B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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平行線の二人

「……なんだ、何が起こっている?」

 

 自分と共にブラウン管を注視していたべスターは、リモコンを押しながらそう呟いた。しかし、リモコンによるコントロールが効いていないのだろう――それどころか、ブラウン管に映し出される原初の虎の視点は、等速でなく彼が感じていた体感時間をそのまま映し出している。

 

 つまり、ADAMsを起動している時の視界の映像も、自分が普段体感して言うのと同じように映し出されているのだ。

 

「理論的には、一度見た映像をスローモーションにしているだけとも言えるが、オレはそんな指定はしていないぞ。それに、視線が……」

「……アレはオリジナルの記憶だ」

「何だと、どういうことだ?」

「恐らく、終着点に近づいて行ってるんだ……俺たちも、記憶の中のオリジナルも」

 

 この先に起こることは――映像の中のオリジナルのことも海を揺蕩《たゆた》うクローンのことも――なんとなくだが予測はつきはじめていた。ブラウン管の向こうに居るはずの、本来なら他人であるはずのアラン・スミスの思考や行動を我が物のように感じられるようになっているのは、つまりはそういうことなのだろう。

 

 さて、ここにおいて、先ほどまでは映像で追うことのできなかったアラン・スミスとデイビット・クラークの高速戦闘がどのように行われていたのかが明瞭になった。

 

 総合すると、二人の戦いはクラークの方が優位に運んでいると言うべきだった。クラーク側は勝手知ったる根城であるために地の利は向こうにある他、JaUNTで離脱を繰り返して間接武器を調達し、距離を取って虎との戦闘に当たれるのがその所以だ。

 

 対して、近接戦闘においてはアラン・スミスに分がある――如何に瞬間移動と防御プログラムにより鉄壁の護りを得ていたとしても、速度そのものは虎の方が上であり、また屋内における超音速はほとんど瞬間移動に等しくもあり、一瞬でクラークの出現ポイントへ移動することができるからだ。

 

 以上を踏まえると、次のような戦闘の流れが出来上がっていたと言えるだろう。クラークが間接武器で攻撃をし、それをアラン・スミスが紙一重で躱しつつ肉薄し、幾許か打ち合ったところでクラークが離脱する。

 

 一見すると虎の方が有利に視えそうであるものの、この戦闘スタイルの継続は以下二点により虎の方が不利である。一つは相手の間接攻撃を完璧に躱すことができていないこと。防御行動に専念すればダメージを抑えることも出来るのだろうが、接近するには爆風の衝撃波や銃弾を正面から受け流さなければならないため、ダメージは確実に蓄積されて行っている。

 

 もう一点は、ADAMsの連続使用による自爆だ。クローンである自分と違い、身体の規格そのものは超音速に耐えられる設計になっているものの、それでも大気の摩擦と強烈なGを浴びているのだから、長期戦になれば相応の負担にはなってくる。同時に、神経伝達の加速であるADAMsは、使用者の神経組織と集中力を確実に蝕んでいるはずなのだ。

 

 ここに至るまでも――旧世界においても惑星レムにおいても――長期戦はあったものの、それでもこのクラ―クとの戦いが最も長期に及んでいると言っても過言ではないだろう。その上、ADAMsをずっと起動していることも不可能であり、徐々にクラークもその動きに対応し始め、再加速の隙間時間を上手く利用して虎へのダメージを更に蓄積させているのだ。

 

 今も丁度そんなタイミングであり、近距離で打ち合って虎がADAMsを切った瞬間にクラークが前進し、アームブレードによる攻撃を仕掛けてきた。虎も何とかいなしてはいるものの、パワーでは向こうの方が上であり、苦しい防戦のターンとなってしまっている――というより、チャンスを見計らっているのだろう、オリジナルは敢えてADAMsを起動させずに様子を伺っているようだった。

 

「惜しいな! これほどの力を持ちながら、権力の犬となっているとは!」

「俺は権力の犬になっているつもりはない! お前のような独善的なイカレやろうを止めるために戦ってるんだ!」

「結構! 凡人に私の思考は理解できまい!」

 

 言葉の力が機械の身体にも伝播しているかとでも言うように、クラークは鋭く力強い突きを繰り出してくる。それを受けられないと判断して――正確には、突きを繰り出す前の溜めの時点から判断して――虎はADAMsを一瞬だけ起動し、攻撃を躱して反撃動作を取る。

 

