B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アランのことについては一旦話が中断され、ソフィアとグロリアの関係性についての説明がグロリア本人からなされた。話の内容が難しく、自分の頭ではイマイチ理解できなかったのだが――説明が終わったタイミングで、レムがグロリアの方を向いて「つまり」と要約を始めてくれた。
「二人の精神的同調が高い上に、ソフィア・オーウェルが誤って生み出した二重思考の内、一つの思考領域をグロリアに明け渡すことで精神を融合させずに共存している、ということですか?」
「えぇ、その通りよ。まぁ、精神的同調は高かった、という方が正確な気もするけれどね。その子があまりにも無茶なものだから、反面教師的に私の方が落ち着いてしまったというか……」
そう言うグロリアの声色は、半分呆れから出た感じだったが、半分はどこか温かさを感じた。対するソフィアは頬を膨らませてむすっとしており――こういうところは変わっていないのだと、自分も妙な安心感を覚えた。
「ちなみに本人曰く、二つに分けていた二つの思考領域の内、元来の理性的で無感情な方を自身のために残し、外面を取り繕っていたダミーの方を私にくれたから、不愛想になっているということらしいわ」
「え、そうなんですか? 私からしてみたらあんまり変わらないような気も……」
強い視線を感じて思わず両手で口を抑えると、やはりソフィアの方がじと、とした眼でこちらを見ている。確かに、今のは以前からソフィアのことを不愛想と思っていたという発言に他ならない。ソフィアじゃなくても怒る所だろう。
とはいえ、別段以前から不愛想と思っていた訳ではなく、むしろ先日会った時にもいつも通り感情的だと思った、という方が正しい。一方、精神を共有しているはずのグロリアの方は、ソフィアの不穏な雰囲気などどこ吹く風で話を続ける。
「それは、元からアナタには結構本心を出してたって証拠よ。変におべっかを並べたり、気を使わなくても大丈夫って安心感から、つっけんどんな素が出てたって感じね」
「つまり、先日私に対して攻撃してきたのも、信用しているからこそってことですか!?」
「え、うーん……うん、大体そんな感じよ。ソフィアと思考を共有している私が言うんだから間違いないわ」
「なるほど! 思いっきり切りかかってくるのは正直どうかと思いますけど、そういうことなら……ひぃ!?」
先ほどよりも強烈な視線を感じてソフィアの方を見ると、両の頬っぺたがこれでもかと膨らみ、同時にぷるぷると身体を震わせていた。なんなら少し泣きそうというくらいの雰囲気だが、精神の共有者の暴露は止まらない。
「ともかく、本人は不愛想になったつもりらしいけれど、全然根っこの部分は変わってないんだから。むしろ、思春期特有のアレみたいな感じで格好つけてるというか」
「……グロリア、怒るよ?」
「もう怒ってるじゃない」
「つーん。もう知らないんだから……それよりもレム様、アランさんが黄金症を治療するための鍵ってどういうことですか?」
ソフィアとグロリア、意外といいコンビなのかもしれない。クールだけど面倒見の良いグロリアと、思春期特有のアレでつっけんどんだが、末っ子気質のソフィア――なるほど、冷静に見ると、二人のやり取りは友人のそれというより、姉妹のそれに近い様に見える。
ともかく、ソフィアに話を振られた女神は「レムで構わないわ」と断りを入れてから話を始める。
「黄金症から復帰して戻ってきたのは、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスです。彼女は海に魂を捉えられていましたが……現世と来世、時空間の狭間でアラン・スミスの魂と出会い、彼に導かれて黄金症から脱して現世に戻ってきたと言うのです」
レムが一度言葉を切るのに合わせ、チェンはソフィアとグロリアの方へ顔を向けた。
「ソフィア、ジャンヌを見ましたか?」
「いえ、私は新型の殲滅と、近接戦闘のテストに集中していたので」
「はいはい、八つ当たりしていて周りを見ていなかったと……グロリア、映像は残っていますか?」
「えぇ。ティアとアガタの近くにいるこの女よね?」
再び頬を膨らませるソフィアをよそに、機械の鳥の瞳から光が照射され、ホログラムの背後にあるスクリーンに映像が映し出された。自分とソフィアが戦っている映像の奥、上を見上げている群衆の方が徐々に拡大されていく。凄い便利な機能だ――と関心していると、確かに人々の中に紛れて、ティア、アガタ、ジャンヌの三名が並んでいるのが見えた。
