B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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The Old Man and the Tiger

 扉を開いて外へ出て、さらに梯子を昇っていくと、そこには比較的広めの空間が広がっていた。金字塔の屋上部分にあたる正方形の平らな屋根となっており、百メートル四方という程度の広さがある。ピラミット状の建物の屋上としては、かなりの規格と言っても良いだろう。

 

 屋上の端々にはアンテナやレーダーなどの機材の他、恐らく対空砲やら何やらも並んでいる。確実に違法建築だが、ここはまさに治外法権と言わんばかりだ。

 

 そんな物騒な設備に対し、どこか厳かな雰囲気があるのは――海に抜けるきつめのスロープが天へと続く階段のようであり、また中央に鎮座する神殿を思わせる建物が鎮座しており、あたかもここが何か神聖な儀式を執り行う場所であるような雰囲気を纏っているせいか。

 

 そんな荘厳たる祭壇で、雨が降りしきる中、デイビット・クラークが神殿の前で暗澹《あんたん》たる空を仰いで佇んでいた。老人は虎が来ていることに気付いているのだろうが、同時に天に問いかけるように顔を濡らしながら口を開いた。

 

「君が上位存在からの刺客なのか、弱者共の集合的無意識が創り出した守護者なのか、はたまた超常的な存在など無関係な宇宙のバグなのかは分からないが……いずれにしても、進化に対する抑止力であることには変わりない」

「テメェが俺のことをどう思っているかなんてどうでもいいが、俺は別に人の進化とやらを止めたいわけじゃない。ただ、お前の取ろうとしている急進的で過激なやり方に反対なだけだ」

「愚かなことだな、流石は弱者の代弁者と言ったところか。対案も用意せずに感情的に人の在り方を否定するなど、何の進歩性もなければ発展性もない」

「テメェみたいに極論に走っているやつと対話する意味なんてないし、お前は最初から他人の意見なんか聞く気もないんだ……つまり、俺たちはコイツでしか語り合えないんだよ」

 

 原初の虎がブレードを握って顔の高さで構えて見せると、そこでクラークはようやっと視線を降ろし、無感情な表情のまま深く頷いた。

 

「そればかりは同意だ。意見が平行線を辿り、言葉の力が意味を持たないのならば、最後は暴力によってどちらが正義か証明するしかないのだから」

 

 暴力による決着を肯定した割に、クラークの方からは殺気が感じられない。まだ話すことがあるということなのだろう、男は構えを取る代わりに演説の続きをするかのように、両手を動かしながら話を続ける。

 

「別に私とて、君の弱者を守ろうとする在り方は、成程一つの生き方しても認められよう。その在り方が何者にも歪められず、本当に君自身が持ったものだとするならばの話だ」

「何が言いたい?」

「君の行き過ぎた自己犠牲と慈善行動は、君本来が持っていたものでなく、高次元存在からの介入により選択させられている可能性があるということだ……本来の君は別に弱者を守ることになど興味もなく、また本来であれば私の在り方に賛同していたかもしれないのに、それが上位存在によって捻じ曲げられているのかもしれない。

 もし君が上位存在の尖兵であるのならば、私は君にだけは負けるわけにはいかない。他の者に負けるのならば、我が道はより強力な人の意思に負けたのだと納得もできよう……しかし、君が私の予想通りに君が上位存在からの刺客だとするのならば、それは人を檻に繋ぎとめようとする絶対者に服従することに他ならないのだから」

 

 そこまで言って、デイビット・クラークはようやっと両腕を上げてファイティングポーズを取って見せた。

 

 しかし、なるほど、相手の腹積もりは理解できた。自分が逆の立場だったら――自分はクラークほど頭が切れるわけでもないし、会社をまとめあげて管理社会を実現するなどまどろっこしいことは絶対にしないが――自らの意思で戦っていない者に負けるのは絶対に認められないだろう。

 

 リーゼロッテの怒りの正体も結局この辺りに起因しているに違いない。彼女は虎が政府の、クラークは虎が上位存在の刺客という風に捉えているという違いはあれど、事の本質は近いはずだ。

 

 ともかく、男の本心が分かってから、自分の心は落ち着きを見せていた。闘争心が削がれたという訳ではないし、意思は揺るがないが――ここに至るまで見えなかった、老人の人間らしい部分が垣間見えたおかげかもしれない。

 

「そんなこと言い始めたら、なんだってそうだぜデイビット・クラーク。お前の行き過ぎた進化論だって、何者かに歪められたのかもしれないぞ?」

「そうだな……その通りだ。私が自分でこの道を選んだと信じているのと同様に、君もきっと己の行動は自身の選択だと信じているのだろう……なればこそ」

「二つの線は絶対に交わらない。俺とお前は、どちらかが死ぬことでしか完成されない」

 

