B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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十二章:朽ちゆく世界で
未踏地への旅路


 狂気山脈に至るまでにはいくつかの関所を超えていく必要がある。社会秩序が崩壊した今でも行政や防衛拠点は最低限は機能しており、関所もその一つだ。

 

 もちろん、人間世界から狂気山脈へ向かって行く者などいない。ハインライン辺境伯領から山脈に向けて位置する関所は、元々散発的に暗黒大陸からレムリアを目指してくる魔族を討伐するための詰め所として機能しており、今は僻地から来る魔獣に対抗するためにボーゲンホルンが最小限の兵士を残している形だ。

 

 つまり、山々の麓までの道はある程度は整備されており、獣道を通らずに済むというだけの話なのだが――麓に近づくほど関所は荒廃しており、最後に通過した場所などもはや無人であり、壁や建物はほとんど崩落していた。

 

 最後の関所を超えてからは、整備されていない自然の中を突き進む必要がある――とはいえ、まったく道が無いという訳ではなかった。幸か不幸か、二年前まで人と魔族との戦争があったおかげで、魔族が拓いた獣道は存在する。もちろん、キチンと整備されたものでないので歩きにくい道であるのは間違いないのだが。

 

 しかし、あまりゆっくり進んでいる余裕もない。朽ちゆく世界では食料も貴重品であり、備蓄はそこまで多い訳ではない――黄金症にかかるのは人と魔族のみであり、植物や家畜にまで及ぶわけではないのだが、土地を耕すものも畜産をする者も減っているのだから食料生産は右肩下がり。ただでさえ食料難という問題を抱えている中で、持ち込める食料はそう多くない。

 

 その上、狂気山脈の詳細な地図なども存在しないため、かなり道に迷うことも想定される。そうなれば、移動は迅速にする必要がある。食料に余裕は無いと言っても、既に高所では雪も降り始めている場所を超えていくとなれば、登山道具や防寒具など荷物は相応に多くなる。そのため力のある者が同行してくれれば助かると思っていた訳だし、自分も持とうと思っていたのだが――。

 

「……ねぇ、私も荷物を持つわよ?」

「いえいえ! これくらい軽い物なので、私にお任せください!」

 

 野営用の道具一式を軽々と背負いこちらの歩調に完全に合わせて隣を歩く少女は、息切れ一つも起こさないで、屈託のない笑顔でこちらを見て笑った。筋骨隆々な大人ですら背負うことが出来なさそうな大剣を背負ったその上に、山越えの荷物を全て持っているのだ。この少女には力持ちなどという雑な一言で片づけられない何かがあるのは間違いない。

 

 その証拠に――。

 

「……ジャンヌさん、気をつけてください。大きいのが来ています!」

 

 少女は巨大なリュックと背の間に挟まっている大剣を器用に引き抜き、荷物を降ろさないまま巨大な鉄塊を正面に構えた。その刀身には、淡い紫色の光が走り――獣道の奥から凄まじい速度で走ってきた四足歩行の魔獣を、少女はいとも簡単に正面から一刀両断にしたのだった。

 

 ここに至るまでも、何度か魔獣に襲われ、その度にセブンスが――ナナコと言う名は少々間が抜けているのでこちらで呼ぶことにした――撃退していた。

 

 魔獣を一撃で倒せる腕前という噂には嘘偽りは無かったとも言えるのだが、彼女の持つ剣に関しては自分は類似する品を知っている。魔術杖のような機械仕掛けの機構剣、巨大な鉄塊から走る光の刃は、勇者の持つ聖剣レヴァンテインに酷似していると言えるだろう。彼女を剣の勇者と称した者は、恐らく彼女の持つ剣を見た上でそのように感じたに違いない。

 

 もちろん、ここに至るまでの間に、剣については質問をしている。曰く、セブンス自身もよく分かっていないらしいのだが――ちょっとした傷はいつの間にか消えているとか、ある程度のエネルギーは自動で補填されるため、レーザーブレードとしての活用は可能だが、高エネルギーの放出は無理とのこと。自分としてはその辺りの話はピンと来なかったが、その剣の制作者をして、自分たちに共通点があると気付いたのだ。

 

「ジャンヌさんもゲンブさんのことを知ってるんですか!?」

 

