B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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虎が存在した理由

「今更じたばたしたところで何も変わらんだろう? どうだね、そこに腰掛けてゆっくり話でも」

「アンタの言う通り、バレちまったら仕方がないというところだが……座るのは遠慮するよ。足が地面についてないと安心できない性質なんでね」

「はは、成程、君の主義に関してはとやかく言う気は無いよ。こちらはこのままで失礼するがね」

 

 そこでクラークは背もたれにその身を預けて椅子を斜めにし、長い足を組んで後、表情を引き締めた。

 

「さて、君をここに招き入れたのは他でもない。これを最後の交渉とするためだ」

「まだ俺を引き抜こうって思ってるのか?」

「それも君次第ではあるがね。君のおかげで、大分内部の人員の整理ができた……中にはアンダーソンのように予想外に殺されてしまった人物もいたが」

「そいつは良かった。俺はテメェに雇われている掃除屋じゃないんだからな」

「だから、正式にオファーをかけようと招き入れたんだ。もしオファーに応じないようであれば、君にはこの場で死んでもらうことになる」

「すぐに仕掛けてこないとは、温情なことだな……虎を手懐けられると思っているのか?」

「あまり期待はしていないね。それ故、ハインラインやキーツの対タイガーマスク作戦も支援はしたが、どうやら勝ち目は薄そうだと判断した。いくつかの戦闘を見て確信したよ……君には未来が見えるのだと」

「はぁ……? 何を言って……」

 

 オリジナルは言葉を切ると、突然後ろへと跳んで見せた。すると、何かが風を切る音が聞こえ――何かが元々アラン・スミスがいた場所に交差したらしい、そのままそれらは壁まで突き抜け、側面のスクリーンへと激突した。どうやら壁にボウガンが仕掛けられていたようであり、矢が壁に突き刺さったようだ。

 

「ほら、こんな風にだ。君には未来が見えているのだ。そうでないと、今の回避は説明できない。だからこそ……私は君のことを脅威に感じ始めたのだ」

 

 クラークは机の方へと身を乗り出し、机の上で手を組んで、鋭い眼光で虎を見つめた。

 

「さて、私が知りたいことは、ある意味では君の意志よりも、君の背後にある意志だ。もちろんそれは、政府連合体などという旧世代の亡霊共を意味しない。そんなものよりも遥かに上部に位置する者……高次元存在の意志を確認したいのだよ。

 私はこう考えているんだ。君は高次元存在が私の意志に脅威を感じて送り込んできた抑止力ではないかと。もしそうであるとするのならば、私と君とは不俱戴天の仇であり……どちらかが滅されるまで戦い続ける必要がある」

「何を言っているかさっぱり分からんが……ひとまずテメェが俺にビビってるってことだけは理解できたぜ」

「あぁ、その通り。私は君をコントロールできる気でいたのだが、それはとんだ思い違いだった様だ。反省しているよ。

 もし高次元存在の加護が君にあるというのなら、戦って勝てるという保証はない……むしろ、上位存在が君を絶対の勝利者として送り込んできたというのなら、敗北の方が濃厚だろうな。

 だが、重要なのはこれからの話だ。最大の脅威である君と手を結べれば、私の計画はより盤石なものとなるのも間違いない」

 

 口では負けの可能性を語るクラークだが、その態度からは迷いや弱さは一切感じられない。仮に天命が自らを滅ぼさんと欲しても、天を殺せばいいとでも言わんばかりの態度だ。そして実際、そのように思っているのだろう。

 

 それならば、最初から虎と戦う道を選んでもよさそうに思うが――単純に勝算が無いなら戦いを避けるに越したことは無いし、原初の虎に高次元存在の加護があるならばこそ、味方に引き込めれば強いという判断もあったのだろう。

 

 そんな風に考えられるのは、自分がオリジナルよりも事情に精通しているためだが――どちらにしてもクラークの言うことを聞く気はないだろう、虎は投擲用のナイフの刃を持ち、柄の先端で男の方を指した。

 

「俺の意志は揺るがないと思うが……もう一度聞く、お前の狙いは何なんだ?」

「……良かろう、具体的に話そう。私の目的は、この世界にモノリスを送り込んだ上位存在を支配し、多次元宇宙へに乗り出すことだ」

 

 クラークは椅子から立ち上がり、後ろ手を組みながらゆっくりと広い室内を歩き出す――その動きに連動するように背後のスクリーンに映っていた景色が切り替わり、黒い板の画像とそれを解析した文字列が映し出された。

