B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ある母娘の物語

 猛烈な光が辺りを覆い、轟音が耳をつんざく。しかし本来ならすぐさま自分の体など蒸発してもおかしくない攻撃を受けても、まだ感覚があるというのは不思議なことだが――荷電粒子砲の一撃が過ぎ去り、おかしくなっている目と耳が徐々に正常な感覚を取り戻してくると、土煙の中で両手を前面へと突き出している老婆の姿があった。

 

「ふぅ……皆さん、無事ですか?」

 

 そう言いながら振り返るアシモフの顔は、汗でびっしょりになっていた。袖も敗れてしまっており、そこから覗く両手も焼き爛れてしまっている――恐らく彼女が七星結界で自分たちを護ってくれたと言うことなのだろう。

 

「は、はい! ありがとうございます、アシモフさ……!?」

 

 自分が礼を述べようとした瞬間、煙の奥から何かが急接近してくる気配を感じた。しかし感知ができただけで、アシモフを救うのには間に合わず――老婆の身体が巨大な手によって掴まれると、アシモフはそのまま煙の奥によって消えていってしまう。

 

「アシモフさん!」

 

 巨人が勢いよく腕を引く衝撃で煙が晴れると、巨人の顔の目の前でその身を拘束されているアシモフと、教会の頂上で高笑いをしているルーナとが視界に入ってきた。

 

「ははは! いいぞ! そのままそやつを縊《くび》り殺してやれ!」

 

 巨人の腕に握られ、鈍い音と共にアシモフは口から鮮血を噴き出した。それだけでなく、巨人の拳から血が滴り落ちている。かなりの力で握られてしまったのだろう、あの手の中の惨状を想像するだけで目を背けたい心地がしてくる。

 

 最初こそアシモフは苦し気に表情を歪めたのだが、すぐに毅然とした様子で巨人に命令を下した白髪の少女を睨みつけた。

 

「……あまり私を甘く見ないで、ローザ」

 

 そう言って、アシモフは握られることを逃れていた腕を動かし、巨人の指の関節の隙間に何かの配線を繋げ、空中に浮かぶディスプレイを焼き爛れた手で叩き始める。直後、彼女を握っていた巨人の挙動がおかしくなり、少し抵抗するように揺れた後、膝を地面に降ろした。

 

 そして巨人はゆっくりと――大事そうに腕を自らの額の近くに近づけた。アシモフはそのまま微笑みを浮かべながら、その額に手を当てた。

 

「……正気を取り戻したのですね、アズラエル」

「ちっ、ユミルの電脳に直接ハッキングをかけ、アズラエルの人格を引き出しおったか……じゃが、こちらの目標は達した。その出血では助かるまい。それに、所詮そやつは捨て駒……そうじゃ、良いことを思いついたぞ! 役に立つがいいウリエル、アルジャーノンに貢献できる、貴様の最後の仕事じゃぞ!」

 

 ルーナは邪悪な笑みを浮かべながら空中に浮かぶモニターに何かを叩くと、巨人の胸が再び開け放たれ、巨大な砲身が再び姿を現した。ユミルにハッキングが出来たといっても、搭載されているAIが複数に及んでいるので、アシモフもその全てに干渉できたわけではないということなのだろう。

 

「それは地雷じゃ! 貴様がそこから離れればすぐにでも荷電粒子砲が発射される! 先ほどの一撃はエネルギーを温存するために全力でなかったが、今度こそは七星結界でもイスラーフィールの半物質バリアでも防げん一撃じゃ! どの道、その傷ではもう助からんじゃろうが、せいぜい最後まで足掻いて見せるのじゃな!」

 

 そう言い残し、ルーナは背後に現れた亀裂の奥へと消えていった。砲身の向いている方角を考えればあの場所は安全だったはずだが、万が一の安全を考えて退避したのか――そもそも、あの巨人自体も彼女にとっては使い捨てだったということなのだろう。

 

