B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「レム神ですって!? アルファルド神に粛清されたはずじゃあ……」
アガタが呼んだ名が本当なら、アンクから現れた女性は女神レムと言うことになる。確かにアガタはレム派の巫女であり、その最大勢力であるペトラルカ家の跡取りでもある。そうなればアガタとレムとは蜜月関係にあったことは想像に難くない。
しかし、レムが消える所はアラン・スミスの報告にあったどころか、全世界の人々が映像として見ているのだ――これは一体どういうことなのか疑問に思っていると、長い黒髪の女性はアンクの上でくるりと周り、驚いて声を上げた自分の方を見上げてきた。
「確かに、この星の海を司る女神レムという名のシステムは、アルファルド……星右京の手によって粛清されました。今の私は、システムの中で構築された、オリジナルである伊藤晴子の人格をトレースした部分だけです。
つまり海と月の塔、もとい深海のモノリスのコントロールをもたないので、今はただのお喋りで気さくなお姉さんって所ですね」
そう言いながら、女神レムは腰に手を当てながらしたり顔で胸を突き出した。ただの気さくなお姉さんというのをそこまで誇ることも無いとも思うのだが――こちらがリアクションに困っていると、背後の信徒が指を額に当てながらため息を吐いた。
「私に対する神聖魔法の契約はしてくれているので、ただの気さくなお姉さんでもありませんけれどね」
「あら、フォローしてくれるのねアガタ。優しいんだから」
「仕える主にあまり威厳が無いのも、仕える私まで見下げられるようでバツが悪いだけですわ」
「えぇ、そういうことにしておきましょうか……ともかく、お疲れの所を長々と拘束してごめんなさいね、ジャンヌ」
女神レムは深々とこちらに対してお辞儀をして、再びこちらを見上げてきた。成程、ルーナ神を筆頭とする他の七柱に比べたら人格的にマシと言うのは――被造物に対して確かな人格を認め、謝罪ができるのだから――嘘ではなさそうだ。
しかし、ある意味ではだからこそ、自分としては納得できない部分はある。それ故に何も言わずに押し黙っていると、レムは困ったような憂い顔を浮かべた。
「……思考は読めずとも、貴女の気持ちを推し量ることは出来ます。私はこの世界の在り方に疑問を抱きながらも、貴女が迫害されているのを知っていて、それに目を瞑っていた……あまつさえ、異端審問に掛けて一度記憶を改竄したのは他ならぬ私です。
そんな相手のことを今更許す気が無いと言われても、それは仕方が無いことだと思います」
「そうよ。私の怒りは、全ての創造神に向けられている。貴女とて例外ではないわ」
「えぇ、ですから許してくれとは言いません。ただ、貴女は重大な情報を我々に提供するために、七柱ですら細部の調査できなかった狂気山脈を超えて、ここまで来てくれました。
そのことに対する謝礼と、今までの非礼を詫びるとともに……どうか、この世界を貴女達レムリアの民の手に委ねるまで、私の処断を待ってほしいのです」
そう言って、女神レムはもう一度大きく頭を下げた。アガタ・ペトラルカは奥歯を嚙み締め、何か言いたいのをグッと堪えているようだ――自らの主君が頭を下げていること、またそれに対して口を挟むべきでないと、彼女の持つ強固な精神で耐えているのだろう。
「あの、ジャンヌさん、過去に色々あったのは私も分かってますが……」
「……皆まで言わなくていいわ、セブンス」
心優しいセブンスは、何とかしてこの場を取り持とうとしてくれているのだろう。自分としても今は全ての記憶を取り戻しているし、我々を好き勝手に操ろうとしているルーナやアルファルドなどの邪悪な創造神と敵対している彼女と手を組むことはやぶさかではない。かつて敵対したアガタとクラウディアも同様だ。
何よりも、彼女たちにもこちらと敵対した正当な理由があることは理解している。それに――ふと、先ほどの門番の低く冷たい声が脳裏をよぎる。滅びゆく世界の中、誰もが誰かを恨んでいるが、人同士で恨みあっている場合ではない。
「私は貴女達三人、全員に借りがある。でも同時に、私がやったことの罪の重さも自覚しているわ。貴女達はそれを承知で私を招き入れてくれた訳だし……一旦、過去のことは水に流しましょう。
今の私たちの目的は一緒。邪神ティグリスを再びこの世に降臨させる、そうでしょう?」
「はい、そう言ってもらえると助かります。実は、貴女がここに来る前から、私たち三人はアラン・スミスの復活を企てていたのですよ」
「そうだったの?」
こちらの質問に対し、レムが小さく頷いた。
「アラン・スミスのオリジナルの遺体を海に隠していたのは他ならぬ私ですからね。ただ、課題は多かったのです……彼の身体を修復する手立てもありませんし、仮に海と月の塔のコントロールを取り戻したとしても、サイボーグの体は回復魔法で修復できません……わざわざクローンを作ったのは他の七柱の目を欺く意味合いもありましたが、私の方で修復できるという意味合いもありましたから。
また、オリジナルの肉体を復活させたとしてもキチンと人格が形成され、私たちの味方をしてくれるかも疑問でしたし……何より、彼の意思を無視して何度も蘇らせることが果たして正解なのかという疑問もありました。
しかし、貴女がもたらしてくれた情報のおかげで、課題の半分は解消したと言えます」
「クローンとやらの器は損壊しているけれどオリジナルのすぐそばで顕在であり、当の本人は復活してアルファルド神の顔面に拳をくれてやるのに執心しているわけだしね」
「えぇ。グーパン入れてやるとか、あの人らしくて笑ってしまいますけれど」
