B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
画面が切り替わると、今度は見慣れたコンテナハウスの内部が映し出された。恐らく見舞から帰ってきた後なのだろう、窓から見える空は茜色に染まっている。
「そうか、晴子が……」
仮面の男は膝の上で手を組んでしみじみとそう呟き、次第に顔をあげてソファーに掛けている少女と視線の主の方を代わる代わる見て頭を下げた。
「べスター、グロリア、ありがとう」
「どういたしまして……と言いたいところだけれど、多分右京の影響が大きいわね。私たちが今日お見舞いに行ったら、すでに手術するって決まってた訳だし」
「あぁ、後でアイツにも礼を言わないとな……なんともまぁ複雑な心境ではあるが」
複雑と言うオリジナルの気持ちは良く分かる。自分の妹を元気づけてくれたのはありがたいが、そこには男女だからこそという理由があったのは間違いないからだ。とくに既に両親が亡き今、オリジナルは晴子の唯一肉親であり――もう会うこともできない訳だが――同時に右京という人物をよく理解している。祝福する気持もあるものの、手放しに喜べる心境でないということなのだろう。
「それで、手術はいつなんだ?」
「二週間後を予定していると……簡単な手術でもないが、同時にそこまで難しい手術でもない。それに、食欲も戻ってきてるようで、体力も取り戻してきている。そこまで心配しなくても大丈夫だろう」
「そうか、二週間後か……」
「あぁ……ちょうど、アンノウンXの奪取作戦と被るな」
オリジナルとべスターは、デジタル時計に表示されているカレンダーの日付を見た。リーの一件が一か月前であり、チェンからアンノウンXの情報が提供され正式に上層部からモノリス奪取作戦が告知されたのが二週間前、べスターはその間でパワードスーツと調停者の宝珠の開発を進めていたようだが、流石に作戦には間に合わなかったようだ。
日数を確認してから、オリジナルはどこか気の抜けた様子でソファーに身を鎮めてボンヤリとしていた。それを見て心配になったのだろう、グロリアが身を乗り出し、机に手をつけながら口を開いた。
「ねぇアラン、べスターから聞いた? これから、二課のメンバーが増強されるんですって」
「あぁ、なんでも潜入工作をしている連中が加入するんだってな」
「それだけじゃないのよ! これからは、アナタが一人で戦わなくっても良くなるの! 本当は私が一緒に戦ってあげたいところなんだけれど……でも、我慢するわ。私が前線に出たら、アナタに変に心配をさせてしまうかもしれないものね」
「……あぁ、そうだな」
先ほどまで自分も前線に出るんだと勇んでいたグロリアが我慢すると言ったのは、気の抜けているオリジナルを気遣ってのことだろう。その健気さが一向に功を為さないので、グロリアは不機嫌な様子で頬を膨らませた。
「もう! ちゃんと気が抜けてるんじゃないの!?」
「あぁ……今まで晴子の医療費を稼ぐために戦ってきたわけだからな。一つ肩の荷が降りたというか……でもまぁ、だからって途中で降りる気はないさ。ハインラインにも言ったが、DAPAと戦うことは既に俺の意志でもあるんだからな」
「それならに良いけれど……いえ、戦うってのを良いっていうのもおかしいし、えぇっと、私が言いたいのはそういうことじゃなくって……」
そこでグロリアは言葉を切り、べスターの方に目くばせをしてきた。そして人差し指と中指を組んで口元で前後させ――要件を察したのだろう、男は胸ポケットに手を入れながら椅子から立ち上がった。
「煙草を吸ってくる」
「えぇ、行ってらっしゃい。上着を着ていった方が良いわよ。最近寒いんだから」
「お前はオレがどこまで行ってくることを想定しているんだ?」
しかし言われた通りに白衣の上から更に上着を纏い、男は寒空の下に出ていった。二人がゆっくりと話せるように気を使ったのか、それとも開発の続きをしようと思ったのか――恐らく両方だ――次に画面が切り替わった時には研究室でパソコンと向き合っており、煙草の灰を切る際に見えた時計は先ほどから二時間ほど経っていたようだった。
そしてちょうどそのタイミングで研究室の扉が開き、「よう」というオリジナルの声が聞こえた。べスターはそれに対し振り返ることもなく、作業を続けながら煙草の煙を吸い込んだ。
「グロリアはなんだって?」
「うぅん、色々と話されたよ……この戦いが終わったらの話とか。腕の調整をして絵を描けるようにしてあげるとか、そうでなくてもお金もたくさんもらえるだろうし、再手術しても良いんじゃないかとか。その後もサポートしてくれるとかな」