 視線をアシモフの方へと戻すと、巨人の顔についているスピーカーから声が聞こえ始める。声そのものには多少違いがあるものの、その口調は確かに以前に聞いたことがある。間違いなくアズラエルのものだろう。

 

「レア様、申し訳ございません……主を手に掛けようとするなど、騎士の名折れです」

「いいえ、むしろ貴方は最後まで私によく仕えてくれました……事実、こうやって最後のチャンスを私にくれたではありませんか」

「ですが、ルーナの言うように、貴女がこの場から離れたらすぐにでも荷電粒子砲を発射してしまいます。何より……その出血では、もはやその身はもたないでしょう」

「良いのですよ……私の役目は既に済んだのですから。後は、この身をせめて、あの子に……」

 

 アシモフはそこで言葉を切って、目を細めながら天を仰いで頷いた。その視線の先から、炎と氷からなる羽が舞い降りてきて――巨人の頭の上に金髪の美しい天使が舞い降りてきた。

 

「……良いザマね、ファラ・アシモフ。改心したと言っても、貴女が犯した罪が消えるわけじゃない……これは当然の末路よ」

 

 今の言葉は、ソフィアの肩に乗っている機械の鳥の口から紡がれた。その声色は冷たい様子であったが、どこか寂しげな様にも聞こえる。対するアシモフは口元に微笑を浮かべながら瞳を閉じて頷き返した。

 

「えぇ、そうね……貴女の言う通りよ、グロリア。こんな私が貴女にお願いする立場ではないかもしれないけれど……ユミルの頭部ごと、私にトドメを刺してくれないかしら?」

「……何?」

「巨人の頭部を破壊すれば、発射命令を下しているコアごと破壊できる……私が止めている間に頭部ごと打ち抜けば、荷電粒子砲の発射を止めることができるわ」

「私が聞きたいのは、そんなことじゃ……!」

「……私の役目は、右京らに抵抗できる戦力が整うまで、子供達の心を絶望に落とさずに繋ぎとめること。それが為された今、もはやこの身はどうなっても構わない。

 どうせこの出血では、もう助かりはしないし……せめて最後に、親らしいことを出来なかった罪の償いに、貴女にこの命を差し出せるというのなら、なかなか上出来よ。

 でも、少しだけ待って頂戴……他の子どもたちにも、最後に挨拶をしておきたいのです」

 

 アシモフは視線を下げて、身を可能な限り後ろに逸らした。敵が去って広場に集結している人々に自らの声が少しでも聞こえるように、少しでも彼らの姿が見えるようにしたのだろう――老婆は落ち着いた、しかし良く通る声で語り始める。

 

「聞いていましたね、この地に集いし戦士たちよ。今、貴方達の在り方を歪めていた悪神レアは……貴方達を縛り付けていた邪悪なファラ・アシモフはこの世を去ります。

 もしそんな愚かな咎人《とがびと》の最後の我儘を聞いてくれるのなら、お願いです。貴方達は私たちのように……旧世界の人間たちのように力の使い方を間違えないで欲しいのです。私たちは己の弱さと傲慢さゆえに互いを滅ぼし合い、あまつさえ生命の神秘を冒涜し、この宇宙を支配しようとしました。

 それは知的生命体の進化の過程における必要悪だったのかもしれない……科学の発達はいたずらに人に万能感をもたらし、自らが神に並ぶという錯覚を起こさせてしまうのかもしれない。

 そういう意味では、貴方達も進化の果てに、私たちと同じような道を辿ってしまうかもしれないけれど……同時に人には過ちに気づき、それを是正する力がある。犯した罪は消えないかもしれないけれど……自らの子供達により良い未来を託すことはできるはずなのです」

 

 話を続けるファラ・アシモフの顔には、自身を悪神と罵ったように自らの行いを悔いているといった罪人といった様相があり、同時にやるべきことをやり遂げたという満足感に溢れているように見えた。

 

