B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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古代人の集落

 狂気山脈は東西に広い連峰だ。正確には北西から南東へ抜ける山脈であり、横断する難易度は想像を絶するが、縦断するには物理的な距離はそこまで長くない。

 

 それでもこの山脈が前人未到であったのには複数の理由がある。一つはレムリアの民の敵対勢力が跋扈する場所であるから――戦時中はもちろん、戦間期であっても一部の魔族がこの場で生活をしている他、魔獣も多く生息している。とくに道の整備されていない山間部においては大規模な討伐部隊を派遣するのも難しい故、敵対勢力と戦いながら山を切り拓くのが難しかったのだ。

 

 次点に、単純に高低差や傾斜など、開拓するには物理的に厳しい環境であったというのもある。その最高地点は一万メートルに達するとされるほどの巨大な山々は、強靭な肉体を持つ魔族ならいざしらず、レムリアの民ではこの過酷な環境を踏破するのが難しい。

 

 しかし開拓が断念された最大の要因は、この山脈の特殊な磁場により、方向感覚を失ってしまうということだろう。試しにコンパスを出してみるが、針がグルグルと周っており、一定の方角を示してくれない――人も同様であり、とくに日の刺さない森林では方向感覚を失い、同じところをぐるぐると周ってしまうようであり、こんな状態では地図を作ることだって不可能だ。

 

 陸路で抜けるのならば山脈北西の海沿いを踏破すればいいとも考えられるが、そちらも海から切り立った断崖絶壁が多く、人が歩いていくには厳しい。そもそも山を越えなくても海路によって暗黒大陸へ行くことが可能な点も、この大連峰が長きに渡って手つかずだった理由に拍車をかけているだろう。

 

 そういった状況下で自分たちにできることは、魔族がこの山々を超えられるという事実の基に、彼らが辿った道を追跡することで、この山々を超えていくこと――わざわざ最高峰を踏破する必要など無いが、いくつもの峠を超えていかないといけないのも確かであり、この先まだどれだけ時間が掛かるかも不透明だ。

 

 辺りには薄くではあるが雪も積もっており、気温もかなり下がってきている。その上、針葉樹林帯を突っ切っている現在、落日の日からずっと続く曇天で日の方角も分からず、すでに方向感覚も失いつつある。元々は魔族が切り拓いた獣道を進むつもりだったのだが、雪のせいで痕跡も分からなくなっており、それを追跡するのも難しくなっていた。

 

 そうなると、自分はどちらへ進めばいいのか皆目見当もつかないのだが――セブンスはなんだか自信満々に深い森林の先を指さしている。

 

「こっちが良いと思います!」

「……ホントに? 根拠は?」

「その、根拠はないんですが……私、方向感覚と勘は良いんです!」

 

 下手に嘘をつかない点は彼女の美徳なのだろうが、如何せん勘が良いというだけで信じていい物だろうか。とはいえ、結局自分が行く方向を決めるかセブンスが決めるかの二択であるわけだし、彼女の敵を察知する能力は並外れたものではない。お世辞にもおつむが優れているとは言い難いが、勘が鋭いということ自体に間違いは無いように思う。

 

 それならばと、彼女が指さしている方向に進むことにした。より鬱蒼とした深い森の中を歩くはめにはなるのだが、下手に崖や沢に当たるよりはマシであるし、実際に彼女の指し示す道にはそう言った危険性は無かった。

 

 もちろん、安全という訳でもないのだが――舗装されていない道を踏破するだけでも大変だし、散発的な魔獣の襲撃もある。群れを為す比較的小型の魔獣相手の場合には、自分も戦列に加わって撃退に努めた。

 

 そんな調子で山へ入って四日ほど経つが、暗黒大陸へと近づいている感覚はなんとなくだがあった。たまに見晴らしの良い所に立った時の風景を見る感じで言えば、現在は丁度縦断するための中間地点と言ったところだろうか――北へ直進出来ているわけでなく、歩けるところを探しながら蛇行しつつ進んでいるので、まだまだ山脈を抜けるのには時間もかかりそうだ。

 

 逆を言えば、わずか二人で前人未到の山脈を超えられるというのも凄いことだが――ひとつ厄介なことがあった。それは、人懐っこいセブンスが何かと会話をしたがる点だ。こちらから声を掛けないと、自然と向こうからの質問が多くなる。あまり自分のことを話したいわけではないので、質問されるのは避けたい。なれば――。

