B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
男の異様な変化にソフィアも気付いたのか、攻撃の手を止めて少し敵から距離を取った。その判断は全く正解であった。突如として、ソフィアが居た場所に黒い手のようなものが伸び、彼女の四肢を捕まえようとしていたのだから。
寸でのところで闇の拘束魔術を躱したまでは良かったのだが、更なる異変が立て続けに起こり始める。まず、アルジャーノンを中心に衝撃波が走ると、ソフィアが自身に掛けていた補助魔法が解かれてしまったようだった。
次いで、男の周りに浮かんだ二つの魔法陣から冷気が放出される。攻撃魔術ではなく、生物の動きを阻害する魔術だ。その結果、こちらの動きが制限されてしまう――ソフィアが一年前にガングヘイムでセブンスを破った時と同じ戦法をアルジャーノンは取ってきているのだ。
『ソフィア、距離を取って! 私が時間を稼いでいるうちに、体制を立て直すの!』
「……安易な援護だ。二人揃って潰れるがいい! 漆黒の重力禍【ブラック・グラビティウェイブ】!」
アルジャーノンはこちらがソフィアと位置を入れ替わろうとしていることを読んでいたようだ。レバーを手早く引いて高速詠唱を済ますと、七つの魔法陣が体制を立て直そうとするソフィアを上から取り囲むように飛び交った。
『チェンの護符を!』
『分かってる!』
先ほどは自分が七星結界を編んだが、もちろん即席で出せる結界の準備もしてある。ソフィアは袖から護符を取り出し、七枚の結界が現れるのに合わせて、上から稲妻をまとった巨大な漆黒の球体が現れ、こちらに向けて落下してきた。
アレは、リーゼロッテ・ハインラインの操るヘカトグラムと同じ重力波――その中心の圧力に対し、正面だけの結界だけでは耐えられない可能性もある。防御に全振りするために自分も杖の先端に戻り、そのまま断りもなく再び少女の身体を借り、重力の渦に巻き込まれる前に杖のレバーを引いて、身体全体を取り囲むように自前の結界も展開する。
「うぐ……うぅぅ!」
少女の口から発される呻き声は、痛みに反応して自分があげているものだ。結界によりある程度保護されているものの、重力波に巻き込まれて四方から来る強力な圧力により、ダメージを完全にカットすることは出来ず、真っ暗な渦の中で痛みに耐えることしかできない――なんとか魔術が途切れるまで結界で耐え続けると、気が付けば身体は地面すれすれまで落下しており、浮力を失った少女の身体はそのまま地面へと叩きつけられた。
直後、身体のコントロールをソフィアに取られ、自分の意識は機械の鳥へと戻る――幸い、同じく結界で護られていたおかげで完全に破壊こそされなかったが、翼が幾分かやられており、上手く体を動かせなくなっていた。
『ソフィア、大丈夫!?』
『これくらいの痛み、なんてことない……!』
ソフィアはそう言いながら手早く回復魔法を掛けた。骨や内臓へのダメージはあるが、出血は少ないため魔法でのリカバリーは可能だ――すぐに上空に居る魔術神の方を見上げた。
「……つまらないね」
「……え?」
ソフィアが頓狂な声を上げたのは、男が追撃の姿勢を見せずに、本当につまらなそうに首を横に振っていたからだろう。
「全くつまらない。確かに僕はリーズや熾天使ほどに接近戦ができるわけじゃないし、その隙を突こうというのはある意味では合理的な判断だろう……それに、七星結界に神聖魔法、パイロキネシスと魔術の融合など、君がかなりの修練を積んだことは分かる。
だが、それだけだ。そもそも、苦手を克服することは、得意とすることを伸ばすのに比べて労力のわりに得られる成果は少ないんだ。君はその馬鹿みたいな棒術の体得なんかしている暇があれば、君の持つ力を伸ばすべきだったんだ」
男はそこで言葉を一度切り、今度は笑顔を見せてきた。その笑みは、侮蔑を含む嘲笑であり、攻撃的な意味をはらんでいる。
「ま、超能力と魔術の合わせ技についてはなかなか斬新なことは認めるけれどね。それも所詮、既知の中にあるモノの組み合わせだ。それに対応できない僕じゃない。
我武者羅に強くなろうとしたんだろうが……だが、所詮は一年だ。君の一年間の努力など、万年を魔術の研鑽につぎ込んできた僕の前では、ちょっと塵が積み重なった程度のものに過ぎない。
僕の頭の中には、百万を超える魔術があるんだ。別に戦うのが好きなわけじゃないが、君のありとあらゆる技に対処できる何某かの対応策はあるのさ」
