B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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クラウの悩み

 先ほど落ちてきた天井は、こちらの力ではどうすることもできなかった。ソフィアの魔術ならとも思って少し待ったが、向こうから壁を壊されることもなかった。彼女の得意とするのは冷気と雷、壁に穴を開けるような物理的な魔術は習得していないのだろう。

 

 かと言って、大声で連絡を取ろうとも、雑兵に居所を知られてしまうリスクもある。そうなれば、とりあえず移動するしかないということで、二人で通路を進んでいるのが現状だった。

 

 ちなみに、カンテラはクラウが持っている。敵が出てきたとき、まだ俺のほうが戦えるという事での人選だった。不死者相手なら、聖水を利用すれば俺でも結構やり合えることは分かった。昨日のヴァンパイアの襲撃を見て、俺たちが寝ている間にクラウがたくさん聖水を用意してくれていたらしいので、しばらくは戦闘でもそれなりに対処できそうだった。

 

「……アラン君、凄いですね」

 

 背後からクラウに声を掛けられる。声はしおらしく、いつもの人を舐めた調子が全くない。

 

「どうした、今更ながらに俺の偉大さに気付いたか」

「ふぅ……ごめんなさい。今はあんまり、おとぼけ出来る気分じゃないです」

 

 適当を言えば少し元気でも出るかと思ったが、逆効果だったようだ。

 

「魔法の件、ジャンヌさんの件、クラウには短い時間の中で色々あったもんな」

「はい……」

 

 それだけ返答して、クラウは押し黙ってしまう。

 

「えぇっと……とりあえず、地上への出口を探しながら、あわよくば二人と合流する、が目標でいいか?」

 

 恐らく、分断されたソフィアも同じように考えているはずだ。地上に出れば、まだ幾分か合流しやすいはず。とくに、こちらは不要な戦闘は避けられるが戦闘力が足りていないし、向こうは向こうで強さは一級品だが消耗戦を強いられる。そうなれば、危険な所に居続けるのはリスク、まず出口を探すだろう。

 

 そして、こちらの提案に対しても、クラウは「はい」と小さく返事をするだけだった。

 

 しばらく、何事もなく真っすぐ通路を進み続ける。それは、敵との遭遇もなく、会話も無いということを意味する。自分一人でクラウを護れるか不安だが――いや、本来は護るなんてのもおこがましい程の実力なのだが、やるしかない。

 

「……アラン君、私、役に立ってますか?」

 

 ふと、自分が心の中で気合を入れなおした瞬間に、後ろから小さく声が上がった。アイテムを作成するにしても魔法にしても体術にしても、本来は詰め込みすぎで頼りになりすぎるくらいなのだが、多分現状は魔法が使えないことに端を発して、何事にも自信を失っている感じだろう。

 

 こういう時に、単純に「頼りにしている」というのも逆効果な気がする。多分、他人から許してほしい以上に、彼女は自分で自分を許さなければ根本的な解決にならない。なので、ひとまず今の彼女の疑念を洗い出す方が先決か。

 

「んー……なんでそんなこと聞くんだ?」

「なんでって……予想外の返しが来ました。普通、頼りにしてるぞって返しません?」

「確かにな。それで、なんでそんなこと聞いたんだ?」

「むー……それは……」

 

 クラウは不満げな声をあげる。そして少し間があってから、こちらの疑問に答える。

 

「……私、不安なんだと思います。ルーナ神の加護を失って、レム神にまで見捨てられたんじゃないかって……」

 

 つまり、本質はそこだったのだろう。彼女は、一度自分の信じた神に見捨てられている。だから、ソフィアの呪術による阻害という推理を信じ切ることができず――もう一度神に見捨てられていたとするなら、それはこちらの想像を超える不安があるに違いない。

 

 そこに、世話になっていたジャンヌが敵かもしれない、そんな話まで重なったうえ、現状では戦闘面で貢献できていないと思っている。そうなれば、不安になっても仕方なし、というところだろう。

 