 ただ、自分としては彼女にまだ死んでほしくないし――それに、彼女の罪が何をもって贖われるのか。それを決めるのはきっと彼女以外の何者かであるべきであり、如何にアシモフ自身がやり遂げたと思っていても、それは結局自己満足でしかないと蔑む者もいるのかもしれない。

 

 だが、この場において彼女を蔑む者はいないようだった。彼女を慕ってこの地に集まり戦い続けたレムリアの民たちはもちろん、自分も、イスラーフィールも、彼女を押しつぶしてしまったアズラエルも、何よりも――上から母を見下ろすグロリア・アシモフでさえ、彼女の最期に絞り出している言葉に心を奪われているようだった。

 

 一息ついたタイミングでアシモフは再び口から大きく吐血してしまった。聴衆が動揺する中で、しかしアシモフは大きく息を吸い、毅然とした態度で周囲を見回した。

 

「既にこの地には、七柱の創造神たちに……いいえ、道を誤った愚かなる旧世代の人々に対抗できるだけの力は揃っています。私が死んだあとはマリオンの指示に従いなさい。

 さぁ、行くのです、我が子らよ。貴方達は自らの足で歩き、その手に自らの権利を取り戻すのです」

 

 アシモフの演説が終わっても、人々はただ黙って彼女の姿を見つめていた。その沈黙は、自分たちの指導者がいなくなってしまう事に対する不安から来ているようではあるが――しかし、みな彼女の決意を汲み、彼女を見送った後も戦い続けようという覚悟を決めているようだった。

 

 それを見てアシモフは満足そうに頷き――そして自身を見下ろしている機械の姿をした娘の方へと戻した。

 

「これで本当に私の役目は終わり。貴女は私のことを殺してやりたいほどに恨んでいたはず……さぁ、一思いにやりなさい」

 

 アシモフは巨人の額に手を当てながら、穏かな表情で話を続ける。グロリアの方は機械が故に表情は分からないが――ソフィアの肩の上で困惑したように首を横に振っている。

 

「待ちなさい、待って。そんなの意味がないわ……私の知るアナタは、アンドロイドの研究にしか興味が無くて、そのために卑劣なことをする卑怯な女なの。真理を追究できるなら、他の者などどうなって良いと思っている冷酷な女で、我が身の可愛さに罪から目を背ける浅ましい女……そうでなければ、殺す意味なんかないわ」

「どれほど罪を贖おうとしても、私が貴女にとって良い母親で無かった事実は覆らない。研究のためにネグレクトし、あまつさえ貴女を人体実験の道具にし……原初の虎を誘導するため、貴女の居る鳥かごに誘導したいというクラークの意見を二つ返事で了承した女なのよ、私は」

「どうして……どうしてなの! 全然納得いかない! 貴女はそうやって、アンドロイドたちとは心を交わして、我が子のように大切に想っている……でも、実の血を分けた私にだけは優しくしてくれなかったじゃない!」

「えぇ、その通り。だからこそ、貴女は私を殺す権利がある」

「違うわ! どうしてその優しさを、少しでもいいから……私に向けてくれなかったのよ!」

「……申し訳なく思っているのは確かだけれど、今更謝りはしないわ。それで納得してもらえる訳ではないと思うし……」

 

 話している途中でアシモフは再び口から大きく吐血してしまう。見れば、起爆を抑えるために突き出している腕も振るえ、力が抜けてきているようである。ソフィアは痛ましい表情を浮かべながら翼をはためかせて空へと舞い、魔術杖のレバーに手を掛けた。

 

「……グロリア、時間がない。アシモフさんはもう助からない……彼女の意志がこと切れたら、大惨事が起こってしまう。だから……」

「待って、ソフィアお願い!」

 

 グロリアの悲痛な叫びにソフィアは手を止め――というよりもグロリアの意識がソフィアの身体のコントロールの一部を奪ったという方が正確なのだろう、少女の体は中空で制止して動かなくなった。