 当然、相手がこのタイミングでJaUNTを起動するのも想定済みだ。アラン・スミスは音速を超えたまま振り返り、背後から振り下ろされた攻撃を二本のブレードで――片方は破壊した第五世代が使っていたものを拝借している――受け止めた。

 

「私は運命の奴隷になる気はないのだ……必ず三次元の檻を脱却して見せる!」

「テメェの野望のためにか!?」

「そういう君こそ、未来への展望もなく、独善的な正義を振りかざしているのではないのかね!?」

 

 虎が気合を込めて老人の一撃を跳ね返した後、再度接近戦が始まった。またADAMsを温存しているのだろう、加速は行わず――代わりに二人の意思と言葉が刃に宿り、一進一退の攻防が繰り広げられている。

 

「君が救った者たちの内、誰が助けてくれと言っていた!? 況や救ったとて、その者たちは幸せになれるのか!?」

「誰かに未来を理不尽に奪われるよりはずっといい!」

「弱者に未来など最初からない! どうせ無価値な生が引き延ばされるだけだ! 死んでいった方が本人のためだったのだ!」

 

 クラークが力強く虎の刃を跳ね返してから消えると、今度は通路の至る所から銃口が現れた。奥歯を噛み、こちらに掃射された銃弾の軌道を読む――オフィスと考えれば広めの、しかし戦闘行動を取るには狭い通路には、銃弾を避けるための逃げ場はほとんどない。しかし同時に、弾丸に並ぶ早さで動けるのならば、回避することは不可能ではない。

 

 これは罠とも取れるだろう。銃弾を躱せる軌道に虎が行くよう、老人は誘導をかけているのだ――それが分かっていたとしても他に取れる道はないし、向こうが狙っていることもある程度分かっている。

 

 銃弾を避けるようにT字路に入りつつ、EMPナイフを取り出して、何もない空間に対してそれを投げつける。すると、まさしくその場にクラークが現れ、相手が持っていた厳つい長身の重火器の――恐らくアンドロイド専用の携行型アンチマテリアルライフルだ――銃口に寸分違わずにナイフの先端を突き刺した。

 

 そのまま銃口を引けば暴発していただろうが、老人側も虎の反撃を予測していたのだろう、すぐに銃から手を放し、音速で突き出された虎の刃をブレードで受け止め、弾き、二人は再び一定の間合いを取って制止した。

 

「生という激流に対して抗う者だけが権利を享受できる。それは不変の真理だ。生物の世界において、動かぬものは飢えて死ぬか、獲物として狩られるか……ただ人類のみが無産を許され、生存権という名の盾によってすべての者が守られている。他の生物から見たら何と不条理なことか」

 

 老人は虎に対する演説を止めず――いや、アレはアラン・スミスという抵抗者と対峙して、改めて自らの使命を再確認しているのだろう――首をふって一呼吸おいて話を続ける。

 

「すべての人間が平等などと言うのは、前時代のインテリが旧体制を打倒するのに民衆を利用しようとした結果に過ぎない。

 成程、この数百年のうち、個人の能力を問わずに法の下で平等な権利が与えられてきた。しかしその結果は、弱者が強者の拓いた道にただ乗りし、あまつさえ同じ所まで貶めようと足を引っ張るというナンセンス極まりないものだった。

 弱者は権利の行使の仕方が分からないのだよ……愚鈍な癖に自分の尺でしか他人を計れない。だから自分より優れているものを見れば劣等感を抱き、理論よりも優しくないからだとか人の気持ちが分からないだとかいう、如何にも人道的な理由をつけた感情論を振りかざし、進化の足を引っ張ってきた……つまり、人類の進化の停滞とは、弱者が無駄に発言権を得た結果に過ぎないのだよ」

 

 老人が話している僅かな時間で呼吸を整えて次の攻撃に備える。本来なら先手を打ちたいところだが、恐らく向こうも次の行動に移るはず。無為な消費は抑えなければならない――そして予測の通り老人が消え、すぐに気配を手繰ると、通路の更に奥の方から殺気を感じた。

 

 すぐさま駆け抜けて、こちらに向けられているリニアレールガンが発射されるよりも早く、老人の目の前へと肉薄する。そして返す刃で相手の首を狙い――瞬間移動を読んでそのまま一回転し、そのまま背後に現れている相手を目掛けて更に刃を返す。

 