 身体を機械化した者同士、雨の中で武器を構えて対峙する。緊張感が高まる中、まだ確認したいことがあったのだろう、クラークは構えたままで口を開く。

 

「最後に一つ聞きたい……君はどうして弱者を守ろうとするのだ?」

「そもそも、俺は弱者を護っているつもりなんかないんだが……そうだな、俺はアンタが言うほど、人間ってのは馬鹿じゃないと思ってるんだ。いや、確かにアンタが言うように馬鹿で弱いのかもしれないが……それは真剣に世界に向き合って、苦しみ足掻いているからこそ、人間って奴は悩みながら生きてるんだと思うんだよ。

 そう言う意味じゃ、誰だって弱者たりえるし、言うほど誰かが偉い訳じゃないんだ。誰だって一生懸命に生きて、この世界で何かを成そうと足掻いているはずで……ただ、皆が皆、何かを掴めるわけじゃないってだけなんだ。

 まぁ、アンタはきっと、そんなのは生産的でないと言うだろうがな」

 

 虎の言葉に対し、老人は人造筋肉の上に作られた顔で自然な笑みを浮かべたように思えた。自分と同様、クラークも虎の存在に対する理解を覚えたのかもしれない。

 

「その通りだ。何かを掴みたいのなら努力が必要だし、時には弁証的に思考を練り上げ、視点を変える必要もあるだろう。日々の中で態度を改めず、日常に夢を埋没させていく者たちの在り方は、私から言わせればただの怠慢に過ぎない。

 だが、君の意見は分かった……君はどんな者の中にも潜む、僅かな可能性をも見捨ててはいないのだな」

「そんな大層なもんじゃないさ。アンタが偉そうでムカつく、それくらいのもんだ」

 

 クラークは無言のまま不敵に笑い、すぐに口元を引き締め、握る拳に力を込めた。

 

「さぁ、お喋りは終わりだ。君をこの祭壇にて屠り、天すらも私を止められないということを証明して見せよう……来るがいい、タイガーマスク!」

「それはこっちのセリフだぜ! 覚悟しろ、デイビット・クラーク!」

 

 奥歯を噛み、音速の壁を超え――雨粒がゆっくりと落ちてくる中、一気に敵の距離を詰めるために前へと走り出す。クラークの側としても無策で待ち構えていた訳でもあるまいが、防衛プログラムとJaUNTがある以上は遠距離からの攻撃は完全に無効化されてしまう。そうなれば、自分としては速度で優位に立てる接近戦に持ち込む以外に方法はない。

 

 間合いに踏み込み、相手の首を飛ばすためにブレードを振り抜くが、幾度目か分からない瞬間移動によって切っ先は宙を切り――しかしこれまで違うのは、クラークは背後へ出るわけでなく、屋上の端から端へと飛び回って接近戦を避けている点だ。恐らく、こちらが限界に到達し、ADAMsを切るのを待っているのだろう。

 

 その上、クラークがこの土壇場で外を選んだのは雨と風に要因があるのだろう。屋上に吹く強烈な風と雨とが、機敏な虎の神経にはノイズとなり、男の気配が感じにくくなっている――とはいえ、老人の強烈な殺気は雨風で誤魔化せるようなものではない。

 

(いいぜ、そっちがその気なら……!)

 

 相手の予測を上回る動きで仕留めるだけだ。重要なのは、そのタイミングでどちらに来るかだ――デイビット・クラークの性格を想定すれば、その答えは自ずと見えてくる。こちらも覚悟を決め、相手の出現点に向かって移動を繰り返してその時を待った。

 

 クラークが屋上において四度のJaUNTを繰り返した後で――いつもならこのタイミングで一度ADAMsを切っている――相手方の動きに変化があった。予想通りに正面に現れたクラークは、こちらの速度が落ちているタイミングを狙って真正面からこちらを粉砕しに現れたのだ。

 

 まだだ、まだ引き付けろ――相手の腕が()()()()と動き――こちらも敢えて()()()()と動くことで、相手が勝ちを確信するのを待つのだ。

 

 そしてクラークが腕を降り出したタイミングで、こちらも最後の力をふり絞って一歩前へ出て、ブレードを相手の首元に向けて振り出した。要するに、ADAMsが切れているように見せかけて、相手の攻撃を誘ったのだ。

 

 これまでは相手が近距離戦においては防衛に徹しているからこそ防がれたのであり、今のような密着の間合いでは、相手も腕の取り回しが効かなくなる。そうなれば、防ぐ手立てはない――はずだった。しかし、こちらの腕は振り抜くことが出来ず、強力な力によって微動だに動かせなくなっていた。

 

 その力の正体は、相手の顎の力だ。クラークはこちらの更に先の先を読んで、サイボーグの強靭な歯でブレードを受け止めたのだ。視神経の限界でADAMsが切れるのと同時に、老人の顔に勝ちを確信した笑みが浮かび――。

 

「……おぉおおおおおお!」

 

