B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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二人の母親

 第五世代らの襲撃を撃退し、負傷した兵の治療を済ませた後、ナナコとジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスの二人に詰め所へと来てもらい事情の共有を行った。とはいえ、事前にレムがナナコには事情を話していてくれたので、専ら彼女らが持っている情報をこちらが共有してもらった、というのが正確な表現になる。

 

 かつてレヴァル崩壊を狙ったジャンヌに対しては思うところのある兵も多いようだが、先ほどの襲撃で彼女が人類側に――正確には、第六世代型アンドロイド側に立って戦ったことにより――幾分か兵たちの態度も緩和されている印象ではある。さらに負傷者の治療に関しても自分やアガタと並んで積極的に行ってくれたことも、周囲の態度の緩和に一役買ってくれたようだ。

 

 ともかく、今日は夜も更けており、とくに狂気山脈を強行軍で切り抜けてきた二人の疲労も鑑み、細かい打ち合わせはまた明日にしようということで会合は解散となった。現在執務室に残っているのは自分と、レヴァルに関する執務を一手に任されているマリオン・オーウェルの二人のみだ。

 

「浮かない顔をしているわね、マリオン……いえ、神妙な表情、と言う方が正しいかしら」

 

 普段は何かと口を出してくる彼女が、先ほどの会合ではずっと上の空であった。その理由に関しては分かっているのだが――こちらが声を掛けると、マリオンはソファーの上で肩を揺らし、目の前にあるカップを一度あおった。

 

「レア様、そうですね……アガタ・ペトラルカらに娘が生きていると報告は受けていましたが、実際に生きている姿を見ると、複雑と言いますか……」

「嬉しくはないの?」

「嬉しくはあります。ですが……」

「……怖いのでしょう、実の娘のことが」

 

 こちらの言葉に対して、マリオン・オーウェルは肩を強張らせたようだった。彼女が直面している課題は、かつて自分が通った道だ――それ故に、彼女の心情はなんとなくだが察することができる。

 

「他の者達は居ませんし、気を使う必要はありません。何より……私は貴女がソフィアにしていたこととは比較にならないほどの仕打ちを娘にした身です。そう言う意味では……感情を整理するのにはうってつけの相手だと思いますよ」

「お気遣い感謝しますが……仰ることの意図を測りかねているのが正直なところです。私は、別にソフィアのことを恐ろしいと思ったことはありませんから」

「本当にそうかしら? それなら、何故そんなにそわそわしているの?」

 

 質問に対し、マリオンは無表情を貫く。こちらの意図を測りかねるというのは恐らく事実だ。自分が彼女くらいの年齢の時に同じような質問をされても、今のマリオンと同じような態度を取ったに違いない――自分のことは自分が一番理解しており、他人からとやかく言われるような筋合いは無いと。そんな風に思っただろうし、またマリオンもそのように思っているから目に見えて不機嫌になっているのだろう。

 

 とはいえ、自分と違って彼女は、まだ引き返せるところにいるのだ。無駄なお節介と思われても、少しくらいはお小言を添えてみてもいいだろう。

 

「では、私が貴女の思考を言語化して見せましょう。貴女は、自らの政治のために実の娘を使った……というのは、実利の面から言って正しい一方、感情の面から見れば不正解。

 貴女は、自分よりも遥かに賢い娘に自らの浅はかさを見抜かれて、失望されるのが怖かった。だから高圧的な態度を取って委縮させ、親には敵わないのだと刷り込ませ、娘をコントロールしようとした。違うかしら?」

「僭越ながら、私はそんな風に思ったことはありません。確かに、ソフィアは子供たちの中でも特別……持って生まれた才覚が桁違いであったのは認めます。

 しかし、私は魔族との戦を鑑み、オーウェル家として打てる最善の手を尽くすために、あの子を利用したに過ぎません。貴族は皆そうしています……子は一族繁栄のための一つの駒であり、もっとも才覚のある者が家督を継ぎ、そして次の世代を利用していく、そのルールに則っただけです」

「えぇ、そうね。でも……それは貴族のルールであって、貴女の感情を言い表してはいないわ。もし貴女の感情がルールと完全に一致するのならば、きっと貴女はもう少し喜んだと思うのよ。使える駒が戻って来たと」

「……でも、あの子はもう、私の言うことは聞かないでしょう。力尽くで門を破りアラン・スミスに着いて行ってしまったのですから」

「えぇ、私の娘と全く一緒ね」

 

 そう、グロリアとソフィアの境遇は、驚くほど一致していると言える。極地基地で二人を救い出したチェン・ジュンダーもそこに目をつけ、グロリアをソフィアに融合させたのだろう。実際、グロリアは精神的な状況が近い個体の方が高い適合率を示していたし――先ほどの状況を見るに、グロリアとソフィアは人格を融合させずに、上手く共存しているようだ。

 

 つまり、ソフィア・オーウェルの身体と人格は以前と変わらず存続しているのであり――だからこそ、オーウェル親子はまだ引き返せる場所にいるとも言える。こんな世界が荒廃した状態で、仲直りと言うのも悠長かもしれないが――マリオン自身も自分たち母子の数奇な一致に興味を持ったのか、いつの間にか真剣な表情になってこちらの話に耳を傾けてくれているようだ。

 

「もちろん、私と貴女は別人で、私が体験した感情が貴女に完全に当てはまる訳ではないのは分かっているわ。でも、一万年という時間を掛けて……自らの思想だとか、プライドだとか、そんなものを捨てて自分の感情を言語化して気が付いたのは、結局私は自らの子が怖かったのだということだった。

