B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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四神結集

 デイビット・クラークの暗殺後、アラン・スミスが死亡してからの映像は、再び音声なく矢継ぎ早に切り替わり始めた。隣に座っているべスターも、相変わらず椅子の背に顎を乗せて煙を吐き出しながらブラウン管を見つめているだけであり、とくに補足の説明も無いのだが――なんとなく状況は認識できた。

 

 過去のべスターは、隣で泣き続けるグロリアを尻目に車を走らせ、基地には無事に帰投できたようだ。その後、べスターはデータベースに保管されている星右京の情報に当たっていたらしい。時には彼が知らない情報を探すため、アラン・スミスのアイカメラが保存していた映像を見ていたようだが――パソコンの脇に吸殻がいたずらに増え続けるだけで、特にめぼしい情報は無かったようだ。

 

 その合間合間にグロリアの私室の扉を叩く光景が挟まれていた。鳥かごから脱出することを望んだ少女は、今度は自分の意思で部屋の中に引きこもってしまったらしい。最初の内は出されていた食事にも手を付けていなかったようで、空かない扉の前で手付かずの食膳

を毎回入れ替えていたようだ。

 

 とはいえ、少女を取り巻く複雑な感情に対し、飢えという肉体の本能が勝ったためだろう、何度目かの後には扉が開かれ――グロリアは腫れぼったい眼とげっそりした頬を見せながらも食事を受け取ってくれたのだった。

 

「……晴子は凄いわ。死への執念が、私なんかとは全然違ったんだもの」

 

 そう少女が呟いたのは――つまり、スピーカーから音声が聞こえだしたのは――透き通るような空の元を走る車内のことであった。ハンドルを握る手から伸びる袖はスーツのようであり、また隣に座る少女が膝の上に花束を抱えていることから、恐らく二人は晴子の見舞に向かっていることが推察された。

 

 ふと、男の視線がデジタル時計に注がれ――日付を見ると、どうやら術後三週間ほど経過していたようだ。クラーク暗殺という重大な事態の中で日々の業務に忙殺されたのか、はたまたどんな顔で晴子に会えば良いのか分からなかったから遅れたのか――恐らくは後者のように思う。

 

「いいか、グロリア。これからオレ以外の奴の前で、アランのことは口にするな」

 

 男の言葉に対して返事はない。後ろ髪の奥の車窓には、呆然した様子で外を眺める少女の顔が映し出されている。

 

「一応、理由を話しておくぞ。アラン・スミスの存在は、政府連合の希望であった以上に、隠したい暗部でもある……世界征服を目論む組織への対抗手段としても、人体実験と要人暗殺は体裁が良くないからな。

 すでにアイツに関する記録のほとんどは政府連合のデータベースから消されているし、めぼしい記録はこの一週間で確認してローカルからも消した。アイツの戦闘データはT2には受け継がれているが……アラン・スミスの存在は、この世界から完全に抹消されたんだ。だから、アイツの名を……」

「……私は絶対に忘れないわ。あの人の暗殺者としての一面なんかじゃなくて、強くて優しかったあの人のことを……」

 

 グロリアはそう呟いて後、ようやっとハンドルを握る男の方へと向き直った。

 

「質問だけど、これから合流するっていう噂の二人にも話さない方が良いのかしら?」

「ちょっとした気の緩みが、機密の漏洩に繋がる。あの二人は練習相手だと思ってくれ。とはいえ、全く話題を出さないのは難しいだろうから……そうだな、必要な時は、アイツのことはT1とでも呼ぼう」

「アナタが二号だから?」

「あぁ、そうだ。ともかく、お前の口からはなるべくアイツの話をしないようにして欲しい」

「言われなくても……アランとの思い出は、私とアナタの中にしかない。この胸の痛みを、苦しみを、誰にも分けてやるものですか」

「そいつは心強い」

「でも……晴子だけは、私たちと同じ痛みを味わったのよね」

 

