B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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絶望の克服

「……近頃熱心ね」

 

 パソコンに向かって作業を続ける男に対し、背後から少女の声が投げかけられたようだ。ブラウン管に映るのは地下の見慣れた研究室であり、べスターは壁に設置されている防護服らしき者が収められた箱に対し、何かしらのプログラムを打っていたようだった。

 

「まるで、普段は仕事をしていないかのような口ぶりだな、グロリア」

「そこまでは言ってないじゃない。でも、いつもにも増して無理しているように見えるのは確かね……何をやっているの?」

「単純に言えば、二課の戦力増強のための開発をしているんだ」

 

 男は振り向くことなく作業を続けており――とはいえ、後ろから覗き込んでくる少女を諫めることもしなかった。むしろ、モニターの一部分を指し示しながら説明を続ける。

 

「一つ目が、パワードスーツT2……これは先日のリーゼロッテの物を参考にしつつ、今までのアラン・スミスの戦闘データを学習したサポートAIを積んだマスクを作っているんだ。これにより超音速戦闘をこなしつつ、第五世代型の存在をある程度識別出来るようになる」

「そもそも、ADAMsって脱出用であって戦闘用じゃなかったのよね? 最初から超音速戦闘をこなす前提にしているだなんて、生真面目なアナタらしくないわね」

「はは、そうだな……しかし、アランの戦果と超音速戦闘は切っても切り離せない。それに、T2に搭載するAIはADAMsを込みで学習しているからな。それなしでは万全の戦闘をこなせないはずなんだ」

「成程ね。それで、それは誰が装着するの?」

「それは、もう一つを説明したら話す……コイツだ」

 

 男がキーボードのショートカットで画面に表示されているウィンドウを切り替えると、また何やら小難しいプログラムが無数に組まれているのが表示された。しかし、文字列の横にはどことなく見覚えのある形状の物体が映し出されている――アレは調停者の宝珠だろう。

 

「なになに……精神感応デバイス?」

「あぁ。人の意志に反応すると言われているレアメタルから構成される有機金属……端的に言えば、このデバイスを所持する人間の精神力を複数人によってサポートすることにより、所持者と感応者の潜在能力を極大に引き出す装置だ」

「何それ、オカルト?」

 

 べスターがそこで初めて振り返ると、どこか胡散臭い物を見るかのようなグロリアの瞳と眼があった。

 

「まぁ、オレもそう思うが……最近考えを入れ替え始めた。謎の奇病の出現や、お前の飛行能力を筆頭にした超能力、それに先日アランに対して行われた謎の電撃による超遠距離攻撃。今までの科学の範囲内で説明しきれないことが確かに存在するのは確かにあるんだ。

 正確に言えばオカルトではなく、体系化されていない未知の技術と形容するほうが正確なのだろうが……オレ達の戦いは単純な潜入工作と暗殺じゃなくなってきている。活用できるものは活用しないとな」

 

 完成してみないと使えるかは分からないし、実用化に耐えうるかはまだ不透明だがな――べスターはモニターの方へと振り返りながらそう続けた。

 

 しかし、べスターはいつ、精神感応デバイスの情報を得たのだろう。時制の順で言えばチェン・ジュンダーから渡された端末を解析した結果だろうか。心を合わせ力を引き出すというのは、なるほど、そのデバイスはチェンが言っていた絶望に対する対策のように思われる。

 

 ともかく、男が熱心に仕事を続けるのをおかまいなしに少女は話を続ける。

 

「さっき、複数人でサポートするって言ったわよね。つまり、アラン一人で戦わなくてよくなるってこと!?」

「あぁ、そういうつもりで開発している。とくに精神感応デバイスは所持者を中心に、三人の精神を一つにすることで起動するように想定されているんだ。三という数字は安定的な数字……三角形や三脚、三権分立など、平面幾何学上は勿論、立体上でも概念上でも、バランスを取るのに使われる数字だからな」

「それじゃあ、さっきのT2とやらはアナタが纏うとして……私もアランのサポートに周れるのね!」

 

 話すにつれ、グロリアのテンションはどんどん上がっていっているようだった。しかし、モニターに照り返されて僅かに映る少女の顔には、最終的には疑問の色が浮かんできたようだった。

 

「あれ、でも、あと一人は? 右京は戦えないだろうし……」

「前線に出るのは、オレとアラン、それに今後合流予定の二人の四人だ。お前には変わらず後方支援をお願いしたい」

「むっ……」

 

 モニターに映っていた疑問の表情を、男の言葉は不機嫌そうに頬を膨らませたものへと変化させてしまった。

 

「でも、この前だって私は上手くアランをサポートして見せたわ」

「それは否定しないが、アレは例外的な処置で、戦闘行動を取るとなれば話は別だ」

「でもでも……後から来た新参者が、精神を一つになんてできるものかしら?」

「プロなんだ、できるように適応するさ」

「でも、でも……」

 