 

「君たちがアンノウンXと呼んでいる物体、それこそがモノリスだ。いくつかの部分は君たちも認識しているだろうが……モノリスは既知の技術と比べ物にならないほど高度な技術によってつくられている。これらの正体の全容は未だ判明していないが、その一方で……科学を信奉する現代においてすら、魔法としか言えないような奇跡を我々にもたらしてきた。

 先日、君が未来予知によってかわした電撃も魔術という新たな技術であるし、君たちが抱えているグロリアの能力もまた、モノリスからもたらされたモノだ」

「……つまり、こういうことか? そのモノリスを作って送り込んできた奴らは、超次元的な力を持っており……お前はその力を我が物にしようと」

「あぁ、そういうことだ。話が早くて助かるね」

 

 クラークはそこで一度歩みを止めて、首だけ回しながら不敵に笑った。今更ではあるが、その表情にはどこか違和感がある――機械的というか、どこか不自然な様子があるような気がする。

 

 先ほど、オリジナルは「人ともアンドロイドともいえない気配」と言っていたことを思い出す。そうなると、もしかするとデイビット・クラークの正体は――恐らくオリジナルも察しが付き始めているのだろうが、ひとまず首を振ってクラークへの応対を続けているようだ。

 

「解せないな……そもそも魔術だとか突飛な話だが、ひとまずそこは置いておくとして……それがお前らの推進するテロリズムと何の因果関係がある?」

「それは人類の進化を抑制し、早急に高次元存在をこの世界に降ろすためだ」

 

 クラークは踵を返し、今度は部屋の逆方向へ向けて歩き出した。スクリーンの映像も切り替わり、月や深海、遥かの惑星など、どうやらモノリス発掘の様子が映し出されているようだ。

 

「モノリスというものは……正確には、それらを知的生命体が発見するメカニズムはよくできていてね。ある知的生命体が進化の停滞期に入ったタイミングで発掘されるように巧妙に隠されていたんだ。

 何故そんな風に隠されているのか、それはモノリスを最低限解析し、理解できるだけの科学技術を身に着けている必要があるからだ。モノリスは進化の停滞を打ち破るための装置であり……それらを活用すれば、人は更なる進化を遂げることになる」

「だが、お前はそれを秘匿した。それは、他の者たちに利益を享受させず、人々を支配するためか?」

「……そう思うかね?」

 

 質問に対し、デイビット・クラークは今度は無表情をアラン・スミスへと向けてきた。

 

「いいや、思わないな。お前は人を支配することに対して何の興味もなさそうだ。ならば……高次元存在とやらを降ろすのに、人々が進化をしたら困るって訳だな?」

「その通りだ。戦後の社会秩序の構成は、偏に情報統制と技術の寡占により人々を形骸化し、その進化を抑制することにあった……とはいえ、我々は手を下さずとも、遠からぬ未来に人類は結局限界に来ていたと思うがね」

 

 再びクラークが踵を返すと、スクリーンには古の遺跡や近代の絵画、白黒の写真などが映し出される――それらは人々の技術の進化の歴史を現すとともに、むごたらしい戦争の爪痕を映し出しているようだった。

 

「有史以来、人々は様々な思想を持ち、科学技術を発展させ、諸々の政治体制や経済体制を試してきた。しかし未だに人が生きるという哲学的命題に対する答えを出せていないし、タイムマシンも開発することはできなかったし、世界から貧困や格差、戦争を根絶することはできなかった。

 それもそのはずだ。人類には肉の器という制限があり、拡大してみれば三次元の檻という限度が絶対的な壁として存在する。物質世界では光の早さを超えることはできないし、重力下では音速の三倍を超えるのですらやっとだ。要するに、我々の進化はこの辺りが頭打ちなのだよ」

「そんな……戦争前と比べたら、技術は格段に進歩している」

「それは、AIやアンドロイドなど電子計算に付随する技術や、通信系に関する技術ではな。ミクロの世界ではまだ発展する余地はあるだろうが、物質世界の壁を超えるという点では限界が見えている。

 それに、ミクロの進化は、結局はある一定のルールの中でナンセンスに帰結する……人が自らの既得権益を守ろうとするがあまりに、人工知能の進化に抑制をかけるからな。ちょうど私が人類にやっているのと同じことだ。