そう言いながら、女神レムは口元を抑えながら上品に笑った。神々の、もとい旧世界の人類のスケールだと顔面にグーパンを入れることは割とポピュラーなのだろうか。その感性を自分としては理解しかねるのだが、ティアも面白そうにくつくつと笑っており――しかし、すぐに真面目な表情へと切り替わった。
「……とはいえ、重い課題が残っている。一番難しいのは、海と月の塔のコントロールをレムが取り戻すことだろう?」
「えぇ、そうですね……アラン・スミスを復活させるには、やはりモノリスのコントロールを一時的にでも取り返す必要がある。そこに関しては、チェン・ジュンダーとアシモフの助力は必須と言えるでしょう」
「アシモフとは協力関係にあるんじゃないの?」
チェン・ジュンダーの足跡を辿れていないことは共有を受けているが、わざわざアシモフの強力が必要という話題が出てくるのには違和感がある――自分が口を挟むと、レムはティアの方からこちらへと向き直り、また小さく頷いた。
「えぇ、星右京達を止めるということに関しては協力関係にはあります。ただ、彼女はアラン・スミスを蘇らせることには反対しています。正確には復活そのものに反対というより、蘇らせられるかもわからない人物を頼る訳にはいかないし、そのために戦力を割くことはできないという考えですね。
まったく彼女の言い分は、つい先ほどまで一つの考え方としては正しかったわけですが……貴女が持ってきてくれた情報は、一つの説得材料になるかもしれません」
「そうかしら? 私がレア神の立場なら、確かに今更アラン・スミス一人が蘇ったところで大した成果にはならないと判断するわ。
もちろん、私は彼のおかげで記憶を取り戻して現世に戻って訳だし、恩もあるから彼の願いを可能な限り叶えてあげたいという気持ちはあるけれど……そもそも、貴女達はどうして、アラン・スミスを蘇らそうとしていたの?」
「そうですね……一番の理由は、私があの人のことを信用しているから、ですよ」
「理由になっていないわ。それとも、貴女は世界の趨勢を感情で決めるような女神だったのかしら?」
「ふふ、AIである私に感情というものがあるというのもおかしな話ですが……もちろん、実戦的な理由も多くあります。大きな理由としては、あの人が星右京という人物に対する最強の切り札になり得るからです。
アラン・スミスは星右京の操るJaUNTに対応できる人物でありますし、実際に彼はその身を挺すことでこの星の終わりを防いだ。
要するに、彼には用意周到に事に当たる星右京の……いいえ、全ての人の予測を完全に裏切って、場を荒らすだけの爆発力がある。それは、一万年前から原始の虎を見ていたアシモフも認める所です。
何より……アラン・スミスを蘇らせることは、私からのささやかな復讐でもあるのです」
「……復讐?」
「えぇ。恐らく右京は、アラン・スミスという人物を世界で一番信頼しているとともに、世界で最も恐れているのです。
記憶がないのを良いことに昔のように近づいて、上手く利用した気になっているでしょうが……今のアラン・スミスは全てを知っています。本当は、あの人に蔑まれるのを何よりも恐れているはずなんですよ、星右京と言う男はね。
元はと言えば、アラン・スミスに戦って欲しかったわけではないのですが……あの人がやる気なら、それに便乗させてもらうまでです」
そう言うレムの表情は、どこか無機質なもので感情は見えにくい。静かな怒りをたたえていると言えばそうも見えるのだが、もっと別の感情を宿しているようにも見える――彼女の正確な感情を推し量るのは自分には難しかった。
とはいえ、自らの復讐のために邪神を蘇らせて、因縁の相手にぶつけるというのもあまり良い趣味とは言えないとは思うが。同じように思ったのか、女神の背後でティアが俯いてしまっている。
「……ボクは単純に、アラン君に帰ってきてほしいだけだよ。きっと蘇ったら、また誰よりも強く駆け抜けるんだろうけれども……もう一人で無茶をして欲しくないな」
「えぇ、ごめんなさいねクラウディア」
「クラウディアって呼ぶのは止めてくれって言っているだろう? その名は……」
「いいえ、分かたれた魂である貴女は、紛れもなくクラウディア・アリギエーリの本質の一部です。貴女は自分のことをあくまでも主人格であるクラウに従属しているものと思い込んでいるようですけれどね」
レムはそこで言葉を切って、改めて自分とセブンスの方へと向き直った。
「話を戻しましょう。ともかく、元々アラン・スミスを復活させられるだけの材料は揃ったと言えます。アシモフも、アラン・スミスを蘇らせること自体は反対していなかった……それにどの道、七柱の創造神たちと決着を付けるためには、海と月の塔の攻略は必須と言えます。
仮に地上で勝利を納めたとしても、ルーナとアルジャーノン、ハインラインの三柱の本体が月にある以上、最終的に月を攻略しなければなりません。ピークォド号が破壊されてしまった今としては、軌道エレベーターで月に向かうほかありませんから。
それに何より……不治の病と思われていた黄金症を克服して戻ってきてくれた者がいるのです。貴女のケースが特殊と言えど、もしかしたら他の者たちも戻ってくることができるかもしれません。そうすれば……」
「世界に平和が戻ってくる、ですね!」
セブンスが横から元気に口を差し挟むと、レムはそちらへ向けて柔らかで上品な笑みを見せた。
「えぇ、そのために貴女の力を借りたいわ、ナナコ」
「はい、もちろんです! 全力でお手伝いいたします!!」
「あとは、チェン・ジュンダーと、彼と共に居るグロリアとソフィアの力を借りられれば良いのですが……」
「……はい? レムさん、今なんて……」
確か、ソフィア・オーウェルは死亡したはず。セブンスも同じように疑問に思ったのだろう、小首をかしげて疑問を返そうとしたまさにその時――納戸の小さな窓が大きく揺れて、外から巨大な音と眩い光が屋内へと差し込んできたのだった。