 少女はそこで言葉を切り――男が一度視線を横に向けると、グロリアは花束に視線を落として俯いていた。

 

「私、全然子供だった。初めて晴子に会った時にあんなにやせ細っていた理由が、今なら良く分かる。でも、私は自分の勝手な思い付きで、手術を受けるように勧めて……」

「後悔しているか?」

「いいえ。晴子が元気になることは、アランの望みでもあったもの。それに、彼女は兄が二度死んだことを知らないから。せめて、晴子だけでも前を向いて生きていってくれたら……そう思う」

 

 ただ、どんな顔をして会えばいいか分からないけれど、グロリアはそう呟くように付け足した。

 

「右京のことについては、オレから伝える」

 

 病室に向かう傍らで、男は隣を歩く少女にそう伝えた。果たしてどう伝えるつもりなのだろうかは分からないが――晴子は右京と懇意にしていたのだから、全く話を出さない訳にもいかないと判断したのだろう。対する少女は右京のことなど思い出したくもないのか、一度険しい表情に切り替わるが、すぐに「任せたわ」とだけ返して、花束を男に渡して無表情へと戻った。

 

 個室の前に立ち、男は扉を二度ほどノックした。しかし、中から反応はない。もう一度ノックして名を呼ぶが、そもそも中から人の気配がしないようだ。べスターが扉を開けて中へと入ると――ベッドの上に晴子が居ないのはもちろんのこと、彼女を人間たらしめていた最低限の備品すらも無くなっており――病室はもぬけの殻となっていた。

 

 男は唖然とする少女を尻目に廊下へ戻り、廊下を巡回する一体の第四世代型を捕まえた。

 

「なぁ、三〇五号室の患者のことなんだが……」

「はい、三〇五号室……データ照合、伊藤晴子さんですね。晴子さんでしたら、当院からは退院されました」

「なんだと、昨日確認した時にはそんな話は無かったぞ? 一体どこの病院だ?」

「申し訳ございません。これ以上は患者のプライバシーに関わりますので、私からはお答えすることができません」

 

 アンドロイドはそれだけ答えて巡回へと戻ってしまう。人と違ってマニュアル通りの完璧な回答だ――それなら、うっかりしうる人に質問するしかない、そう判断したのだろう。男は駆け足で階段を下り、受付にいる中高年の女性を見つけて先ほどと同じ質問をした。

 

「あぁ、最近よくお見舞いに来てくれていた方たちですね」

「昨日の時点で確認を取った時には、伊藤晴子さんまだここに入院していると聞いていたんだ……どうなったか知っているか?」

「どうもこうも、アナタ達とよく一緒に来ていた青年が、さっき晴子さんを連れて行ったんですよ。晴子さん、なかなか彼が来てくれなくてやきもきしてたんですが、迎えに来てくれて幸せそうでした。

 なんでも、リハビリ施設の充実した病院に移るとか……アレ、ご存じないんですか?」

 

 きょとんとする受付をよそに、べスターは病院のガラス戸を超えて駐車場の方へと走った。さっき連れていったという言葉から、まだ付近に居ないか探してくれているのだろう、息を切らしながら辺りを探し回り――しかし広い駐車場はガラガラであり、確認などすぐに終わってしまった。

 

「右京! お前は、お前という奴は!!」

 

 男は手に持っていた花束を地面へと叩きつけ、天を仰ぎながら叫んだ。勿論、誰かが返事をする訳でもなく――ただそこには、人をあざけているのかと思うほど澄んだ青空が広がっているだけだった。

 

「……まったく、オレは馬鹿だな。晴子にどう顔向けしていいか分からなくて、来るのが遅れて……挙句、右京に連れてかれちまうとは」

 

 感情を落ち着かせるためだろう、男は胸ポケットから煙草を一本取り出して咥える。しかし、ライターを忘れてしまったのか、他のポケットをまさぐっているようだが――ふと男の目の前に木の葉が舞った瞬間にそれが小さく燃え上がり、男はそこに煙草の先端を入れた。

