B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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見舞の動機

「なぁ右京。逆に聞いてみたいんだが……DAPAとの戦いが終わったら、お前はどうするつもりなんだ?」

「唐突だね。あまり考えてはいなかったけれど」

「とりあえず、晴子のことは任せても大丈夫なんだよな?」

「おっと、藪蛇だった……」

「おい、まさかいい加減なつもりでいる訳じゃないよな?」

 

 妹のことが遊びだったのではないかと不安になったのだろう、オリジナルは少々脅す様な低い声を出した、対する少年は、今度は視線を瓦礫に落とし――どこか独白でもするかのように話し始める。

 

「晴子のことは大切に想ってるよ。それは間違いない」

「ちなみに、晴子のどこに惹かれたんだ?」

「そうだね……こんなの言ったら怒るかもしれないけれど、最初は彼女が纏うむせ返るような死の香りに惹かれたんだ」

 

 少年の言葉に対し、虎は息を呑んだようだ。それもそうだろう、自分の妹が死にたがっていたところが良かったなどと言われるとは思いもしなかっただろうから。

 

 しかし同時に、星右京という人物がいい加減でないことも理解している――だから怒る訳でなく、少年の言葉を遮らずに二の句を待っているようだった。

 

「僕はさ、自分が生きている意味なんて無いって思ってるんだ。それは、昔も今も変わらない……人の幸福なんか刹那の幻であり、人は常に肉体に縛られ、本能の奴隷として生きている。

 正直、そんな人間に、そんな社会に嫌気が差してるんだ。結局人の本質は肉体に縛られている限り変わらないんだよ。何かを傷つけながら利己的にしか生きられない……みんなそうであり、僕自身もその連鎖の中から抜け出すことが出来ないんだ。

 何度か死のうと思ったことすらあるよ……慰めて欲しい訳じゃないし、共感して欲しい訳でもない。きっと言語化できているか否かの差であって、こういった感覚はきっと誰もが持っているものだから、自分が特別だと思っているわけじゃない。

 だけど、死ぬことを選ぶことすらこの体は吉としてくれないからね……恐怖という名の感情に連動して、自己保存を促す様な脳内物質が分泌される。ま、小難しく言ったけど、結局は死ぬ勇気がなかっただけなんだけどさ」

 

 右京が語る内容は、なんだか妙な納得感があった。以前、少年は何も望んでいないと思ったことがあったが――ただ唯一、彼が望んでいることは自らの死であったのかもしれない。

 

 もちろん、自分が思っている以上に少年の胸中は簡単なものでもないはずだ。死にたいなら死ねばいいなどというのは簡単ではあるものの、死は手段であって目的ではあり得ない――彼が死を望むのは、自身が言うように生に意味を見いだせないからだろう。

 

 生きることに幸福が無く、世間に対して希望も見いだせないのであるならば、その対抗策として死を想起することは――右京自身も言っていることだが――誰に対してでも起こりうる事象だろう。つまり絶望の渦巻く世の中から抜けだすという目的を果たすための一つの手段が死であるというだけだ。

 

 同時に、肉体が死を拒むから、何となく生きているだけ――そしてまだどこかに自分が知らぬ幸福が転がっているという期待も捨てきることが出来ず、何となく生という惰性を繰り返しているだけ、それが人間というものかもしれない。

 

 逆に、生に意味を見いだせるのはどういう状態であろうか? 自分においては、少年の言わんとすることは理解できる――だが、自分は少年ほど絶望しているわけでもない。自分が生を儚んでいないことに関しては、恐らくは二つ理由があるように思う。

 

 一つは単純に、歳を取るうえで少年ほどの純粋な感受性が摩耗したから。生に意味を見いだせないことは、不幸を敏感に感じ取ることのできる敏感な自己との対話の結果に過ぎない。思考の主体が自己であるが故、幸福というものが存在しないという前提に立てば、生とは無意味の連続という結論に回帰してしまう。

 

