B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
極地基地の激戦の後、自分はゲンブによって救われて生き延びていた。親父が身を挺して守ってくれ、第五世代型達が部屋に押し入ったあの時、床の仕掛けが作動して、自分は安全な場所へと移されていたのだ。
生き残ったのは自分だけではなかった。彼女たちを救ったのもゲンブ、もとい糸目の男、チェン・ジュンダーであった。彼の本体は極地基地の更に地下に安置されており、襲撃に合わせて起動して、人形を遠隔操作しながらも秘密の地下通路に少女たちを降ろして生き延びていたのだ。
自分たちが潜伏していた理由は二つある。一つは単純に、重症の少女たちが意識を取り戻すまで待たなければならなかったということ――怪我はチェンの魔法により治っていたが、意識を取り戻すには数日を要したし、戦線に復帰するとなれば更なる時間が必要になる。もう一つの理由は、アラン・スミス達が敗北した際に、二の矢としての戦力を温存することが目的だった。
とは言っても、十人を超えていた大所帯が随分と寂しくなってしまったものだ。空中要塞ヘイムダルの奪取は失敗に終わったというのは聞かされているが――そのうち何名が生き残ったかは不透明であり、最悪の場合は全滅してしまった可能性すらあり得る。
そもそも、主力を当てて勝てなかった相手に対して、現状の戦力で抵抗をしたところで勝ち目はほとんどゼロに近い。それでも、自分としては最後まで抵抗を諦めるつもりはなかった。最初こそ父から逃げるようにして参加した戦いだったが、今は我が父ダン・ヒュペリオンの弔いのために抗戦を続ける意思はある。本体であるフレデリック・キーツがまだ存命であるのも理解しているが――それならなおのこと、キーツを利用している右京を倒す必要がある。
とはいえ、ヘイムダル襲撃で多くの仲間を失ったのは事実であり、体制を立て直すのも策を練るのも必要だ。その他にも戦力の増強は必要不可欠――理屈の上でそれは理解している。
しかし、チェン・ジュンダーがそのために取った行動は、果たして正解であったのだろうか? 時おり、この人のことが分からなくなる。冷酷非道なようで情に厚い一面を見せることもあるが、やはり勝つために手段は選ばないという節はある。
もちろん、そうすること自体は彼女達が望んだことでもあるらしいのだが――そのうちの片方とはコミュニケーションを取れる機会は少ないし、もう片方は意識を取り戻してからというもの、目に見えて意気消沈してほとんど会話も出来ていない状態だ。
現在は極地基地を完全に破棄し、隠していた潜水艇で黄金色に染まった海中を――とは言っても深海では色も見えないのだが――進んでいるところであり、狭い船内に自分を含めて四人が集まっている中で、自分は件《くだん》の少女を覗き見た。少女は右手で包帯の巻かれた右腕をさすりながら、どこか虚ろな目でスクリーンを眺めている。
スクリーンに映し出されているのは、この星に降臨した光の巨人と同様の存在だった。むしろ、あちらの方が巨大であるようにすら見える――チェン曰く、この星の人口と旧世界の人口は比べ物にならないこと、そして旧世界では多すぎるが故にコントロールできなかった反省を活かしたのが、この管理社会だったのだろうと推察していた。
また、旧世界においてDAPAが高次元存在の降臨に失敗したのは、母なる大地のモノリスを欠いて無理に計画を実行したことだろうと付け加えた。右京らが計画を実行する直前に、ホークウィンドと共にチェンは母なる大地のモノリスの奪取に成功したらしいのだが――。
「本来ならば、トリニティ・バーストを使ってやっとの相手だったのに関わらず……寡兵にて事にあたらざるを得なかったかつての四神は、最後のミッションでその戦力を分散せざるを得ませんでした。その結果、二人の仲間を失ってしまったのです」
聞き馴染みのある声を上げたのは、人形ではなく糸目の男だった。ほとんどの期間はコールドスリープされていたという事実があるとしても、実年齢にして一万歳以上になるはずなのに、異様に若い見た目をしている。レムリアの民で換算したら二十代、せいぜい三十代前半と形容するのが相応しいほどだ。
