B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
オリジナルとクラーク、二人の戦闘は映像ではほとんど認識することができなかった。分かることと言えば二点、一点目は虎の音速の動きに対してクラークは恐るべき反応速度でもって対応をしているということ。もう一点はクラークが凄まじい力をもって、サイボーグであるアラン・スミスと互角の力を持って戦っているという点だ。
より厳密に言えばクラークの方が力そのものは上なのだろう。クラークは超音速で数トンを超えているはずの虎の斬撃をいつの間にか取り出していた刀で受け止めて、なお平然としているのだから。
ともかく、二人は廊下に出てから何度かの激突を繰り返し、今は互いに鍔迫り合いをしている所だ。クラークの顔が近いが、向こうは激しい接近戦をしているというのに、汗一つ流さず冷たい目で虎を睨んでいる。
「……てっきりビビッて安全な所に逃げ出すかと思ったぜ」
「侮ってもらっては困るな。言っただろう、君は私の最大の障壁になりうる存在だ。そして想定通りに上位存在の加護があるならば、部下に任せたところで誰一人として君を仕留めることはできない……それに、この場から私が退散したらモノリスを強奪される可能性もある。
そうなれば、君が私をこの場で必ず仕留めると決めたのと同じように、私もこの場で君を抹消する必要がある訳だ」
「そりゃシンプルだ! それなら、最初からこうしておけばよかったぜ!」
再び破裂音がすると、ちょうど景色が反転し、アラン・スミスはクラークが居たはずの場所に――彼が居た場所の背後から――斬撃を放っていた。しかし、その一撃は虚しく宙を切るのみであり、虎はすぐに獲物の気配を手繰るためか辺りを見回し始めた。
「ちっ……また消えやがった! ヴィクター、アイツの解析を頼む……俺の勘が確かなら、アイツは俺と同じサイボーグだ」
「オレもそう思っていたところだ。と言っても生身の、しかも本来なら八十を超える老体であれだけの膂力を持っているんだ、それ以外は考えられないだろうがな。
しかし、サイボーグというだけでは説明がつかんのは……」
「あぁ、あの瞬間移動だな」
「ADAMsを起動していても眼で追えないのか?」
「俺よりも早く動いているなら話は別だがな。しかしそれなら、わざわざこちらの攻撃を受け止めず、さっさとトドメを指せばいいだけだ……そうなれば、アレもモノリスとやらに触れて得た瞬間移動の能力だろう」
アラン・スミスの語尾は金属同士が打ち合う音でかき消された。先ほど虎が背後からの斬撃を狙ったように、今度はクラークが背後から刀を振り下ろしてきたらしいが、オリジナル側も超反応でその一撃を防いだようだった。
「流石、勘が鋭いね……我がJaUNTは、モノリスから賜った瞬間移動の能力だ。これを得た時には、私に空間を超越せよという啓示かと思ったものだが……」
「はっ、まさか力を与えた相手が、こんな大馬鹿だとは上位存在とやらも思ってなかったんだろうな!」
「授けられたのではない! 私は自ら可能性を選び取ったのだ!」
そして再び目まぐるしい斬撃の打ち合いが始まると共に、今更ながらに施設内に緊急事態を知らせる警報が鳴り響きだした。それに合わせ、グロリアの隣に置いてある通信機が震え始め――通信の声を確実に聞かれないようにするためだろう、べスターはマイクを切って通信機を取った。
「随分と時間が掛かりましたが、陽動が始まったようですね」
「ゲンブ、虎がクラークとの戦闘に入った……これは罠だ。誘いこまれたんだよ!」
「なんですって? それでは……」
チェンは少し考え込むように押し黙って後、すぐに「ヴィクター」と落ち着いた様子で声をあげる。
「貴方は私のことも疑っているでしょう。しかし……ハッカーと連絡は取れますか?」
その言葉に、べスターはようやっと右京が全く声を上げていないことに気づいたようだ。いつもなら分割されたモニターの一部分に映っているはずの少年の顔も、今は映されていない。
「獅子身中の虫は見つかったようですね」
「あぁ、クソ、まさか右京が内通者だったとは!」
「とはいえ、私とセイリュウの任務は変わりません。虎のターゲットがセルズからデイビット・クラークに移っただけのこと……私たちはこの混乱に乗じ、アンノウンXの奪取に向かいます」
「しかし、右京が裏切り者だったということは、こちらの作戦は全部筒抜けなんだ……恐らく、そちらにも相応の罠があることが予測される。それに、脱出だってアイツ頼りだったんだ。退路の確保が優先だろう」
「貴方の言う通り、できれば日を改めたいところです。しかし、もう一度これだけのチャンスが巡ってくるとも限りません……行ける所まで行ってみますよ。
退路については御心配には及びません。こういう時のために、何個か経路は用意していますから」
その周到さは流石チェン・ジュンダーと言ったところか。実際に一万年後も暗躍していたのだから、チェンとホークウィンドについては上手く脱出できたのだろう。
