B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
高速艇から飛び降りたその先は、復旧された大聖堂の真正面だった。そこは新型の第五世代と交戦するイスラーフィールがいる場所であり、周囲に士気を取りながら引き金を引いているアシモフがいる場所でもあった。
「レム、戻ったのですね!」
「えぇ、チェンと手を組むことには成功したわ。ともかく、貴女は自分の身を護ることに専念して、アシモフ」
「そうですね、右京の狙いは私でしょうから……イスラーフィールは、兵士たちの援護を頼みます」
そう言いながらアシモフは最前線から一歩引き、建物を背に指揮を取り始めた。命を狙われているというのに撤退しないのは精霊魔法の援護ができることの他に、兵士たちの士気を高める意味合いもあるのだろう――敵の狙いを考えれば安全な所に退くべきとも思うが、実際は一人でも多くの戦力が居なければこの場を切り抜けるのも難しいし、何より彼女が勇敢にことにあたってくれることは有難い。
自分も第五世代型と戦うためにトンファーを引き抜き、あわや戦闘に入ろうとしたその時、大聖堂の屋根でルーナが地団駄を踏み出した。
「ぐぬぬ……貴様らいつもいつも、右京、右京と! 妾のことを脅威と思っておらぬのか!?」
一瞬、ルーナが何を言っているのか分からなかったのだ。多分、先ほどアシモフが「右京の狙いは」と言ったことが原因だろう。要するに、目の前にいるのに自身が軽んじられているというのが許せなかったのかもしれない。
そんなんだからそんななのだとも思うのだが、律儀にレムは姿勢を正し、自らを称える教会の上で地団駄を踏んでいるルーナの方へと向き直った。
「いいえ、脅威に思っていますよ……だからこそ、全力で行かせてもらいます。ナナコ!」
「はい、お任せを! ティアさん、アガタさん、テレサさん! 行きますよ……トリニティ・バースト!」
ナナコが掲げた宝石に向けて、精神を集中させる――アガタとテレサとはどうやって精神を同調させるかなどは事前に取り決めもしていなかったのだが、示し合わせなくても自分たちの意志は一つの方向性へと向かうだろう。
光の巨人が現れてからというもの、精力的にレムリアの民をいたぶっている偽りの女神に対する敵意――ルーナを打倒しようという三つの覚悟が一つに合わさると、調停者の宝珠が煌めき、自分たちの身体を黄金色の光が包み込んだ。
これは確かに、以前にアランたちがブラッドベリと戦った時に引き出した力。これがあればアイツを倒せるかもしれない。
「ルーナ、今日という今日こそ決着をつけてやる!」
仇敵目掛けて指を差すと、相手はこちらの啖呵を鼻で笑っていなした。
「はっ! わざわざ貴様ら下郎の相手など、妾がするまでもない! おい右京! 例の奴を寄越せ!」
ルーナが指を鳴らすと、空中に亀裂が走り――その光景は何度か見たことがあるはずなのだが、今回の亀裂はいつものものと比較にならないほど巨大だ。そして宙から落下してきたそれは、中央広場の石畳をその重量で粉砕し、辺りに砂埃を巻き上げ――視界が拓けると、そこには一つ目の鉄の巨人が鎮座していた。重厚感があるというよりは細いシルエットであり、どことなく洗練された印象も受けるが、ルーナが自信満々で寄越したのだからかなりの戦闘力を持っていると思った方が良いだろう。
「なっ……巨大ロボット!?」
「いいえナナコ。厳密な定義では、ロボットとは何者かによって操縦されることを前提とする機械です。アレは任務を忠実に再現するために、自己で判断を下し、自立した機構を備えている……つまり規格こそ段違いですが、あれも第五世代型アンドロイドというべきでしょう」
巨人を見て驚くナナコに対し、レムが呑気に補足をした。アレが第五世代型だというのなら、他のアンドロイド達と同じような機構を備えていると言いたかったのかもしれない。
「ふはは! そのユミルはただのデカい木偶の坊ではないぞ! 迷彩機能をオミットした代わりに、強力な磁場バリアを搭載した超馬力の改良型じゃ! それに、こ奴には貴様らの最高傑作の学習AIのコピー積まれておる……懐かしの再会を喜ぶがいいぞ!」
