイドに――それも結構上品だ――違いない。
違う点といえばやはり顔か。当然のように爬虫類のような眼でなく、猛禽類のような鋭い瞳でべスターを見つめており、口布もなく口元も顕わになっているのだが、歳を現す様にほうれい線が刻まれており、髭は綺麗に反り落とされている。
言葉の代わりに手を握ることで友好の証を示すと、ホークウィンドは会釈をして再びチェンの後ろへと戻った。二人とも高身長なのだが、それでもホークウィンドの方が文字通りに頭一つ抜けているため、平均的な身長のべスターは自然と男たちの方を見上げる形になる。
「ところで、謎の奇病が各所で発症しているケースは聞いていますか?」
「あぁ、一応上から情報は降りてきている……それが絶望から来る病なのか?」
「その可能性は考慮すべきかと思いますね。ウイルス性など外部要因であれば精神状態が身体に変調をきたすというのは少々突飛な感じがしますが、内部的な要因であればメンタルの状況も無視できません。我々は人体について多くを知った気になっていますが、まだまだ未知の領域はある……今回はそれが顕在化したという可能性もあります」
「言いたいことは分かるが……もし絶望から身体が硬化してしまうのであるならば、人類史上の中に必ずそういったケースがあって記録が残るはずだ。それこそ、自殺するほど追い詰められていた人間であれば、今回の奇病を発症してもおかしくはないんじゃないか?」
べスターの疑問はもっともなモノだっただろう。それに対し、チェンはどこか遠い目で海を見つめながら口を開く。
「これはあくまでも私の意見であり、脱線にもなりますが……今回の奇病とDAPAの目指す社会の在り方は、絶望と共通点こそあるものの、人々の捉え方はある意味では真逆のように思います。
自死と言うのはある意味では能動的な行為です。生と死という究極の二元論の中で死を選択し、それを実行するというのは、強い意志が無ければ実行できませんから。
対して、今回の奇病を発症している者の共通点は、むしろそのような決断力を持たない……いいえ、持つ必要のない者たちであったように思います」
「共通点? 発症者にはとくに共通項は見いだせないというのが上の見解だったはずだが」
「逆ですよ。共通項を見いだせないという共通点があるじゃないですか」
チェンの言うことは屁理屈のようではあるものの、単純にべスターの揚げ足を取りたいわけでないはずだ。その明晰な頭脳でもって、ある程度の仮説を持っているからこそ到達した答えがある――その切り口は抽象度が高いものだが、ここからは具体的に説明してくれるだろう。
「一歩引いた眼で見るのが大切なのです。確かに、ACOが認識している十数個のケースにおいて、性別や年齢、国籍、思想や経歴に共通点はありませんでした。しかし彼らにはただ一個共通点がある。
それは、誰も彼もがいたって平凡から、それよりもやや劣る程度の生活基準の者たちであったことです。自死を選ぶような人間は、高度に知能を発展させており世の中に絶望しているか、もしくはある一定の立場から転落してしまったか……つまり、社会的に後が無いから死を選ぶ傾向にあります。
対して、今回奇病を発症した者たちは、別に死を選ばざるを得ないほど追い詰められているわけではなく、明日も明後日も平凡な生活を続けられる者たちでした」
「確かにそういう意味では、自殺願望者とは真逆のように思われるな。しかし、なぜ平凡であることが発症の条件になっているんだ? むしろ、もしその条件が正しいのであるならば……」
「えぇ、もっと多くの人たちが発症しないとおかしい。なので、そもそも私の推論が間違えているのかもしれないですし……平凡であることに上乗せして、他にも条件があるのかもしれません」
チェンは言葉を切って海から視線を外し、べスターの方へと近づき、耳打ちをするように話を続ける。
「いずれにしても、恐らく先ほど渡した端末の中に、絶望から来る病への対抗策があるはずです。DAPA側としても、罹って欲しくない人材が病に侵された時を想定して、その対抗策を講じておく必要はあるでしょうから」
「成程……それでは、コイツの解析を進めておくことにする。ウチのハッカーの助けは借りて問題ないか?」
「そうですね、その辺りは彼の専門でもあるでしょうから……しかし、可能な限り一人で解析をしてみてほしいです」
「信用していないのか?」
「えぇ。正確には、私は大半の人を信用していません。だから特段、そのハッカーだけを信用していない訳ではないのです……優秀なのは認めますがね。
いずれにしても、情報を知る者が増えれば漏洩のリスクは高くなる。そういう意味では、まず可能な限り貴方一人で解析を進めてみて欲しいのです」
「お前の言うことは一理ある。だが、アイツの名誉のために言うが、うちのハッカーは信用できるやつだぞ」
「はは、私がそのハッカーを信用していなくても、貴方を信用しているのは、そういうところですよ」
チェンは小さく笑いながら後ずさり、先ほどのポジションに戻って海の向こうの一点を見つめ始める。
「今回の奇病発症を鑑みて、上層部はアンノウンXの更なる解析を求めています。そのため、近いうちにアンノウンXの奪取作戦が決行される予定です」
「お前たちも参加するのか?」
「はい。しかしそうなれば、我々の素性はDAPA側に否が応でもバレてしまいますし、もはや潜入工作は不可能になりますね」
「お上も思い切ったな……しかし、アンノウンXは持ち運びできるのか?」
「それだけ、奇病の発症を重く見ているとも取れますね……それ故の背水の陣かと。携行可能かについては、ある意味では可能であると想定されています。
極東におけるアンノウンXは二種類あることまでは調査から判明していますが、片方は巨大であり、少数人数で持ち運びするのは不可能です。もう片方は、私のサイオニックで持ち運び可能なサイズではあります」
ただ、その物体が特殊な放射能でも放っていたら難しいかもしれませんが、チェンは肩をすくめながら笑った。
「ともかく、この作戦の後は私達も二課に合流する予定です。正確には、この作戦から、という方が正しいかもしれませんが」
「タイガーマスクも投入するということか?」
「はい。上層部はそのように考えているようです……まだ仔細は決定していませんが、タイガーマスクが陽動をしている間に、私とセイリュウでアンノウンXを持ち出す計画です」
「はぁ……虎は隠密に優れた存在だ。表だってドンパチやるのが仕事じゃないんだぞ?」
「とはいえ、第五世代型を見破れるのは現状では彼だけですから……セイリュウも徐々に掴んできてはいるみたいなのですがね。
それに、二課の虎はマスクの裏には激情を秘めている。本来は隠密をするようなタイプでもないでしょう?」
「……違いないな」
べスターは紫煙を吐き出しながら頷きつつ、チェン・ジュンダーの視線の先を見る。そこにはピラミット型の巨大な建物が、以前と変わらぬ様子で鎮座しているのであった。