「健気だな」
「あぁ、泣きそうになったよ……いや、冗談じゃなく本気さ。あの子は良い子だ。そして俺は嘘をついた。この戦いが終わったら、一緒に暮らすのも良いかもなって。あの子には行き場がないから……」
オリジナルはそこでようやっと扉から移動したようで、研究室内の適当な場所に座ったようだ。そしてしばらくキーボードを打つ音だけが流れ――ややあってから「なぁべスター」と声が上がった。
「あくまでもお前の意見で構わない。その代わりに嘘や慰めは無しで答えてくれ」
「自分はグロリアに嘘を吐いたのにか?」
「そう言うなよ……お前の返答次第じゃ嘘じゃなくなるんだから。もし、もしもだ……DAPAとの戦いに終止符が打たれ、その時まで俺が生きていたとしてだ……俺はどうなる?」
男の手は手を止め、椅子を回して仮面の方へと向き直った。しかし、べスターは何も言わなかった――言えなかったという方が正しいのだろう。対するオリジナルは視線を落とし、自身の手を見つめながら続ける。
「俺の予想はこうだ。この体に埋め込まれている爆弾を爆発させられて、俺は今度こそ死ぬ……暗殺者アラン・スミスは歴史の裏に葬り去られるんだ。俺は何かと知りすぎているし、ACOの非人道的な実験の成果物でもある。生きて残すメリットがない」
「可能な限りそうならないように、上に掛け合うつもりだ」
「あぁ、そうだろうな……すまん、ぶっきらぼうだった。お前の気持ちは汲みたいし、同時にそうしてくれるのも分かっている。しかし……正直、俺はどっちでも良いと思っているんだ。
この戦いにけりをつける、その思いは嘘じゃない。でも同時に、そのために俺がこの手を血で染めてきたのは確かだ……その贖いは、どこかで必ずしなければならない」
「違う、お前の罪じゃない。人を殺めたのは上層部の意志であり任務だ」
「だが、それを受け入れたのは俺だ。俺の意思だ。それは、俺が人を殺したことと何ら変わりないんだよ」
オリジナルは祈るように組んでいた手を離し、そのまま使い込んでいるグローブに視線を落とす様にその掌を見つめていた。
オリジナルがその身に刻み込んだ全ては、確実に自分にも継承されている――同じ技と同じ遺伝子を持つ自分にも、罪の因子は刻み込まれているはずなのだ。しかし、画面の中にいるオリジナルと比べて自分は意外なほど冷静であり、どこか他人事のようにブラウン管を眺めていた。そして、なんとなしにリーゼロッテのことが頭をよぎっていた。
恐らく彼女は、アラン・スミスという男が元来から持つナイーブさを理解していたのだろう。原初の虎は、ただ人を殺めたという罪悪感の渦の中に沈殿していく――その悪循環を止めるのであるならば、外部から無理やり止めてやるしか方法はなかったのだ。
しかし、オリジナルは肉体改造直後からローレンス暗殺まではこういった繊細さを見せてはいたものの、右京達と合流するころには落ち着いていたと思ったのだが――晴子が手術を受けるという一つの区切りが、改めて自分の在り方を見つめ返す契機になったのかもしれない。
もしくは、虎の持つ直感が、近々来る終わりを予知していたのか。それに対してどうやって声を掛けていいか分からなかったのだろう、べスターは煙草に火をつけ、それが一本吸い終わるまで無言の時間は続き――空き缶に吸殻を放り投げた時、オリジナルが先に沈黙を破った。
「まだそんな時でないのは分かっているが、せめて……俺のことは良い。グロリアが普通に生きていけるようにしてやってくれ。もちろん、あの子の父親はいないし、下手すれば母親もいなくなり……そうでなくとも、もはやファラ・アシモフと一緒に暮らすこともできないだろう。でも、お前が居れば、何とか生きていけると思う」
「……馬鹿野郎!」
男は立ち上がって虎に近づき、外套を掴んで思いっきり引き上げ、仮面がすぐ近くに見えるほど顔を近づけた。
「いい加減なことを言うんじゃない。その罪をお前に着せたきっかけを作ったオレがとやかく言う筋合いは無いのかもしれないが……嘘であっても約束をしたのなら、あの子の元に帰ってこい! それが大人の責任ってもんだろうが!」
そう一気に大声でまくしたてると、べスターは息切れしたように呼吸を整えており――対するオリジナルはどこか上の空のように「そうだな」と答えた。
「……気が付かないうちに、俺も大人って歳になってるんだよな……」
どこか呆然自失のようなオリジナルの言葉を聞いて、べスターはハッとしたように外套を手放した。
