B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「やぁ先輩、良い夜だね」
「……そうか?」
「素気無いねぇ……ただの挨拶じゃないか」
右京はそう言いながら、オリジナルが腰かけている付近に腰かける。それを見届けてから虎は――以前語らった時と同様、視線を合わせない方が話しやすいと判断したのか――足元の瓦礫へと視線を落とした。
「聞いたよ。べスターさんとちょっと気まずいみたいじゃないか」
「あぁ……まぁ、俺が悪いんだ」
「コイツは重症だね」
少年は呆れたように大きくため息を吐き、ややあってから話を続ける。
「あくまでもこれは僕から見た一つの意見として聞いてほしいんだけれど……先輩はさ、戦いが終わるのが怖いんじゃないのかい?」
「……はぁ?」
少年の意図が理解できなかったためだろう、虎は視線をあげて少年の方を見た。右京の方もオリジナルの方を見て、いつものように涼し気な笑みを浮かべている。
「ちょっと言葉を変えようか……きっとDAPAと戦い終わった後のことが想像がつかないんだと思うよ」
「そんなことはない。きっと俺は消されて……」
少年は虎の言葉を「違う違う」と首を振って遮った。
「じゃあ、もっと厳しく言おう……先輩は怖いんだよ。暗殺者アラン・スミスでなくなって、ただの一般市民に戻ることがさ。
そりゃ、事故にあって改造されて、人殺しなんかやらされてる。全くひどい話だと思うよ。でも逆を言えば、今はなんやかんやでその技は必要とされている……居場所があるのさ。
でも、もし戦いが終わって暗殺者から足を洗ったとして……アナタが駆け抜けてきた三年間は、日常生活に何も寄与しない。暗殺者してましたって言って雇ってくれる所なんか、裏社会ならまだしも、表世界のどこにもないからね。
公的機関から年金でももらって悠々自適な生活が出来るかもしれないけれど、結局それは孤独だ……先輩はそれが怖いんじゃないかな。晴子と同じでさ」
さすがは兄妹だね、右京はそう続けた。
「すまん、あまりピンと来ていないんだが……べスターに言われた通り、美大に行くとか、そういうことだって、出来ると思うんだが……」
「先輩はそれを本当に望んでいるのかい? もちろん、絵を描くのが好きだったって言うのは聞いているし、嘘じゃないと思うよ。でもさ、専門機関に行くってことは、自分の才能の限界を突きつけられる可能性があるんだ……それをアナタは恐れてるんだ。
もしアナタが真に絵を描いて世間に対して何かを提示したかったのなら、きっとサイボーグと化してからだって絵を描き続けていただろう。でも、アナタはそれをしなかった。もちろん、そんな暇が無かったと言えばそれまでかもしれない。でも本当にそれがアナタの夢であるのならば、隙間時間を見つけて、その機械化した腕で描き続けたと思うよ。
逆を言えば、アナタは少し安心していた部分があるのさ……ここに居れば、暗殺者としての才能があって受け入れられている。しかし、絵描きとしての自分はどこにも受け入れられないかもしれない……そんな可能性に怯えているんじゃないかい?」
右京の淡々とした言葉に対し、オリジナルは何一つ言い返すわけでなく、ただ話をじっと聞き続けていた。正確に言えば言い返せなかったのだろう――そもそも、大学に行くという時点で歯切れも良くなかったし、少年の言うことが図星な部分もあったのだろうから。
大学に行って絵の勉強をしたかったのは本心なはずだ。絵を描くことを仕事にしたかったことも嘘ではないはずだ。しかし――。
「……多分、先日のジム・リーの言葉が効いてる部分があるんだろうね。彼は、数多に居る創作者の成れの果てでもあるだろう。いや、彼はまだ幸福な部分はあったんじゃないかな。やりたかったことではないかもしれないけれど、それでもその才能の一部が世間に認められたのだから」
そこで一度言葉を切って、少年は画面の向こう側からこちらを指さしてきた。
「結論を言おう。もしアナタが真に絵を描くことを至上の目的としているのなら、必ず生き残って、自らの存在証明を続けようとするはずだ。しかし、アナタはそうしなかった……周囲の大人たちに消されると言い訳して、戦いが終わった後のことを考えることから逃げたんだ。
成程、邪悪な野望を持つ悪の組織を倒して戦いに終止符を打ち、しかしその力を恐れられて身内に消される英雄……一見すると美しい幕引きだけど、そんなものよくある三文芝居だ。悲劇に倒錯して現実と向き合うことから逃げてるんだよ、先輩はさ」
少年の声は冷たく響き、虎の感情を揺さぶってくる――クローンである自分ですら聞いててきついものがあるのだから、当事者であるオリジナルが感じているきつさは推して知るべしと言った所か。
確かに、オリジナルが自分の夢に疑問を持ったことに関してはジム・リーの影響もあるだろう。自分の創り出す世界が誰かに認められるという保証が無いことをむざむざと見せつけられたのだから。
しかし、本質はそこではないようにも思う。恐らくリーの一件が無くても、オリジナルは同様の結論に――DAPAとの戦いが終わったら自分は死ぬという結論に――到ったに違いない。
それは、複合的な要因もあるだろう。人殺しとしての罪を清算する意味もあっただろうし、そもそも自分の意思とは関係無しに体内の爆弾を使われれば抵抗のしようもないという諦めもあったに違いない。