 

「……私のことですか? でも、私がクローンであることとかは話しましたし、一年以上前の記憶が無いので、そんなに話すことも……」

「逆を言えば、ここ一年の記憶はある訳でしょう? 仲間を探してレムリア大陸を彷徨っていたっていのは聞いているけれど、もう少し具体的に何をしていたか聞いてみたいの」

 

 実際あまり興味がある訳でもないのだが、「聞いてみたい」と言えば断りにくいだろう。セブンスも「私のことに興味を持ってくれて恐縮です!」と言いながらも、ここ一年間のことをぽつりぽつりと話し出した。

 

 彼女が行く先々で体験した一つ一つのエピソードは、以下のいずれかに分類された。魔獣や天使の――第五世代型アンドロイドと言うらしい――襲撃に困っている人々を助けるというのは大体一緒だが、素直に感謝される場合、残って欲しいと依頼を受ける場合、強大な力を持つ彼女に対して怯えてしまう場合、以上の三つだ。

 

 折角助けた相手から恐れられるなどと言うのも不憫だとも思うが、少女は少し寂しそうな顔をするだけであまり気にしている様子でもなかった。こんな世の中なので、人々の心が荒《すさ》んでいるだけだと――お人よしにもほどがあるとも思うが、その無欲で献身的な精神は、ある意味では勇者ナナセの現身だからこそというのもあるのかもしれない。

 

 話は大体似た結末に収束するので、こちらとしては――自分から聞いておいてなんだが――相手の話に聞き飽きてきていた。しかし、セブンスは一つ一つのエピソードをゆっくりとかみしめるように話すので、無下にするのも違うかと思って耳を傾けていると、段々と話題はゲンブ一派の話へと移っていった。

 

「……生きていると思うの?」

 

 落日時の状況は聞かされている。曰く、仲間たちとは空中要塞で散り散りになったのだと。ゲンブのみは本体を別に隠しているということで生存している可能性が高いとは言えそうだが、他のメンバーに関しては生きている可能性などほとんど無いだろう。

 

 別に彼女の気分を削ぎたいわけでなく、単純に疑問に思っての質問だったのだが、少女の方は一切迷いのない瞳で頷いた。

 

「はい。はぐれてしまった人たちは、みんな生きてるって信じています」

「でも、敵のはびこる空中要塞に居たのよね? それこそ、貴女みたいに脱出装置を使えたのなら可能性はあるでしょうけれど……」

「使えたんじゃなくて、無理やり脱出させられたんです! 気絶させられて、気が付いたら脱出装置の中にいたんですから……」

 

 セブンスはそう言いながら可愛らしく唇を尖らせ、珍しく不機嫌になっているようだった。どうやら無理やり脱出させられたのが相当に不服だったようだが――急に少女の雰囲気が変わり、森林の奥の一点を見つめて剣を抜き出した。魔獣がこちらに向かって接近しているということなのだろう、自分も少女が剣を向ける先を見ると、どうやら熊のような個体が三体ほどこちらを目指してきているようだった。

 

「私も援護に周るわ!」

「お願いします!」

 

 セブンスに補助魔法を掛けながら、自分は襲い掛かってくる一体の方へと向けて右手を差し出す。魔獣の強力な腕力であっても、大司教レベルの結界ならば受け止めることは十二分に可能だ。

 

 とはいえ、接近戦を仕掛けるとなれば分は良くない。自分はアガタやクラウディアほど体術に秀でているわけではないので――逆を言えば彼女たちならこの程度の相手なら一人で殲滅できるだろうが――自分はセブンスが残りの二体を倒すまで時間稼ぎに徹することにする。

 

 そして、その時間稼ぎもそこまでの労力にはならない。魔獣の攻撃を数発弾き返した数秒の間に、セブンスは二体の魔獣を倒してしまったのだから。事態を察した最後の一体はこちらから距離を取り、剣を構えて恐ろしい闘気を出している少女の方を見ている。味方である自分ですら圧倒されるのだから、敵対者である魔獣の感じているプレッシャーは恐ろしいほどのものだろう。

 

 その証拠に、魔獣はすくんで動けなくなってしまったようだ。セブンスはわざわざその隙を突くようなことはせず、ただ剣を構えて凛とした表情で魔獣を見つめていた。

 

「襲って来ないというのなら、命までは取りません……去りなさい」

 