チェン・ジュンダーの本体を初めて見た瞬間、その見た目について驚きの言葉を口にしたところ、彼はクンフーだが気だかのおかげだとか答えた。しかしいい加減なことばかり言う人なので、何故異様に若く見えるのか正確な所は不明なままだった。
ともかく、スクリーンが切り替わると、今度は何枚かの写真が連続して映し出される。激戦があったのだろう、炎の燻る瓦礫の山や、残骸と化した第五世代型達――そして、朽ちたパワードスーツが写し出されて後、宇宙空間に浮かぶ青く巨大な星が周る映像がスクリーンに浮かび上がった。
金色の粒子がその星を覆っており、徐々に粒子が星を浸食するように広がっていき――最後には青く美しい星を覆いつくしてしまった。
「光の巨人の暴走により、古の世界が終わっていく中で……私はホークウィンドと共に仲間の回収へと向かいました。グロリアはゴードンに奪われてしまっていましたが、なんとか……リーゼロッテ・ハインラインに破れたエディ・べスターの遺体と、その遺品であるパワードスーツT2の回収は出来ました。
その後、旧時代のスペースシャトルを何とか起動し、月まで逃げて……私は友の遺体をその地に葬りました。そして、後は以前に話した通り……外宇宙へと消えていったDAPAを追うため、母なる大地のモノリスの力を活用しながらピークォド号を作成し、我々も宇宙へと乗り出したのです。
まぁ、貴女は既に、こんなことはご存じかもしれませんが……」
チェンはそこで言葉を切って、金髪の少女の方へと振り返った。少女は左腕をさすりながら、ただ虚ろな眼でスクリーンをじっと見つめて、男の質問に対し「いいえ」と短く返した。
「私が共有されたのは、彼女の意識が途絶えるまでの記憶ですから」
「おっと、そうでしたね……ともかく、T3やセブンスの消息が途絶え、アラン・スミスとホークウィンドの亡き今、DAPAに抵抗するためには貴女の……いいえ、貴女達の力が必要です。貴女達ならば、互いの力を十全に引き出すことができるでしょうから」
男が少女に向かって諭すように話していると、別の方向から「チェンさん」という声が上がった。声の主は、亜麻色の髪の女性であり――星右京に胸を貫かれたが、心臓は僅かに逸れていたようで、肺を焼きながらも何とか生き残ったところ、チェンの治癒によって生き残ったのだ。女は接合したばかりの義手をぎこちなく動かしながら、心配そうな表情を浮かべて少女と男とを交互に見た。
「彼女にあまり無理をさせないでください。もちろん、彼女たちが望んだこととは分かっていますが、一つの体に二つの魂が宿るというのは大変なことで……」
「いいえ、貴女とは大分事情が違いますよ、テレサ姫。彼女の精神は既に安定しています。彼女が培った擬似的な二重思考が、二つの人格を矛盾なく一つの器に宿ることを可能にしているのですから。それに……」
チェンは言葉を切ってテレサから視線を外して金髪の少女の方へと再び向き直り、薄目を開けて口元に妖しい笑みを浮かべた。
「同じように母に道具として使われ、同じ人を愛し、そして愛する人を同じ者に奪われた……同じ復讐の炎にその心を焦がす者同士、精神的な同調はこれ以上ないと言っても良い。そうでしょう、小夜啼鳥【ナイチンゲイル】?」
男の質問に対し、少女は肩をがくんと揺らした後、「えぇ」と相槌を打った。
「あの男を燃やし尽くすまで、絶対に消えないと誓った……ねぇ、ソフィア?」
少女はどこを見る訳でもなく、自分に言い聞かせるようにそう言った。そして再び肩を揺らしたかと思うと、自身の口から出たはずの言葉に対して「はい」と短く返事を返した。
「私は、アランさんを奪ったあの人を……絶対に許しません。その魂を凍てつかせ、永久に消滅させてやるまで……戦い続けると誓います」
冷たい声でそう言い放ったソフィア・オーウェルは、一方で瞳に力を取り戻し――焼けるような熱い視線で、金色の粒子により浸食され、海の青さを失った母なる大地を眺めていた。