 ゲンブという意外な共通点から、自分たちは情報共有を始めた。自分は七柱に抵抗するために魔王軍に参加し、その時に彼と知り合ったことを話し、セブンスは自身と持つ剣をゲンブに作ってもらったこと、そして実際に第八代勇者ナナセのクローンであることを――クローンというのは知らなかったが、要は複製のようなものか――明かされた。

 

 自分の方はどの程度セブンスを信用していいのか分からなかったので言葉を選びつつ慎重に話したのだが、彼女の方はと言えば開けっ広げな感じで色々と話してくれた。誰にでもそんなに気やすく話すのかと聞いた所、そこは彼女も話す相手は選んでいるとは言っていたが、ここまで表裏のない感じだとそれもどこまで本当かは怪しい。

 

 そして自分が解脱症に掛かり意識を失っている間に、彼女はアラン・スミスと合流し、七柱と戦っていたことも聞かされた。その情報の中には、実際に高次元存在の庭でアラン・スミスに聞かされた情報と一致する点はあり――そもそも彼女の性格からして嘘を言うタイプでないのだろうが――彼女の言っていることはおおよそ信用に足るというという風には思えた。

 

 セブンスは光の巨人が現れた後、ヘイムダルで散り散りになった仲間を探して旅をしていたらしい。レヴァルに人々が集っているという噂を彼女も聞きつけ、そこになら仲間たちが居るのではないかと思って狂気山脈を超えようとしていたのだ。

 

 恐らく、魔獣すら物ともしないこの小さな勇者をゲンブの側も探しているはずだ。彼女と共に行動していれば、自然とゲンブと合流できるように思う。それならば――自分が不思議な空間でアラン・スミスの霊に会ったことを話しておいてもいいだろう。仮に自分が合流できなくとも、セブンスだけでもゲンブに合流できれば、彼をあの空間から救い出すことができるかもしれないのだから。

 

 そう思い、野営がてらにアラン・スミスの件を伝えることにした。既にセブンスはここに至るまでに荷物を持ちながら何体も魔獣と戦っているが、全く疲れた様子はない――それどころか元気が余っている様子で、こちらの話に真剣に耳を傾けてくれたのだった。

 

「そうですか、アランさんが……」

「……信じるの?」

 

 自分で話しておいて何だが、なかなか荒唐無稽な話を口にしたとも思う。光の巨人が現れた世界において、死後の世界を見てきたというのはまだ少しは説得力があるとも思うが、その中で共通の知り合いに会って我を取り戻し、現世に戻ってきたなどと言っても、聞かされる側としてはなかなかに突飛に感じるに違いない。

 

 もちろん、こちら側としても嘘をつくメリットもないのだが――ここに至るまで、わざわざ自分が体験してきたことを生き残っている人々に話してきたことは無かった。話したところでメリットがあるとも思わなかったのが一番だが、信じてもらえるとも思わなかったというのも大きい。

 

 一般的な感性をしていれば、こちらの言うことを怪しんでもおかしくないのだが――セブンスは一切こちらを疑うことも無く、ただ真剣な表情で大きく頷いてくれた。

 

「はい、信じます! ジャンヌさんの眼に、嘘はありませんから!」

「ふぅ……眼を見たら分かるって、そんなことある?」

「そうですねぇ、根拠としては弱いかもしれないですけど……でも、私の勘、結構当たるんですよ? それに、何となくですが……死後の世界というか、魂の還る場所というか、そう言う場所は確かにあるっていう確信があるんです」

 

 セブンスはそう言いながらゆっくりと瞼を閉じた。彼女もアラン・スミスと同様に記憶喪失であるため、何か思い出そうとしているのかもしれないが――しかし何もつかめなかったのだろう、苦笑いを浮かべながら眼を開けてからコップをあおった。

 

「しかし、ジャンヌさんが黄金症を脱したというのも、実は結構重大なことじゃないですか? もしかしたら、他の皆さんも戻ってこれるわけかもしれない訳ですし」

「えぇ、そうね……私も同じようなことを考えたわ。でも、こちらからもあちらかも何か干渉ができるわけじゃないから、具体的に何が出来るかとかは分からないけれど……」

「同じようなことを考えたってことは、ジャンヌさんも皆さんに帰ってきてほしいんですね!?」

 