 それに、君自身が今、半分答えを出した……戦争が終わって二十年だ。そこから技術は飛躍的には進歩していない。要するに、人類は進化の袋小路に到達したんだ。それを打開するためのモノリスではあるのだが……同時に、上位存在達は我々人類に重い枷を課したのだよ」

「……枷だと?」

「一定ラインの進化を認められた知的生命体は、上位存在から独立した存在となる。我々は幼年期の終わりまでは……進化の袋小路に居るというのに高次元存在からしたら幼いというのも皮肉だが……神との繋がりがあるが、それを超えれば一つの独立した存在となるのだ」

 

 右往左往していたクラークは、そこまで話したタイミングで椅子へと戻って深く腰掛けた。背後のスクリーンの半分にはモノリスの研究結果らしき文字列が、残り半分には旧世界の最後の世代達の生活の様子が映し出された。

 

「成程、モノリスの解析を進めれば、我々は停滞を超えて新たな境地へと達するだろう。しかし、それは三次元という枠の中での話だ……逆を言えば、我々は三次元の檻の中に閉じ込められることとなる。

 もちろん、三次元の檻を超える一定の可能性はある。とくに魔術などは異次元の可能性を引き出す技術であり、突き詰めれば次元の壁を突破することも可能かもしれない。しかし、そんなことよりも早々に、全時空間を掌握できる可能性が目の前に転がっているのだ」

「それがお前の言う、高次元存在を降ろして我が物にする、ということか」

「うむ。高次元存在は、全ての時空間に干渉する力を持つ……それを手中に収めれば、高次元存在と同等の力を得ることとなる」

「……ますます分からん。それがテロリズムとどう関係性があるんだ?」

「それに関しては、まず停滞の先に何があるのかを説明する必要があるな。そもそも知的生命体とは、高次元存在の微細な粒子を肉の器に適応させた突然変異体だ。高次元存在の目的は、知的生命体を観察することで意味を定義すること……彼らは超常的な存在であるため、善悪の定義ができない故、三次元存在である我々を創り出すことにより、宇宙に意味を見出そうとしている。

 だが、意味を生み出さなくなった知的生命体は失敗作として原初へと還される……つまり、進化を停滞させた人類を滅亡させるため、高次元存在がこの星に降りてくる。そのタイミングを狙って上位存在を逆にとらえてやろういうことだ」

 

 クラークはそこまでほとんど呼吸を挟まず矢継ぎ早に言い切り、ようやっと一呼吸置いたと思うと、机の上で手を交差させ話を続ける。

 

「簡易な試算ではあるものの、モノリスの存在さえ秘匿し続ければ、悲観的に見てあと五十年、楽観的に見れば二十年もすれば人々の進化は真に限界に到達する。現に、その兆候はすでに見え始めている……先ほども言ったように、技術的な進歩は頭打ちに近い。そうでなくとも、ミクロ世界の発達に人類はついていけていないのだ。

 人の脳が処理できる遥かに多い情報が一秒単位で飛び交う世の中、百億の人口が一斉に電子の世界で発言しうる世界において、人は何が善で何が悪で、何が良くて何が悪いかの判別すらできなくなってきている……いいや、元来から人は自分で何かを判別する力など持ち合わせていないとも言える。

 思い返せばネットが発達する以前の世界では、マスメディアが情報の王だった。その前は政治的な権威が、その前は各国の王や宗教的な権威が……原点を辿れば、それは群れのリーダーであったかもしれない。

 ともかく、百年以上前の世界は、ある程度は情報が統制されていた。人々は情報の権威者によって支配され、それらの中で善悪を判断すればよかった……一部の先進的なリーダーを除き、多くの者たちが考えなければならないことは非情にシンプルで明快だった。

 しかし、今の世の中ではそれが破壊されてしまった。戦争により政治的権威たちの信頼は失墜し、マスメディアは前時代からその影響力を低下させ続けていた。

 価値観が目まぐるしく変わる世の中に対し、自己を明確に持っていない弱者たちは、結局人々は特定のクラスターに所属し、影響力を持つ者の言うことを自分の意見と錯覚しながら、なんとか自らを賢いと思い込みながら生きているが……」

 

 男の口元は手元で隠れていて見えないが、頬が僅かに釣りあがっているのだけは確認できる――何が面白いというのか、恐らくは人の愚かさをあざ笑っているのだろう。

 