 しかし、こと今回の件は、納得できる材料を自分は持っている。とくに他人にレムのことや転生者であることを言うなとも言われていない。むしろ好きに生きろと言われているくらいなのだから、自分の身の上を話しても問題ないだろう。

 

「なぁ、もしもなんだが」

「はい」

「俺に実はレム神の加護があって、ここに入る前に『この先は私の目が届きません』って言われてたって、信じるか?」

「え、それは……」

 

 また間が開く。それはそうだろう、神聖魔法も使えない、教会に属していたわけでもない自分が、女神の加護があるなんて、本職の人に失礼な気がする。

 

「……アラン君、冗談は言う人ですけど、嘘をつく人だとは思いません。だから、信じたいです……もちろん、にわかには信じがたいですけど。でも、どういうことです?」

「うーん、まぁ言ったところで信じてもらえないかと思って黙ってたんだがな……俺は、この世界でない、どこかの世界で死んで、女神レムに転生させられた……んで、たまにレムの声が聞こえると、そんな感じなんだが」

「……すいません、もし証拠があれば、それを提示してもらえるとありがたいのですが」

 

 証拠、証拠か。物的証拠など何もないからな――そう言えば、かなりに死ににくいのは見せているから、それを伝えてみるか。

 

「目に見える証拠はないが、龍に抉られて、回復魔法で復帰できただろ? なんか、アレはこの肉体に、魂を無理やり定着させているから、外傷さえ治れば死なないんだそうだ」

「はぁ……確かに。普通なら失血死してましたからね、アレ。それなら、確かに女神の加護があると言っていいのかも」

「言っていいかも、じゃなくてあるんだよ。だけど、さっき言ったのは本当だ。ここに入る前に、大怪我するなって忠告されたからな。

 だから、クラウがレムから見放されたわけじゃない。ソフィアが推理していたように、この空間が女神の加護が届かなくなってるだけなんだ」

「それじゃあ、本当に……というか、勇者と同じように、異世界から……」

「それはちょっと違うんじゃないかな。近いと言えば近いが……異世界の勇者は、その体ごと転移してるわけだろ? 俺の場合は、生まれ変わってる訳だから」

「はぁ……いや、私からしたら似たようなモノですけれど……ちょっと待ってください。それじゃあ記憶喪失って……?」

「それは本当だ。なんか、死んだときに頭を撃ったせいで記憶が飛んだらしい」

「ぶっ……!」

 

 記憶がない理由があまりにも間抜け、いや間抜けすぎたせいだろう、今まで神妙な空気を出していたクラウが後ろで噴き出している。笑ってもらえるなら、過去の自分が間抜けなこと、また女神が記憶を戻さずに転生させてくれたことに感謝すべきか。

 

「ちなみに、せっかく生まれ変わらせたってのに、文字が読めるのと現地の言葉が分かる以外、超能力も何も持たせてくれないんだ。レムはケチだな、ケチ」

「は、はは……でも、スカウトとしての能力と、投擲は本物ですが」

「そればっかりは謎だ。本能的に出来るからな」

「ふぅむ……前世のアラン君が元々持っていた力なんですかね。それじゃあ、アラン・スミスって言う名前は?」

「レムがくれて、しっくり来たからそのまま使ってる」

「なるほど……それじゃあ、本当の名前じゃ、ないんですね」

 

 そこで話が途切れ、少しの間は会話なく進み続ける。とはいえ、背中に感じる気配は、幾分か柔らかくなっている印象だった。

 

「……でも、何となく納得です。アラン君、記憶喪失っていうより、この世界のことを知らないって感じのこと多かったですし。それに、頑丈さと異様な索敵能力があって、なんだか不思議な人でしたから。だから、信じます……でも、なんで転生させられたんですか?」