 ファラ・アシモフは自らの娘を危険な実験の材料とすることで、組織での立場を向上させ、自らの知的好奇心を満たすための研究をしているに過ぎない……自分は論理的で仕事のできる人間であり、個の犠牲を厭わず、進化の果てに行けるのだという思い込みの元にいた。

 でも、そんなのは結局自分の意見ですらなかった……デイビット・クラークという傑物が描いた絵空事に便乗して、自らこそは優秀な側であるという思い込みに倒錯していたに過ぎない。そんなベールを剥いでみたら、そこに残ってたのは……ただ、娘が怖いという愚かな自分自身がいるだけだった。

 貴女がソフィアを見て複雑な感情を抱いたのは、あの子が実際に生きている姿を見せたことで、あの子と向き合わざるを得ない時が来るかもと悟ったからじゃないかしら?

 そして、それは貴女にとってネガティブなものだから、気が重いのだと思うわ……もし完全にあの子を政治の道具と割り切っているのなら、それこそ先ほど言ったように、恐らく使える道具が増えたと単純に喜んだことでしょう」

「……それは、貴女も同じなんじゃないですか? グロリア・アシモフもまた、ソフィアと一緒に現れたのですから」

 

 マリオンの声色には少々棘があった。一方的にお小言を言われれば、不機嫌になるのも頷けるし――ある意味では同じ穴の狢が説教をしているのだから、反発したい気持ちもあるのだろう。

 

 アガタらからチェン・ジュンダーの本体がソフィアとグロリアを救出したのは聞かされていたし、もう一度グロリアと会ったならば何をすべきかも考えてある。

 

「私の腹積もりはもう決まっているから、そんなにネガティブには捉えていないわ。気軽でないのも確かだけれどね」

「貴女は、娘に会ったらどうするつもりなのですか?」

「どうもこうもしない。あの子を力でねじ伏せる必要は、今の私にはないのですから。もしあの子が怒りのままに言葉をぶつけてくるのなら、私はそれを受け止めましょう。もしあの子が私を引き裂いてやりたいのと言うのなら……この戦いに終止符を打った時、その通りにさせてあげるつもりです。

 もう、私とあの子の間には、ただ血縁上の関係性しかなく、親子としての信頼関係は存在しない……いいえ、すでに互いに本来の肉体を失っているのだから、親子であったという因縁のみが存在する、という方が正しいかしら。

 ともかく、既に関係性の修復などできないと……私はそれだけの仕打ちをあの子にしたのだと自覚しています。どれだけ言葉を尽くしたとしても、もうあの子に私の想いは響かないでしょうから……それなら、あの子の想いをただ受け入れる事しかできませんから」

「……私には、ソフィアの想いを受け入れるだけの度量が無いから、向き合うことを恐れているのだと、そう言いたいのですか?」

「端的に言えばその通りね。でも、それも仕方がないことだと思います。私も同じでしたから。

 人の親と言っても感情はあるし、見下げられたくない、舐められたくない……子供相手でも、いいえ、自らの子供相手だからこそ、否定的に見られるのが我慢ならないということもあるでしょう。

 ただ、同じような道を歩んできた老婆の戯言としては……精力的な時分には、自らを理性的であると欺くことも出来たけれど、いつの日か衰えを感じ、自分の弱さを認めざるを得ない時が来る。そうなった時に初めて娘と向き合うのでは、あまりにも遅すぎるというのは覚えておいて欲しいわ」

「……御高説、痛み入ります」

 

 マリオン・オーウェルは席を立ち、執務室の扉をやや乱暴に閉めて出ていった。普段はこちらを尊敬して精力的に働いてくれるし、かなり助けられているのだが、今回ばかりは彼女の痛いところをついてしまったが故に不機嫌にさせてしまったらしい。ソフィアも理知的に見えて意外と感情を出すし、こう言ったところは母親譲りだったとも言えるのだろうが――あとはオーウェル親子の問題であり、自分が出来るのはここまでだろう。

 

 椅子を引き、背後の窓を開けて外を覗く。外からは兵士たちが襲撃後の片付けや壁の修理をしている物音が聞こえる。喫緊の仕事であるというのは勿論だが、こんな夜分にまで士気高く仕事をしてくれるのは有難いことだし、ある意味では――アラン・スミスが見せたあの強さが、一年経った今でもレヴァルに集結している人々に焼きついているとも言えるのだろう。

 

「……ソフィア准将だったよな、アレ」

「あぁ、無事でよかったよ」

 

 どうやら、この詰め所に長く在籍している兵士達は、ソフィアの活躍を見て士気を高めているようだ。恐らくソフィア自身はこうなることを予測したわけでは無いのだろうが、それでも彼女が生きていたことを喜んでくれる人たちは多くいる――その事実が、なんだか自分の胸を温かくしてくれる。

 

 襲撃を受けた直後だというのに不謹慎かもしれないが、なんだか活気を感じられる良い夜だ――ついでに、先ほどの戦闘時に確信したことについて整理をすることにする。

 

「……いるのでしょう? アルフレッド」

 

 窓を閉めてそう問いかけると、ガラスに映る室内の影から一人の青年が姿を表した。赤い外套に長い銀髪は以前と変わらず、しかし顔の生傷はまた増えているように見える――ともかく振り返り机に戻ると、アルフレッド・セオメイルは壁に背を預けたまま腕を組んで口を開いた。

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