B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
自分が波打ち際に腰を降ろすと、背後でべスターも椅子から立ち上がってこちらへ移動してきて、隣へと腰かけた。そして男はいつかの日のように胸ポケットから煙草を一本取り出し、おもむろに火をつけ――こちらをじっくりと見てから、海の方へと煙を吐き出した。
「ずっと不思議に思っていたんだ。いくら同じ遺伝子情報を持つからと言って、自身の記憶を持たないクローンが、ここまでオリジナルと同じようになるものかと。もしかしたら、お前は……」
「恐らくお前の推察の通りだ。クローンには本来思い出なんてないから、記憶喪失というのはおかしな状態だろうが……レムに旧世界の常識だけを入れ込んだ脳を作られたせいで、俺は……俺の魂が記憶を失っていたんだ。
しかし、今全てを思い出したよ。自分の本当の名前も、思い出も……」
言ってみれば、今の状態はオリジナルとクローンが融合したことを示すのだろう。互いに失った部分を補い合い、こうやって存在している――もちろん、肉の器の方は互いに欠損したまま、ガラスに隔てられたままになっているはずだ。現世で復活するには、何かしらの外圧が必要になるのは間違いないだろう。
そんな風に思いながら、互いには見慣れた、しかし同時に存在するには不格好な非対称の両手を見つめていると、隣から「そうか」と男の声が聞こえる。
「お前は……オレの知るアラン・スミスだったんだな」
「ま、それも半分そうだし、半分違うとも言える。俺はお前と再会するまでの間に、また色々と経験していた訳だし、レムのおかげで事故前の身体を取り戻していた訳だしな。
とはいえ、暗殺者時代に培った技術は間違いなく継承されていたし……まぁ、まだるっこしいのはなしだ。要するに、俺もお前と同じように、一万年のあいだ魂だけで彷徨って、そしてレムによってクローンが創り出された時、移植されたDNAと共に復活したんだ」
そう、少なくとも、自分はオリジナルの記憶を継承した存在であるはずだ。人が人の記憶領域を改竄するだけの科学力が発展する傍らで、上位存在などと言う人智を超えたモノの介入まである中だと、人の記憶などというものは何のあてにもならないかもしれないが――しかし、自分が感じた感覚や、そこから湧き出た感情は、魂は、嘘偽りない真実だと断言できる。
「だからこそ言えることがあるんだ、エディ・べスター。お前は、お前の最善をいつも尽くしてくれた……旧世界でも、この星でも。
お前自身は俺の枷になってるんじゃないかと心を痛めていたようだが……俺はどうにも、割と本能のままに動いちまうからな。お前は確かな常識と冷静な判断で、俺が踏み間違えないようにサポートしてくれたんだ。ありがたく思っていたよ。これは嘘偽りない、アラン・スミスの本心だ」
この言葉は、自分がオリジナルの魂を継承していることを証明してからの方が響くだろう、そう思ってこの時を待っていたのだ。このナイーブな男が悔恨の渦から脱却するには、きっとオリジナルの言葉が必要だろうと思っていたのだが――しかし、男は相変わらず自嘲的な笑みを浮かべて、申し訳なさそうに明後日の方向に煙を吐き出していた。
「そう言ってくれるのは、こちらとしてもありがたいがな。しかし、オレがいたらなかったという事実は変わりないさ」
「かーっ! しみったれたこと言ってんじゃじゃねぇよ!」
砂浜の上を座ったままで移動し、自分は男の背中を強くバンバンと叩いた。実体もないから痛みもないはずだし、無論それっぽく形どっているだけで気管なども無いはずなのだが、べスターは背中から与えられた衝撃に煙を上手く吐き出せずにむせ返っているようだった。
「一万年間、俺に顔向けできないって後悔してたんだろう? まったく、お前らしいと言えばそれまでだが……旧世界でも、この世界でも俺はたくさんお前に助けられてきたんだ。だから、もう自分のことを責めないでくれ」
「だが……」
「お前を許せるのは、お前自身しかいない。少なくとも俺はお前を恨んじゃいないし、むしろ感謝してるんだ……それが、お前が自分自身を許す切っ掛けにはならないか?」
そう、この男に必要なのはこちらからの許しではない。必要なのは、彼自身が自らを許すこと――もちろん、この男の後悔のすべてが原初の虎に向けられたものでない以上、自分が気にしていないと言ったところで全ての重荷を外してやれるわけではないだろう。
とはいえ、唐突に彼らの前から居なくなってしまった男の意思がふいに聞けたというのなら、多少は感じる所もあるはずだ――いや、そうあって欲しい。
「自分を許すのは自分、か……そうだな、そうかもしれないな」
自分の願いが通じたのか、べスターは穏かな笑みを浮かべた。そこには卑屈さや自嘲的なものは感じられないが――しかしすぐにすました顔になり、煙を吸い込みながらこちらを見つめてきた。
「だが、そんなことを言ったらだな。お前は人を殺した自分自身を許すことは出来るのか?」
