B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
レヴァルへと辿り着いた時にはすっかりと日は暮れてしまっていた。かつては魔族の襲撃から内部を守るために建てられた堅牢な壁は所々崩落してしまっている。元々は自分がレヴァル襲撃を画策して破壊された部分もあるはずだが、迅速な修理が行われたはずであり、現在壁が落ちているのは最近の襲撃によってのものだろう。
とはいえ堀は顕在であり、城塞の中に入るためには正門から入るのが常道だろう。その気になれば堀を飛び越えることも不可能ではないが、そこまで下品な真似をすることもない。そもそも堀と塀を飛び越えているところを見られでもしたら後々面倒なことになるはずだ。
しかし、正面から入るにしても一つ課題はある。というより、どこから入っても問題はあるのだが――。
「……果たして、歓迎されるかしらね?」
自分は一年前のレヴァル襲撃の主犯であり、ここに駐在する軍隊や町民たちは自分のことを覚えているだろう。そうなれば、歓迎されないのはもちろんのこと、最悪の場合は晒し首にでもされてもおかしくはない。
ここを目指すと決めた時から頭の片隅にはあったのだが、結局あまり有効な打開策は思い浮かばないままここまで来てしまった。一応、以前と服装や髪型も違うし、何よりも世間の状況が一変しているのだから、バレたとしても問題ないのではないかと楽観的に考えていた部分はある。
しかし、正門の前で周囲を警戒している衛兵を見ると――松明の下に居るのでこちらからは視認できるが、暗がりにいるこちらのことはまだ気付いていないようだ――こちらの身元の確認はしっかりとされそうだし、今更ながらに問題が起きるのではと急に不安になってきてしまったのだった。
「ジャンヌさん、何かマズいことでもあるんですか?」
「そうね……端的に話すと、私はこの街を一度滅ぼそうとしたのよね」
「えぇ!? どうしてそんなことをしたんです!?」
セブンスの驚きの声があまりにも大きかったため、口元に人差し指を立てて静かにするようジェスチャーを取ってから事情を伝える。ここに来るまでに魔族に与していたことは話したが、レヴァル崩壊計画については説明していなかったので、端的にその事情を説明することにする。
「うぅん、事情は分かりました……でも、どうしましょう。多分、どっちかって言えば私も怪しい者ですよね?」
「その辺りの自覚はあるのね……まぁ、幸いにも夜だから、堀を超えて適当に崩れている壁から中に入るって手もあるけれど」
「でも、中で誰かに見られたら通報されちゃうかもしれないですよね? それなら、誠心誠意謝って、正門から入れてもらうのが良い気もします」
「……貴女は魔族に与した私のことを気にしないのかしら?」
「はい! 私は魔族さんにも事情があるのは理解していますし、ジャンヌさんにも色々とあったんだと思います。もちろん、ジャンヌさんがやったことを許さないって人も居ると思いますけど……今は改心して、世界のために戦おうとしてくれてるんですから!」
「別に改心したつもりはないけれどね。私はずっと、自分の味方なだけよ」
「ふふ、ジャンヌさんは口はちょっと良くないですけど、心根は優しいって知ってるんですから! ともかく、行きましょう? 何かあったら、私も一緒にごめんなさいをしますから!」
そう言いながら、セブンスはゆっくりと城壁の正門の方へと歩き出した。仮に自分を知っているものが居るのなら、国家転覆どころか人間世界を終わらせることを企てたのであり、謝って済む問題でもないと思うのだが――とはいえ並の衛兵が相手なら、何かあったら一旦退いて方策を考えればいいか。そう思って少女の後をついていくことにする。
正門に近づくと、衛兵たちは自分たちの姿を視認したようであり、桟橋の向こうから近づくセブンスの前で持っている銃を――レムリア側ではほとんど流通していないが、あれは鋼鉄の機械兵が持っているのと同じ規格の物だ――構えた。
「待て! お前ら、何者だ!?」
「その、私たちは、えぇっと……冒険者です!」
「冒険者だと? 今の時代に冒険者などいる訳がない。怪しいな……何か身分を証明できるものはあるか?」
怪しいという割にすぐに攻撃してこなかったのは、セブンスの纏う人畜無害でお人好しな雰囲気のおかげだろう。冷静に見るとその身に合わない大荷物を背負っており、怪しいどころか人間であることを疑うレベルなのだが――対するセブンスの方は小さく両手を上げたまま、二人の衛兵を代わる代わる見つめたようだ。
「あの、身分を証明できるものは無いのですが……私たち、この街に神々に対抗するための戦力が集まっていると聞いて来たんです。それで、その、もしかしたら中にゲンブという人か、アシモフさんって方が居るんじゃないでしょうか?」
二人の衛兵は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「……そんな者の名は聞いたことが無いぞ。やはり怪しい奴だな」