ルーナが高笑いを浮かべると同時に巨人は周囲に向けて攻撃を始めた。相手の武装は、主に両肩や左手に持つ盾に搭載されている機銃のようだ。もちろん、右手が空いていることを見れば、他に何か強力な武装もあるのだろうが、恐らくはレムリアの民を威嚇するのがアレのメインの役割であり、あまりに威力のありすぎる武器の使用は抑えているということなのだろう。
しかし、それはあくまでも奴らの技術力を持ってすれば抑え気味というだけで、あの規格で撃ちだされる銃弾は通常の第五世代型が打ち込んでくるものよりも遥かに威力があり――実際に辺りの建物の壁をチーズかの如く穴を開けていっている――普通の兵士には十分な脅威となる。
自分は弾丸の軌道を読み、当たりそうな弾丸を適宜撃ち落とすこともできるが、如何に勇敢な兵士と言えどもあの銃弾を浴びればひとたまりもない。後方ではイスラーフィールがバリアを展開し、大路にいる味方に銃弾が当たらないように壁を作ってくれているようではあるものの、やはり兵士の士気は落ちているようだ。
その攻撃の激しさゆえに、イスラーフィールはレムリアの民を護るのに回らざるを得ない。手薄になってしまったアシモフを防衛するため、自分とナナコは一度エルフの老婆の元へと駆け寄り、近づいて来ていた等身大の陸戦型を撃退してアシモフの前に並んだ。
「懐かしの再会って、どういうことなんです?」
「……恐らく、あの巨大ロボットの戦闘制御には、レムの護衛であったミカエルや、散ったはずのウリエルやアズラエルの人工知能のコピーが使われているのでしょう。まだ残っているイスラーフィールとジブリールのものは入っていないはずですが。
もちろん、熾天使は人間サイズを前提としてつくられているが故に、コピーAIも勝手が違うと困惑しているかもしれませんが…彼らはアナタ達の戦闘データを持っているのは確かですし、すぐにAIを最適化してあの体のサイズにも適応してくるでしょう」
「あ、あの! 私が言いたいのはそういうことではなく……」
もしもあの巨人にレムの旧知が宿っているというのなら、撃破するのには抵抗がある――ナナコはそう言いたいのだろう。自分としては彼にはシンパシーを感じていた部分はあるので、アズラエルが宿っているというのなら戦うにも抵抗がある。
もちろん、そんな甘いことを言っている場合でもないのも確かだ。自分やナナコは巨体相手が不慣れという訳でもないのだが、先ほどルーナが強力なバリアを持っていると言ったことを想定すれば、自分たちの攻撃はあの巨人には届かないかもしれないのだから。
また、アズラエルの主であったアシモフの気持ちを考えれば、攻めるにしても護るにしてもやりにくい相手なことは間違いない。ナナコも同じように思っているのだろう、困ったような表情を老婆の方へとむけているが――アシモフは少し寂しげに俯きながら、しかし毅然とした様子で首を振った。
「ナナコ、迷うことはありません。確かにルーナの趣味が良いとは言えませんし、熾天使の学習アルゴリズムを搭載しているとなればあのユミルという巨人が強力なことは間違いありませんが……本物の彼は一年前に散っているのです。
あそこにいるのは、邪悪な意思によって蘇らせられた過去の残滓……むしろ、彼らを解放するために、貴女の力を貸してほしいのです」
「……分かりました。私も覚悟を決めます! ティアさんはアシモフさんを守ってください! 私が、あのロボットを止めてきますから!」
そう言いながら、ナナコは巨大な刀身で身体を隠す様にしながら巨人の方へと駆けだした。巨大な弾丸を真っ向から受け止めながらも、魔剣ミストルテインは確かに主を護っており――しかし度重なる銃撃により、表面はかなり抉られてしまっている。
とはいえ、機銃による攻撃は巨人自らの足元を狙うことはできない。ナナコは見事に巨人の下へと辿り着き、レーザーブレードで巨人の踵に切りかかった。しかし、やはり相手が巨大すぎるせいで、その一撃は鉄と鉄が打ち合う巨大な音を立てるのみで終わった。
「ナナコさん!」
そう声をあげたのはアガタだった。彼女も巨人の方へと接近しており、ナナコに対して手をこまねいている。ナナコの方もアガタの意志を察したのだろう、アガタの方へと走り出し、彼女の手前で跳躍し――そしてアガタが手をかざして展開した結界に乗っかって、大剣と共に一気に上へと跳躍した。
