B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
前日の投稿が、同じ話で二重投稿されておりました。
混乱された方もいらっしゃると思うので、申し訳ございませんでした。
片方削除して対応しております。
引き続きよろしくお願いいたします!
ルーナたちによる襲撃の後、自分はチェンの元に戻らずに――もちろん一報は入れているが――レヴァル再編のための事後処理に加わった。元司令官として簡単な慰安をするべきだとも思ったし、アシモフ亡き後の動揺を少しでも抑える意味合いもあり――師を失った今、何もしていないと辛いというのもあった。
アレイスター・ディック師の身体がアルジャーノンに奪われてしまった時から覚悟は決めていたものの、実際に目の前で失ってしまったこと、そして何よりも先生が決死の覚悟で作ってくれたチャンスを活かしきることのできなかった負い目もあり――ひとまず何かしら身体を動かすなり人と接しているほうが気がまぎれる、というのもあった。
ギルドのバーンズを筆頭に、フィリップ大尉やレオ曹長など自分を慕っていてくれた人たちは健在だった。長らく城塞都市を離れていたというのにも関わらず――また温厚な性格の思考領域をグロリアに明け渡しているせいで、なかなか愛嬌のあることも言えなかったのだが――彼らは温かく自分のことを歓迎してくれた。
一緒に慰安に周ってくれたティアには「それだけソフィアちゃんがここで頑張っていた証拠だよ」と言われた。そんな周囲の温かさに、この一年間でささくれ立っていた気持ちが少し柔らかくなる。
襲撃の跡片付けをする人々に声をかけて周る傍ら、ティアとこの一年間のことを共有した。彼女とは久々にゆっくり話したことになるのだが、それもまた懐かしく、自分にとっては良い刺激になった。クラウディア・アリギエーリという人物に宿る二つの魂には、人を包み込む包容力のようなものがあるように思う。
もちろん、この一年の間、シモンやテレサ姫がかなり気に掛けてくれたのは分かっている。チェン・ジュンダーですら自分を鍛える中でもこちらを気にかけてくれていたのも分かっている。
何より、器を一緒にするグロリアの存在は自分にとって大きかった。腕を接合した初期こそは、彼女も自分と同じように復讐に心を支配されていたのだが――彼女自身が言っていたように、グロリアの方が次第に落ち着いてこちらを支えてくれたのは間違いない。
彼女は自分に対して姉のように接してくれていた。自分には血を分けた姉もいるが、ほとんど会話したことも無い――自分は物心ついた時には勉学ばかりに打ち込んでいたし、学院に通うようになってからは家にいる時間もほとんどなかった。
より正確には、自分には家族らしい温かみなどとは無縁だった。姉だけでなく他の兄弟とも両親とも会話した記憶などほとんど無いのだから。あるのは事務的な会話だけで、家族らしい会話など無かったと表現するほうがより適切であるとも言えるが――ともかくグロリアの気遣いは心の置けないものであり、時にそれを煩わしいと思うながらも、自分が最低限の人間らしさを喪失させずにいられたのは彼女の影響が大きいと思う。
ただ、グロリアはお節介な皮肉屋であり、少々意地悪な気質がある。それに対してティアは――クラウもそうだったが――同じ姉のような存在であっても、隣に立って支えてくれるような温かさがある。そういった点は、前から引っ張っていくタイプのグロリアとは対照的と言えるだろう。
さて、他の面々については以下のようになる。まずテレサ姫については、自分と同じように人々の慰安に周っている。彼女、並びに王室の権力は半ば象徴と言えども――いや、だからこそ――王家の者が直々に声を掛けるのは、確かに不安の中にいる人々の励ましになる。
次にナナコについては、城塞の復旧のために力仕事をこなしている。アシモフの死にかなりのショックを受けていた彼女だが、身体を動かしているほうが気も紛れるということらしい。独自行動を取っていたT3もナナコに無理やりに連れられ、今は淡々と復旧作業を手伝っているようだ。
実際の所、今後のレヴァルに対する襲撃は減ると予想される。星右京らの目的は第六世代型アンドロイドたちの心の拠り所であるファラ・アシモフを暗殺することであったからだ。アシモフを護るという自分たちの目的は失敗した一方で、、右京らの目論見もまた挫かれた――彼女が見せた最後の強さのおかげで、黄金症は進行を見せていないのだから。
レヴァルの組織再編などの事務作業について、アガタとレム、それにマリオン・オーウェルが尽力してくれている。自分は直近のレヴァルの組織体制については詳しくないので、内情に精通している彼女らが対応したほうが早いはずだ。
そして、まだ自分は母と話はしていない。およそ二年近く前に、扉を破って出た時から話をしていないのであり、気まずさもあったため、自分の方から逃げるように外回りに出たのもある。