「あのあの! それじゃあ、誰がこの街を取り仕切っていらっしゃるんでしょうか?」
「中を取り仕切っているのは……いや、怪しい者に情報を与えるわけにはいかんな。ともかく、君のように小さな女の子には悪いが、武器をこちらに渡してこちらへ……」
「……おい、後ろの女、ジャンヌ・ロピタじゃないか!?」
衛兵のうち、片方が後ろにいる自分のことに気付いたようだ。やはり、多少髪型が変わった程度ではバレて当たり前か――しかも、声を荒げた方はかなり険しい表情でこちらを見ている。元々セブンスの方に向けていた銃をこちらへ向け、あわや一触即発という雰囲気に場が包まれた時、正門の後ろの方から「お待ちなさい!」という声が聞こえてきた。
その声には聞き覚えがある。因縁の地で、因縁の相手が現れたということだろう。二人の男の背後から現れたのは薄紫色の髪の細身の少女であり、衛兵たちはこちらへ武器を向けたまま、うろたえたように現れた少女の方を見た。
「これは、アガタ様……見回りですか?」
「えぇ、そんなところです。それよりも銃を下ろして、その二人を通してあげてください」
「で、ですが、ジャンヌ・ロピタを通すわけには……」
「仮に彼女が再びレヴァルを陥落させるためにここに来たというのなら、正面から来るわけがありませんわ。今の世にレムリアの民も魔族もないですし……何より、彼女は元々、邪悪な神々と戦うために魔族に与していたのです。
そういう意味では、彼女と我々の敵は同じ……そんな彼女がわざわざここに訪れたというのなら、恐らく共に戦うためにここに来てくれたと考えてよいでしょう。
それに、彼女には色々聞いてみたいことがあります。もし彼女がこの後に何かしでかしたとしたら、ここを通した私に責任にして構いません」
「……アナタがそこまで言うのでしたら」
アガタ・ペトラルカの説得のおかげか、男たちは武器を下ろしてそれぞれの配置へと戻った。アガタの手招きに合わせて桟橋を通って行くと、自分の正体に勘づいた方が耳打ちするように低い声を上げた。
「……オレはお前のせいで家族を失ったんだ」
それではこちらのことを歓迎できないというのも頷ける。もちろん、こういったことがおこることだって予想していたし、殺されてもおかしくないほどのことをしたという自覚はある――あの時は自分も必死であったし、間違えた選択をしたとも思ってはいないが、同時に罪の意識がまったく無いと言えるほど薄情でもないつもりだ。
とはいえ謝って済む問題ではないのも確かであり、彼の気を晴らすには彼に討たれる以外はあり得ないだろう。同時に、こちらもまだ死ぬわけにはいかない――ならば、下手な謝罪をして刺激するよりは、何も言わずに去る方が良い。
そんな風に考えている間に正門を抜け、先導していたアガタが振り返った。
「……礼は言わないわよ」
「えぇ、構いませんわ。別に、貴女に恩を売りたくて通した訳ではありませんもの」
そう言いながら、アガタは後ろ髪を払ってすました顔でこちらを見ている。彼女には鉄棒で吹き飛ばされた借りもあるのだが――救われた手前で事を荒げるのもきまりが悪いし、何よりセブンスが元気よく跳ねながらアガタの方に近づいていくので、これ以上悪態をつくタイミングを逃してしまった。
「アガタさん! お久しぶりです!」
「えぇ、ナナコさん、ごきげんよう……相変わらず元気なようで何よりですわ」
「それで、えぇっと……」
セブンスの方に柔らかい笑顔を向けた後、アガタ・ペトラルカは再び振り返り、大路の中心で辺りを見回した。一年前に自分が反乱を企てた時以上に街は朽ちており――ここで激しい戦闘が何度も行われたことは想像に難くなかった。
「現在レヴァルを取り仕切っているのはファラ・アシモフとマリオン・オーウェルの二人です。ただ、レムリアの民たちには通りが良いように、アシモフはレアと名乗っていますから……」
「なるほど、それでそんな奴は知らないって言われちゃったんですね」
「えぇ。他に、アシモフと共に脱出したイスラーフィールの他には……まぁ、実際に会った方が早いでしょうね」
そう言いながら、アガタ・ペトラルカは左の建物の方へと向かって歩き出した。そこは、かつて冒険者ギルドと酒場、宿屋が併設されていた複合施設である。少女の背を追いスウィングドアを抜けて行くと、中の様子は以前と同じような、同時に全く違うような様相であった。
建物の内部構造自体にはそこまで変わりはない。破壊された壁を間に合わせの板で補修していたり、上層が半壊していたりすることを除けばだが。どちらかと言えば、内部にいる人々の様子が変わっているというのが正確だろう。以前と同じように冒険者風の傭兵たちがひしめいてはいるものの、以前のような活気は無く、誰もかれもがどこか疲弊しているようであった。