 言葉が通じる相手ではないが、本能的に察したのだろう、最後に残った魔獣はこちらに背を向けて走り出し、一目散に木々の奥へと消えていった。

 

「……甘いのね」

「できれば、私も無為に命を奪う真似はしたくありませんから……おぉ?」

 

 剣を戻した瞬間、セブンスは少し足をふらつかせた。もしかすると、雪で隠れたぬかるみなどに足を取られたのかもしれない――そんな風に思っていると急に雪煙が立ち、少女の姿が忽然と消えてしまった。急いでセブンスが立っていた場所まで移動すると、ぬかるみどころか巨大な穴が空いていた。急いで空いた穴まで駆け寄り中を覗き見るのだが、かなりの深さがあるらしくセブンスの姿は見えなかった。

 

「ちょっと、貴女大丈夫!?」

「怪我はありません! すいません、敵の気配が無くなって気が緩んでいたみたいで……」

「言い訳はしなくて大丈夫よ。それより、登ってこれそう!?」

「えぇっと、ちょっと厳しそうです!」

 

 垂直な穴なのだから、登るのが難しいのは当然だろう。本来ならロープでも降ろしてやるのが一番なのだが、如何せんセブンスが荷物ごと落ちてしまったので手元に縄などはない。

 

 それならば、自分が降りて結界を利用してで跳ねて戻ってくるのが良さそうか。深い穴でこそあるようだが、声の聞こえる位置的には戻ってくることも可能だろう。

 

「私がそっちに降りるから、貴女はどいていて! というか、避けられるだけのスペースはありそう!?」

「はい! それは問題ないです! ここ、結構広いみたいで……それだけじゃなくて、地下のわりに明るいような……」

 

 セブンスの声が徐々に小さくなったのは、地下を歩き回っているせいだろう。ひとまずどいてくれたのなら、降りて衝突と言うこともなさそうだ。そう思って穴の中へと跳び、敷かれている雪のクッションで衝撃を吸収しながら着地する。そして辺りを見回すと――確かにセブンスの言うように、そこは比較的広い空間であり、内部は微妙に明るかった。

 

 何故明るいのか、その原因を探るべく僅かに発光している部分を注視すると、どうやら壁や天井が青白く輝いているらしい。それも宝石だとか発光性の植物だとかの自然物ではなく、どうやら人工物であるようだった。

 

「ここは……何なのかしらね?」

「ジャンヌさん、気をつけてください。ここはもしかしたら、七柱の創造神たちが作った施設かもしれません」

 

 声のしたほうを見ると、少し離れたところでセブンスが険しい顔をしながら壁を触っていた。

 

「どういうこと?」

「ここは、レムリア民や魔族が作るような空間ではなく、進んだ科学力で作られている場所みたいです。そうなると、第五世代型アンドロイドたちが配備されているかも……」

 

 確か、第五世代型アンドロイドはレムリアの各所に封印されていたとか。もしかすると、ここもその一拠点の可能性があるということだろうか。とはいえ、尖兵を隠しておく場所にしては、ここは立地が悪すぎるようにも思う。一般的なレムリアの民や魔族たちの目に触れない場所としてはうってつけなのだろうが、有事の際に天使たちを動員することを考えれば、もう少し拓けた場所の方が適当であるのではないか。

 

 自分がそんな風に疑問に思っていると、セブンスも「うぅん」と呟きながら首を横に振った。

 

「なんだかここはピークォド号や極地基地、ヘイムダルの中とも違う感じがしますね。ジャンヌさん、寄り道しても良いでしょうか? 奥に続いているみたいですし、少しだけ中を確認してみたいんです」

「えぇ、構わないわ。私もここがどこなのか気になるし……」

 

 二人で頷き合い、セブンスが先導する形で奥へと進み始める。よくよく周囲を観察すると、ここは何かの通路のようにも感じられる――ある一定の幅で切り出された四角い空間がどこまでも続いているのだから。

 

 しかし、通路と言うには自分たちの規格と比較するとやや小さいようにも思う。床から天井までは二メートルもなく、幅に関しては自分とセブンスが並べばほとんど隙間が無くなる。人と同じ大きさで作られている第五世代型アンドロイドが通る道としては狭すぎるし、やはりここが七柱に作られた施設というのは違和感がある。

 

 同時に、ここはセブンスの言うように、進んだ科学力で作られていることは間違いない。自然の浸食が作った通路と言うには、あまりにも整然としすぎている。人の手が加わらなければこのような通路は作られないだろう。