 

 煙を吐き出しながら辺りを見ると、いつの間にか隣にグロリアが並んでいた。彼女の怒りに呼応するように発火現象が起きているようだった。

 

「べスター。私もDAPAと……右京と戦う。ママも……ファラ・アシモフも同罪よ。先に言っておくけど、もう認められないとかいうのも聞かないわよ。アナタが感じているのと同等の怒りと痛みを、私は覚えているんだから」

 

 少女の足元で燃える花束は、あどけない日々との決別を示しているようであり――グロリア・アシモフは目尻を釣り上げたまま男の方へと向き直った。

 

「それにどの道、アナタが作っている精神感応デバイス。アレを起動するには四人の力が必要なんでしょう? アナタと新入り二人と、私の四人でピッタリじゃない」

「しかし……」

「まぁまぁ、良いじゃないですか」

 

 二人のやり取りの間に入ったその声の主は、喋り方で誰かとすぐに分かる――恐らく、見舞の後にここで合流する予定になっていたのだろう、べスターが声に反応すると、二人の長身の男がこちらへと近づいてくるのが見えた。

 

「ゲンブ……」

「飛翔と発火が使えるのですから、並の者とは地力が違います。キチンと訓練をすれば、かなりの戦力になると思いますよ。それに、奇しくもその子は最後の四神に相応しいですから」

 

 チェンは胸元から扇子を取り出し、口元を隠しながらグロリアの方を見つめている。確かに、堅牢な亀に疾風の如き竜、地を掛ける虎に炎をまとった鳥が揃ったとなれば、偶然にもチェンの故郷で語られる四神がここに集ったとも言えるだろう。

 

「賛成してもらえるのはありがたいけれど……私はT1を見捨てたアナタのこと、許してないんだから」

「えぇ、ご勝手に。貴女が私のことをどう思おうと、起こった事実は変わらない……しかし、敵は同じなのです。それならばどうでしょう、ひとまず手を組むのも良いと思いますが?」

「えぇ、異論はないわ」

「それでは友好の証に自己紹介といこうではありませんか。私はチェン・ジュンダー……ACO内ではゲンブで通っていますがね。それで、こちらが……」

「ウィリアム・J・ウェルズ……コードネームはホークウィンドだ。チェンは勝手にセイリュウと呼んでいるが、好きな様に読んでくれて構わない。お主のような幼子を戦場に立たせることに賛成したくはないのだが……そなたが揺るがぬ決意を持っているというのなら戦士として認め、その背中を護ると誓おう。よろしくな」

 

 ウェルズと名乗った男は少女の前に行儀よく立ち、深々と頭を下げた。巨体に似つかわしくないほど礼儀正しいその様相にどう反応して良いのか分からなかったのだろう、グロリアは少々蹴落とされたように一歩身を引き、「よ、よろしく……」と小声で返事を返していた。

 

 そんな二人の様子を見守ってから、画面内のべスターは視線を下げ、小さな声で呟きだす。

 

「……オレがもっと早く、右京の正体に気づいていれば良かったんだ」

「それは難しかったでしょうね。貴方が私に、彼のことを何と言ったか覚えていますか?」

「あぁ、信頼できると言った……確かに、オレの節穴の眼では気付けなかっただろうな」

「えぇ、厳しいようですが……貴方は少々人が良すぎるきらいがある。とはいえ、狡猾な悪逆さを見抜くには、同じ穴の狢でないと難しいのも確かです。

 ですから、貴方は別にそのままでも良いのですよ。化かし合いは、得意な者に任せれば良いのです……しかし、きっと長い戦いになるでしょうね」

 

 そう言って、チェン・ジュンダーは紫煙の舞う遠い空を眺めた。そして、その映像を最後に、ブラウン管には辺りの暗さを表す黒が現れたのだった。

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