ナナコはそのまま巨人の一つ目に対して剣を振り下ろす。確かに生物であれば目が弱点になるのだろうが、アレは超科学で作られた人工物だ。自分の想像に違わず、剣はモノアイに振り下ろされる前に展開されたバリアによって弾かれてしまう。それでも空中で姿勢を崩さず綺麗に着地したのは、ナナコも流石の運動神経と言ったところか。
ともかく、ナナコが主にユミルと呼ばれた巨人の相手を、アガタはその援護に周り、自分とテレサは巨人の攻撃や他の第五世代型から護るためにアシモフの周りで立ち回る構図が出来上がった。そんな中、アシモフ自身も銃で応戦しつつ精霊魔法で回りを援護しながら近くに浮いているレムに声を掛け始める。
「確かに、あの巨体に通じるだけの火力が、今の我々にはありませんね。レム、力を貸してくれませんか?」
「私にできることなら構わないけれど……アズラエルの人工知能にハッキングを試みようというのですよね?」
「えぇ。私は彼らの生みの親ですから、右京がプロテクトをかけていたとしても干渉できると思います……しかし、電脳戦は得意ではありませんから、貴女にはそのサポートをして欲しいのです」
「ですが、右京がそれを許さないでしょう」
「そうでしょうね……しかし、動きを多少鈍らせることくらいはできるかもしれない。それに、時間稼ぎさえ出来れば良いのです。ソフィアが合流してくれれば、あの巨体に有効打になり得る攻撃もできるでしょう。
何より、以前のように皆が戦っているのを、手をこまねいているだけというのは耐えられませんから」
アシモフがそこまで言い切ったタイミングで、アガタとナナコが自分たちの方へと吹き飛ばされてきた。
「ナナコ、アガタ、ティア、テレサ。貴方達はユミルの動きに対して遊撃を仕掛け、周りへの被害を抑えてください」
「分かりました……」
アシモフに対して頷き返した直後、ナナコはハッとした表情で巨人の方を見上げた。それにつられて自分たちもそちらに目をやると、巨人の胸部装甲が開き――そこから長大な棒のような物が姿を現した。
「……荷電粒子砲!?」
アシモフがそう驚きの声をあげた時には、すでに棒には幾重にも稲妻が走っており――その正面に球体のエネルギーの塊が出来上がるのに合わせ、強烈な閃光が自分たちを襲ったのだった。
◆
ルシフェルと名乗った第五世代型との戦闘は一進一退の攻防が続いた。基本的なスペックでは向こうが上回っているのだろうが、こちらは精霊魔法で身体強化と行動の隙を消すことができる。アシモフから受け取った精霊のイヤリングのおかげで何とか対応できるという形だ。
しかし、相手も徐々にこちらの動きに対応してきている。ADAMsと魔法を掛け合わせた複合戦術を取った者が歴史上存在しなかったが故に最初こそ向こうも遅れを取っていただけだろう。
だが――。
「そこですね」
こちらのADAMsが切れた瞬間を上手く狙ったのだろうが――相手の実弾による攻撃は生成した土の壁で相殺した。再び奥歯を噛み、音速の壁を超えて接近して至近距離で光の矢を放つ――防がれこそしたものの思ったようにこちらを追い詰められていないせいだろう、優男風の第五世代型は何やら驚いたように目を見開いていた。
奴には熾天使を凌ぐレベルで最高性能の学習AIが積まれているという驕《おご》りがある。そこに隙がある。確かに以前戦ったジブリールと比較すれば、ルシフェルの対応速度は早いと言える。しかし、言ってしまえばそれだけ――ルシフェルからは揺らぎというか、不気味さというか、そう言ったものを一切感じられない。
ヴェアヴォルフエアヴァッフェン起動下のエリザベート・フォン・ハインラインやジブリールと戦っていた時が今の状況に近いのだが、あの時の方が遥かに追い詰められていたように思う――より正確に言えば、もしあの二人と戦っている時に精霊魔法があったとて、そこまで有利に働いたとも思えない。
恐らく、彼女らには僅かにだが揺らぎがあったが故だろう。その揺らぎとは、不合理性、不確かさ――同時に、確かにこちらを上回ろうという意志の力が持つ凄味があった。
対するルシフェルにはそれが無い。ルーナとしては絶対に裏切らないようにルシフェルを調整したのだろうが、それ故にこの優男風の第五世代型は本物の人形へとなり下がった。一言で言えば、コイツにはこちらを撃ち滅ぼそうとする意志の力がない。ただ命令のままに敵と対峙し、スペックにものを言わせて相手を蹂躙しようとしていたのだろうが――。
(己を持たぬ人形如きに負けるわけにはいかん!)