そう言いながら、男は自分の側頭部を指で叩いて見せた。悔しい所だが、彼の言は慢心から出るものでなく、事実そのものではあるだろう。
自分たちだって、アルジャーノンのことを甘く見ていた訳ではないが――彼はチェン・ジュンダーが星右京と並んで最も警戒していた男であり、戦闘力に関しては強力なアンドロイドが多く存在する中でも最強と評していた男だ。
その所以は、彼が言っていた通り、多彩という言葉で語りつくせないほどに操ることのできる魔術にある。単純な破壊力は勿論だが、第七階層まで含めれば、彼は自然現象を想いのままにコントロール出来るのだ。つまり、こちらの戦法に対しても必ず何かしらの対抗策を持っているとも換言できる。
ただせめて、肉体的には壮年という弱点さえ突ければと思ってはいたのだが――妨害魔法を仕掛けてくるくらいは読んでいたが、補助魔法のディスペルは既知の外だった。この一年間で様々な可能性を検討していたが、その虚を突かれたせいで隙が生じ、そこから地面に引きずり降ろされてしまった。
もちろん、自分もソフィアも諦めてしまっているわけではない。ソフィアはこの状態でも頭を全力で回転させ、この状況を打破する手段を模索している。今だって、相手がベラベラと話している間に少しでも呼吸を整えようとしているのだが――アルジャーノンの側もこちらが反撃の糸口を探そうとしていることなど分かっているだろう、隙の無い目線でこちらを見下ろしている。
「何より、今の君には以前にあった神秘的な力が欠如している。結果論ではあるが、君はくだらない研鑽を積んでいる暇があれば、絶対たる一を追究するべきだったんだよ。
僕はそれを君に期待して、もう一度こうやって会いに来たんだが……どうやら見込み違いだったようだ。君はこの一年の間に、そこら中の凡夫と変わらない所まで己の精神性を貶めてしまったのだから。
もしかしたら、君と融合したグロリア・アシモフの影響で、くだらない復讐心に聡明な思考を呑まれてしまったのかもしれないが……」
「……かにしないで」
「……うん?」
「グロリアのことを馬鹿にしないで!」
自分の名前が出たことで、ソフィアの聡明な思考を怒りがかき消してしまった。自分のために怒ってくれるのは嬉しい半面、この状況を打破する方が先だ――そう伝えようとするよりも早く、ソフィアの思考はそのまま彼女の口からあふれ出てくる。
「確かにグロリアはお姉さんぶって、私のやることなすことに茶々を入れてきたりはしますが……いつだって私を気遣ってくれてるのは、思考を共有しているから分かってるんです。
そんな優しい人のことを悪く言うのは……私の大切な半身を貶めることを言うのを、許すことはできません」
口調が徐々に落ち着いてきたのは、大声を出したことで感情が少し落ち着き、理性でコントロールできるようになったおかげだろう。しかし、あくまでもコントロールしているだけ――ソフィアの中に燃える怒りの感情は、消え去るどころかより大きく燃えあがっている。
その怒りとは対照的に、アルジャーノンは人を小ばかにしたような表情でこちらを見下していた。
「はは、許す気など最初から無いだろうに」
「えぇ、もちろんです。ですが……今のでより許せなくなったのは確かです」
「おぉ、怖い怖い……しかし、君が最強の第六世代型アンドロイドだということも疑いようのない事実さ。つまらないルーナの作ったつまらない機体だが、確かにルシフェルはスペック上は強力な第五世代の内の一機……それを瞬殺できるだけの力がある君を野放しにする訳にもいかない。
だから、ここで消えてもらうことにしよう……もう君に対する興味も失せたからね。心置きなくトドメをさせるってものさ」
途中までニヤついていた表情は、最後には冷酷無比の無表情へと切り替わり――男は魔術杖のレバーに手を伸ばした。単純に威力のある魔術というだけなら、まだソフィア自身がチェンから渡されている護符と、自分の七星結界で凌ぐことは可能なはずだが、奴の言う百万の魔術の中には、結界を無効化するような魔術もあるかもしれない。
何より、あの男が次は無いと言えば、それは事実であるという凄味がある。人をなめ腐った態度こそ取っているが、決して怠惰な男なわけではなく、知識に対する探求心とその研鑽は比類なき傑物でもあるのだから。
せめて機械の体で時間を稼ぎ、その間に少しでも距離を稼ぐべきか。自分の本体はある種ソフィアの左腕となっており、ソフィアが存命ならばいかようにも再起は図れる。しかし、こちらが距離を稼ごうとすることなどもアイツは読んでいるだろう。