 グロリアが色々と口実を言葉にしても、べスターは素気無く切り捨てていってしまう。そのせいか、不機嫌そうだった少女の表情は、最終的には泣きそうなものへと変わってしまう。

 

 それに対し、流石に冷たくしすぎたと反省したのか、べスターは椅子を回して立ったままの少女の方へと向き直った。

 

「お前の気持ちも分からないでもない。しかし、お前はアランにおかえりという大切な仕事があるだろう?」

「……聞いてたのね、趣味が悪いんじゃない?」

「人聞きが悪いな。オレが声を掛けに言った時にお前たちが勝手に話していただけだ。それに、他に色々と理由もある。全員が前線に出たら、戦局全体を把握してフロントをサポートする役目が出来るものが居なくなる」

「そんなの、右京がやればいいじゃない」

「他にも、お前の縁故者と戦うことだって想定される。そうでなくたって、お前に人殺しをさせるような真似はさせられない……子ども扱いして悪いとも思うがな、しかしこればかりは譲らないぞ」

 

 そう言う男の語気は静かであるものの、反論の余地は許さないという確固たる意志が籠っていた。グロリアは何も言い返せなくなってしまったようで――同時に納得もしていないのだろう、俯きながら裾を握って黙り込んでいる。

 

 その沈黙は十秒ほど続いたか、ひとまず男は椅子を回して作業に戻りつつ、モニターに反射して少女の方をしばらく見つめ――ずっとしょぼくれているのが気の毒になってきたのだろう、「ところで」と声を上げた。

 

「オレに何か用があって来たんじゃないのか?」

「あぁ、そうだった……アナタ、今日は晴子の見舞に行く日だって忘れていたでしょう? そんな目の下にクマを作ってたら、晴子に心配されちゃうわよ」

 

 そこで男は初めて、少女と同様に映っていた自分の顔を見たようだ。モニターの照り返しなのでハッキリとは映っていないものの、確かにその表情はどこか――ある意味ではいつも通りだが、今日はいつにも増して――疲れて見える。

 

「時間までまだ少しあるな……少し待っていてくれ、シャワーを浴びてくる」

「それを想定して早めに声を掛けに来たのよ」

「さすが、サポートは万全だな」

 

 そう言いながら立ち上がって少女の方を一瞥すると、サポートという言葉を強調したせいか、グロリアはまた不機嫌そうに頬を膨らませていたのだった。

 

 ブラウン管の画面が切り替わると、何度か見た病室が映し出された。しかし、病床の少女は大分雰囲気が変わったように見える。幾重にも繋がれていた点滴は無くなっており、髪も綺麗に整えられ、土気色だった顔にも生気を取り戻しているようであった。

 

「晴子さん、大分見違えましたね」

 

 べスターがそう声を掛けると、晴子は意地悪気に笑い――その一筋縄でいかない様相は、確かに自分が海の底で出会った女神の様相に近づいてきているようであった。

 

「そういうべスターさんの方は、まるで墓から抜け出してきた、みたいな顔をしてますけれど?」

「そうなのよ。べスターったら、最近忙しくてあまり寝れてないの……別に遊びまわっているわけじゃないのよ?」

「あら、そうなの? すいません生意気を言って……」

 

 グロリアの言葉を聞き、晴子はべスターの方に向き直って姿勢よく頭を下げた。こう見ると、晴子は育ちが良いんだなと感じる――いや、オリジナルも同じ家庭で育ったのだから、ある意味では自分も育ちが良いということになるのか。

 

 しかし、先ほど険悪な雰囲気になったグロリアが、べスターの名誉のためにフォローをしてくれたというのは意外だった。いや、そんなこともないか――彼女だってべスターやオリジナルの気持ちは痛いほど分かっているのだろう。

 

 飛行能力とパイロキネシスという戦闘向けの力を持っているが故――実際、頼りになった訳だが――戦闘に参加しようという意志を抱いただけで、グロリアは人を慮るだけの思慮深さも持ち合わせているのだから。

 

 自分がそんな風に考えていると、ブラウン管の中で晴子が自分の胸に手を当てながら口を開いた。

 

「おかげさまで、最近はきちんと食事を摂るようになりまして……やはり食べると変わりますね。栄養補給という観点から言えば、点滴やサプリでも問題なくても、食事をすると生きようという活力が沸いてくると言いますか」

「晴子、生きる気になったって……それじゃあ?」

「ふふ、今にして思えば死にたーいみたいに、随分恥ずかしいことを言ってしまっていたけれど……えぇ、手術を受けてみようと思うわ」

「やったぁ! べスター、今の聞いた!?」

 