「ふむ……どうやら、彼女がレヴァルに居るということは間違いないようですね。しかし、疑うようで申し訳ないのですが、彼女が黄金症を発症していたという事実を私は知りません」
「それは悪魔の証明になりますよ、チェンさん。しかし、彼女が解脱症に罹る瞬間を私は見ていましたから、高確率で黄金症が発症していたとは言えます」
ようやっと頬から空気を抜いたソフィアが、真面目な調子でそう語った。黄金症が発症したのは、確かに解脱症に罹った者たちからだったはずだ。説得しに来た自分たちでなく、ソフィアからその事実が出たことで納得したのか、チェンも扇子を取り出して口元を抑え、「ふむ」と小さく頷いた。
「ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスが黄金症を脱したというのは認めましょう。それに、確かに第六世代型達が黄金症から脱すれば、理論的には海に囚われている魂を解放できることになり、星右京らの目論みを阻害できると言える。
しかし、問題は再現性です。ジャンヌが本当に原初の虎の導きがあって復活したのかは分かりません。彼女が夢か何かを見たのかもしれません。況や仮に本当に彼の復活が黄金症を克服する鍵だとして、現世に居ないアラン・スミスにどうやってこちらから作用しようというのですか?」
「そこに関しては、一つの僥倖があります。アラン・スミスのクローンの肉体が海流に流され……恐らく、高次元存在のおかげかと思いますが……オリジナルの肉体の側にあるのです。
互いに損壊したオリジナルとクローンの肉体を繋ぎ合わせて回復できれば、戻るべき肉の器が完成し、あの人も帰ってくることが出来ると想定されています。私は、彼の肉体がどこにあるか分かっていますから、蘇生することもできるかと」
「それは貴女の予想でしょう? そもそも、本当にそのような状況になっているかどうか……言っていたのはジャンヌですか?」
「……彼女はエディ・べスターの名を挙げていました」
べスターとは、先ほどチェン自身が名前を挙げていた人物だが――その名を聞いた瞬間、口元を隠しているチェンの眉が僅かにだが引きあがった。レムもそれを見て好機と思ったのか、畳みかけるように話を続ける。
「実際、べスターさんは私がクローンと連絡を取るために利用していた通信機をジャックしていた可能性は高いです。私はべスターさんの声を認識できませんでしたが、アランさんは戦闘時に頻繁に彼の名を呼んでいました。恐らく彼はブラッドベリとの戦闘中にクローンの肉体に取り付き、そして光の巨人に突撃した時に海に落ち、共に境界へと足を踏み入れていたのでしょう。
貴方の言う通り、アラン・スミスの名を挙げるだけなら、ジャンヌが白昼夢を見たとでも言うことは可能ですが……見ず知らずの人名を挙げ、それが私たち共有の人物の名であるなど、どれほど天文学的な数値を突き詰めれば一致するのでしょうか?」
「まぁ、あり得ないでしょうね。本当に彼女がその名を口にしたのなら、恐らく現世《うつしよ》と幽世《かくりよ》の境界で、ジャンヌはアラン・スミスとべスターと出会ったのでしょう」
「えぇ……つまり、原初の虎の復活は、彼自身の……兄さん自身の願いであると共に、エディ・べスターの願いでもあるのです」
「……仮にアラン・スミスを復活させるとして、それが海に囚われた魂の解放とどうつながるのですか?」
「アランさんは、実際にジャンヌさんを解放して見せました。ならば、彼を復活させて、その時の状況を細かく聞き出せば、再現も可能かと思われます」
「成程……それで、貴女は兄を蘇らせるため、私たちを焚きつけて海と月の塔を攻略しようという算段な訳ですね」
チェンはそこで扇子を閉じ、皮肉気に口元を吊り上げて笑った。何とか説得できそうだったのに、不穏な雰囲気な気がする。チェンはアシモフの予想通り、アランを蘇らせることに関して消極的なのかもしれない。
こうなったら、どう説得するのが良いだろうか。頭の切れない自分では良いアイディアが思い浮かばないが、きっとレムなら――そう思って机上の女神を見つめると、彼女は予想外にあっけらかんと「はい、その通りです」と言い放った。
「ですが、どのみち海と月の塔の攻略は必須かと思います。もし月へのエレベーターを使えるのなら、課題が解決しきっていないノーチラス号に頼らずとも、オールディスの月に乗り込むこともできますし……」
「いいえ、それは不可能です。星右京が残っている限り、仮に海と月の塔のコントロールを貴女が奪い返したとしても、月からハッキングによりエレベーターは停止させられるでしょう」
レムの言い分はガンガンに否定されてしまっている。話せば話すほど粗を探されて、協力を取り付けるのが難しくなりそうだ。そんな風にそわそわしていると、機械の鳥の奥に座っているグロリアがチェンの方へ向き直った。
