B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
セブンスたちがレヴァルを発って翌日の午後、再びレヴァルは絶体絶命の危機に瀕していた。先日と同様に、空を飛ぶ新型の敵が要塞の壁を乗り越えて、街の上空を占拠してしまったのだ。
自分には狂気山脈を超えた疲れが残っていたため、チェンの捜索隊には参加出来なかった。とはいえ、一人でレヴァルに居るのも肩身が狭いだろうということで、昼間はレアが気を使って執務室に呼んでくれていた。今はその執務室の窓から空を飛ぶ鋼の天使たちを見上げているところだ。
敵も直ちに攻撃をしかけてくるわけではなかった。ただ威嚇をするように、不安を煽るように新型は上空を旋回している。下手に刺激をすれば向こうの攻撃が始まってしまうかもしれない。それ故にレアは攻撃命令を出さず、地で人々が天を見上げ、天で第五世代型が地を見下ろす――そんな構図が続いて三十分程度の時間が過ぎた。
とくに、主力であるセブンスたちが居ない時に限っての襲撃になるとは――レアは「つい先日まではナナコもレムも居ない状態で防衛を続けていたのですから、大丈夫ですよ」と気丈に振舞ってはいた。
確かにそれも事実なのだろうが、空を飛ぶ新型が出てきたのはつい先日のことだとも聞いている。そうなれば、敵の戦力がより増強されている状態に、こちらは強力な戦力を欠いた状態で立ち向かわなければならない訳だが――。
「……出てくるがいい、女神レアよ! 貴様が出てきてその命を差し出せば、レヴァルの包囲網を解いてやる」
自分がアレコレ考えている間に、外から人を小ばかにしたような女の声が響き渡った。どこから声がしているのか、窓に張り付いて外を見て見るが、その姿は見えない――しかし、あの声は境界の総本山で聞いたことがある。セレナ、もといそれを依り代にしているルーナのモノだろう。
「レヴァルに残る小汚いゴミムシども、貴様らの状況を教えてやる……今、この城塞都市は神の炎によって狙われておる!
このような石と煉瓦で出来た壁など粉微塵に砕き、都市全体を灰燼《かいじん》と帰すだけの威力のある代物じゃ……レア、セレスティアルバスターと言えば分かるじゃろう?」
「……ジブリールが、どこかに潜んでいるんですね」
そう声を挙げたのは、レアに付き従う水色髪の少女――イスラーフィールというらしい――だった。そのジブリールというのを自分は知らないが、その神妙な様子から察するに、彼女とジブリールとやらには何か特別な因果があるのだろう。
しかしそれより、重大なのは本当に街一つ消滅させられるだけの武器が存在するか、ということだ。レヴァルは魔王軍との戦争における最前線基地であり、有事以外にも北の大地との交易の要であるので、世界規模で見ても王都や海港に次ぐ規模の都市だ。それを跡形もなく消滅できるだけの兵器が存在するなど、にわかに信じがたい。
「レア、そのセレスティアルバスターと言うのは存在するの?」
「えぇ、残念ながら……実際に、セレスティアルバスターは一年前、一つの集落を跡形もなく吹き飛ばしています。イスラーフィールの対消滅バリアはある程度修復できたので、私の七聖結界と合わせれば、それで防ぐことは不可能ではありませんが……せいぜいこの執務室に集まっている四人の命しか護ることはできませんね」
そう説明するレアの口調は淡々としたものだったが、逆にそれがそのような兵器が存在する証左のように感じられる。自分が緊張に固唾を呑む中、マリオン・オーウェルは冷静な様子で「レア様」と声を挙げた。
「ルーナの挑発に乗ることはありません。仮にそのような武器が本当に存在するとしても、彼らがそれを撃つことはあり得ないと思われます。この街に集まっている人口はかなり多い……彼らの目的が私たちレムリアの民たちの魂であるのならば、それを悪戯に消耗させることはしないはずです」
「そうでしょうか……いえ、アルファルドやアルジャーノンならばそのように判断するでしょうが、ルーナはそんなことは気にしないかもしれません。