 しかし、相手の勘も中々に鋭い。首の高さに上げられた男の腕のブレードでこちらの剣も止められてしまうのと同時に、巨大な砲身が床に落下する轟音が響き渡った。

 

「もしも全ての弱者を守ろうというのなら……君が全ての人類に叡智を授けられるのか!?」

「馬鹿じゃねぇのか!? そもそも、テメェの理屈が極論だって言ってるんだよ! テメェこそ怒りという感情で、人類を利用しようとしてるんじゃねえか!」

「はっ、成程、怒り! その通りだ! これは怒りだ! 力ある者たちの怒りの代弁だ! 君も見てきたはずだ、守られることしかできない愚かな民衆を! 簡単な陰謀論に惑わされ、テロに翻弄されるだけの弱き者たちを!」

「全員な訳じゃない! 誰かを助けるためにその身を渦中に投げ出せる奴だっている!」

「然り! 私は全人類を見捨てるつもりはない! そのような信念を持つ強き者たちが生き残り、更なる進化を遂げ、全時空間に飛びだし、永久の繁栄を享受すればいいのだ!

 自らの道を自ら見出し、暗闇を恐れず、困難を切り開いていける者こそ、来るべき新時代に相応しいのだからな!」

 

 幾許か打ち合った後、クラークはJaUNTを起動して姿を消した。今度は通路のやや奥の方に姿を現し、武器も構えずに虚ろな眼でこちらを見つめてきている。

 

「だが、他人の足を引っ張ることしかできない者どもはダメだ……今ですら進化の速度についていけていない者たちが、これからより強大な力を持つ人類の未来に付いていけるはずもないのだから。

 そうなれば、ゴミのような民草どもには、進化の礎として糧になってもらうのがせめてもの情けというものだろう……どうかな?」

 

 老人が語り掛けてくるのは、こちらに同意を取ろうとしているわけではないはずだ。こう言っている間にも次の策を考えているのだろうし――平行線と分かっているからこそ、ある意味では思考の整理のために、余すところなく自らの意見を虎に伝えようとしているのかもしれない。

 

 こちらとしても、別段クラークの意見を全否定する気はない。彼の意見は彼から見た世界の真理であり、一つの正解とも言えるだろう。しかし、自分はクラークと別の意見を持っていて、彼と同じく理解し合う気もないし、この場でトドメを刺す覚悟もある。同時にこの男の強さは認めているのであり――だからこそ、自分も刃を交える中でも言葉を止めていないのだ。

 

「仮にお前の願望が叶ったとして、お前の基準で残った者たちが過ちを犯さないとは限らない。上位存在とやらを使った急激な進化に、今強くある者たちが対応できるとは限らないし、これから生まれてくる者たちも強いとは限らないじゃないか」

「その通りだ。そうなれば、再度淘汰が起これば良い」

「それじゃあ、無限の進化の過程で淘汰が繰り返されて……きっと最終的に残るのは一人だ」

「それこそ極論だな。だが、もしそうなったとしても、それが問題だとは思わん。それが進化の到達点であるとすのなら、人とはそういうモノだったのだと証明されるだけの話なのだから」

「絶対の孤独の中で、そいつは世界に何を見出すというんだ?」

「そんなものは分からんよ。上位存在の力を得て進化した人類は、今の私や君のように三次元の檻に捕らわれた者の尺度で計ることはできないだろうからな」

「……その孤独の玉座に収まるのはお前か?」

「もし私を超える逸材が出てこないのならば、それでもいい。私を超える者がいるのなら、私も進化の淘汰の渦の中に呑まれて消えていこう」

 

 クラークは「さて」と言葉を切ると、JaUNTで狭い通路から脱出した。そしてすぐに天井から、先ほどからずっと聞いている男の声が響き始める。

 

「君が私の描く未来に対して、どう足掻いても賛同してくれないということは良く分かった……同じ肉の器を捨てた者同士、通じる部分もあるかと思っていたのだがね」

「俺は望んでこの体になった訳じゃないからな……別に今となってはこれで良いとは思ってるが、自分で選び取ったのであろうアンタとは違うな」

「それは残念だ。君は進化を選び取るタイプの人間ではないということになるからね。しかし、脅威なことは依然変わりない……ここで消えてもらうこととしよう」

 

 スピーカーからの声が聞こえ無くなった瞬間、通路の壁から小さな機械が飛びだしてきた。それぞれ通路の対角線上に出現したようであり――二つでワンセットのそれらはレーザーで結ばれ、蠢きながら壁を伝いこちらへと近づいてくる。

