B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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The Buddy and the Tiger

「とりあえず、言いたいことは分かったわ……にわかには信じがたいけれど」

「信じるも信じないも勝手だが、残念ながら全部事実だ。それで、今度はこっちから質問したいんだが……現世に帰れたりしないか?」

 

 先ほどチャンスと思ったのはこれが理由だ。彼女の肉体は恐らく顕在。黄金症を患っただろうが、それは魂が高次元存在に誘われた状態を指すのならば――自我を取り戻した彼女は、現世に戻れるかもしれないと思ったのだ。

 

 このように言語化すると自分の発想も荒唐無稽のようだが、我ながらよく当たる勘がいけると告げている。要するに、彼女をメッセンジャーとしてゲンブに事情を伝えれば、クローンとオリジナルの肉体を回収してもらい、自分も復活することができるかもしれない。

 

 そんな一縷の望みを彼女に見出しているのだが――希望の星はため息を吐きながら首を横に振った。

 

「外の世界で起こった状況は概ね把握できたとしても、高次元存在とやらの庭のことは全然分からないのよ? ましてや帰れるかなんて分かる訳ないし……何より、私なんかが帰ったところで、もう何ができるわけでもなさそうだし」

「お前が俺に対して恨みがあるのも分かるし、戻ることに不安があるのも分かる。だけど、頼れるのはお前しかいない……魂が現世に戻れる場所があるのは、お前しかいないんだ。

 恐らく、お前の身体はサンシラウの村のベッドに残されている。それを目指していけば、辿り着けると思う。それで、チェンに……ゲンブに俺が海の底に居ることを知らせて欲しいんだ。アイツのことは知っているだろう?」

「知ってはいるけれど……そんないっぺんに喋るのは止めて頂戴」

 

 こちらがずいずいと近づいていくと、比例するようにジャンヌも後ずさりしていった。こうなったら土下座しかないのか、そう思っている矢先にべスターが自分と彼女の間に割り込んできた。

 

「横から失礼、コイツは口が上手くないんでな。オレがいったん整理しよう」

「さっきから気になってたけど……アナタは?」

「名乗るほどのもんじゃないが……エディ・べスターだ。一言で言えば、邪神ティグリスの相棒だ」

「ティグリス様の……?」

 

 何を言っているのか分からないという表情の女に対し、男は人差し指で自分の方を指し示して見せた。なるほど、べスターもなかなか考えたものだ。確かに、自分が聖典に語られる――騙られるの方が正確ではあるが――ティグリスの化身なことは間違いないし、ジャンヌが心棒するのはティグリスだったはず。

 

 そうなれば、自分の願いならジャンヌも聞いてくれるかも――期待を胸に視線を向けると、口をへの字に曲げてわなわなと震える女と目があった。

 

「嘘でしょう!?」

「確かに神というほどしゃんとした面はしていないが、本当だ。そいつには魔王ブラッドベリを倒すだけの実力があるし、七柱の創造神たちが最も警戒した相手だ……復活させたレムを除いてな」

「百歩譲ってこの男がティグリス様だとして本当だとして……それならどうしてソフィア・オーウェルと組んで、魔族たちと事を構えたのよ」

「その辺りまで話すと長くなるが、端的に言えばそいつが本当に記憶喪失だったからだ。それに……邪神ティグリスの正体はただのお人好しなんだ。一応断っておくと、そいつはギリギリまでブラッドベリとも和解の意思は見せていたし、友好的な魔族とまで事を構えたりはしていない。

 そもそも、アラン・スミスはゲンブやレムと組んで七柱と戦っていたんだ。それが証拠にはならないか?」

「私はそいつがゲンブと手を組んでいた事実を自分の目で見た訳じゃないから、証拠にはならないと思うけれど……まぁ、アナタ達が嘘を言っていないのはなんとなく分かるわ。適当を言うには知りすぎていると思うし……」

 

 ジャンヌはそこで一呼吸を入れて、べスターの方からこちらへと視線を移し、呆れたような、同時に緊張がほぐれたような笑顔を向けてくる。

 

「……何より、敵対した私を崖から飛んで救おうとするんだもの。お人よしと言うのは間違いなさそうね。それで、アナタの目的は何?」

「あぁ。現世に戻って、悪い神様の顔面に全力でグーパンを入れてやろうと思ってる」

「私はこれを崇拝してたの? 威厳のかけらもないじゃない」

「親しみがあると言って欲しいな」

「はぁ……鞍替えしようかしら。まぁ良いわ、少し待ってね……」

 

 安易に鞍替えするほどの信仰だったのなら大したもの信心じゃなかったのではないかと突っ込みたくなるが、熱心な信仰も冷めるほど自分に威厳が無かったということかもしれないので、細かく聞くのは止めておくことにする。

 

 自分のくだらない思考を他所に、ジャンヌは目を瞑って精神を集中させており――彼女の足元から暗い聖堂の床に光の筋が伸び、それは扉の外へと向かっていったようだ。恐らく、この光は彼女が肉体に戻るための道筋に違いない。

 