何より、先ほどのダメージがあるせいで、スピードを出して離脱することも難しい。どうする――そう思っていると、今更ながらに異変が起きていることに気づく。レバーにかけた男の手は微動だにしていないのだ。
「また邪魔をするのかね、ディック君。この一年間で随分と従順になっていたと思っていたが……成程、僕の目を欺いて来たるべき時に備えていたということかい。
だが、止めておきたまえよ。自分の娘のようになどと倒錯した感情をソフィア君に抱いているんだろうが……もはや彼女は、君が魂を掛けるほどの相手じゃないんだから……」
言葉が切れたと思うと、男の体がガクッとうなだれ――再び顔を上げると、男の雰囲気が変わっていた。
「……ソフィア、今のうちに……この身体に、トドメをさしてください」
「……先生!?」
アルジャーノンが言っていたように、アレイスター・ディックが一時的に身体のコントロールを取り戻したということなのか。とはいえ、どうやら完全に取り戻したという訳ではなさそうで、身体は妙に硬直している。恐らく動かせるのは、首から上と右手くらい――それ以外は未だにアルジャーノンがコントロールを有しているのだろう、だから浮遊の魔術も切れていないし、魔術杖も左手で強く握ったままだ。
しかし、七柱の創造神から――最後の世代に対して絶対の服従を強いられる第六世代型が、一部と言えども身体のコントロールを取り戻したのか。その点は、流石ソフィアの師匠というべきだろう。恐らくこのような事態が起こることを――アルジャーノンが自分たちが生きていたことを驚いていたくらいだから、まさか愛弟子にもう一度会えるとは思っていなかっただろうが――予測して、一瞬だけでも魔術神に対抗するための隙を伺っていたということに違いない。
師匠の身体といえども問答無用で攻撃を仕掛けていたソフィアだが、やはり師匠に対する尊敬の気持ちはある――それで本人が出てきて動揺したのか、少女は宙で硬直している師匠をじっと見つめている。それに対してアレイスター・ディックは顔の筋肉を無理やり動かし、愛弟子を落ち着かせるように微笑を浮かべた。
「迷わないで、良いのです……貴女に手を掛けられるというのなら……それこそ、本望というものですよ……」
「ですが……」
「私が、身体のコントロールを奪っているうちに、早く……時間はありません……!」
師の言葉にソフィアは一瞬だけ肩を揺らし――しかしすぐに決意を胸に魔術杖のレバーを引いた。
『ソフィア、待ちなさい。私が……』
『……うぅん、大丈夫。私が……やらなきゃいけないんだ』
今あの身体に攻撃をくわるのは精神的に厳しいかと思い、自分が変わろうと思ったのだが――ソフィアは、そう低い声で返答してきた。確かに、これは千載一遇のチャンスと言える。個人的な感情でこの機を逃せば、もっと多くの被害が出ることだって予想されるからだ。
何より、元より師匠殺しになるという覚悟をもっていたことには変わりない。その汚名を被ってすら、自分たちは戦い続けると誓ったのだから――先ほどは動揺を見せたが、それでも決意を揺らがせるソフィア・オーウェルではないのだ。
弟子の決意の固さに満足したのか、アレイスター・ディックは微笑みながら頷き、ソフィアが魔術を編んでいる傍らで小さく声を上げる。
「少しだけ……私は、この一年間、アルジャーノンの求道者として凄まじさに圧倒され……同時に、彼の怒りと孤独に、少しだけ触れました。
その感情は、私のような者が完全に理解できるとは言い難いのですが……少しだけ、共感してしまった部分も、あるのです。同時に……彼に必要なのは、安らぎです。ですから、どうか……一万年の、彼の怒りを、孤独を……ここで終わらせてあげてください」
少女が「希望などない」と名づけた杖の先に六つの魔法陣が集まり――この距離で素早く威力を出すなら、冷気よりも電撃の方が良いと判断したのだろう――先ほどの重力波でダメージを受けた体で、しかし力強く少女は陣を叩き、そこから強烈な電撃の束が師の身体を目掛けて照射された。
電撃の先に一瞬だけ見えた男の瞳には、まるで娘を見守るかのような穏かな光が浮かんでおり――しかし、自分の機械の目は見逃さなかった。その稲妻がその身を焼こうとする直前に、アレイスター・ディックが自由に仕切らなかった右腕が動いたことを。
結果として、男の払った左腕の前にソフィアの魔術は霧散してしまった。男の表情は驚愕に変わり、そして再び首ががくんと落ちると、男はそのまま握っている杖の先端をこちらへと向けてきた。