チェンからの通信が切られ、べスターは再び脇へと機材を投げた。その先ではグロリアが、顔を白くしながら唇を振るわせていた。
「右京が裏切ったって、嘘よね? もしかしたら逆探知でハッキングしているところを襲われたとか、そう言う可能性もあるかもしれないし……」
「もちろん、その可能性も捨てきれないが……それなら繋がっていた回線に悲鳴の一つでも入っただろう。そうなれば、クラークと内通していた可能性がもっとも高いのはアイツだ」
「嘘よ……だって、右京のことはアランだって晴子だって信頼してたのに……」
混乱しているグロリアの様子を横目に、べスターは再び機材の方へと向き直り、先ほどの映像からクラークの解析を進め始めた。そしてすぐにある程度の分析が終わったのだろう――この辺りは流石サイボーグ研究の権威だ――マイクをオンにしようとした瞬間、グロリアから声を掛けられる。
「アランには何て言うつもりなの?」
「右京が裏切ったことを知れば、動揺からパフォーマンスを落とす可能性がある……とはいえ、アイツの協力を期待できない以上、一報は入れておくべきだろうな」
再び虎のアイカメラに視線を戻すと、超音速で打ち合った互いの刃が飛び散る瞬間だった。クラークは武器を取り出すためか一度JaUNTで姿をくらまし、アラン・スミスは左手のブレードを右手に持ち替えて、左手にEMPナイフを取り出したようだ。
「アラン、ケイスとの連絡が取れなくなった。アイツの援護は受けられないと思ってくれ」
「なんだと!? アイツは大丈夫なのか!?」
「詳細は不明だが……今は目の前のことに集中するんだ!」
べスターが叫んだ瞬間、カメラが急転した。そして虎が走ってきたであろう軌跡には、三体の第五世代型が崩れ落ちていくのが見えた。
「ちっ……一体多数か。まぁ、いつものことだな」
「それよりクラークの解析が終わったぞ。良い情報と悪い情報、どちらから聞きたい?」
「当然、良い方から頼む!」
「どうやら、全身義体化というわけでは無いようだ。恐らく、あのJaUNTとかいうのを使うのに制約があるのだろう、脳みそは電脳ではなく生の物を搭載しているらしい」
「俺と同じだな……つまり、首を飛ばすか脳を破壊すればいいんだな。それで、悪い方は?」
「奴の義体はお前の義体よりも高性能だ……勘違いするなよ、オレの技術がDAPAに負けているわけじゃない。お前の身体はADAMsに耐えられる耐熱性と柔軟性、それに隠密しやすいように収音性を重視して作られている。対するクラークは……」
「力が上だってんだろ!? なんだ、別に悪い報告でもないな!」
オリジナルが元気よくブレードを薙ぎ払うと、空間が歪んでアンドロイドの首が飛び――そのまま再加速をして、虎は複数体を仕留めながら廊下を走り続ける。
「別にお前の言い訳を聞きたいわけじゃないぜべスター! 俺の身体はこれで良いんだ……俺が勝てばお前の勝ちだ!」
「……あぁ、そうだな。オレの名誉のために、お前には必ず勝ってもらわなければならん」
「さっきまで退けって言ってなかったか!?」
「こうなりゃ破れかぶれだ、大将首を取ってこい!」
「上等! しかし、アイツはどこに……うぉ!?」
虎が急な声を上げたのは、建物の真ん中にある広大な中庭部分に、巨大な武器を両肩に構えているクラークを見つけたからだろう。男は本来人が構えられない規格の巨大な砲台を構えて笑っており――べスターがそれを見てマイクを口元に近づけた。
「ホーミングミサイルだ!」
「……おぉおおおおおお!」
虎が咆哮をあげた後の行動は恐らくこうだ。ADAMsを起動し、まずは発射されたホーミングミサイルをEMPナイフで迎撃する。その後は最大速度マッハ3の足で爆発から逃れる――やっていることは単純明快だが、爆発の衝撃波の伝播が早く、しかも加速が切れた瞬間の周囲の風景も焼けただれているのを見るに、虎も幾分かダメージを食らってしまったようだ。
「くそ、自分の根城をぶっ壊す気か、アイツは!?」
「タイガーマスク! 惚けている暇はないぞ!」
「あぁ、分かってる!」
クラークが下に陣取っているのは、ADAMsの落下速度を加速できないという弱点を逆手に取った形だろう。とはいえ、向こうもホーミングミサイル程度が関の山のはず――これ以上の火力が出る武器を使えば本当に建物を崩壊させかねないし、実弾などは虎の足ならば避けるのは容易、つまりホーミングミサイルを再装填している間が相手との距離を詰めるチャンスでもある。
だが、イヤな予感がする――自分があの場に居るとするのならば、単純に下りたりはしないだろう。オリジナルも警戒をしていたようで、ただ中庭に飛びだすのではなく、長く伸びる木の方へと向けて跳んだようだ。