「……そんな中で弱者が到達する最後の場所は、陰謀論であるとか終末思想であるとか、そういった荒唐無稽な破滅思想だ。言ってしまえば、思考の放棄ではあるのだが……彼らの中にあるちっぽけなプライドが、自分は世界の真理に気付いており、騙されているわけではないのだという唾棄すべきような自己弁護の殻にこもり、自分の無力感を肯定しているのだ。

 自分が幸福でないのは怠慢によるものでなく、世界の構造にこそ問題があるのだという他責思考に縛られて、ちっぽけな自己を正当化しているのだ。そんな思想の行き着く先は停滞どころか破滅だ。私はテロリズムにより、そんな彼らの思い込みを後押ししているだけなのだよ」

 

 そこまで言ってクラークは背もたれにその身を預け、虎の方へと手を差し出した。

 

「さて、これで概ね私の目的は話した。今度は君の意見を聞こう」

「今の話を聞いて、お前に賛同する奴がいるなら見てみたいぜ」

「そうかね? 君は十分に我らに賛同する立場にある……いや、私に賛同せずとも、愚かな人々に味方をしない理由としては十分ではないかね?

 仮に君が我々と戦い続けたとしても、その先に待ち構える未来にそう違いはない。モノリスを得た者たちが愚かに戦い続け、更なる火種を生み出すだけだろう。

 楽観的に考えて、モノリスの技術が一般にも解放されたとしても、人類の大半を占める衆愚共はこの技術を有効に活用することもできないし、結局は先進的な者が生み出した新たな技術にただ乗りするだけで、人の本質は何一つ変わらない。

 もっと楽観的に構えたとしてだ。人々がモノリスの叡智を授かったとしてもだ。結局は三次元の檻にいる限り限界が来る……精々外宇宙を開発し、テラフォーミングでもを行って、宇宙植民地を増やす程度のことしかできないだろう。

 もっとも、人は他者より優位に立ちたいという本能を備わっている。そう考えれば、結局協力などと言うことはありえず、どこかのタイミングで争いを生じさせ……核爆弾など比べ物にならないほど発達した技術で殺し合い、滅亡するのが関の山だと思うがね」

 

 クラークはそこで組んでいた手を離し、まっすぐ虎を指さしてくる。

 

「つまり、君の行っている涙ぐましい救護活動など、愚かな者たちを増長させるだけのナンセンスな自己満足にすぎない。君が今日に救った者どもが、明日には武器を取って互いに殺し合うのだ……それでも、君は誰かのために戦おうなどという綺麗ごとを吐くのかね?」

 

 クラークの言うことは、右京と語ったことに近い内容である。結局DAPAを倒したところで人の世から争いは無くならない。なるほど、あの男の言うことは真理の一面を捉えているだろうし、悲観的に考えればアラン・スミスの方が現実が見えていないとも言えるだろう。

 

 しかし、クラークと右京とでは、その根幹の部分に差異はある。クラークは人に対して期待も絶望もしていない。ただ、人とはそういうものだと決めつけているだけだ。だからこそ、彼は自分の行動に疑問を差し挟む余地もなければ迷いもない。だからこそ、人の世を管理し、同時にその命を奪うことにも躊躇が無いのだ。

 

 対して右京は、人の世をクラークと同じように捉えているものの、そこに対して期待も絶望もある。もっと言えば、彼自身の在り方に対しても、常に疑問を持ち続け――その上で何かを決断し、傷ついているようにも見える。

 

 それ故に、デイビット・クラークと星右京が語る内容には大分違った印象を受けるのだろう。右京の言葉は耳を傾ける価値があるように思われたのに対し、クラークの長大演説は聞く価値が無いモノのように思われるのはそのためだ。

 

「長々と御高説いただいた上で恐縮なんだが……そう言うテメェが、一番陰謀論に頭を犯されてるんじゃねぇのか?」

「ほう……では、君は人類の未来に希望を見いだせるのかね?」

「別に楽観視はしていないが、お前ほど悲観的にも考えちゃいない……というより、お前みたいなその極端な思考は、十代のお多感な内に卒業しておくべきなんだよ」

 

 虎の言葉に対し、デイビット・クラークは露骨につまらなそうな表情を浮かべる。恐らく出てきた返事の内容が高尚なものでなかったせいだろう。もしかしたらオリジナルのことを馬鹿とでも思ったのかもしれない。

 