 

 前後の通路に降りてしまった分厚いシャッターは、音速で蹴りをかましても破れはしないだろう。それならば――奥歯を噛み、ゆっくりと接近してくるレーザーの刃を避け、移動する隙間のない場合は投擲でレーザー照射装置を破壊しながらある一点を目指す。

 

 そして先ほどクラークが落とした巨大な置き土産――荷電粒子砲を担ぎあげ、シャッターへと向けてその先端を向ける。クラークが発射の準備をしていてくれたおかげで、自分はトリガーを引くだけで良い。長大な砲身から発射された巨大なレーザーがシャッターに大穴を開け、自分は再びレーザーの合間を縫いながら安全圏へと走り抜けた。

 

 とはいえ、今のは危なかった。クラークがシャッターを破壊する武器を置いて行ってくれなかったら、逃げ場なくレーザーに粉みじんにされていただろう。そんな風に思っていると、通路に備え付けられているスピーカーから「やはり」と老人の声が聞こえだした。

 

「上位存在は私のことが気に食わないようだ。何故なら、私は君をそこに誘いこむのに、レールガンなど持ち出す必要性は無かった。だのに、現に私はそれを取り出し、あまつさえその場に放棄し、君が脱出するための手伝いをしてしまったのだからな」

「はっ、言い訳がましいぜデイビット・クラーク。お前は見えざる手が働いたと言いたいんだろうが……単純にテメェがボケてただけだよ」

「むしろ、そうであってくれれば良いのだがね……」

 

 実際の所、確かに都合が良すぎる部分はあっただろう。そうなると、アラン・スミスには超越者の加護があるというクラークの予測も頷けるように思う。

 

 しかし、自分としてはそれを許容したくはなかった。正確に言えば、別に加護があること自体は良いのだが――クラークの言うように自らの選択が超越者によって歪められているというのは受け入れがたいものがあるからだ。

 

 どちらにしても、デイビット・クラークの野望は阻止しなければならない。自分に高次元存在の加護があろうとなかろうと関係ない。一人の人間のエゴで、多くの人間が犠牲になることは間違えている――自分がこの男を止めるための装置なのだとしても、それに殉じるのならばその役目を引き受けよう。

 

 ともかく、休んでいる場合などない。抜けた先には何体かの第五世代型が設置されており、こちらへと銃口を向けているのだから――そう思ってブレードを握り直した瞬間、周囲のアンドロイド達は姿を現して銃口を降ろし、通路に背をぴたりとつけて休めの姿勢を取った。

 

「来るがいい、タイガーマスク。君を倒すには、直接その頭に刃を突き立てる他にないようだからな。他の者たちにも邪魔はさせんよ……第五世代一体を作るのにだって、馬鹿にならない金が掛かるのだからな」

 

 クラークの言うことが嘘でないことの証明とでも言うように、アンドロイド達はすっかり殺気を収め、同時に遠くの方でもシャッターが開いているようだった。どうやら、上の方へと向けて誘導されているらしい――屋上へと向かう道だけシャッターが開き、他の所へと行く道は閉じられてしまったようだ。

 

「……待て、アラン。罠に決まっている」

 

 クラークが用意した道を進み始めると、車内に居るべスターからの通信が入った。もちろん、罠の可能性も否定はできないが、後に戻る道も閉ざされているのだ、結局はクラークが用意した道を行くしかない。

 

「クラークは嘘を言うタイプではないことだけは間違いないからな。少なくとも、誘いこまれている場所までは安全だと思うぜ。アイツそのものがトラップだって言うのなら否定はしないが……それよりもヴィクター、アイツの防御プログラムは?」

「あぁ、クラークの防御プログラムの解析は済んだ。しかし、プログラムは施設のどこかから遠隔で操作されているもののようだ。急な戦闘行動でバグが起きる可能性を考えれば、この構造も頷けるな」

「つまり、防衛プログラムを破壊して攻撃を届かせる作戦は通用しないってことか。右京が居れば何とかしてくれたんだろうが……」

「……頼れないものを宛てにしても仕方がない。しかし、どうするつもりだ、アラン」

「どうするもこうするも、せっかくご招待に預かってるんだ……それが悪の親玉からの誘いであっても、断るのは失礼ってもんだろうさ」

 

 虎はブレードを握りながらそう言って、神への抵抗者が待つであろう祭壇を目指して進み始めたのだった。

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