カメラはその動きを収めることはできなかったが、恐らく次のようなことが起こったはずだ――オリジナルの落下行動に合わせてクラークはJaUNTを起動し、今度は虎の上を陣取った。そして上部から光線銃での攻撃を行うが、オリジナルは予め加速して飛びだしたために相手の銃撃の射線を上手くかわし、そのまま木の幹など僅かな足場を利用し、逆に上へと移動して、遠距離攻撃を仕掛けていたデイビット・クラークに肉薄しようと試みたのだ。
次に映像が安定した時にディスプレイに映ったのは中庭ではなく、焼き爛れた通路の一角であり――クラークが防御のために突き出された銃身に、虎の高周波ブレードが深々と突き刺さっていた。
「落下時には超音速を活用できないと思ったのだが……成程、その辺りも弁えているか」
「そう言うアンタこそ、自分の家でミサイルぶっ放すとか、頭イカれてるんじゃないのか?」
「いや、やはり未来が見えているのだな……そうでなければ、こちらまで跳んできたことが説明がつかん」
「くそ、無視かよ……その余裕面ぁ、歪ましてやる!」
虎は腕を振り抜き銃身を両断すると、すぐさま左に持ったナイフで連撃を仕掛ける。それは相手のシャツの布を確かに切り裂いたが、腕を両断するには到らなかった――金属がぶつかり合う音がするのと同時に、クラークの袖からアームブレードが飛び出してきた。アレで攻撃を防いだのだろう。
「……隠し腕!?」
「だが、いくつか分かってきたこともある。常に加速していればいいものを、君は一定間隔で加速を切っている。フレームの耐久性の問題なのか、神経的な問題なのか、恐らく両方だろうな」
「ちっ……だからなんだってんだ!」
アラン・スミスが次に繰り出した斬撃は虚しくも宙を切った。虎は再び周囲に視線を巡らすが、一旦敵の気配は消えているようであり――クラークはまた何かしらトンデモ武器を持ってくるつもりなのだろう。
「くそ、また消えやがった……しかしヴィクター、クラークは生の脳を使っているとするのなら、あの反応速度は異常じゃないか?」
「あぁ、恐らく何かしらの防衛プログラムを義体に仕込んでいるんだろうな。センサーか何かで近づいてくる物体に対して反射的に防御行動を行うように仕組まれているのだろう」
「なるほど、そいつの無効化は……ケイスが居ないと厳しいか」
「……あぁ、そうだな」
「おいおい、なんだか元気がないじゃないか。ともかく、敵がいないのなら俺もアンノウンXを……ちっ!」
移動を始めようとした瞬間に凶刃が襲い来るのを感じ取ったのだろう、オリジナルは振り向いてブレードを突き出した。それは寸分たがわずクラークが振り下ろしてきていたアームブレードを受け止めた。
「……なるほど、俺をモノリスとやらに近づけたくないらしいな?」
「到着したところで運び出すのは不可能だろうが……君が上位存在の刺客という想定がある以上、接触は避けたいというのは否定はせんよ。だが……このデイビット・クラークを無視してモノリスへと辿り着けるとは思うなよ!」
「やらいでか!」
二人のサイボーグが互いに吠えると、またカメラが急転した。二人は移動をしながら戦い続けているのだろう、映像が切り替わるたびに風景が変わっていた。音速の壁を超える破裂音や金属の打ち合う音、爆発音など、けたたましい音が鳴り響き続ける。
超音速で繰り出されている戦闘に関しては、本来なら何が起こっているかを把握することはできないはずだ。とくにこれはべスターの過去の記憶を再生しているのであり、ブラウン管には生身の体感速度がそのまま表示されている――そうなれば、アラン・スミスとデイビット・クラークの戦闘で何が行われていたのかは、ADAMsが切れた瞬間の映像から推測することしかできない。
しかし、自分は何となくだが、彼らが何をしているのか分かるようになってきていた。もし自分があの場に居たら、どう行動するか――今までも何度かオリジナルと思考がシンクロすることはあったが、今は完全に同調しているという感じがして来ている。
クローンの自分に本来ならあるはずのない記憶が、自分の内側からあふれ出てくる。それは遠い昔に、自分が実際に体験したような――この身に刻まれたオリジナルの遺伝子に刻まれた記憶が蘇って来てるとも言えるのかもしれないが、それにしても湧き上がってくる感情はあまりにも鮮明だ。
ともかく、ブラウン管を見やると、べスターもグロリアは、虎の戦いを固唾を呑んで見守っているようだ。
「べスター! アランは大丈夫よね!?」
「状況は不利だ……アランはクラークの相手をするだけでなく、第五世代や施設の防衛装置も対処せねばならないんだ。楽観視はできんな」
「もう! アランを信じてないの!?」
「いいや、信じている……信じるしかない。アイツはオレの全てなんだからな……!」
そう言いながら、エディ・べスターの視線がモニターを凝視し――その時、不思議なことが起こり始めた。べスターの見ているモニターの映像が、段々とブラウン管に広がり始めたのだ。
そして最終的に、ブラウン管に映し出されている映像は、観測者の物ではなく――原初の虎が在りし日に見た光景へと切り替わったのであった。