 

「待って……もうママと少し話をさせて、お願いだから……」

「グロリア……」

 

 ソフィアとグロリアのやり取りを、アシモフはどこか崇高なものを見るかのように仰ぎ見た。

 

「ソフィアの言う通りよ……一刻も早く私ごとユミルを破壊しなければ甚大な被害が出る。だから……貴女に私を終わらせてほしいの」

「いやよ、できない……私にはできない……今のママは、私が求めていた……強くて優しい人なんだもの……」

 

 娘の消え入るような悲痛な声に、アシモフは息を呑んだようだった。瞳を僅かににじませ――しかしすぐに自虐的な笑みを浮かべて首を振った後、決然とした様子で辺りを見回した。

 

「見ているのでしょう……私の首を取りなさい、T3!」

「……T3さん!?」

 

 予想外の名前が出たことで、思わず自分も声を上げてしまった。アシモフの視線の先――広場の付近にわずかに残った建物の屋根の上には、確かに自分がこの一年のあいだ探し続けた銀髪のエルフの姿があった。

 

「私は貴様の娘と違って情けはかけん……しかし一度だけ聞くぞ。良いんだな?」

「えぇ……もはや思い残すことは無いわ」

「……分かった」

「……優しい貴方のことだから、きっとこのことを気に病むと思うのだけれど……これは私の望んだこと。貴方は私の願いを叶えてくれた……だから、気にしないでね」

 

 T3はアシモフの言葉に肩を揺らしたが、すぐに精霊弓を取り出して光の矢を番えた。アシモフはそれを満足そうに見つめ、一度視線をこちらへと降ろす。その先には、彼女を護っていた水色髪の熾天使と、一人の女性が――何となくソフィアに雰囲気が似ているところがある――いる。

 

「イスラーフィール。貴女はこの一年の間、私によく仕えてくれました……レム、後のことはよろしく……マリオン、きっと貴女なら、やり直すことができるはずよ」

 

 マリオンと呼ばれた女性は、頷くこともせず、ただ一人の母親が凄まじい覚悟で最後の時を迎えようとしているのを緊張した面持ちで見守っているようだった。そしてアシモフは最後に再び天上の天使へと視線を浮かべた。

 

「そしてグロリア……ありがとう。貴女の優しさに触れられるなんて、大罪人の身に余るほどの幸福だったわ」

「待って……これで終わりなんてイヤ……」

 

 懇願するようなグロリアに対し、今度はソフィアが身体のコントロールを奪い返したようで、安全圏内に逃れるように翼をはためかせて移動した。その時になってようやっと、このままではマズいと――このままではT3に仲間殺しの汚名を着せてしまうという事実に気付き、何とか止められないかと走り始める。

 

 もちろん、止めたところで状況が良くなるわけでもないことは重々承知だが、それでも――しかし制止は既に遅く、走り始めるのと同時に、向かいの屋根から鮮烈な光の波動が照射されてしまった。

 

「あぁ、そういうことだったのね……高次元存在は我々に意味を見出せなどという命題を子供らに課したのか、それは……」

 

 光の波動が消え去る前に、ファラ・アシモフの呟くような声が聞こえた。そして眩い光が消え去ると、巨人の胸から上と腕が――ファラ・アシモフを握っていた手ごと跡形もなく消え去っていた。

 

 自分を含めた全員が、しばしファラ・アシモフが居た場所を呆然と見つめていた。まるで、彼女が消えてしまったのが嘘かとでも言うように――そして静寂が支配していた辺りの様子を最初に破ったのは、アシモフにトドメをさしたエルフの青年だった。T3は屋根から飛び降りて、自分の近くまでゆっくりと歩いてくる。

 

「T3さん、どうして……まだ何か方法が、あったかもしれないのに……!」

「……そうだな」

「えっ……?」

 

