B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……本当に、馬鹿だなお前らは」
再び元の海岸に戻ってくると、べスターが空を仰ぎながら煙を吐き出した。
「おい、お前らとはなんだ。俺はアイツほど馬鹿じゃないぞ」
「ぶっ飛び具合では大差は無いぞ。自分を殺した相手に妹を託すとか、正気じゃない」
「いや、あの時はだな、良い相手と落ち着けば、色々と思い直してくれるんじゃないかと……まぁ、そうだな。俺も馬鹿だった」
「ふぅ……まぁ、右京の奴は馬鹿の上に大が付く。そう言う意味じゃ、アイツの勝ちだな」
「負けと言われるとなんか癪だな」
「面倒くさい奴め」
「お前がそれを言うのか?」
「……違いない。しかし、妙に納得もしたな。想像の斜め上の動機でこそあったが、アイツらしいと言えばアイツらしい」
「だろう?」
「それで……お前はどうするつもりだ、アラン」
「そんなの決まってるぜべスター。あの大馬鹿野郎の顔面ぶん殴って、ぶっ飛ばしてやるんだ。
要するに、アイツは思い描く理想が高すぎて、現実の自分がついていけなかったって話だろう? その差分を永久に埋められないから勝手に苦しんで、全世界を巻き込んで死のうなんて、あまりにも馬鹿らしくて怒る気力も失せるってもんだ」
「怒る気力も失せるのにぶん殴るってのも理不尽な気もするが、同感だ」
こちらの言葉に対し、べスターも苦笑いを浮かべながら頷いた。そして、フィルターに口をつけて煙をゆっくりと吸うと、真面目な――というより憐憫という方が正しいかもしれない――表情へと切り替わった。
「随分極端なところに思考がいってしまったとは思うが、アイツの気持ちが全く分からないでもない。イヤなことがあれば死にたいだとか、いっそ世界が滅びれば良いとか思うのは誰にだってある……まさかそれを実直に実現しようだなんて奴が出てくるとは思わなかったが」
「あぁ、そうだな……だが、何度も立ち返るチャンスはあったはずなのに、全てをふいにしてきたのは右京自身だ。
それに……今回の、この惑星レムにおける事の発端は、俺が晴子を頼むなんて右京に言っちまったせいとも言える。そうなれば、俺がその責任を取らなければならない」
金字塔の屋上で妹を頼むと右京に託さなければ、アイツは晴子を迎えに行かなかっただろうか? もしあの病室から晴子を連れ出したのがべスターとグロリアだったら、少なくとも自分はこの場には居なかったに違いない。
一方で――結果論的にではあるが――晴子が右京に着いて行ったからこそ、一万年越しに反撃のチャンスができたとも言える。もし女神レムがDAPA側に存在しなければ、自分はこの惑星において復活することも無かったはずだからだ。そう言う意味では、過去の自分の発言は怪我の功名とも言えるかもしれない。
右京はアラン・スミスに妹を託されたにも関わらず、病院に迎えに行くのには時間がかかった訳だが――その時のアイツの苦悩は、何となくだが分かる。屋上で苦悶の表情を浮かべる右京を思い返すと、晴子と向き合うことにはギリギリまで悩んだに違いない。
むしろ、アイツはべスターが晴子を迎えに行ってくれたら良かったのにとすら思っていたはずだ。もしそうなら、右京は伊藤晴子にも、アラン・スミスの遺言にも向き合わずにいられるのだから。
それでも最終的に晴子を迎えに行ったこと自体が、やはり星右京は世界に絶望しきれていない証拠のように思われる。晴子といれば何かが変わるかもしれない――散々に悩んだ挙句に、おっかなびっくりに病院にまで行って、扉を開ける直前にいつものすかした表情に切り替えて、晴子に声を掛けたのだろう。
そんな姿がアリアリと思い浮かぶからだろうか。右京に対して浮かんでくる感情は、燃え滾るような怒りでも凍り付くような殺意でもなく、やはり「馬鹿な奴」という憐憫なのだ。
そんな風に思っている傍ら、スモーカーが横で「成程」という言葉と同時に煙を吐き出した。
「しかし責任を取るといっても、どうやって現世に帰るつもりだ? 魂と記憶は元に戻ったようだが、肝心の器が破損したままだぞ」
「そこはお前の灰色の脳細胞を活用して、打開策をだな……」
「オレの専門はバイオメカトロニクスなんだ。推理だの作戦だのは得意じゃない」
「ヤニにまみれてしぼんだ脳みそだったか」
「オレが考えたプランを基本的に無視する誰かさんに文句を言われる筋合いはないぞ。しかし、現状を打開するにはチェンと連絡を取れるのが一番だろうな」
「アイツはヘイムダルの激戦を生き延びた可能性が高いと?」