「貴方の言う通り、何となくだけれど戻ることはできそうな気がする」

「それじゃあ……!?」

「勘違いしないで頂戴。別に、私は貴方のために戻るつもりはない……七柱の創造神たちが顕在で、好き勝手しようとしているのが気に食わないだけよ」

「あぁ、それで全く問題ない。お前は、お前のために頑張ればいいんだ、ジャンヌ」

「ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウス、それが私の本当の名前よ、お人好しな邪神さん」

 

 そう言いながら不敵に笑い、ジャンヌは改めてべスターの方へと向き直った。

 

「確認させて。現世に戻っても、もはや二重思考をしなくても大丈夫かしら?」

「警戒するならしたほうが良いだろうが、しなくても問題ないはずだ。残っている人々の心には、既に七柱に対する信仰心は無い……そもそも、レムリアの民たちの精神を司っていた女神レムは消失してしまった。監視しようと思えばできるだろうが、逐一誰それと確認されることは無いだろう」

「もう一つ、私はゲンブにアラン・スミスが海中にいることを知らせればいいのよね?」

「あぁ、もしゲンブと連絡がつかないのなら、レア神でも構わない……生きていればだがな。場所は深海のモノリスと言えば分かってくれるだろう」

「深海のモノリスね。了解よ」

 

 べスターに対して頷き返し、ジャンヌは光の道しるべをしばし眺め――ふと視線を上げて、こちらの顔をじっと眺めてきた。

 

「まさか崇拝していた神様がこんなだとは思わなかったけれど……一つだけ間違いなかったことはある。それは、私の信じた神は七柱の創造神と違い、誰かを救うためにその力を行使しているということ。

 まぁ、毒付きのナイフを投げられたり、身投げする自分を空中で受け止めたり、何だか滅茶苦茶なのは間違いないけれど……少なくとも、他の神を信じるよりは、ティグリス神を信じていてよかったと思うわ」

 

 言葉遣いはやや高圧的だが、優し気に微笑むその表情を見ると、初めて大聖堂であった時のことを思い出す――何となくだが、彼女の本性はこちらなのではないかとも思う。

 

 レヴァル襲撃などと言う恐ろしい計画を実行してしまった彼女だが、それも社会や時代に圧迫され、逃げ場もなかった彼女が自由になるために取った一つの選択なのだ。もしも生まれる時代が違ったら、こんな風に穏やかに笑いながら暮らしていたのかもしれない。

 

「ジャンヌ、頼んだぞ」

「えぇ、任されたわ」

 

 こちらへ背を向け、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスは光の筋を辿って歩き始めた。足元を走る筋を除いて、扉の奥は深い闇に覆われており、すぐに彼女の背中も見えなくなり――彼女の魂の気配が感じ取れなくなるほど遠くなった後、辺りの景色は再び夜の海岸へと戻ったのだった。

 

 ジャンヌが去っていったのを見送って、幾許かの時間が経過した。とはいえ、体感時間にすれば数分と言ったところで、何か劇的な変化があった訳でもない――ここの体感時間が外とのものと一致しているかも分からないし、そもそもジャンヌが本当に現世に帰れたという確証もないのだが。

 

 何にしても、男二人で押し黙っていても面白味がないのも確かなことだ。ジャンヌの件でやりたいことも出来た。それを実行しようと思って魂だけの身体を捻っていると、べスターがこちらを見ながら煙を吐き出していた。

 

「アラン。これからどうする?」

「お前はいつもどうするって聞いてくるな。まぁ、ジャンヌが帰ってゲンブに話してくれるまで待つって言うのが常道だろうが……待っている間にやるべきことが見つかった。

 恐らく、ここには高次元存在の元に還ってきて、同時に次の輪廻の輪に組み込まれていない魂たちが集っている……それなら、あの子の魂も見つかるかもしれない」

 

 ティアは確かにあの子の気配を感じると言っていた――彼女もきっとこの場にいるのだ。彼女は右京達によって捕らえられたわけではないものの、もしかすると自分やべスターのように、現世に対する何かしらの想いが、彼女の魂をここに留めているのかもしれない。

 

 そうなれば、彼女を探し出すのが自分の役目だろう。道に迷ったら、必ず見つけ出すと約束したのだから。

 

「それに、ちょうど歩き周れる足も生えてきたことだしな。有効活用させてもらうことにするよ」

「数億の魂の中から見つけ出すつもりか? あまり現実的な作業とは思えんが……」

 

 男は冷静にそう言った後、どこか達観したような、同時に呆れたような表情で笑みを浮かべる。

 

「……まぁ、それでもお前ならやり遂げるんだろうな」

「あぁ。やり遂げてみせるさ。お前に付き合わせるのはちょっと忍びないが」

「いや、どうやら……オレは付きあえんようだ」

 

 申し訳なさそうに俯く男の身体から、金色の粒子が立ち昇り始めた。これが魂の本来あるべき姿なのだろう――肉の器が滅んで原初へと還った魂は、次なる生へと向けて旅立っていくのだ。

 

