B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
シモンを安全な所まで退避させた後、自分たちも素早く城塞都市防衛のため移動を始めた。鳥の目で見れば――正確には機械の目だが――かなり遠方まで見渡せるため、上空から見渡せばおおよその状況は把握できる。
『グロリア、様子は?』
『今確認しているわ……ちょっと待って』
普段はなるべく口頭で話すようにしているが、高速で移動中では声が聞こえにくいため、今は脳内での会話に切り替えている。また視界に関しても、機械の体で見ている視界をソフィアに共有することも可能だ。この場合、脳に映像のみを共有することも可能であるし、今はこちらの視界そのものを共有している。むしろ飛行している時には遠方まで見える方が利便性も高い。
さて、状況としては次のようになる。先ほどの魔術により飛行型の殲滅は済んだようだ。陸路からレヴァルを目指している第五世代型達もいるが、数はそう多くない――と言っても大雑把に見積もって百機程度が東の方から進行してきていた。アレだって第六世代アンドロイドたちにはかなりの脅威になり得る。
何より厄介そうなのは、城塞都市の中央広場に巨人のような大型の敵が現れていることだろう。今はナナコたちがどうにか対処しているようだが、あの巨躯をどうにかする火力は無いはずだ。魔剣ミストルテインがシルヴァリオン・ゼロと打ち合えたのは過去の話、自分たちの側にモノリスがあってのことであり、今あの剣には放出するエネルギーがないためだ。
城塞都市の状況を把握して、ソフィアは『急ごう』と脳裏で呟きながら更に速度を早めた。ソフィアの思考や感情は、接合した腕を介して全て共有されている。少女が如何に表面上はクールに取り繕っても、彼女の熱い部分は自分には筒抜けだ。
ソフィアはあの朽ちかけた城塞都市に残る人々や、あの場で戦っている仲間を大切に想っている。先日ナナコに八つ当たりしたこと自体はいただけないが、アレもソフィアなりに感情を整理するのに必要だったのだろう。ただ唯一、母親に関しては重いコンプレックスがあるようだが、それも自分としては共感できる部分だ。
ともかく、そういう子だからこそ力を合わせようと思ったのであるし、最近は年頃特有の先鋭的な感受性で――もちろん、アラン・スミスを奪われた復讐のために血のにじむような努力をしたのも理解しているし、同時に右京らを倒すために生半可な感情を切り捨てたというのも分かっているが――こちらが気恥ずかしくなるようなネーミングセンスがもう少し落ち着いてくれれば――。
『ちょっとグロリア、くだらないことを考えるのは止めて……』
『ソフィア、身体を借りるわよ』
一応断わりは入れたが、同意を得る前に少女の身体のコントロールを一時的に切り替え、超音速で飛来してきてた敵の襲撃に備える。生身で超音速戦闘をこなすために自分たちが編み出した答えがこれだ。機械の眼があれば超スピードを認識することも可能だし、またソフィア・オーウェルの豊富な魔術があればこそ、相手の動きを阻害することも不可能ではない。
接合した自らの腕で――ソフィアと繋がって久しく、既に彼女の体の一部と言って指し違いないほど馴染んでいる――魔術杖のレバーを引いて第六階層の魔術を編み、周囲の温度を一気に下げる。その冷気は、一気に空気を凝固させるほどのものであり、空気の質量を考えればその密度はたかが知れているが、広範囲の気体を凍らせれば超音速で動く物体の進行を阻害するのには十分な壁になる。
案の定、ソフィアの身体に狙いを定めていた優男風の第五世代型は、こちらへの接近を断念して氷の壁を避けるのに専念し始めた。なかなか高性能のようであり、見事に軌道を変えながら減速し、衝突しそうになる氷塊に対してはバリアを張りながら直撃を避けているようだった。
その間に杖を回して第三階層の魔術弾を装填し、そのまま魔術を編んで周囲に電磁波を発生させる。威力こそないが、電磁波は相手のレーダーやセンサーの類をバグらせる魔術――これはこの一年間で編み出した魔術であり、とくに空中を超音速で飛ぶ相手には効果的だ。
氷の壁と電磁波により空中を飛びまわれなくなった第五世代型は、追い詰められている割に冷静な表情で剣の切っ先をこちらに向けた。その背後に蠢く赤黒い光を放つ羽から、何やら粒子がその切っ先に集まっていき――成程、アレが相手の切り札と言ったところか。