「チェン、私とソフィアは晴子の言うことに賭けてみたいわ」
「アナタ達はそうでしょうね」
「何よ、そもそも海と月の塔を攻略すれば、この星のモノリスを奪い返すことだってできるじゃない」
「そうですね。だから、私もレムの意見に乗るつもりです」
「それじゃあなんで質問攻めにして晴子をいじめているのよ?」
「様々な可能性を洗い出すためですよ。それに、ここに居る者たちは皆、アラン・スミスに帰ってきてほしいという感情が強いでしょう? ですから、こうやって憎まれ役を買いながら、一度情報を整理しているのです」
なるほど、そういうことだったのか。扇子を仕舞ったのは、もうレムと化かし合いをする必要が無くなったからだったのかもしれない。チェンは広い袖に両手を通し、背もたれに身を預けて深々と頷いた。
「レム、貴女の目的は分かりました。そして、それに協力することもやぶさかではありません……結局、再び手を組み、海と月の塔を攻略することが望ましいと言えるでしょう。ですが、もっとも根本的な問題が解決していませんよ」
「えぇと、それは何でしょうか?」
「戦力ですよ、セブンス」
こちらの質問に対しチェンは一度こちらを見て、またすぐにレムの方へと向き直った。
「ヘイムダルの決戦の時には私の本体とグロリア、ソフィアが居なかったわけですが、代わりにアラン・スミスにホークウィンド、アズラエルを失っています。T3と合流していない今、以前よりも少ない戦力で事にあたらなければなりません。
さらに、ヘイムダル防衛に成功した星右京、リーゼロッテ・ハインライン、ダニエル・ゴードン、ローザ・オールディスは全員健在……その上に強化された第五世代型までいるのです。ハッキリ言って、勝算はゼロに近い」
「無理を承知でヘイムダルへ突貫したのは貴方ですよね?」
「以前は戦力の温存も考えていましたからね。ノーチラス号の構想もありましたし、ここの秘密基地もまだ使えた……ですが、もう絶対に次はありません。次の勝負は、真に宇宙の命運を決する戦いになります。
断っておきますが、レムがモノリスのコントロールを取り戻し、アラン・スミスを蘇らせるという計画に反対するわけではありません。ですが……海と月の塔を攻略するのなら、戦力を増強するか、勝てるだけの奇策を用いるか、はたまたその両方が必要になるでしょう。
同時に、あまり悠長に構えていることもできません。最近のレヴァルへの襲撃頻度を見るに、右京らも本腰を入れて黄金症の進行を進めようとしているように思います。こちらから攻勢に出るには一手も二手も足りませんが……ちなみに、貴女やアシモフの方で、何か策はありますか?」
「結論から言えば、アナタが頷けるような策はありませんね。私とアシモフが合流したのはつい先日です。私はアガタやクラウディアと仲間を探していただけですし、アシモフはひとまず人々を集め、レヴァルの地下通路や城塞を利用して防衛に専念することをしていただけですから」
「でしょうね……とはいえ、こうやって戦力が徐々に集まってきていること自体は僥倖ですし、悪いことばかりでもありません。ひとまず、右京らから守るため、アシモフにはこちらへ来ていただくか、防衛のための戦力をあちらに送るか、どちらかが必要になるかと思いますが」
「アシモフがレヴァルを離れれば人々の士気が下がり、そこから一気に黄金症が進行しかねません。そうなれば、一度アナタ達にもレヴァルへ合流していただき、防衛体制を整える必要があるでしょう」
「そうですね……ですが、まだこちらもノーチラス号の調整が終わっていません。海と月の塔を制圧するのに必要ないということは承知の上ですが、ノーチラス号も立派な戦力です……この場に捨ておくことは出来ません。
そうなれば、一度アシモフを防衛できるだけの戦力をそちらへ送るのが良いでしょうね。その間にこちらは調整を終わらせ、そちらはアシモフ抜きでもレヴァルを防衛できるだけの体制を整えてくるのが良いでしょう。
しかし、送れる戦力となると……」
チェンはそこで言葉を切り、ソフィアとグロリアの方を交互に見つめた。ソフィアたちが来てくれるのならば心強いことこの上ないのだが――自分以外の人々は何か思うところがあるのか、神妙な表情を浮かべている。
そう言えば、グロリアは母であるファラ・アシモフのことを攻撃するほど憎んでいた。それで、グロリアが嫌がると思っているのかも――しかし、それは杞憂だったようであり、ホログラムの女性は首を横に振った。
「私に異論はないわよ。ファラ・アシモフを護るだなんて癪だけれど、それ以上に右京の思惑通りにさせる方がダメなんだから」