「よう分からん。この世界を見てくれだと。好きに生きていいそうだ」

「はぁ……レム神の見方が変わりました。なんだか、変わってますね。それで、好きに生きていいって言われたのに、こんなヤクいことに首を突っ込んでるわけですか」

「まぁ、成り行きでな……まぁ、エルにもソフィアにも、それにクラウにもティアにも、この世界に来てから世話になったし、その恩返しってことで」

「あはは、アラン君は義理堅いですねぇ……それで、このことって、エルさんとソフィアちゃんは……?」

「いや、クラウに言うのが初めてだ」

「そうですか……」

 

 そこまで話して、壁に突き当たった。つまり、ここは石の中――というには少し語弊があるかもしれないが、行くことも引くことも出来ない袋小路になってしまっていた訳だ。しかし、目の前の壁は、先ほど落ちてきた天井と同様に、先ほど出来た感じがする。つまり、元々は通路があった部分が、何者かによって埋め立てられた、そんな印象だった。

 

 ふと、左側の壁が音を立てて開いていく。敵の気配は無い。しかし代わりに、下り階段が出てきた。中はカーブしているようで、これは螺旋階段――つまり、一気に下へと降れる階段なのかもしれない。

 

「……どうする?」

 

 そう言って振り返ると、クラウと目が合う。その瞳には力が戻っているようだった。

 

「どうするもこうするも、ここで生き埋めになって死ぬよりは、罠だとしても進んだ方がマシだと思います」

「同感だ……それじゃ、行くか」

 

 先に階段を降り始めて、神経を周囲の気配に尖らせる。階段にも、引き続き敵の気配は無い――これは、誘っていると考えるべきか。実際、ジャンヌが敵側にいるとなれば、世話をしていたクラウと接触しようと考えているのかもしれない。

 

 そして、数段降りた先で、気配が少し動いた。敵が居るというわけでなく、クラウが横に並んできたのだ。

 

「……すいません、少し自分語りいいですか?」

「あぁ、ただ降りてるのも暇だしな」

「ありがとうございます」

 

 礼を言ってから、階段を降りる音が響くだけ。しかし少しして話すことの整理が済んだのか、クラウは口を開いた。

 

「……ルーナ神の加護が無くなって、教会を追放されて……私は、それでも自分にできることを探しました。レム神の加護で基礎的な神聖魔法は取り戻せましたけど、上位の魔法は使えませんから。

 それで、クリエイターも始めたんです。魔法が使えなくなった分、それ以外のことを、出来るようになろうって」

「体術は違うのか?」

「あはは、体術は教会にいたころから練習してましたよ。ともかく、私は……きっと私は、私にしかできないことを、探していたんです。魔法も体術も、ティアと……アガタさんのほうが出来ますから」

 

 本来なら、この世界では魔法が使えるだけでもエリートだし、そのうえ体術まで使えるとなればクラウはかなり希少な存在と言えるはず。それでも自身の存在意義を見失ってしまうのは、身近の人が凄すぎるせいだろうか。

 

 そんな風にボンヤリと話を聞いていると、クラウは一歩先に進み、覗き込むようにこちらを見てくる。

 

「……ねぇ、アラン君、疑問に思いませんでした? ここに入ってから、ティアと交代すれば良いんじゃないかって」

「あぁ、思った。だけど、クラウとティアの脳内会議の結果、交代しないって決めたんだろうからな。俺から言う事でもないかと」

「ふぅ……アラン君、馬鹿だけど頭は悪くないですよね」

「同じこと、エルにも言われたな」

「あはは……うん、それで、ご推察の通りです。ティアと相談して、でも交代はなしって。元々、ティアはあまり外に出たがらないのもありますが、自分の魔法も使えるか分からないし、作ったアイテムを有効活用できるのはクラウだろうからって……」

 

 なんとなく、ティアと会話したときのことを思い出す。彼女は、クラウの自主性を大事にしていた気がする。もちろん、今言ったことも本心なのだろうが、可能な限りはクラウに頑張ってもらいたい、だからなるべく表に出ない――ティアは、そういう存在に感じる。

 

 きっと、戦闘に関する能力は、クラウよりティアの方が高い。しかし、クリエイターとしては、きっとクラウのほうが優れている。

 