アガタが二階の一室を手配し、自分とセブンスはそこで待っているように言いつけられ――通された部屋は物置であったが、顔の知られている自分が周囲に見つからないように気を使ってくれたのだろう、埃臭いが他に人が居ない点は有難かった。
寝床を確保するために物を動かし埃を掃いていると、扉がノックされる。セブンスが「どうぞ!」と元気な声を上げると扉が開かれた。そこにはアガタ・ペトラルカと、その隣に緑の長い髪の少女が立っており――彼女も自分としては因縁の相手であるのだが――セブンスを見つけるなり柔らかな笑顔を浮かべた。
「ナナコ! 良かった、無事だったんだね……」
「ティアさんこそ、ご無事で良かったです! それにしても、髪が伸びましたね?」
「切るのが億劫でね……それに、これを隠せるから丁度いいかと思って」
そう言いながら、ティアは長い前髪を横にずらし、顔半分を覆っている包帯を見せた。本来、肉体の主は青い瞳のクラウディアだったはず――赤い瞳のティアが出ずっぱりと言うことは、クラウディアの魂は海に捕らえられているのかもしれない。
ティアが、次いでアガタが室内に入って扉と鍵を閉め、掃除したおかげで出来たスペースに四人で腰かけた。
「あの、アガタさん。他の人は……」
「再びこの地に集結したのは、貴女達を含めてこれで全員です。本体を残しているはずのチェン・ジュンダー……ゲンブは目下捜索中ですが、どこに潜伏しているかもわかりません。彼も七柱たちに気配を悟られないよう、慎重に行動しているのだと思いますが、連絡は取れていませんわ」
「そう、ですか……」
T3が居ることを期待していたのだろう、アガタの言葉にセブンスは肩と気分を落としてしまったようだった。アガタも痛まし気な表情を浮かべていたが、落ち込むセブンスから視線を外してこちらを見た瞬間、口元を引き締めて鋭い視線を送ってきた。
「さて、本来ならアシモフの元に通しても良かったのですが、彼女は向かいの詰め所に居ますから……先ほどのように、幾許か残っているレヴァル正規軍に顔を見られては貴女も気まずいでしょうし、一旦こちらで状況を伺おうと思った次第です」
「気を使ってもらって恐縮なんだけれど……細かいことは明日でもいいかしら? 大連鋒を越えて来たせいで、こちとらへとへとなのよ」
「まさかとは思いましたが、本当に狂気山脈を越えてきたのですね。ですが、取り急ぎ一つだけ聞きたいことがあるのです。貴女は、解脱症を……黄金症を発症していたはずです」
「そうね」
「黄金症の治療は、未だ誰も成し遂げていません。貴女の魂は、どうやって現世に戻ってきたのですか?」
「話せば長くなるのだけれど……」
彼女らがこちらの状況を認識したいのも理解は出来る。もしかすれば、自分が黄金症を克服したケースをヒントに、人々を元に戻せるかもしれないのだから。とはいえ、話し始めれば長くなるのは目に見えているし、疲労が蓄積しているのは事実であり、出来れば明日にして欲しい――そんな風に思っていると、自分の何倍も疲れているべき銀髪の少女が元気に手を上げて座ったままの姿勢で跳ねていた。
「はい、はい! 私は全然元気ですから、私の方から色々とお話しできます!」
「……だそうよ。実際、元気が有り余っているみたいだし、急ぎならその子から聞いて頂戴」
アガタとティアはセブンスの方へと向き直って姿勢を正した。セブンスが二人に事情を説明を続けるが、彼女の言語能力では分かりにくい所があったり、自分からの又聞きのため間違えているところがあったりして、結局は自分も訂正のため話すことになったのだが――ともかく不思議な空間でアラン・スミスやその相棒のエディ・べスターと出会ったこと事情を話し終えると、ティアの方が神妙な表情を浮かべながらこちらを覗いてきた。
「アラン君が無事って、本当かい?」
「アレを無事と形容して良いのかは分からないけれど、セブンスが言ったことは事実よ。もちろん、私が見たのは夢か何かなのかもしれない。それでも……」
「実際に、黄金症を乗り越えてここまで来たんだ。何か尋常でないことがあったのは確かだろうし……アラン君に勇気づけられたから戻ってこれたっていうのは、なんだか妙な説得力があるね」
ティアはそう言いながら微笑みを浮かべ、左目を閉じて何か感じ入っているようだった。そんな彼女を傍目に、自分はアガタ・ペトラルカの方へと向き直った。
「それで? 何か参考になったかしら?」
「仮に貴女の言っていることが事実だとしても、特殊すぎるケースですから一般化は難しいでしょうね……とはいえ、彼女なら何か良い案が思い浮かぶかもしれません」
「レア神……アシモフとやらのことかしら? もう一回話す必要があるのなら、それこそ明日に……」
「その必要はありませんわ。既に事情は共有されているのですから……」
アガタはそう言って不敵に笑い、彼女の宗派独自のアンクを首から外して床に置いた。
「……どうでしょうか、レム」
アガタがアンクに向かって声をかけると、そこににわかに光が集まり――その上に掌よりやや大きいサイズの人型が現れたのだった。