 自分が驚きに声を上げてしまったのは、いつもの彼なら、こちらの言い分に対して必ず冷たい返事をしてくると予想していたからだ。その予想に反して、エルフの青年は呆然自失の様子で自らが穿った巨人の上半身を眺めていた。

 

「私には、他にどうすればいいか分かりませんでした……レア様、申し訳ありません……」

 

 T3の言葉を聞いた瞬間、自分はなんと浅はかだったのだろうという後悔の気持ちが一気に湧き出てきた。アシモフとT3との関係性は、自分が想像していたよりも深く、複雑なものだったのだ――彼はその上で彼女の最後の願いを聞き届けたのだ。

 

 思えば、彼は世界樹で育ち、ファラ・アシモフを女神レアとして敬愛して育ってきたのだ。T3は世界の裏側を知った時、一度はアシモフすら屠ろうと復讐に身を焦がした訳だが――それでも今一度味方として立ち上がったエルフの長に対しては、愛憎入り混じる想いで合ったに違いない。

 

 何より、彼がアシモフに向けて弓を取ったのは、娘であるグロリアや、その魂の宿るソフィアの手を汚させるわけにはいかないという判断があったからのようにも思う。そんな深い覚悟を読み取れず、自分は彼を非難してしまったのだ。

 

 もっと言えば、自分がもっと注意深くしていれば、アシモフはユミルに捕らえられず、こんな悲劇を防げたのかもしれない。そんな自分が情けなくて、同時に大切な人を手に掛けざるを得なかったT3のことを思うと、感情を上手く処理できなくなり――自分はただ青年の胸を叩きながら泣くことしかできなかった。

 

 自分がひとしきり泣き終わるまで、T3は自分をどけることもせず、呆然とした様子で立ちすくみ――少し落ち着いて辺りを見回すと、みな悲痛な様子で自分とT3を見つめていた。

 

 しばらくの間、沈黙が場を支配する。多くは彼が女神の最後の望みを汲んだのだと理解しててくれているようだが、決して少なくない人々もまた、彼女を失った悲しみを、怒りを、突如して現れた彼に向けようとしている――そんな一触即発の空気を割くように、ソフィア・オーウェルが羽を羽ばたかせて地面へと降り立った。

 

「皆さん悲しんでいる時間はありません……私たちは女神レアが見せた強さを胸に、戦い続けなければならないのです。

 本来なら、私はこの場にもっと早く立つべきだったのに、今更かもしれませんが……女神レアの言う通り、この場にはアルファルド神達に立ち向かえるだけの戦力が集結しつつあります。

 ですから、レア様の死を悼むのなら…………心に希望を持ち続けて、今一度私たちに力を貸してほしいのです。アナタ方が心を絶望に呑まれずに戦い続けてくれれば……きっと私たちがこの世界から邪悪な意志を振り払って見せると約束します」

 

 ソフィアの演説は、ファラ・アシモフの死を悼むように静かであり――しかし同時に良く通る声で紡がれた。ソフィアは以前、この街で司令官をしていたと聞いている。だからこそ、今この場にいる者たちの心を再び奮い立たせられるのは自分だけと、またT3に対する不当な怒りを収められるという判断があったのだろう。

 

 少女が語り終わって少しの間、再び耳が痛くなるような静寂が訪れるが――人ごみの奥から「おう!」と威勢の良い男性の声が聞こえた。一同の視線がそちらへと向くと、戦槌を持った中年の男性がソフィアに向かって手を振っているのだった。

 

「オレの命、アンタに預けるぜ、大将!」

「准将ですよ、バーンズさん……もはや階級なんて、何の意味もありませんけど」

「まだるっこしいことは無しだぜ! オレ達にはまだ、命を預けるに値する相手がいる……それだけで十分だ!」

 

 少女と男性の軽妙なやり取りに元気づけられたのか、他の者たちも活気づき始めたようだった。とくに軍人らしい制服に身を包んだ者たちがソフィアの元へ駆けつけており――しかし活気を取り戻した人々の輪の中で、ただ少女の肩で頭を垂らして黙っている機械の鳥の様子こそが痛ましく、鮮明に映るのだった。