だが、結局は右京の言ったことが一番の本質なのだろう。もし夢を諦めない気概があれば、何があったって生き残ろうとするはず。それをしなかったのは、少年の言うように夢から逃避しているのだとオリジナルも認めたのだ、しばらく困ったように視界を揺らしながら、最終的に小さな声で唸ることしか出来なかったようだ。
「今日は滅茶苦茶に厳しいな……」
「まぁ、いつもは僕のほうが厳しく言われるからね。その仕返しだよ」
「だけど、お前の言う通りかもしれない。俺は……居場所が無くなるのが怖いのかもしれないな。もっと言えば、自分の存在意義が無くなるのが怖いのかも……」
オリジナルがあまりにもしょげた声を出したせいかもしれない、右京は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、厳しく言ったけどさ。先輩の気持ちも分からないでもない。さっき言っただろう? 晴子と一緒だって。
先輩が高校卒業の時に絵を描きたかったのは、きっと本心だったんだろうと思うよ。でも、それは他に自分の在り方を知らなかっただけでもあるし、大学に行くっていう規範的なレールの内側の話でもある。
でも、普通の人生設計から大きく逸脱してしまったからこそ、今更普通の暮らしと言うのが考えられない……というのは、致し方ないことだとも思うよ」
「あぁ、そうだな……」
オリジナルが相槌を打ってから、少しの沈黙が訪れた。オリジナルの側が何を言うべきか悩んでおり、右京はそれを待っているという雰囲気だ。そしてややあってから、オリジナルも空へと視線を向けて「なぁ右京」と切り出した。
「こんなことを聞くなんて情けないことこの上ないが……俺はどうすればいいんだと思う?」
「それは、DAPAとの戦いが終わったら、ということでいいのかな?」
「あぁ、そうだ……グロリアがいっぱしになるように見守ってやりたいって気持ちはあるし、絵にチャレンジしたいって気持ちも嘘じゃないんだ。
でも同時に、お前の言っていた通り……俺は普通の生活が出来るか不安なんだとも思う。それで、どうすればいいか……」
「……思うに、そんな難しく考えなくたっていいのさ」
また少年の真意が分からなかったせいだろう、虎は少年の方へと視線を向けた。右京はオリジナルの方を見るわけでなく、変わらず空に浮かぶ月を見ながら話を続ける。
「こんなことを言ったら不謹慎だけれど、戦いは終わらないよ。仮にDAPAを倒し、人智を超えたアンノウンXとやらを各国機関が差し押さえたとして……きっと最初は共同管理だ何だとか協議を進めながら、必ず出し抜こうとする奴らが出てくるのさ。
そうしたら、今度は政府間で覇権を奪い合う動きが出てきて……大戦を繰り返すとまでは言わなくても、きっとまた代理戦争なり、武力衝突が出てくる。そうなれば、アラン・スミスの出番は必ずある」
「それは……」
そこで少年はシニカルな微笑を浮かべながら視線を虎の方へと向けてくる。
「アナタはきっとこう考えている。そんなパワーゲームに巻き込まれるのはもうごめんだと。むしろ、争いのない世の中を作りたい……違うな、争いに巻き込まれてる人が悲しむ様な世の中にはしたくない、そう思ってるんじゃないかい?」
「あぁ、そうだな」
「それなら、アナタはそのために戦い続ければ良い。誰かに操られる人形ではなく、誰かを殺める暗殺者としてではなく、アナタはアナタの意志で、誰かのために戦い続ければいい。その上で、空いた時間には絵を描けばいい……戦士にだって余暇は必要だからね。そうやってゆっくり自分の才能を試していけばいいのさ」
そこまで言って、少年は再び空を見上げた。一方、虎は瓦礫の海に佇む少年をじっと見つめていた。
「……右京、今更だが、お前は凄い奴だな」
今の言葉には、色々な意味が込められているに違いない。右京は一度オリジナルの情緒をぐちゃぐちゃにして見せたが、それもアラン・スミスの思考を整理するのに必要な流れだったのだ。
実際、少年の言葉は自分の胸にすら響くものがあった――殺し屋がのうのうと生きることを認めない者もいるかもしれないが、死んだところで贖える罪がある訳でもない。そう言う意味では、原初の虎が出来る本当の贖罪は、生きて誰かのために走り続けることなのだろう。
その上で、絵のことだって諦めたいわけではない。もちろん、自己表現など人生を賭して認められるか否かの世界であり、他のことをしながらなど甘いかもしれないが――それでもゆっくりと続けられたら掴めるチャンスもあるかもしれない。
つまるところ、右京の意見はアラン・スミスの迷いを吹き飛ばすものであったのだ。だからオリジナルは右京を凄いと形容したのだし――言われた少年の方も、少しはにかんだ表情を浮かべながらこちらを見つめてきた。
「お褒めに預かり恐縮だね……少しすっきりしたかい?」
「あぁ、少しどころか大分すっきりしたよ。情けない話だが、余暇に絵を描くってところが一番響いたかもしれないな。自分の才能をゆっくり試すチャンスがあるわけだし」
「はは、現金だね……でも、良いんじゃないかな。今日日、創作一本で食べてる人だってそこまで多い訳じゃないんだ。色んな可能性を模索する権利は先輩にだってあるはずだよ」
視線の主は首を云々と上下に揺らして後、しばし空を見ながら考えに耽っていたようだ。恐らく、未来のことを改めて考え直していたに違いないが――同時に迷いを吹き飛ばしてくれた少年のことが気になったのだろう、再び右京の方へと視線を戻した。