「イヤな所を突いてくるな……そりゃ、死人に口なし、そうなれば奪ってしまった魂が俺のことをどう思ってるかなんて分からんし……理不尽に奪われたんだ、恨んでもいるだろうな。
だけど、自分で自分の心を整理することはできる。俺の場合は、許す許さないの主体は奪った魂側にあって、最後に俺が然るべき報いを受けることでしか解消されない。それなら、その時が来るまで、できることをしてやろうと思う」
果たして罪というものは、肉体に依拠するのか精神に依拠するのか。旧世界における殺人の罪はシリンダーの中で眠るオリジナルのものであり、肉体という側面から見れば今のアラン・スミスの贖罪は済んだともいえるかもしれない。一方で精神という側面から見れば、クローンに宿っていた魂は遥かの過去において自らの意思で殺人を犯したのであり、そう言う面では罪は以前として魂に刻まれているとも言える。
ただ一つ言えることは、まだ自分自身は禊が終わっていないということだ。晴子の治療費を稼ぐためだ、時代の流れだ、テロとの戦いだったなど――自分でも納得して戦い続けた結果であっても、この手を血で染めたという事実は変わらない。何よりも、一万年前から始まったこの因果には、まだケリが着いていないのだから。
「……お前を見てると、悩んでたのが馬鹿らしくなってくるよ」
「あ? どういう意味だ?」
唐突な男の言葉の真意を測りかね、思わずぶっきらぼうに返事を返してしまう。べスターの方はこちらの悪態などどこ吹く風で、皮肉気な笑みを浮かべながら煙を吐き出した。
「オレなんかより、お前さんの方がよっぽど重症だってことさ。お前は一万年前の、誰かに押し付けられた罪に苛まれている。対して、オレはこうやってお前の気持ちを知ることができたんだからな。誰かさんと比べたら、オレは幸運なのかもしれない。
いいや、もしかすると、誰かさんのその気の毒なほど自罰的な態度に、オレも感化されていたのかもしれないな」
「なんだよ、お前が苦しんでたのは俺のせいだって言うのか? お前もガキじゃないんだからさ、自分のことは自分で決めろよな」
「はは、違いない……そうだな、自分のことは自分で決めないとだな」
そう言って、男は海へと向き直って煙を呑み始めた。星空を見上げるその横顔は憑き物が落ちたようでもあり、どこかすがすがしい表情を浮かべていた。
「しかし、お前はここのことを知っているように話すが……サイボーグ化している時にはこんな話はしていなかったよな?」
「あぁ、お前の研究室で目覚めた時には、ここの記憶は失っていたんだ。ま、仮に覚えてていたとしても話さなかったと思うぜ」
「そうだな……死後の世界を見てきたなんて言われたら、事故のショックで頭がイカれたのかと勘違いしたかもしれん」
「ともかく、デイビット・クラークの予想は的中していたと言える。俺は全時空間を掌握しようとする男を止めるため、ここに呼びだされ、生きながらえさせられた……ある一つの力を授かってな」
「それは、未来予知か?」
「さっきも言ったように、別に能力の説明を受けた訳じゃないから正確なことは分からんが……恐らく違うと思う。俺に授けられたのは、デイビット・クラークがモノリスから引き出したJaUNTに対抗するための能力、瞬間移動に瞬時に対応できる感覚の鋭敏化だ。単純に触覚や嗅覚、聴覚など、物理的な感覚だけが機敏になっただけじゃなく……瞬間移動に対抗するため、意思の力も感じられるようになっているんだよ。
相手がどこに出てくるか、どう動くつもりなのかを意志を読み取ることで対応していた……第五世代型を見極められるようになったのはその副産物だし、近未来が見えるというのも、恐らく他人が思い描く未来が見せるある種の幻視なんだと思う」
もしも完全に未来が見えているというのなら、それこそ自分はもっと多くの悲劇を防げたはずだ。自分が感じるのは、あくまでも予兆だけ。物理的な感覚以外にも、人の意思そのものを感じることができるからこそ――例えば悪意や殺気を感じれば良くないことが起こると予測できていた訳だ。
「……どうしてお前だったんだろうな」
「さぁな。単純にタイミングの問題だったのか……それこそ、連合が俺に目を付けたのと同じように、上位存在もクラークやDAPAにその正体を見破られない奴が必要だったというだけかもしれない。ともかく、正確なことまでは分からん」
「なんだ、分からん事ばかりだな」
「高次元存在様の意思は難しすぎて、俺の単細胞の脳みそじゃ処理しきれないんだよ。しかし、確実なこともある……高次元存在の意思でなく、実際に起こったことは確実だからな。今度は、俺がお前に記憶を見せる番だ」
自分が砂浜から立ち上がり、一歩波間に向けて歩き出すと、再び辺りの景色が一変した。そこは、雨の降りしきる建物の屋上であり――下半身が吹き飛ばされて床に這っているアラン・スミスと、立ったままそれを見下ろす星右京の姿とが現れたのだった。