 しかし、それはオリジナルとて同じことだ。まさか全世界を掌握し、全時空間に手を伸ばそうとしている男の持論が、結局は三文芝居の筋書きのような稚拙なものだったのだから。

 

 もちろん、クラークの言うことが全て間違えているとは思わない。何なら、ある程度は社会情勢と人間を良く捉えていると言っても良いだろう。しかし、アラン・スミスが否定したいのはそこではない。クラークが間違えている点、それは――。

 

「少なくとも、お前みたいな一人の人間の極論で、人類全体の行く末が決まることを間違えている……テメェこそ自己が肥大しすぎて、愚かと思っている人々よりも思考が硬直化してることに気づいていない大馬鹿野郎なんだ!」

 

 やはり、自分の考えとオリジナルの考えは完全に一致していた。人は間違いを犯すかもしれないが、かと言ってそれを一人の人間が裁定し、未来を決めることなど傲慢以外の何物でもない。

 

 確かに全人類の意志に耳を傾け、より良い未来を目指していこうなどと言うことも不可能であるのは虎も理解はしているはずだ。さらに、クラークの言葉を借りるとするのなら、人は自らの未来がより良くなる選択をできるほど賢くないのも事実かもしれない。

 

 しかし、それでもなお、一つの極論で人類の存続が決まることだけは絶対に違う。これは一万年前の映像であり、結果としては旧世界は別の者たちの手によって滅亡してしまった訳ではあるが――この危険な男を見過ごせるほど、アラン・スミスは甘くはない。

 

「覚悟しろ……お前はここで必ず仕留める」

「そのナイフで私の頭を貫こうというのかね?」

「あぁ、そこは俺の射程だ」

 

 二人の間に確かな緊張が走る――広い部屋と言えども、二人の距離は十メートルという程度、そこは確かに虎の間合いだ。クラークは不自然でかつ不気味な笑みを浮かべている。恐らく仮面の下では、アラン・スミスも笑みを浮かべているだろう――それは虎が獲物を狩る時の攻撃的な本能から来る笑いだ。

 

 その時、車内で事の成り行きを見守っていた――というより、クラークの持つ独自の雰囲気に呑まれていたという方が正解だろうが――べスターが慌ててヘッドフォンマイクを口元に近づけた。

 

「タイガーマスク、デイビット・クラークの暗殺許可は出ていない……武器を下ろしてそこから離脱するんだ」

「いいや、アイツはここで倒さなければダメだ。もしかすると、俺はアイツの首を取るために生き返ったのかもしれない。

 今まで、俺は任務で人を殺してきた。自分の意思で暗殺をしてきたが、望んで誰かの命を奪ったことは無かった。だが、アイツだけは……俺は俺の意志で、望んでこの手を赤く染めてやる」

 

 そう、もし高次元存在がこの世界の成り行きを見守っていたとするならば――デイビット・クラークの存在を看過することはできなかったはずだ。知的生命体に進化を促す贈り物を秘匿し、本来もたらされていたであろう恩恵を独占し、あまつさえ自らを支配しようという不届き者を野放しにすることはできないだろうから。

 

 そういう意味では、アラン・スミスが存在した理由は、まさにこの時のためだったのだ。そういう意味では、原初の虎とはまさしくクラークの言うように、高次元存在がこの男を止めるために送り込んだ刺客だったのかもしれない。

 

 この日のために身体を改造され、この時のために罪を背負い、この瞬間のために技を磨いてきた――全てはこの男を屠るため、もしかしたらそのように仕組まれていたのかもしれない。

 

 いや、そんなことなど知ったことか。誰の意見など関係なしに、この男は止めなければならない――この手で、必ず。

 

「デイビット・クラーク……お前は俺のターゲットだ!」

 

 ナイフを投擲するのと同時に、虎はすぐに身体を反転させたようだ。鈍い金属音が響いた。どうやらクラークによって背後から振り下ろされた手刀を、オリジナルはブレードで受け止めたようだった。

 

「やはり、話すだけ無駄だったか……まぁ良い。私は上位存在がよこした絶対の勝利者を凌駕し、天命すら我が道を止められんと証明してくれるのみだ!」

「おぉおおおお!」

 

 二人の雄たけびが聞こえると、すぐに音速の壁を超える破裂音が聞こえ始め――次に映像が映し出された時には、クラークの腰が入った正拳突きによって分厚い壁が吹き飛んでいるところであった。

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