「……なぁ、クラウ」

「なんですか?」

「そのカンテラも、お前が作ったのか?」

 

 その質問に、クラウは目を輝かせて、カンテラをぐい、と持ち上げた。

 

「はい! これは、魔晶石を利用しています。火を使っていないので火事の心配もありませんし、ある程度は光の強さを調整できます……手が塞がっちゃう分、こういう場では魔術に劣っちゃいますけど」

「でも、普段使いとかには便利そうだ」

「そうなんです! これを使って夜な夜な色々作ってたんですよ!」

 

 敵地だということを忘れているのか、クラウのテンションは段々上がっている。しかし、相変わらず下からも、もちろん上からも敵の気配は感じない。だから、ひとまずこれでいい。

 

「それなら、俺も何か作ってもらおうかな」

「えぇ、いいですとも……何をご所望で?」

「そうだなぁ……機械系とかはいけるか?」

「うーん、このカンテラ以外はあんまり作ったことが無いので、ちょっと自信はないですが……やってやれないこともないと思います」

「そうか。まぁ、具体的な案とかはまだ固まってないんだが。後でまた相談させてくれ」

「はい! お任せを!」

 

 そう言ってほほ笑む彼女は、すっかり自尊心を取り戻していたようだった。こういう時にこそ、本心を伝える価値があると思う。

 

「クラウ、さっきの質問の答えだがな。頼りにしてるぞ。今までも、これからも」

 

 こちらの言葉がちゃんと聞こえなかったのか、クラウは目が点になっている。どうしよう、言い直そうか、しかし結構言うのも恥ずかしかったんだがな――そう思っていると、カンテラに照らされている彼女の頬が一気に赤くなったようだった。

 

「な、な……突然そういう恥ずかしいことをさらっと言わないでくださいよ!」

「いやぁ、元々お前が聞いたんだろ?」

「ふん、アラン君なんか知りません!」

 

 クラウがぷい、と背を向けたタイミングで、ちょうど螺旋階段も終わったようだった。

 

「……ねぇ、アラン君」

 

 背を向けたまま、クラウに名前を呼ばれる。

 

「うん?」

「もし、思い出したら……ちゃんと教えてくださいね。アナタの本当の名前を」

 

 緑の髪が揺れ、クラウは頬を上気させたまま横顔を見せる。そう言えば、宿でもこんなことがあった――喋ると面白い奴だが、女の子らしくされると普通に緊張するので、止めてほしい。

 

「……ふふ、アラン君、照れてるんです? まぁ、美少女相手ですから、仕方なしですよ」

「うるせー言ってろ……さて、ここが終点か?」

「いえ……まだ、道は続いているようですよ」

 

 クラウが腕を上げ、奥のほうを照らす。すると、そちらの方にはまた通路があり――しかし、よく使われる場所なのだろう、左右に松明が設置されているおかげでかなり明るくなっている。

 

「アラン君、敵の気配は……?」

「……近くには、いない。だが……」

 

 点々と灯っている通路の奥、視認は出来ないが、その先に、何者のかの気迫を感じる。遺跡の蜘蛛型魔獣や龍の魔獣とも違う、しかし冷や汗の出るような気配――それが、通路の奥から漂ってくる。きっと、ここは上から見た時に感じていた場所、地下迷宮の最下層、言わば奈落の底なのだろう。

 

「……恐らく、誘ってるんだろうな」

「なぜ……?」

「さぁ……それは、本人から聞いてみないと分からん」

「質問の代償は命、とかなら勘弁してほしいですけど……どちらにしても、他に道もありませんしね」

「あぁ、クラウ、俺の後ろへ」

 

 そう言いながら、クラウよりも前に出た瞬間、背中をぽん、と叩かれる。

 

「ふふ……頼りにしてますよ、アラン君」

 

 自信を失っていたところから、素直に人を頼れるようになる彼女の心の強さに感心しつつ、灯りの揺らめく通路を進み始めた。

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