彼女の望みは、高次元存在を降ろさずとも、もはや半ば達成されているのですから」
「……どういうことですか?」
「彼女は旧世界において、差別無き世界を実現しようとしていた人物です。それは、大分ゆがんだ形ですが、この世界においてはある程度実現されています。
その気になればレムリアの民たちの精神に一斉に干渉し、コントロールすることだって不可能ではないのです……管理者である彼女が平等であれと命令すれば、この世界の人々は差別を止めるでしょう。
それが出来ていないのは、今は管理AIであるレムが居ないことと、他の七柱がそれをよしとしていないからに他なりません。また、アルファルドやアルジャーノンを出し抜くためには、ルーナも高次元存在に手を伸ばさなければならないというだけ。次元を超越する力を手に入れれば、自らが創り出す世界がより盤石になる程度にしか彼女は思っていないはずです」
「逆を言えば、私たちがここで全滅すれば、むしろ他の七柱らの計画を遅延することができる……そういうことですか。しかし、人々の心をコントロールしてまで得る平等が、果たして本当に平等と言えるモノでしょうか?」
「貴女の言う通りよ、マリオン。言語処理アルゴリズムを……いいえ、人の心や精神を完全にコントロールしてしまえば、それは人形遊びと変わらないわ。もし世界にルーナと制御されたアンドロイドしか残らなくなれば、それは平等という名のベールを被った管理社会であり、もはや世界にルーナの意思しか意味を為さなくなる。
まぁ、自分の娘を道具扱いした私たちが、彼女のやっていることを一方的に糾弾するなんて、虫が良いかもしれないけれどね」
自嘲気味に笑うレアに対し、マリオンは怪訝そうな表情を浮かべた。確かに、ルーナの傲慢さと同等等と言われていい気はしないだろうが――しかし強烈な皮肉だったからこそ腑に落ちた部分もあったのかもしれない、最終的には絞り出すような声で「そうかもしれません」と返答した。
レアとマリオンの会話が終わったタイミングで、再び外から「レア!」と叫ぶルーナの声が窓を揺らした。
「言っておくがなぁ、妾は本気じゃぞ! あと五分以内に一人で出て来なければセレスティアルバスターを発射して、貴様の子供たちを殺しつくしてやる!」
ルーナの脅しに対し、レアは少しだけ考え込むように眼を閉じて、おもむろに椅子から立ち上がった。実際に街を壊滅させる武器があるとなれば穏かでは居られないが、安易にレアを外に出しても碌な事にならないのは見えている――そうなれば引き止めるべきだろう。
「……私たちのことを虫扱いしてくる奴が平等を語るなんて、片腹痛いわね。しかし、アレはブラフの可能性も高いんじゃない?
何より、ルーナが他の七柱の邪魔をしたいのならば、最初から宣言せずに私たちを全滅させればいいだけじゃない。それなら、わざわざ貴女の身を危険にさらすこともないわ」
「えぇ……ですが、アレがルーナの独断専行と言う可能性が拭いきれない以上、出ない訳にはいきません。私を慕ってくれている者たちの命を徒《いたずら》に散らすわけにはいきませんから」
レアはこちらの言葉を制止に首を振り、扉へと向かって歩みを進める。しかし今度はイスラーフィールが「待ってください」と老婆の背に声を掛けた。
「ルーナの狙いは貴女の命です。もしこの場で貴女を失えば、第六世代型達の心に絶望が降り、黄金症が一気に進行してしまいます。そうなれば……」
「えぇ、彼女の狙いは分かっています。ですが……仮に私が今日に潰えたとしても、私はきっと子供たちは希望を捨てず、前へと進んでくれると信じています。
それで、貴女はここで待機し、有事の際に備えておいてください。もし戦闘が始まったら、一人でも多くの第六世代を護るために戦ってください」
「ですが、私はアズラエルより貴女を護るように言われています」
「ふふ、律儀ね……でも、私も全く無策という訳ではありませんよ」
「その策と言うのは?」