光の屈折で位置をずらすなり、移動してこの場を離れるなり、色々と取れる防御策はあるが、相手の攻撃がどのようなものか未知数だ。追尾性能が強力なことを想定すれば、真正面から対策するのが一番だろう。今の自分には、それだけの防御力があるという自負もある――そう思い、相手のエネルギーを充填しきる前に左手で魔術杖のレバーを引き、第七階層の魔術弾を装填する。そしてすぐに魔術を編み――これは自分がチェン・ジュンダーから賜った魔術の一つの到達点だ。
編まれた魔術を掌に載せ、腕を身体の正面へと突き出す。同時に、第五世代の持つ剣に集められたエネルギーが臨界点を超え、一気に放出される。視界一杯に赤黒いレーザーが映し出されるが、それがこの身を撃ち貫くことは無かった。何故なら、掌の先にある七枚の結界が、相手の攻撃を遮断しているからだ。
強力な一撃ではあったのだろう、結界の内六枚は割られてしまった。しかし、最後の一枚が砕け散る前に視界が拓け――その先には、自分が紡いだ魔術を見て困惑したようにこちらを見つめる第五世代の姿があった。
「七星結界!?」
「驚いてくれて光栄ね。だけど、何も不思議なことは無いわ。七星結界は、モノリスに触れた最後の世代しか使えないという条件がある……私はその条件に合致しているのだから」
ソフィアの声で自分の言葉が紡がれるのは妙な気分だが――瞳を閉じ、身体のコントロールをソフィアに戻す。高性能なバリアを持っているとなれば、それを上回る一撃が必要になる。その一撃は彼女にしか編むことができない。
ソフィアは手早く右手でレバーを引き、既に編んでいた第七階層魔術の詠唱を手早く始める。氷の壁と電磁波によって身動きが取れなくなっているアンドロイドの周りを六つの魔法陣が舞い――この機械の身を杖の先端に止めると、少女はそのまま杖で正面にある魔法陣を突き出した。
極限の冷気を纏った青白い光線が空中を乱反射しながら標的に向けて飛んでいき、敵のいた地点に巨大な氷塊を作る。重力下における擬似的な絶対零度、本来ならそれだけで十二分な威力はあるのだが――以前にウリエルにはトドメになり切らなかったことを想定すれば、恐らく彼を上回る性能をしている天使は何某かの手段で生き残るかもしれない。
しかし、こちらもこれで終わりではない。ソフィアは追撃のために自らが創り上げた巨大な氷塊に接近していく。
「力を貸して、グロリア。シルヴァリオン・ゼロ……!」
少女の願いに力を貸すため、機械の身を起点に灼熱の炎を杖に纏わせる。その熱気は、自らの進行方向にある氷の壁を徐々に溶かしていき――ソフィアは杖を両手に持ち、敵の上空から氷炎の翼をはためかせ、一気に氷の檻へと急降下を始めた。
「レクイエム!」
炎が氷の檻を呑み込み、少女の体はそのまま地表近くまで降下して――地面すれすれでソフィアは綺麗にホバリングした。鳥の身体で肩に戻るのと同時に、背後の中空で大爆発が起こった。極限に近い低温で冷やされた原子が一気に温度を上昇させられ、壮絶な熱膨張を起こして爆発を起こしたのだ。要するに、ウリエルを倒したときに自分とソフィアで起こした熱衝撃を、以前より更に高威力に昇華した形だ。
ソフィアは確かな手ごたえがあったのか、振り返るまでもないと言わんばかりに杖から廃莢している。一応自分が確認のために首を回すと、背後の空には塵一つ残っていなかった。
「相手にもならなかったわね……しかし、アイツ何者だったのかしら?」
「多分、新手の熾天使だと思うけれど……ノンビリしている暇はないよ、グロリア。すぐにレヴァルに向かわなきゃ」
そう言いながら杖を一回し、少女は再び氷炎の翼で空を舞い、彼女がかつて司令官を務めた城塞都市の方へと飛び立った。セレスティアルバスターは何者かが――あの光の一撃は恐らく精霊弓のものであり、ナナコの言うようにT3が生きていたということなのだろう――阻止し、暫定新型の熾天使は撃破できたのだから、後はあの巨人さえ倒せれば今回の襲撃に関してはこちらの勝利で締めることができそうだ。
「……ルシフェルを瞬殺したか。流石だよソフィア君」
声の方へと振り返ると、先ほどまで何もいなかったはずの中空に亀裂が入っていた。聞き覚えのあるねっとりとした喋り方に反応したのか、ソフィアは亀裂に向けて左手から炎を放つ。魔術と違い、無詠唱で威力のある遠距離攻撃が出来るのはパイロキネシスの利点とも言えるが――声の主は空気の断層で炎を無力化しながら亀裂を乗り越え、杖のレバーを引きながらこちらと対峙したのだった。