 ADAMsによる再加速は間に合わなかったが、身体が両断される軌道だけは何とか避けることに成功する。しかし、左腕の回避は間に合わず、肩からバッサリと持っていかれてしまった。

 

 しかし、口でこちらの攻撃を止めたのは老人としても諸刃の刃であっただろう。こちらもブレードを手放さなかったのは僥倖だった――JaUNTは接触している物も合わせて移動してしまうので、ブレードを咥えたままでは瞬間移動による離脱は出来なかったのだ。

 

 左腕の痛みを堪えながら、奥歯を噛み、力一杯に右腕を動かし――相手の顎も限界だったのだろう、やっと右腕を振り抜くことに成功する。とはいえ、クラークもギリギリで反応したのか、相手の頭部を破壊するまでには至らず、ブレードの刃は相手の頬を引き裂くに留まった。

 

 ブレードが離れたのを見るや否や、クラークはすぐに再び瞬間移動で距離を取ってきた。しかし、もう一度ADAMsの切れ間を狙われれば危険だ――この加速でケリをつけなければならない。

 

 必要なのはただ一つ、相手に接近すること。JaUNTで逃げ回られれば厳しいが、逆に相手はその回避能力に自信を持っており、そこにつけ入る隙があるはずだ。高速戦闘では、細かく思考している暇などない――クラークもこちらの動きを事細かに見て移動先を決めているというよりは、こちらが駆けだした方向から次のポイントに移動を決めているはずなのだ。

 

 それならばと――相手にこちらが走る姿を一瞬だけ見せて、すぐに踵を返して別方向に向けて走り始める。恐らく背後ではクラークがJaUNTを起動しているはずだ。次にどこに出てくるかなどまったく予想も付かないし、この百メートル四方の広さにおいて、ピンポイントで出現ポイントを抑えるなど厳しいものがあるだろう。

 

 しかし、ある種の直感はあった。この戦いの中で、何度も見せられたJaUNT――いや、デイビット・クラークという男のやり方はイヤと言うほど見てきた。それは事細かに言語化できるものでないが――。

 

(そこだ!)

 

 ただ直感のまま、相手の出現ポイントを予測し、虚空に向けてブレードを突き出した。その瞬間、ちょうどクラークの身体が出現し――右手に重い衝撃が圧し掛かった。その重さの正体は、サイボーグの身体の重みだ。突き出したブレードの座標にクラークが出現したことにより、切っ先と男の喉元とが融合してしまったのだ。

 

 同時にこの先に起こる事態に対する直感だけが働き、ブレードの柄を手放して相手から距離を取る。一瞬だけ、驚愕に目を見開いた男の顔が見え、そしてすぐにその身体は消失し――世界に音が返ってくるのと同時に、背後で重い物がコンクリートに衝突する音が響き渡った。

 

「はぁ……はぁ……マチルダ、カメラを見るんじゃないぞ」

 

 長時間にわたる緊張と激しい戦闘により、すり減った神経と荒くなった呼吸を整えながら振り返ると、デイビット・クラークの身体が――切断面からはやはり機械が覗いている――バラバラに崩れ去っているのが視界に入ってきた。

 

「な、何が起こったんだ?」

 

 映像を見て驚いたのだろう、べスターからの驚愕の声があがった。

 

「原理的な部分は俺にも分からんが……恐らく、テレポートに失敗したんだ」

 

 JaUNTは移動先を思い浮かべる集中力が必要となるらしい。本来なら戦闘中に瞬間移動のための意識を向けることは難しいはずだが、ひとまずクラークはそれを強靭な精神力で実行して見せていたのは確かだ。

 

 しかし、移動先の座標に異物が混入して融合してしまい、クラークは一旦体制を立て直すためにJaUNTを再起動した――精神的な動揺がある状態でだ。それがテレポートの失敗を引き起こしたに違いない。

 

 JaUNTとは恐らく、移動先へ分子を再構築するような手段というより、空間の捻じれに既存の物体をそのまま移し替えるような瞬間移動方法なのだろう。その捻じれを正常に通過するためには精神の集中が必要であり――それを欠いた移動をした結果が、目の前の状態だ。

 

 無残に落ちている四肢や胴体を超え、転がっている頭の横まで移動すると、クラークは瞬間移動の直前に見せた驚愕の表情のまま、天を仰いで絶命しているようだった。

 

「……脳が生である以上、血液と酸素が送られなければ生体維持が出来ない。巨大コングロマリットの親玉の最後としては呆気ない幕引きのように見えるが……」

「そう言うな……見ろ、デイビット・クラークは、最後まで天を睨みつけてやがる」

 

 もしかすると、老人は敗北を直感していたのかもしれない。雨で気配を隠すだけでなく、最後まで運命に抗って見せるという彼の本能が、死に場所として空の見える場所へと誘った――そんな風に思った。

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