「べスター、お前は……」

「オレはそもそも、自らの後悔と無念とに囚われた怨念のようなもの……第六世代型アンドロイド達のように、海に捕らえられていた魂ではないからな」

 

 逆に彼の魂が次に向けて旅立てるのは、彼は後悔と無念から解放されたともとれる。心の重荷を取り払えたと思えばポジティブだが――そんな風に思っていると、男はこちらを見ながら皮肉気に口元を吊り上げた。

 

「ふっ、皆がオレにそんな顔をするなとよく言っていたものだが、こんな気持ちだったんだな」

「……仮面があれば良かったんだが」

「はは、先ほどはしまらない顔をしているとか言って悪かったな。だが、表情が見えるのは良いな……お前のことは色々と分かっているつもりだったが、新たな発見もあった」

「しかし……結末を見届けたいとは思わないか?」

「いいや、オレには結末が分かっているんだ。アラン・スミスは言ったことはやり遂げる……そうだろう?」

 

 男は煙草のフィルターを指で挟み、火種でこちらを指して不敵に笑った。べスターの心には、もはや一切の不安も悩みもないのだ――この宇宙が右京によって消し去られるなどと微塵にも思っていない。自分が必ず、アイツを止めると信じてくれているから――だから旅発つことができるということなのだろう。

 

「……あぁ、その通りだよべスター。お前の予測は絶対に外れない。俺は現世に戻り、過去の因縁に決着をつける。必ずだ」

 

 友の信頼に応えるには、ただ有言実行を果たすのみだ。そう思って頷き返すと、友も安心したように頷き返してくれた。そしてそれに呼応するように粒子が昇っていき、段々と男の姿が薄くなっていく。

 

「最後に、チェンへの伝言を頼まれて欲しいんだ……いい加減な様に見えて結構義理堅い奴だから、お前がオレにしてくれたように、少し肩の荷を降ろしてやりたい」

「了解だ、何て伝える?」

「お前は自分のことを冷血漢だと思い込んでいるようだが、その義理堅さに何度も救われたという礼と……一万年の時を超えて戦い続けた魂に、最後に安らぎが訪れることを祈っているとな」

「あぁ、了解だ……そのメッセージ、必ず俺が届けて見せる」

「……輪廻なんぞくそくらえという、右京の意見も一理あると思っていたが……今は違う。きっとこの先、オレはエディ・べスターであった時と同じように、何度も自分の至らなさに後悔し、自分の無力さに絶望するのだろう。

 それでも……世界にはお前のような奴がいる。その事実があるだけで、生きるってことは悪くないように思えるんだ」

 

 憑き物の落ちたような穏やかな表情で、男は海の波間を眺めながらそう呟いた。その後、男は再び視線を上げ、いつの間にか随分と短くなった煙草をいとおしむよう吸い上げ――そして全てを吐き出すかのように、もわもわと煙をゆっくりと吐き出した。

 

「それで……お前にも礼を言わなければならないな。ありがとう、アラン・スミス。お前はオレと亡き父の想いをその身に乗せ、その力を正しい方向性に使おうと努力してくれた。何より、お前と過ごした日々は……この星で再び巡り合った時間も含めて、充実したものだった」

「……こちらこそ。そもそもお前が拾ってくれなきゃ、過去の俺は現世に戻ることもできなかったわけだし……お前が背中を見てくれているから間違えないようにしないとと思えたし、思いっきり暴れることができたんだ。

 だから……ありがとう、エディ・べスター」

「あぁ……きっとまたいつか会おう、相棒」

 

 落とした煙草に視線が行き――男が火種を足で丁寧に消し去るのに合わせ、その姿が完全に原初の海から消失した。

 

 彼が次に巡る先はどんな世界なのだろうか? 近い時間軸に生を受けたのか、それとも遠い未来なのだろうか――いや、ここは全ての時空間に通じる場所であり、もしかすると過去へと巡ったのかもしれないし、全く違った世界線へと旅発ったのかもしれない。

 

 そんな無限とも言える可能性の中から、確かに自分たちは巡り合ったのだ。それならば、きっと――。

 

「……あぁ、またいつか巡り合うこともあるさ。その時まで……またな、相棒」

 

 男が消えた場所に背を向けて歩き出すと、また景色が変わり始めた。レムリアの民たちの魂が封じられているせいなのだろう、彼らの心象風景が巡る巡る移り変わり――自分の知らない景色も多いが、一方で王都や城塞都市、辺境伯領など、自分が歩んできた街の風景が移ることもあれば、きっと魔族やエルフ、ドワーフたちの記憶なのだろう、砂漠や荒々しい山々、熱帯雨林などに変わることもある。

 

 一点だけ共通していることは、彼らの想いでの景色には夜の帳が降りているということだ。この暗がりは絶望という彼らの心象風景を映し出しているのかもしれない――そんな風に思いながら、地上で無数に淡く輝く魂の光の中を歩き続ける。

 

 以前彼女が迷子になった時よりも、遥かに広くて気配も多い。それでも、きっと――いや、必ず探し出して見せる。

 

「待っていてくれ、クラウディア……きっと君を見つけ出して見せる」

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