「あぁ、チェン・ジュンダーの最も優れた点は、卓越した危機管理能力にある……だからこそ一万年の時を超えて、DAPAと戦い続けられているんだ。
そもそも、ずっと人形のまま活動していたのは、本体をどこかに隠していたからだろう」
「確かにな。そうなれば、なんとか外部と連絡が取れれば……」
自分の動きに合わせ、べスターも同じように周囲を見回し始めた。そして何か違和感を感じたのか、煙草を咥えたまま耳をすましているようだった。
「今更だが、何か聞こえないか? 波の音じゃなくて、何か小さな耳鳴りのようなものがするんだが……」
「あぁ、そりゃそうだろうな。ここに居るのは俺とお前だけじゃないはずだから」
そう言いながら、自分は辺りをざわつく僅かな光を指し示した。男二人でそのうちの一つを注視し――すると、光の粒子が一か所に集まって人の形を取った。身にまとっていた服装などから察するに、恐らくは自分たちと同じように光の巨人に取り込まれたレムリアの民の魂なのだろうが――それらがこの広大な領域に無数に存在しているのだ。
「周りからしてみたら、俺たちも同じような光の粒子に見えているのかもな。ここは、高次元存在の庭だ。多次元宇宙の隙間を揺蕩う、無限の空間……どこにも存在し、どこにも存在しない。肉の器にある人が本来なら到達することのできない場所であり、同時に魂の還る場所でもある……と思う」
「なんだ、歯切れが悪いな」
「そうは言うがな、神様は非言語的コミュニケーションしか取ってくれないから、なんとなくそうだと察することしか出来ないんだよ。だから、断言するのは難しいんだ」
会話を続けながらも、人の姿を取った男性を二人で見つめ――魂だけになってこの場を揺蕩っているという点では同じだが、自分たちとレムリアの民が違う点は、自我を喪失しているか否かの差だろう。虚ろな目で膝を抱えている男は、どう見ても心ここにあらずと言った様子であり――そして視線を外すと、傍らで男の魂が霧散したようだった。消えたというより、自分たちが意識をしなくなったので元の粒子へと還ったというのが正解だろう。
「……恐らく、第六世代たちの魂が、レムの海に捕らえられているんだ。ここは全宇宙、全時空間の魂が一挙に集まる場所なわけだが……普通は輪廻の輪に組み込まれるから、魂たちは一か所にとどまることはないはずなんだ。それらが留まっているということは……」
「成程。その仮説が正しいとするのなら、右京達の計画を完全にとん挫したわけではないということだな」
確かに、もしこの海に漂う魂たちがレムリアの民たちであるのならば、自分が上位存在に蹴りをかましたときから事態は好転していないということなのだろう。一時的に高次元存在を降ろすのを中止させられただけで、残った第六世代たちの魂に絶望が降りれば、右京の目論みは再開されるということなのだろうから。
そうなれば、あまり悠長なことをしているわけにはいかない。何か手段は無いか――そう思いながら辺りを見回していると再び金色の粒子が集まり始め、今度は砂浜に一人の女性の魂が形を取った。その魂に近づいていくと辺りの景色が変わり始める。恐らく、これが彼女の心象風景なのだろう――寂れた小さな聖堂へと切り替わった。
その場に見覚えは無かったが、その魂が取った姿には見覚えがあった。
「……ジャンヌか!?」
まさか知っている者と接触できるとは思ってもいなかった。レムリアの民の人口がどんなものかは分からないが、恐らく数億単位は存在するはず。そうなると知人に――敵対関係にあった間柄ではあるが――会えたのは奇跡に近い。
ジャンヌの魂は呆然自失という調子であり、膝を抱えたまま焦点の定まらない瞳でどこぞかを眺めているだけだ。声を掛けてどうなるかも分からないが、ひとまず肩に手をかけ、揺さぶってみることにする。
「おい、ジャンヌ!」
「……ジャンヌ?」
「あぁ、そうだ! しっかりしろ、ジャンヌ・ロビタ!」
彼女の名を呼んでみると一瞬だけ反応を得られたが、彼女は自分のことすら分からないという調子であり――肩をつかんで身体を揺らしても為されるがままで、変わらず虚ろな目をしている。
「くそ、ダメか……」
「いや。さっきうわごとの様に名前を復唱しただろう? 意思疎通が完全にできないという訳ではなさそうだ。もっと別の切り口で話しかければ、意識を取り戻すかもしれん」
「なるほど……えぇっと、サンシラウではすまなかった……?」
「馬鹿か、それはお前の勝手な悔恨だろうが。もっと本質的な感情に訴えないと駄目だろう……そもそも、なぜジャンヌは七柱に記憶を改竄されて、解脱症に陥ったんだ?」