「アルジャーノン……!」
「そんな、仇でも見るような眼で見ないでくれ給えよ。僕は別に、事を構えに来たわけじゃあないんだからさ。それに、こうやって君たちは存命な訳だしさ。そこまで恨まれる筋合いもないと思うけれどね。
ともかく、君が無事でよかったよ……これは嘘偽らざる本心さ」
品定めするようにこちらをじっと見つめてくる男に対し、ソフィアは険しい表情をしながら男の方を睨め付けている。アルジャーノンことダニエル・ゴードンは、旧世界において自分を倒した張本人であり、この星においてはソフィアの腕を飛ばした因縁の相手である。
同時に、彼が宿っている身体の主はソフィアの師匠でもある。先ほど問答無用で攻撃を仕掛けたソフィアだが、それでも師を尊敬する気持ちと七柱に精神を支配されたことを悼む気持ちは確実に存在する。戦うことに迷いがある訳でもないのだが――しかし今はレヴァルが襲撃を受けており、早く救援に向かいたいという気持ちも少女の中に混在しており、珍しくどうするべきか決めあぐねているようだった。
『……ソフィア、どうする?』
『結論、倒すしかない。一刻も早くレヴァルへ増援に向かいたいけれどそうはさせてくれないだろうし、仮に無視できたとしてもレヴァルに恐ろしい敵を連れて行ってしまうことになるから。何より……』
『私たちはアイツを倒すために一つとなり、互いの力を束ねたのだから……それが今というだけの話よね』
ソフィアは杖を回転させて魔術弾を装填し、自分は少女の肩から離れて敵を挟撃するための体制を取る。対する男は笑みを好戦的なモノへと変貌させた。
「……話すことなどない。そんな顔をしているね?」
「はい……アナタは仇を見るような眼で見るなと言いましたが、それは出来ません。何故なら、アナタはグロリアの身体と……!」
「ソフィアの左腕を奪ったんだから!」
自分とソフィアが各々男の罪状を述べて啖呵を切るが、男はこちらの怒りなどどこ吹く風といった様子で失笑を浮かべた。
「肉の器にこだわるなんて、相変わらずつまらないことに固執しているようだね……ま、良かろう。君の可能性は極限の中で引き出されるというのなら、手荒にやるのが僕の研究にとっても一番の近道だろうさ!」
アルジャーノンがレバーを引くのと同時に、ソフィアは追尾する稲妻の魔術を放ち、氷炎の翼を羽ばたかせながら前進を始める。併せて自分は上へと飛び、男に向けて炎熱を放つ。男は魔術をディスペルし、炎に対しては腕を突き出して結界を張っていなすが、逆を言えばそれは足を止めたということ――男はソフィアの接近を許す形になる。
ソフィアは魔術杖に氷の刃を纏い、男に向けて鋭い斬撃を放つ。男は炎を防ぐのに残っていた結界でそれを受け止め、そのまま口で器用に魔術杖のレバーを引き――斬撃によって結界が砕けるのと同時にディスペルを仕込んだのだろう、アルジャーノンが刃を杖で受け止めると、氷は中空で霧散してしまった。
しかし、そんなことは知らんと言わんばかりに――というよりディスペルされるなど予想済み、ソフィアは杖の先端を素早く男の方へと押し込んだ。アルジャーノンの方もそれを読んでいたのか、上半身を大きく逸らして――半ば空中でブリッジのような姿勢を取り――鳩尾に沈むはずだった杖を躱し、ふざけた姿勢のまま下へと急降下してソフィアから距離を取った。
その退散を手をこまねいてみているだけの自分ではない。ソフィアが姿勢を戻して魔術弾を装填している間に――もっと言えば下から反撃のチャンスを狙っているアルジャーノンの出鼻を崩すために――炎の渦を下へと向けて射出する。
ソフィアに向けて放つはずだった攻撃魔術を防御用に切り替えたのだろう、アルジャーノンの目の前に再び大気の断層が出現し、炎は防がれてしまうが、代わりにソフィアが急降下し、炎が晴れるのと同時に氷の刃を男に向けて振り下ろした。
「成程、魔術の打ち合いじゃ敵わないと踏んで、接近戦を鍛えてきたか……いちち!」
斬撃を再びディスペルし、男は無理な姿勢で攻撃を避けて痛めたらしい腰をさすりながら、器用な空中機動でソフィアの攻撃を躱している。自分はソフィアとは別の方向から男に向けて炎の弾丸を撃ち込み続ける――本来ならフレンドリーファイアの危険性があるのだが、精神を同じくしている自分たちならエイムを共有できるので、このような無茶な攻撃も不可能ではない。