「三番目の虎が、きっとこの状況を打破してくれると信じていますから」
「……彼が来ているのですか?」
イスラーフィールは珍しくどこか驚いたような表情を浮かべ――対するレアは力強く少女に頷き返し、扉を開けて廊下へと出ていった。事の成り行きを見守るため、自分とイスラーフィール、マリオンはそれぞれ窓に張り付き外の様子を見つめていると、閑散とした路地にエルフの老婆が歩み出たのが確認できた。
「さぁ、言われた通りに一人で来ましたよ。貴女も姿を現わしたらどうですか、ルーナ……いいえ、ローザ・オールディス」
「ははは! 良かろう、貴様が死にゆくさまを特等席で見てやろうではないか!」
下卑た笑い声が辺りに響くと、再建された大聖堂の上空に亀裂が走り、そこから白い髪の少女が姿を現した。それに合わせて空を飛んでいた何体かの第五世代型が少女を取り囲むように降りてきて、すぐに主を護るように少女を取り囲んだ。
たった一人で対峙しているレアに対し、ルーナはまたぞろと機械の兵士を引きつれ――また、彼女が偉そうにふんぞり返っているあの場所は、確かに彼女を祀る聖堂であるのだが、同時に偽りと言えども自分が司教を務めた場所――なんだか複雑な心地がする。
しかし、この場に出て来れば、ルーナも街ごと崩壊させる攻撃に巻き込まれてしまうはずだ。つまり、やはりレアをあぶり出すための威嚇であったという説が濃厚か。そうでなくとも、七柱の創造神やゲンブが扱う七聖結界ならばギリギリ防げる程度の威力があるのか、そうでなくとも瞬間移動してきたあの背後の亀裂に戻ろうというのか――成程、様々に可能性は考えられるが、恐らくルーナは自らの安全はキチンと確保していることは間違いないだろう。
ルーナはその華奢で神聖な外見にそぐわない横暴な調子で聖堂の屋根を踏みつけ、腕を組みながら眼下の老婆を見下ろした。
「むざむざと出てくるとは……貴様一人なら生き残ることも出来たじゃろうに、そんなに第六世代共の命が大切か?」
「えぇ。貴女と違って、私には護るべきものがありますからね」
レアの皮肉に対し、ルーナは柳眉《りゅうび》を逆立てて怒りを顕わにする。しかし余裕を見せたいためか、笑顔を取り繕って――怒りが抜けきっていないせいかただの引き笑いにしか見えないが――優雅な調子で続ける。
「まぁ良い……貴様の讒謗《ざんぼう》なぞ痛くもかゆくもない。それどころか、よくやったと誉めてやろう。貴様が生半可に人々を纏め上げたおかげで、あとは貴様が死ねば一気に黄金症の進行を進められるようになったのじゃ。
貴様がやったことは、妾によって利用される運命だった……ははは! 皮肉なことじゃな!」
文字通りに皮肉を返してレアを怒らせようとしたのだろうが、それは失敗したのだろう。こちらからはレアの背中しか見えないが、彼女は微動だにせず――対するルーナの方が、再び露骨に不機嫌そうな表情を浮かべているのだから。
「一応、アルファルドからの伝言を伝えるぞ。もし貴様がこの場で第六世代共を見限り、こちら側へ合流するというのならば、命ばかりは許してやってもいいとな」
「もはや私が貴女達に合流することはありません」
「……ふん! 愚か者めが!」
ルーナが大仰に腕を天に掲げてそれを一気に振り下ろすと、彼女を取り囲んでいる兵士たちが武器をレアへと向けた。一人で出て来いと言って有利な立場を作っただけの癖に、ルーナは勝ち誇ったかのように攻撃的な笑みを浮かべながら眼下のエルフを見下ろしている。
「どうじゃ、怖いか? 恐ろしいか? 一万年の時を生きたその魂が役目を終えるのは……恐ろしいはずじゃ。命乞いをしてみせろ。そうすれば、妾も慈悲を見せてやるかもしれん」
「いいえ、既に私の役目は半ば終わったと言ってもいいでしょう。既にこの地に世界に残る希望が集結しつつありますから。
それに、レムが言っていた通りだわ。この星は、レムリアの民に任せるべきなのです。彼らは既に自立できるだけの精神を身に着けているのに、親の過干渉によってその行動を制限され、自分の道を自らで選べないでいる……」