実際、この時のオリジナルは二十二歳かそこらなはずであり、鳥かごではグロリアに言ったように、旧世界の社会的にも立派な成人男性でこそある。しかし、十代の内に事故に会い、缶詰め状態で訓練を続け、この狭い基地内で生活をしていたアラン・スミスにとっては、自分が大人になっている自覚が希薄だったのかもしれない。
べスターもそのことに気付いたのだろう。同時に、それだけの心の準備をオリジナルにさせてやれなかったことを気に病んだに違いない――ふらふらと元居た場所に戻り、気持ちを落ち着けるためだろう、震える手で煙草を咥えてその先端に火をつけた。
「……オレから見たら、お前なんか青二才だ。酒の味も煙草の味も知らないんだからな」
「おかげさんで、臭いは染み付いてるがな。しかし、大人の責任を取れって言ったのはお前だろう?」
「大人のって部分は撤回する。ただ、約束したのならそれを守る責任は誰にだってある。それに関しては年齢なんか関係ないだろう?」
「あぁ、そうだな……」
オリジナルはどこかまだ上の空であり、対して紫煙を吸っている間に落ち着いてきたのだろう、べスターは諭すような口調で続ける。
「良いか、この戦いが終わったらな……お前は新しい戸籍を得て、グロリアと新しい生活を始めるんだ。もちろん、身体の爆発物だって取り除いて……グロリアの言う通り、再手術をして元の体に戻ったっていいだろう。
理論的には不可能じゃない。全身を義体化しているわけじゃないんだから、生きている細胞を使って再生手術をすることだってできるんだ。
それで、今度こそ大学に行けば良い。別にこの国の大学じゃなくたっていいし、どの国の大学にだって推薦状だって出すことだってできる。政府からの斡旋があれば、大学側だってイヤとは言えないだろう」
「はは、そりゃいいな。しかし……」
「お前はこう言うつもりだな? 人殺しの自分が、夢を追いかけていいものかと……良いんだ、お前はあくまでもオレ達のような卑怯な大人たちに巻き込まれた犠牲者、もとい協力者に過ぎないんだからな」
「お前は卑怯じゃないよ、べスター。いつだって俺たちのことを真剣に考えて、見守ってくれているじゃないか」
「……あぁ、お前の言う通り。オレはいつだって傍観者だ」
オリジナルとしては善意のつもりだったのだろうが、虎と同等にナイーブな科学者にとっては痛い一言だったのだろう――べスターは振り返ってパソコンのモニターを見た。彼が傍観者でなくなるための準備が、そこでは着実に進められているのだ。
「ともかくだ。もう二度とオレの前でそんなくだらないことを言うんじゃないぞ……グロリアの前でもだ」
「あぁ、すまなかったな」
「……こちらこそ、急に怒鳴って申し訳なかった」
「俺のせいで皆に気を使わせちまったが……晴子のことは本当にありがたく思ってるんだ。少ししたら、俺も気持ちを切り替えるからさ。ちょっと待ってくれると助かる」
オリジナルは立ち上がり、研究室を後にした。対するべスターはチェーンスモークを続け――恐らく気分を落ち着かせるためなのだろう、いつもよりも本数が多い――そして数本吸った後に、やっと元の作業に戻ったのだった。
◆
「……なんだかすまないな」
自分がそう言うと、画面外で煙草をボゥッと吐き出している男は「何を謝ることがある?」と首を傾げた。
「いや、オリジナルが変に拗《こじ》らせててさ」
「お前が謝ることじゃないし、何ならオリジナルも謝る必要はない……少なくともオレに対してはな」
「でも、オリジナルは少々気にしすぎているきらいもあると思うが……」
「それはそうかもしれない。だが、そこに関しては若さもあったんだろうな」
「まるで俺の方が老けてるみたいな言い方だな」
「あぁ、オリジナルと比べたら、クローンのお前の方が少し落ち着いてる気がするな。何なら人格形成されて一年にも満たないはずなのに、妙なことだが」
まぁ、一時にし始めるとドツボにはまっていくのは変わりないが、べスターは煙を吐き出しながらそう答えた。
「褒められてるんだか貶《けな》されてるんだか……まぁ良いか。しかし、こんな調子でオリジナルは大丈夫だったのか?」
「そこに関して問題なかった……モノリス奪還作戦も万全な状態で臨んでいたと言っても良いだろう」
「何かあったのか?」
「あぁ、これは後から……右京に関して少しでも情報を集めようと、保管されている映像を探している時に見つけたんだが……これがオレが知りうる中で、最も右京の核心に近づいた映像だ」
べスターがリモコンを操作すると、ブラウン管の映像が切り替わり、どこかの瓦礫の山が映し出された。遠方に煙が上がっているのを見るに、恐らくテロの後であり、その対処が終わった後なのだろうが――スピーカーから物音が聞こえてくると、瓦礫の上を歩いて近づいてくる少年がカメラの中央に映っていた。