 

 とくに分岐もなく、ただひたすらに直進を続ける――しばらく歩き続けると、ようやっと通路の終着点へと辿り着いたようであり、先を進むセブンスの脚が止まった。その隣に並び立つと、広大な地下空間が広がっているのが視界に入ってくる。その様子を一言で形容するのなら――。

 

「……街、かしら?」

 

 こう例えるのがもっとも適切な様に思われた。自分たちが歩いてきた道はそこで完全に途絶えており、結構な高さから下を見下ろす形になっているのだが、巨大な地下空間には建物のようなものや道路のようなものが点在しているのだ。

 

 街とは言っても、そこに生き物の生息する気配は一切ない。人どころか魔獣ですら、この空間には一切いないようであり、遥かの過去に打ち捨てられた街の残骸、というのが正しいように思われた。

 

 また、自分たちが通ってきた場所と違って、地下の街はかなり傷んでいるようだ。恐らく天井からの浸水や、地殻の変動によって、長い時間を掛けてゆっくりと削られてきたのだろう――それでも恐らく街だったのだろうと分かるのは、それだけ進んだ技術でこの街は作られたのであり、かなりの強固に作られた人工の空間であるという証拠でもある。

 

「……もしかしたら、この星の原住民が住んでいた街なのかもしれませんね」

 

 自分が薄明るい地下空間に眼を奪われていると、同じく自分と同じように下を見つめるセブンスがそう呟いた。

 

「この星の原住民?」

「えぇっと、私は頭が良くないので、なんとなーくゲンブさんがそんな話をしていたってだけなのですが……この星には七柱の創造神たちが来る遥か以前に、知的生命体が居たらしいんです。

 その人たちは、すっごい進化して、技術を発展させて、恐らくこの星を捨てて宇宙に飛び立ったんじゃないかって言われてたと思うんですが……」

「成程……それで、どうする? 少し探索してみる?」

「そうですね、気になると言えば気になりますが……」

 

 セブンスはしゃがみ込んで、近くの様子を確認し始める。そしてしばらく周囲を観察した後、立ち上がって小さく首を横に振った。

 

「今は止めておきましょう。もしかすれば、山脈を一気に超えられるような近道もあるかなぁなんて思いましたが、辺りに足場になるような場所もありませんし、ここまで戻ってくるのも難しそうです」

「賛成ね。私たちは遺跡の発掘調査に来たわけではないのだから」

 

 仮に下へ降りたとしても、自分やセブンスの知識量では遺物の分析も出来るはずもない。それこそ、ゲンブでも連れて来れば話は違うかもしれないが――ひとまず狂気山脈に古代人のモノと思われる遺跡があったということを彼に報告するだけでもいいだろう。もちろん、それもゲンブと再会できたらという話ではあるのだが。

 

「でも、今日はここで一泊しましょうか。もう日も落ち始めていたし、風が無いから外よりも温かいし……何よりも魔獣が来ることも無さそうだしね」

「賛成です! それじゃあ、今日の晩御飯は私が……」

「いえ、貴女は魔獣の相手で疲れているだろうから、調理は私がするわ」

 

 眼をキラキラとさせながら荷物を降ろしてリュックの蓋を外し始めるセブンスに対し、自分は彼女の手を素早く返答して止めた。ここに来るまでに、一度彼女の生成する暗黒物体は確認済みだ――曰く、自分でも下手という認識はあるらしいのだが、何故だか次こそは上手くいくと思っているらしく、事あるごとに「次はやらせてくれ」と打診されるのだ。しかし、善意百パーセントで創造される劇物という、ある意味では魔獣よりも脅威度の高い物体を生成させることは避けなければならない。

 

 ともかく、山脈縦断と言う過酷な環境の中でゆっくり出来るのだから、今日はしっかりと眠って体力を回復させるべきだろう。

 

「……ちなみにジャンヌさん、幽霊とか大丈夫です?」

 

 食事が終わって一息ついていると、セブンスが悪戯気な表情を浮かべながら、両手をだらんと垂らしながら幽霊のポーズを取っていた。おそらく、古代人の廃墟という場所故に幽霊などと言うのを安直に思い浮かべたのだろうが――こちらは死後の世界を見てきたうえ、動く屍を統括するネクロマンサーでもあるのだから、幽霊など怖くもなんともない。しかしそれを説明するのも面倒くさいので、少女に背を向けてさっさと眠ることにしたのだった。

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