「……いやはや、何ともつまらない結果になってしまったね。君に会いに来たことで、僕は愛すべき同居人を失ってしまったんだからさ」
低く乾いた声と同時に、上から猛烈な速度で何かが接近してくる。それは風の拘束具であり、寸分たがわずソフィアの四肢に絡まり――大気の拘束具がそのまま地面へと刺さり、少女の体は地面へと縛り付けられてしまった。
「くっ……!?」
「良かろう、君の精神力に敬意を評し、君の愛弟子を見逃してやろうじゃあないか」
そう言いながら、アルジャーノンは右手をレバーから離し、左手で杖を振り回して背中に刺した。
「彼の記憶は完全にイレースした……鉄火場でもう一度さっきみたいなことをやられたら、今度こそ危ないかもしれないからね。つまりだ、ソフィア君。君はディック君に感謝したほうが良い……彼が魂を賭したから、僕は見逃してやろうっていうんだ。
ただ、覚えておきたまえよ。次はない……次に僕の目の前に出てきたら、今度こそ君を殺す。ま、こんな忠告をしたところで君は抵抗を止めないんだろうが……精々頑張って、次こそはもう少し僕を驚かせてほしいね」
男はひらひらと手を振って、高速で西の空へと飛び去って行った。早くソフィアの拘束具を解いてあげないと――そう思うのだが、こちらも機械の体が満足に動かないためにどうしてあげることもできない。
ややあって、魔術神の気配が完全になくなった頃、魔術は世界に対する影響力を失って霧散した。そしてソフィアは魔術神の去った方を見上げて、しばし呆然としたようにそちらを眺め――次第に一滴だけ、頬から雫を落とした。
「届かなかった……先生、ごめんなさい……!」
ソフィアは悔しそうに声を上げながら地面を叩いた。彼女の抱く悔しさの原因は、力の至らなかった自分への怒り、また自分たちの在り方を否定された怒り――何よりも、師匠がその魂を賭してチャンスを作ってくれたのに、それを活かしきれなかった不甲斐なさからきている。
確かに、彼女は自分の手でけりをつけないと焦るあまり、安易な道を選んでしまったかもしれない――アレイスター・ディックは完全に身体のコントロールを取り戻していた訳ではなかったのだから、魔術を放てばディスペルされることも予測はできたかもしれない。それこそ、折角この一年で接近戦を鍛えてきたのに、最後にはいつものように魔術に頼ったことこそが敗因というのなら、それこそ皮肉というものだろう。
とはいえ、自分としてはひとまずソフィアが無事でよかったという気持ちが勝る。それに、彼女の決意は肯定してあげたい――愛弟子にとどめを刺されることを望んだ師に対して報いようと苛烈な決断をしたその強さは、きっと自分には無いものだから。
同時に、安易な判断から師の決断を無為にしてしまったという想いがソフィアの中に――あった、という方が正しいか。ソフィアはやおら首を横に振り、光のない碧眼で自分の機械の体を眺めてくる。
「……先生の抵抗は無駄なんかじゃないよ、グロリア」
「えぇ、そうね……私たちは生き残った。そして、まだやれることはあるのだから」
今自分が口にしたことは、ソフィアが思い直したことを一言一句つ同じように紡いだだけだ。アルジャーノンが予測したように、自分たちは抵抗を止めることはない――むしろ、あの男に対して因縁が一つ増えた。必ずそれを清算しなければならない。
しかし、アレイスターが言っていたことはどういうことなのだろうか? 魔術神の怒りと孤独とは――そこまで考えて、またソフィアが頭をふった。復讐をする相手に対して、理解など必要ないというのが彼女の意見であり、実際その通りだと自分も思った。
誰にだって事情はある。誰にだって過去があり、想いがある。しかしそれらの全てに目を瞑り、相手を撃ち倒すことこそが復讐だ。奪われたものは返ってこないかもしれないが、奪われて踏みにじられた尊厳と、その無念とは晴らさなければならない――そこに相手の事情を慮る必要性など無いのだから。
身体の回復も済み、師の仇を打つという決意を新たにして、ソフィアは杖を握って立ち上がった。自分も機械の体を動かし――羽が破損してしまったが、重力を操作して少女の肩に戻り――飛翔して城塞都市を目指す。
視界に城塞都市が入ってくるのと同時に、強烈な閃光が視界に入ってきた。直後、全てをなぎ倒す轟音とが聞こえる。光が落ち着いて様子を見ると、城塞の向こう側、街の東側が灰燼と化しており――その攻撃を放ったであろう巨人が広場の中心に居り、そしてその手の先には白髪の老婆が血を流しながら捕まっているのが見えたのだった。