 逆を言えば――それは二つ目の理由に繋がるのだろうが――思考が内面ではなく、外に向けば生きる価値も見えてくる。もちろん、少年はその外をも嫌っているのは理解しているが、自分が彼ほどナイーブにならないのは、自分の価値を内面でなく外面に置いているからだろう。

 

 そんな風に思っている間に少年の独白が続く。

 

「だからこそ、死の淵にいる晴子のことを美しいと思った。彼女は自分に無い強さがあると思ったんだ。点滴に繋がれ、死ぬことすら周りに許容されない中で、本能に抗い、消え去ろうとしている……そこに惹かれたんだ」

「でも、お前は晴子を元気づけて、手術を受けるように説得してくれたんだよな。矛盾していないか?」

「うん、先輩の言う通り……僕は滅茶苦茶に矛盾をした行動をとった。本来なら、彼女の美しさはその死でもって完成されるはずであり、僕はそれを見守りたいと思った。でも……笑う彼女もまた美しかったんだよ。

 だから、僕は本能の赴くままに彼女に近づいて、声をかけたんだ。先輩たちがリーを追って海外に行っている時や、それ以外の時も……気が付けば一人でこっそり彼女に会いに行っていたんだ。死に臨む彼女を美しいと思いながら、同時に絶望の淵から這い上がろうともがく彼女の強さも、また素晴らしかったから。

 もしかしたら、僕は彼女を救うことで、神にでもなったと思いあがっていたのかもしれない。こんな死にたがりが、確かに誰かを救えるという事実に酔っていたのかも……」

 

 右京の言葉を聞いている中で、一つ確信したことがある。それは、やはり少年は世界に対して絶望しきることができず、何か希望を見出そうとしているということだ。少年には、前に進んでいく誰かを美しいと思える心があるのだから。

 

 もちろん、この時の右京少年と七柱の創造神アルファルドとでは、すでに考え方も変わっているかもしれない。しかし、アルファルドの宿っていたシンイチのことを思い返すと、少年の本質は変わっていないように思われた。

 

 もし世界に対して絶望しきっているのなら、他者に対して一切の関心を抱かず、誰とも接点を持たずに静かに潰えていくだろう。しかし、少年がそれをできなかったのは――これは少年だけでなく、多くの人がそうなのかもしれないが――人が全てに絶望しきるのは存外に難しいことを示すのかもしれない。

 

 もう少し踏み込めば、人間は結局、自分だけで完結できない生き物なのだろう。完全に孤独であれば自己肯定感を得ることができない。だからこそ他者を求めるのかもしれない――他者も自分と同じくらいエゴにまみれていて、触れ合うことで傷つくという結果をもたらすとしてもだ。

 

 少年が以前オリジナルのことを「羨ましいほどに孤独」と形容したのは、この辺りが関係しているのかもしれない。原初の虎は他者からの評価を求めていない、世俗的な感覚を超越した者と少年は錯覚していたのだろう。

 

 ただ、それはとんでもない誤解だ。なぜなら、オリジナルは――自分はその他者からの評価を絵に求めていただけなのだ。絵を通して世界に語り、誰かからの共感を持って自己肯定感に変えていこうと思っていた、それだけなのだから。

 

 それ故、ジム・リーの存在がオリジナルのアイデンティティを揺るがしたとも言える。自己表現が幸福に直結するとは限らないと、彼は身をもって証明していたからだ。だからこそ、先ほどの少年の言葉は虎に対して非情にクリティカルだったのだ。

 

 恐らく、右京本人はそこまでは理解していた訳ではないのだろうが――話し終わったころには自嘲気味な笑みを浮かべながら首を振り、右京はまたこちらを見つめてきた。

 

「少し脱線するけれどさ、僕は小さい頃はヒーローになりたかったんだ。世界を救うような勇者というか、そういのにさ」

「別におかしなことでもないだろう? 俺だってガキの頃は悪の組織と戦う変身ヒーローになりたかったぞ?」

「成程、それなら部分的には夢が叶ったんじゃないのかい?」

 