 グロリアはベッドに身を乗り出したまま後ろへと振り返って、べスターに対して満面の笑みを見せた。晴子の方も、少し恥ずかしそうに微笑みを浮かべている――きっとこんなに喜んでくれる人がいるというのが、嬉しくもありつつ気恥ずかしい部分もあったのだろう。

 

 男はグロリアに対して「あぁ、聞いているよ」と頷き、次いで晴子の方へ視線を向けた。

 

「晴子さん、良く決断してくれました。それでは、早速手配をしないと……」

「いいえ、もう手配は済んでいます。右京さんが手続きをしてくれました」

 

 今日はいないようですけれど、と晴子は少々寂し気に続けた。

 

 右京が手続きをしてくれていたというのは、恐らくオリジナルたちが海を渡っていた時に話が進んでいたのだろう。そうなれば、きっと晴子が手術を受けようという決断をしたのは右京の何かしらの説得があったからに違いない。

 

 とはいえ、アイツがどのような言葉を晴子にかけたのかは分からないし、むしろ何も言わないような気すらする――そうなると、もしかすると晴子自身が何かを想い、決断をしたのかもしれない。

 

「そうだったのですか? 右京からは聞かされてなかったもので……」

「私が言わないようにお願いしていたんです。お世話になったお二人には、キチンと自分の口から言いたいと思って」

「……オレは何もしていませんよ」

 

 男は自嘲的な色を含んだ小さな声で返答をした。それを聞いた晴子はゆっくりと首を横に振り、落ち着いた様子で男の方をじっと見つめてきた。

 

「そんなことありません。もちろん、グロリアや右京さんと色々話して生きる活力が沸いてきた部分も大きいですが……アナタのような大人が世間に居ることを知れたことも、私が前を向くきっかけになったんです。

 若い世代を見守って、背中を押してくれる優しい大人の人も居るんだって……社会に出ても絶望だけじゃないんだって、そんな風に思わせてくれたから」

「そんな……オレはそんな男じゃ……」

 

 男はそこで一度言葉を切って――何か思いついたのだろう、下がっていた視線を戻して病床の少女を見つめ返す。

 

「もしアナタからそういう風に見えていたのなら、それはきっとお節介な友人のおかげでしょう。そいつのおかげで、自分も大分変わったように思いますから」

「あら、素敵なご友人がいるんですね」

「えぇ。一緒に居ると手を煩わされることも多いですがね。ただ、そいつを見ていると……自分も何かをしなければと、そう思わせてくれるんです」

 

 一緒に居ると手を煩わされるという皮肉から、この時べスターが脳裏に思い浮かべていた相手も何となく想像がつく。普通に感謝すればいいのに、一言余計なことを言わないと喋れないのは、この男の良くない点であろう。

 

 とはいえ、それを聞いている自分も悪い気はしなかった。正確にはクローンである自分のことではないはずなのだが、それでも――アラン・スミスという男が誰かに何か影響を与えたという事実は喜ばしいことであると思う。

 

 同時に、先ほどの晴子の言葉も良かった。べスターを上手くフォローしてくれたこともそうなのだが――自分が彼女の言葉に感動したのは、晴子の心が世相と反対側を行っていたからだ。

 

 伊藤晴子は絶望に傾倒していた心を反転させて見せた。その事実が嬉しかったのかもしれない――それが進化の袋小路にいる人々を、良い方へと導く糸口なように思えたから。

 

 それは、べスターのような誠実な大人に出会ったことや、グロリアのような優しい心に触れたからかもしれない。もしくは、この場に居ない少年に惹かれたのがきっかけだったのかもしれない。

 

 そのいずれか一つが要因ではなく、もしかしたら複合的なモノだったかもしれないが――これがはるか遠い過去のことであったとしても、心身ともに死の淵に居た妹が再び前を向けたのは喜ばしいことだった。

 

「それで、手術はいつになるんですか?」

「二週間後です。正確には、ひと月前から予定を淹れていたのですが……義足ではなく再生手術で、現在は私の遺伝子から移植用の足を培養するのにそれだけ時間がかかるみたいです。

 以前なら体力もなかったので危険性も高かったようですが、今ならそこまで不安もないとお医者様からは言われています」

「そうでしょうね。まだお若いですし、今のように体力がついていれば、そこまで危険性も無いはずです」

「えぇ。だから少しずつでもしっかり食べて栄養をつけておかないと……でも、今度は太らないように注意しないといけませんね。何せまだ運動は出来ませんから」

 

 晴子の自虐に対して、グロリアは苦笑いを浮かべている。恐らくべスターも同じような表情をしているに違いない――生気を取り戻したと言っても、まだまだ不健康とも言える細さでそう言われても、笑うに笑えないだろう。

 

 とはいえ、肝心の晴子は楽しそうにしているし、冗談を――あまりセンスは良くないが――言えるようになったのは大きな前進と言えるに違いなかった。

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