敵を上回ろうという覚悟の強さを知っている自分が、たかだか自動学習を繰り返すだけの人形に――勝とうという意思を持たぬものに負けるわけにはいかない。
一度距離を離して体勢を立て直そうとする男に向けて矢を放つ。精霊弓の一撃をバリアで防がれるが――世界に音が戻ってくるのと同時に、波動砲が周辺の大気と木々を激しく揺らす轟音が響き渡った。
「解せません……そのイヤリングで精霊魔法を制御しているまでは分かるのですが、その程度で私と渡り合えているのが……」
「……まだ本気を出していないと言い訳でもする気か? 御託を言っていないで、全力を出したらどうなのだ?」
こちらの挑発に対し、ルシフェルは落ち着き払って薄ら笑いを浮かべている。この辺りは主人と違って精神的な余裕があるのか、もしくはまだ実力を隠しているのか――恐らくは両方だ。
実際の所、ルシフェルはまだ全力を出していないというのは確かだろう。先ほど考察したようにあまり凄味を感じないのは確かだが、この程度で第五世代を統べる者と言われるのも違和感がある。
それに、今の所ジブリールが沈黙しているのも気になる。挟撃されないように距離は取ったが、もし挟み撃ちにされたら敗北は必須だ。以前は飛行形態ではADAMsを利用できなかったようだし、恐らくは音速戦闘が出来ないから潜ませているのだろうが――ふと、先ほどジブリールが潜伏していた地点で何者かが飛び立ち、西の方へと飛び去って行った。セレスティアルバスターが使えなくなり、こちらに回収されるのを恐れてジブリールを退かせたのだろう。
本来ならこの場で何とかジブリールをイスラーフィールに引き合わせてやりたかったが、流石にそこまで悠長なことをしている場合ではない。むしろ、挟撃の危険性が無くなったことを喜ぶべきか――そう思っていると、ルシフェルの方も赤い粒子を放つ翼をはためかせて上空へと飛び立った。こちらから距離を取って上から攻撃を仕掛けようという感じではない――城塞都市の方角を見据えているのを見るに、恐らくルーナに合流するつもりなのだろう。
「逃げるのか!?」
「逃げるなどというのは人聞きが悪い。より合理的に、より確実に勝てる選択肢を取るだけです。今回の作戦の目的は、女神レアの暗殺です……つまり、貴方など知ったことではないのですよ」
こちらが放った光の矢をバリアで防ぎ、ルシフェルはそのまま向いていた方の方角へと凄まじい速度で飛び去って行った。ADAMsを起動すれば同等の速さは出せるだろうが、こちらは起伏の激しい未開の道を通らねばならないため、すぐに追いつくことは難しい。
しかし、敵はあちらへ集結しつつあるのだから、自分も戻らねばなるまい。ルシフェルの後を追うために奥歯を噛み、レヴァルへと向かう機影を追うことにした。