ある意味で恐ろしいのはアルジャーノンの対応能力か。彼は思考を三つに分割しているらしいし、高速戦闘においても状況を把握する高速思考を兼ね揃えており、それで激しい戦況を把握し、対応する魔術やディスペル、結界を使いながらソフィアと自分の波状攻撃をいなしているのだから。
とはいえ、状況的にはこちらが圧している様には感じられる。油断できる相手でないことは間違いないが――どれだけ思考が優れていても、彼が宿っているのは生身の体だ。それ故に電磁パルスによる妨害などは出来ないが、同時にADAMsのような超音速で動く相手なわけではない――そう思っていた矢先の出来事だった。
アルジャーノンは杖から強烈な閃光を放ち、凄まじい速度で一度こちらから距離を取った。目くらましはソフィアには有効だが、自分には効かない――それを織り込んでの離脱だったのだろうが、驚くべきはその速度であり、自分とソフィアが空中で出せる限界値にかなり近い速度だった。
生身では無茶な速度というのはもちろんだが、自分たちにできることなのだから彼にできない道理もない。原理的に言えば結界と補助魔法で無理やり音速の壁に耐えられるだけの耐久性を得ているというだけなのだから。全ての魔術を扱えるアルジャーノンには、とくに障害物のない空中での音速機動など造作もないことなのだろう。
ともかく、急いで機械の体を杖の先端へと戻し、相手が遠方から放ってきた漆黒の稲妻を防ぐべく七枚の結界を紡ぎ出す。
『しかし……記録の中にはゴードンが音速で飛ぶなんてデータはなかったはずなのに……』
『多分、T3を警戒してのことだと思う。以前、ヘイムダルでADAMs相手に苦戦したみたいだからね……でも、空中の超音速戦闘なら……!』
『えぇ、こっちが上だということを教えてやりましょう!』
相手から照射された魔術は、七星結界で防げないほどではない。結界を張っている腕を突き出しながら一気に前進を始め、魔術が途切れた瞬間に最高速度へと達し、魔術神との間合いを詰める。
実際、距離が遠いほど相手が有利――こちらは反応速度も防御力も高いという自負はあるが、超遠距離からこちらが認識していない謎の魔術で応対されることは出来る限り避けたい。そのつもりで相手に追いつくよう速度を上げ、追尾性の高いレーザーを打ちながら相手との間合いを詰める。
ドッグファイトは原則として、背後を突かれているほうが不利になる。そういう意味では、アルジャーノンは結構安易に距離を離したとも言える。確かに上手くこちらの攻撃はディスペルや魔術で避けているようだが、持てる力を防御に回している分で速度が出し切れていないのだから。
何より、やはり器の丈夫さが違う。アレイスター・ディックの器は完全に魔術師のそれであり、いくら魔術で強化しても限界はある――最終的に身体に限界がきて観念したのか、相手は徐々に減速を始めた。
しかし、相手もただ減速する訳でなく、デコイを巻き始める――自分たちが先ほどしたのと同じように、冷気の魔術で空気を凍結させて壁を作ってきたのだ。
『ちょこざいな!』
即席で作った密度の薄い氷なら、パイロキネシスで溶かしながら進むことも可能だ。炎熱でデコイを溶かしながら突き進み、今度はディスペルされないように炎を杖に纏わせて肉薄し、すれ違いざまに一太刀を浴びせるが――それはアルジャーノンの七星結界で防がれてしまう。
「はは、随分マッチョな方法だが、やるじゃない!」
「……はぁ!」
男の余裕綽綽な調子の声が聞こえ――ソフィアは空中で身を翻してターンし、自分は機械の体を改めて杖から離して再び二人での波状攻撃を仕掛ける。変わらず相手の対応力の高さから――炎には冷気や真空、魔術にはディスペル、物理攻撃には結界と、全てに対応してくる――こちらも決定打こそ撃てていないものの、確かに相手は防戦一方であり、確実にこちらが戦闘のペースを掴んでいる。
しかし、自分が勝ちを確信できないのは、男がずっと不敵に笑い続けているところか。ソフィアの一挙一動を見逃すまいと少女を見続け、同時に何かを期待しているようでもあるのだが――。
「……これが君の限界かい?」
ふと男の顔から笑顔が消え、その表情は氷のような無関心へと変貌し――同時に観察するような視線は鳴りを潜め、強烈な殺気が一気に噴き出してきたのだった。