「大人になりましたねぇ、グロリア。極地基地でアシモフを殺してやると息まいてたのが嘘のようです」
グロリアに対して微笑み返し、次いでチェンはソフィアの方へと向き直る。
「ソフィアも問題ありませんか? 貴女も母親と気まずいらしいですが」
「レヴァルは私にとって思い出の場所です。それに、私はグロリアと違って母と袂を分かっただけで、殺意を持つほど憎んでいた訳ではありませんから」
「ははは、貴女達は本当に似た者同士ですねぇ」
チェンが楽し気に笑うと、ソフィアとグロリアは互いに目を合わせ後、同じようにむすっとした顔をチェンの方へとむけた。綺麗なのに怒り方がちょっと子供っぽくて、チェンの言うように二人は似ている――そのせいで思わず笑ってしまうと、チェンに向いていたはずの鋭い視線が自分の方へと向いてきたため、自分は勝手に笑ってしまった悪い口を両手で塞いだ。
そんなこちらの様子を他所に、視線を意に介さず涼しい顔をしているチェンに向けてレムが口を開いた。
「一応確認ですが、ソフィアとグロリアをこちらに回しても問題ありませんか?」
「手痛いですが、何とかするしかないというところでしょうね。ある意味ではノーチラス号より、これ以上の黄金症の進行を抑える方が優先度は高い……もしこちらが襲撃されたとなれば、まぁ私が何とかしましょう」
チェン・ジュンダーが肉体を取り戻したとしても、もし本気でここを襲撃されれば厳しいだろうが――それでもこの人が何とかすると言えば、何とかなるように思う。とはいえ、ここが敵にばれておらず襲撃されないのが一番だ。
そんな期待を裏切るように、天井に掛けられているスピーカーからブザー音が鳴り響きだす。まさか、自分たちがここに来たことで敵に場所がばれてしまったのか。
いや、それにしても早すぎる様に思う。星右京がJaUNTを使って近場に兵を送り出すことは出来るのだろうが、それにしても作戦を練る時間もなかったと思うし――何より、ブザーはすぐに鳴りやんだ。
だとすると、襲撃はここではないどこかなのかも。そう思っていると、先ほどグロリアが写真を映し出していたスクリーンに、今度はシモンの顔が映し出された。
「……チェンさん! レヴァルへ移動する飛行物体を確認! このままいけば、一時間後には到着する!」
「やれやれ、噂をすれば、ですねぇ……シモン、高速艇の用意を。レム達はシモンの操縦する高速艇でレヴァルへ戻り、アシモフの防衛に努めてください。そして、テレサ姫もレムに同行をお願いします」
「それは構いませんが……神剣のない私で役に立つでしょうか?」
不安げな表情を浮かべているテレサに対し、チェンは強く頷き返した。
「えぇ。今いるメンバーの中で、貴女にしかできないことがある……セブンス、調停者の宝珠は無くしていませんね?」
「もちろんです!」
「トリニティ・バーストは使い慣れていないと発動が難しいですからね。アガタとクラウディアの三名でいけるでしょう」
「でも、その条件ならソフィアさんの方が合致するのでは?」
「彼女は飛行能力を活かし、遊撃するほうが重要になりますから。敵は広大な城塞都市のいたる所に発生するのですから、戦力を一か所にだけ集中することは出来ないでしょう」
「なるほど……そういうことでしたら。不束者ですが、よろしくお願いしますね、アガタさん、ティアさん!」
「よろしく、と言いたいところだけど……ボクはトリニティ・バーストを使ったことは無い……ブラッドベリと戦っていたあの時、アラン君のために心を束ねたのは、ボクじゃなくてクラウなんだから」
今度はティアの方が不安げな表情を浮かべているが――その背後からアガタが優しく彼女の肩を叩いた。
「大丈夫ですよティア。クラウが扱った時と同じようにするだけ……それに、私がいるのですから、何とかなりますよ」
「何がどう何とかなるのか全然分からないけれど……確かに君に使えるんだ、何とかなる気がしてきたよ」
「ちょっと、どういうことですの!?」
アガタがぷりぷりするのに対し、ティアはシニカルな笑みを浮かべている。クラウが居なくなってしまって以来、卑屈な様子が目立つティアだが、それでも心を落とさずに居られるのは、心を許せる友がいるからなのだろう。
そんな風に思いながら二人の方を見ていると、今度はチェン・ジュンダーが呆れた様子で「はいはい」と言いながらリズミカルに手を叩いた。
「きゃっきゃっわいわいするのは後にしてください。今はレヴァルを防衛するのが先決ですよ」
「そうですね! 往ってまいります!」
自分がそう言いながら立ち上がってチェンに向かって敬礼をすると、椅子に掛けていた少女達も一斉に立ち上がり、そしてテレサの案内の元で高速艇のある格納庫へと向かった。