「えぇっと、それは、確かコイツの祖父が魔族に寝返って、それがきっかけで魔王軍に参加してて……」
掴んでいる肩に、僅かに力が籠る気配があった。祖父、魔族、そういった言葉がキーワードなのかもしれない――T3を思い返せ。復讐というのは強い感情だ。心根の優しいエルですら、いざT3を見た時には殺意を剥き出しにしたほどだ――恨みと言うのは心を震わせる感情なのだ。
「……そうだ、お前は故郷を追われ、復讐のために祖父の後を継いで魔族に加担し、七柱の創造神という偽りの神々が管理する社会に対して立ち向かったんだ。それを思い出せジャンヌ……いや、ネストリウス!」
「七柱の創造神……ネストリウス……」
段々と女の呂律がハッキリしてきて、次第に瞳にも力が宿ってくる。そして目が会った瞬間、ジャンヌはまるで悪夢から跳ね起きた時のように背筋を伸ばし、こちらの腕を払って背後へと跳んだ。
「アナタは……!」
ジャンヌはこちらへ敵意を剥き出しにし、足元に結界を出してこちらへと襲い掛かってきた。魂同士が戦ったらどうなるのかとか、ジャンヌの神聖魔法は恐らく右京が授けていたモノだろうに、何故使えるのかなど疑問は尽きないが――こちらも奥歯を噛んで相手の背後へと移動する。
そして相手の腕を後ろからつかんだ瞬間、自分も肉体が無いのにADAMsを起動できたなとか考えつつ、ここはそういう場所なのだろうと納得して、ともかく藻掻く女の腕を掴む手に力を込めた。
「くっ……!?」
「起きたてに乱暴して悪いが、落ち着けって……いや、そっちが先に手を出したんだから正当防衛だな、これは」
「ぶつくさと言って! 私にトドメを差しに来たのでしょう!?」
「だから落ち着けって。周りを見てみろよ……ここはレヴァルの地下でもなければ、サンシラウの森の中でも、ましてや海と月の塔の中でもないんだから」
こちらの言う通り、素直に辺りを形成する聖堂の様子を見回すと、ジャンヌも事態のおかしさに気が付いたのだろう、抵抗する意思は鳴りを潜めたようだった。
「ここは、私の故郷……何故こんなところに……?」
「えぇっと、そうだな……ここはお前の故郷でなく、天国と言うべきか……」
「まさか……私と貴方が来られる場所なんて、天国でなくて地獄でしょう」
「はは、違いない……しかし、実際には天国も地獄も無く、最後に来るのはここなんだ」
「そう……私は死んだのね。でも、全てを覚えている……私は私の意思で死を選んで、七柱共に私自身を奪わせなかった」
サンシラウの村での飛び降りが成功したと思っているのだろう、こちらが手を話すと、ジャンヌは胸元に手を置いて安堵の表情を浮かべている。しかし、それは自分が阻んでしまった――もしあのタイミングで彼女が死んでいたら、恐らく彼女の魂は海に捕らわれることもなく、この場で再会することもなかったに違いない。
彼女の方も違和感があったのか、美しく微笑んでいたジャンヌは、訝しむ様な視線をこちらへとぶつけてきた。
「段々と思いだしてきた……身を投げた私を、貴方は受け止めたのよね? まさか、それで貴方まで死んだの? そうだとしても、貴方が勝手にやったことだし、謝る気もないけれど……」
「いいや、骨を折ったが無事だったよ。つまり、あの身投げの時点ではお前は死んでないんだ」
「余計なことをして……では、私は何で死んだのかしら? 身を投げて死んだわけではないのよね?」
「そこんとこだがな、恐らくは死んでないんだ……七柱の創造神たちに利用されて、魂だけここに引き寄せられたんだよ」
「魂だけ引き寄せられた? どういうこと?」
募らせた疑念が額に乗っているのか、ジャンヌは眉をハの字にしてこちらを見つめてくる。別に隠す必要もないし、彼女と再会できたのはチャンスかもしれない――そう思い、自分たちも七柱と戦っていたこと、聖典にある光の巨人が降臨したこと、そしてその影響でレムリアの民たちの魂が海に封じられてしまったことを説明した。
話をしている中で分かったことは、ゲンブはジャンヌに対して事細かには情報を共有していなかったということだ。そもそも彼女に旧世界の技術などを理解するのも難しいという判断もあったに違いないが――ともかく彼女は七柱の創造神たちがレムリアの民たちの精神に干渉できるということと、管理社会を創り上げていることくらいしか認識していないようだった。
そのため、言葉を選びながら、彼女の既知の範囲内で理解できるように説明を続け――こちらが事情の共有が終わると、ジャンヌは腕を組みながら小さく頷いた。