 

 ◆

 

 こちらの襲撃を退けた城塞都市の様子を、少年は壁に立てかけてある巨大なモニター越しに眺めていた。彼は変わらず海と月の塔の最下部に陣取っており、海底のモノリスのコントロールに尽力しており――ソフィア・オーウェルによって事態が収束したのを見て映像を切った。

 

「キーツ。ファラ・アシモフが逝ったよ」

 

 そう声を掛けると、少年の目の前にあるコンソールに旧世界の文字が浮かび上がってきた。

 

『どんな風だった?』

「立派な最期だった。その身を挺して第六世代型を護り、多くの子供たちに……グロリアにその最後を看取られたんだ。満足そうだったよ」

『それなら良かった』

 

 端的な表現ではあるが、キーツとアシモフの関係性を鑑みるに、その感情は複雑なモノと想定される。

 

 そもそもフレデリック・キーツは、旧世界においても惑星レムにおいても、人々を使った実験や管理社会に対しては懐疑的な人物であり、本来ならこの場にいるのが不思議な人物だ。それでも彼がここまで着いてきたのは――今は無敵戦艦の旗艦に本体である脳のみが残っている形だが――偏に想い人であるファラ・アシモフの身を案じていたからに他ならない。

 

 もっと正確に言うのならば、彼女が最後に満足して逝けるよう、支え続けたというのが正確な様に思う。彼の無関係な所でそれが達されたのは皮肉というほかないのだが。しかしキーツがここまで繋げたからこそ、アシモフが満足して逝くことができたと取ることもできる。

 

 しかし、わざわざ報告することも無かったのだが、少年は一万年来の友人に対する同情を抑えられるほど冷血漢でもなかった。それ故の連絡だったのだが――次にコンソールに映った文字は、『次はオレの番だな』であった。

 

 その言い分に少年は違和感を持った。アシモフが呪縛から解放されるというキーツの悲願は達されたのであり、そう意味では次は彼自身がその魂をあるべき所へと返そうというのは違和感は無いのだが――その言葉の裏には、彼も心残りを払拭したいという願望が見え隠れしているように思われたのだ。

 

「まさかとは思うけど、アラン・スミスとの決着にこだわっているのかい? でも、そのチャンスは二度とこないよ……リーズが蘇らそうとしているみたいだけれど、僕がそれを許さないからね」

『虎は必ず帰ってくる。それを誰よりも知っているのはお前のはずだ』

 

 少年はぎくりとして、思わずキーツとの通信を切ってしまった。アラン・スミスが戻ってくるわけがない――自分が二度も彼を殺し、今もこうやっておかしなことが起こらないように深海のモノリスを監視しているのだから。

 

 確かに、深海のモノリスの狭間に解析不能の領域があり――もう一年もアプローチを続けているのだが、依然としてその詳細は不明だ――レムは人格をコピーして健在、それにチェン・ジュンダーは本体を残して暗躍していたようだ。何よりもレヴァルの映像に映っていたジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスの存在が気に掛かる。自分のあずかり知らない所で、何か大きな力が動いているのも違いない。

 

(……いいや、何を恐れるというんだ? この場を支配している限りには先輩が蘇ることも無いだろうし、仮に復活したとしても……いくらでも抑え込むことはできるはずだ)

 

 いくら原初の虎に得体の知れない力があると言えども、自分はその奇跡を二度も退けてきたではないか――しかし、計画を万全に進めるためには不確定因子は無い方が良い。

 

 幸いにも、ソフィア・オーウェルの出現で、チェン・ジュンダーの狙いと潜伏場所の目星は着いた――今度こそ敵対者たちを根こそぎ刈り取ってしまおう。少年はそう考え、次の方策を思い付き、ファラ・アシモフを倒したと狂喜しているルーナに連絡を取り始めたのだった。

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