 セブンスは大きな目をくりくりさせながら身を乗り出してきた。

 

「……そんなことはないわ。私は魔族に与して七柱の創造神たちを倒そうと思っていた……レムリアの民たちがどうなろうと、知ったことじゃない」

 

 心すら管理する七柱に対して自分の心を守るためという動機も確かにあったのだが、自分が魔王軍に合流した動機は別の所にある。尊敬する祖父の影響で異端として迫害されたという、人々に対する怒りがそもそもの衝動なのだ。

 

 祖父がティグリス信仰に傾倒したのは、どちらかと言えば七柱の創造神への信仰の裏返しでもある。聡い祖父は世界の虚構に気付いており、そのシステムを創り上げた神々に対する不信感を反対勢力に傾倒することで打開しようとしていたのだ。

 

 結局、彼は九代目勇者に――セブンスから勇者シンイチの正体は創造神の一柱だったと聞かされた――倒されてしまったのは皮肉なことであり、やはり自分も数奇な運命の元にいるのだと改めて思わされる。祖父は世界の虚構を創り上げた本人によって粛清されてしまった訳だから。

 

 しかし、悪いのは七柱の創造神であるというのは間違いないといって、偽りの神々によって扇動されていた無知な民草の罪が消えるわけではない。自分の怒りの矛先は、自分と家族を迫害した全ての者に向けられているのだ。

 

 そう言う意味では、この世界が終わろうと、黄金症に罹っている人々がどうなろうと知ったことではない。そもそも、自分は人間世界の最前線たるレヴァルを崩壊させようと目論んでいたのだから。

 

 まぁ、結局は自分も黄金症に一度は罹ったのであり、そう言った意味では嫌悪していた他のレムリアの民たちとそう変わりないのだが――そんな風に自嘲的な施行に耽っていると、セブンスが身を乗り出して下からこちらを見上げてきた。

 

「あの、私のような若輩者が分かった口を聞くのも失礼だと思いますが……アランさんとの約束を果たそうと頑張ってくれているジャンヌさんのこと、私は温かい人だと思ってますよ」

「それは貴女の勘違いだわ。私は、七柱の創造神に対抗するためにゲンブと合流しようと思っているだけ……アラン・スミスのことはついでよ。それに、私は人間世界を一度滅ぼそうと考えていたのよ?」

「でも、今もそんな風に思っているわけじゃないですよね?」

「もう大体滅んでいるようなものだからね。わざわざ私がどうこうする必要も無い」

「でもでも、黄金症の治し方について考えてくれてたんですよね?」

「ふぅ……無駄話をしていないで、そろそろ出発しましょう?」

 

 今回の会話を切り出したのはこちらなのだが、これ以上うだうだと聞かれるのは面倒だ。確かに彼女の言うように、もはや人類に対して滅びろなどと思っているわけでもないが、積極的に救いたいとも思っているわけでもない。ただ、自分が戻ってこれたのなら、他の者も戻って来られるのではないかという可能性を考えていただけだ。

 

 それくらいの感情に対して、あまり過大な期待を寄せられても困る。良い人だ何だと言われたくもない――純粋そうな彼女のことだ、きっと必要以上にこちらを誉めそやす腹積もりでいるに違いないのだから。

 

 慌てるセブンスを無視して立ち上がり、手ごろな荷物を持ち上げて山の斜面を登りだす。まだ最初の山の中腹と言ったところで、道のりも長い――日も高いうちに出来る限り進んでおきたい、そう思いながら歩みを進めると、すぐに少女も横に並んだ。

 

「あの、私って無神経で、色んな人から煙たがられてたんです」

「そうでしょうね」

「でも、やっぱりジャンヌさんは良い人だと思います! 気を使って荷物を持ってくれたんですよね?」

「貴女にへばられたら困るから持っているだけよ」

「ふふ、そういうことにしておきますね!」

 

 そう屈託なく笑うセブンスの顔を見ていると、全く調子も狂う――ともかくこんな調子で調子を狂わされながらも、無神経なお人よしとレムリアの民が未踏の連峰への道を突き進み続けるのだった。

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