 右京はそう言いながらこちらを指さしてきた。ブラウン管の向こうでは、ちょうどアラン・スミスの仮面を指している形になっているはずだ。

 

「あのなぁ……これじゃ変身しっぱなしだろうがよ」

「はは、ごめんごめん……それで話を戻すと、まだ人間ってものが良く分からなかった時には、誰かのために一生懸命に戦うヒーローの在り方こそ美しいと思ってたんだ。

 でもまぁ、僕にはヒーローの才能はなかった……偉そうに聞こえるかもしれないけれど、守るべき誰かという存在が、本能に縛られる利己的な存在であるとするのなら、救う価値はあるのかって……そんな風に思ってしまってさ。

 ヒーローになるための一番の素質は、恐らく魂に刻まれてるんだよ。救うべき対象の心の底にどんな闇が渦巻いていようとも、誰かが泣いているなら本能的に身体が動いて、戦える……そういった魂の持ち主でないと、英雄にはなれないのさ」

 

 そう言いながら、右京は真っすぐにこちらを見据えてきた。その瞳には、羨望が色濃く映し出されているように見える。そしてまた何かを諦めたように首を振り、今度は足元に視線を落とした。

 

「晴子を救おうとしたのは、正義の味方に憧れた幼いころの残滓が、僕の心に働きかけた結果なのかもしれない。そういう意味じゃ、僕は結局自己陶酔のために彼女に声をかけただけなのかも……」

「まぁ、お前がそう言うなら否定はしないが……今は晴子のことをどう思ってるんだ?」

「さっきも言った通り、大切に想っているよ。彼女は全然僕の思い通りに動いてくれないからね」

「そりゃ変だな。普通は思い通りになる方が良いんじゃないのか?」

「そんなことはないさ。前も言ったけれど、僕は人の思考の先読みして、概ねその人の気持ちや行動を予測できるんだけど……それは、さっき言ったような人の本能的な部分から、統計的に予測を立てているに過ぎない。

 逆に、思い通りにならないってことは、それだけ単純でも利己的でもないってことを意味する。晴子には誰かさんと同じでシニカルな一面もあるけれども、根は真っすぐで善良で、温かさがあるからね」

 

 誰かさんと言うのはオリジナルを指すのだろうが、シニカルさで言えばむしろお前の方が上だよ――そんな自分の思考を証明するかのように、右京は皮肉気に口元を吊り上げた。

 

「ただまぁ、一番はなし崩し的な部分もあるかな」

「おい」

「先輩も気をつけたほうが良い。気が付いたら逃げられなくなってるものだよ、男女の関係ってものはさ」

「ちっ……なんだか何もかもが癪だ。晴子もなんでこんなやつに惹かれちまったんだか」

「はは、さっきは凄い奴って褒められたのに、随分な落差だね」

「色んな意味で凄いことは間違いないぞ……そこだけは保証する」

 

 オリジナルは呆れたような声色で呟き、一度大きくため息を吐いた。

 

「だけどまぁ、言うだろ? やらぬ善よりやる偽善だって。お前はなまじっか頭が良いから、色々なことを言語化しすぎる。お前の心を俺は完全に理解しているわけじゃないし、確かに利己的な感情から晴子に声を掛けたのかもしれない。

 でも、それで一人が確実に救われたんだ……だからありがとう、右京」

 

 オリジナルの感謝の気持ちは本物だろう。というより、右京の気持ちが本物と言うのが正確か。なし崩し的な部分があったのも間違いないだろうが、わざわざ口にしたのは照れ隠しも含むに違いない。

 

 どちらかと言えば、晴子を大切に想っているという言葉が本心であると考え、オリジナルは礼を言ったのだろう。自分もこの時の右京が晴子を大切に思ってくれていたのは嘘ではないと思うが――それ故、ヘイムダルで少年が女神の首を絞めていた姿を思い返すと、なんだかやるせない気持ちが湧き上がってきた。

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