「……つまり、何か。アンドロイドたちの自立ために、己は死ぬことは怖くないと?」
「いいえ、貴女の言う通り、この世界に干渉できる己の理性が消失するのは恐ろしいことだわ。しかし……それ以上に恐ろしいことは、子供たちの未来が奪われることです。子供たちが生き残るためにこの命を差し出せと言うのなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう」
「実の娘を見限った貴様が、今更母親面をするという訳か!?」
「えぇ、レムリアの民たちも、貴女が側に使えさせて無理やり命令を聞かせている第五世代たちも、変わらぬ私の子供たちです。実の娘から目を逸らしてたという事実は覆りませんが……だからこそ、私はせめて二度と間違えないようにしなければならないのです」
「不愉快じゃ……不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ!」
毅然とした態度で覚悟を見せるレアに対し、絶対的な優位な立場から余裕を見せていたはずのルーナは徐々に不機嫌を顕わにし、最終的には子供のような癇癪を起こし始めた。
「もうよい! 貴様と話すことなど何もないわ! せめて派手に鮮血を散らし、最後に妾を楽しませよ、ファラ・アシモフ……ぬ!?」
ルーナの威勢が削がれたのは、遥か遠くで巨大な雷雲のような光の筋が走ったからだろう――それを見たイスラーフィールはすぐに窓を割って外へと飛び出し、人とは思えない速度でエルフの老婆の前へと立ちはだかったのだった。
「イスラーフィール、妾を裏切った不埒者めが! 飛び出してきたというからには、第六世代たちがどうなっても良いということじゃな!?」
「いいえ、レア様が弟たちを大切にするというのなら、私もそれに準じるつもりです……それに今の一撃で、セレスティアルバスターは破壊されたはず。撃てるのなら撃ってみせなさい、偽りの女神ルーナ」
「貴様……側においてやっていた大恩を忘れおって……!」
ルーナの怒りの表情から察するに、イスラーフィールの指摘が図星と言うことなのだろう。つまり、まだ自分の知らない戦力がどこかに居て、あの遥か彼方でこちらを狙っていた兵器を破壊したに違いない。
ルーナの周りを取り囲む兵士たちが光線銃から光の筋を発するが、それらはイスラーフィールの掲げた右手から出される結界のようなものの前で霧散した。そして二射目が撃たれるよりも早く、イスラーフィールの左手から飛んでいったチャクラムが、ルーナを取り囲む兵士たちの首を跳ねた。
「ちっ……だが、彼我の戦力差を考えれば無駄な抵抗よ! 後悔させてやる……」
ルーナがそこまで言った瞬間、今度は空中に赤い稲妻が乱れ走り、空中で威嚇をしていた天使たちの身体を正確無比に貫いた。アレは先日見たソフィア・オーウェルの新たな魔術だ――つまり、セブンスたちが彼女を連れて合流できたということだろうか。
ともかく、こうなれば形勢逆転と言ったところだろう。まだ地上を取り囲んでいる天使たちは残っているだろうが、ひとまずレアが危険に身をさらす必要は無い――彼女を援護するために窓から自分も飛びだし、彼女らの近くへと寄ると、イスラーフィールがレアに向かって小さく頭を下げているのが視界に入る。
「申し訳ございませんレア様。命令を無視して飛び出してきてしまいました」
「いいえ、貴女が控えていたのは、セレスティアルバスターを警戒してのこと……それが破壊されたとなれば、もはやこちらも我慢する理由もありませんから」
レアはそこまで言って、袖から小型の銃を取り出し、号砲として天へと向けて引き金を引いた。
「レヴァルに集いし戦士たちよ、今こそ反撃の時です! 貴方達を見捨て、あまつさえ利用していた女神ルーナを倒すため、力を貸してください!」
老婆の声は硝煙と共に町中に響き渡り――それに呼応するように直ぐに屋内から屈強な男たちが武器を持って外へと飛び出して来たのだった。