最後に、グロリアについてだが――ファラ・アシモフの死に際し、「少し休む」とだけ言い残して、その意識を眠らせていた。彼女の母に対する複雑な感情は、意識を共有した瞬間から認識している――アラン・スミスを奪ったDAPAを憎み、元々は本気で母すら殺してやろうと思っていたことも自分は知っている。同時に、彼女が本当は親からの愛情に飢えていたことも。
互いに言葉にこそしなかったが、自分もグロリアも母から認めて欲しかったという点は一緒なのだ。しかし、その感情の重さに関しては、グロリアは自分以上のものがあった。自分は母に対して殺意までは抱いていなかったし、敵対するまでの関係性ではなかったのだから。
ともかく、兵舎に戻るころには日もすっかり落ちてしまっていた。かつて自分が使っていた私室があてがわれおり――そこは直近ではファラ・アシモフの寝室として使われていたようで、今はグロリアの機械の体が休んでいるはず――休むこともできるのだが、眠る前に肩の荷はすっかりと降ろしておきたい。そう思って執務室へと向かって扉の前で止まり――大丈夫、アガタやレムもいるから、そこまで気まずくならないはずだ――深呼吸をして扉を開けると、中には作業を続けるマリオン・オーウェルがただ一人残っているだけだった。
「戻ったのね、ソフィア。そんなところで呆けていないで、座ったらどう?」
母はこちらに一瞥だけくれ、すぐに手元に視線を落として作業に戻った。正直、一対一で話す心の準備はまだできていなかったのだが。なんだか母の声色にいつもと違うものを感じ、自分は誘われるように執務室のソファーに腰かけた。
しばらく無言の時間が続き――壁にかけてある時計の秒針が妙にうるさく聞こえる――自分はただ膝に視線を降ろして母が何か言うのを待っていた。こちらから何を言えばいいのか分からなかったから。
何かこちらから言うべきだろうか? どうしてレヴァルに来たのかとか、そんな事務的な話でもするべきだろうか。もしくは、思い入れのあるこの場所を護ってくれていたことに関する感謝を述べるべきか――そんな風に悩んでいると、マリオン・オーウェルはおもむろにケトルを手に取り立ち上がって、自分の前でコーヒーを注いでくれた。
「すっかり冷めてしまっているけれど……お疲れ様、ソフィア」
「あっ……お母様も、お疲れ様、です……」
今まで労いの言葉など掛けてもらったことが無かったので、思わず返答が遅れてしまった。母の方も言いなれていないせいか、苦笑いを浮かべながら執務机に戻り、彼女の手元にあるカップに冷めきったコーヒーを注いだ。
「……私は、あの人のようにはなれないわ」
「えっ……?」
「だってそうでしょう? あわや自分の命が危ないという時に、我が子のために歯を食いしばってその身を差し出すなんて……母親ってなんて大変なんだろうって思わされた」
彼女も緊張で喉が乾いているのか、マリオンはすぐにカップをあおって中の液体を飲み干してしまったようだ。そしてカップをゆっくりと置き、胸元で腕を組みながら話を続ける。
「レア様に言われたの。娘が怖いんでしょうと……言われた時には何を言っているのか本気で分からなかった。親は子供を好きにする権利がある、私はそういった世界で生きてきたし、それが当たり前だと思っていただけで……貴女が怖いだなんて思ったことは無かった。少なくとも、レア様に言われた時はそう思っていたわ。
だけど、彼女の言うことは正しかった。貴女は私なんかと比較にできないほど賢い子だから……普通の人間であると思われ、見下げられるのが怖くて、高圧的な態度を取ってコントロールしようとしていた部分はあると思う。
だって、他の子にはアナタほど厳しくはしなかったし……それは貴女ほどの才覚を認められなかったが故に期待していなかった部分もあるけれど……今にして思えば、夫や他の子どもたちは神経質にならずとも御せると思っていたことの裏返しなのかもしれない」
母は小さな声で、ゆっくりと――何かに懺悔するかのように告白した。きっと昼間の出来事がきっかけで、アシモフの言葉をずっと思い返していたということなのだろう。
自分としては意外だった。自分の知るマリオン・オーウェルは、本当に自分のことを道具か何かだと思っているのではないかと感じていたからだ。というよりも、幼いころから厳しく接されていたせいで彼女の前に居ると委縮してしまうあまり、母の心理状態を客観的にとらえることができなかったという方が正確か。
それが、まさか母が自分を恐れていることの裏返しとして冷たく接していたとは。思い返してみてもあまりそういう感じはしないが、何にしても母自身が自らの在り方を見直し、自分とこうやって向き合ってくれていることは僥倖だろう。自分だって、母と対立したかったわけではないのだから――今なら色々と話を聞いてもらえるかもしれない。
だが、いざその時が来ても、こちらからは思うように言葉が出てこない。幼少のころから培われてしまった彼女に服従する気持ちが先行するせいで、いざゆっくり話そうと思っても何を言って良いのか分からなくなってしまっているのだ。
それは母も同様なのか、またしばらく互いに無言の時間が続き――気まずくなって視線をカップに落としていると、母の方から沈黙を破ってきた。
「ソフィア、七柱の創造神たちと戦う気なのでしょう?」
「はい。本当なら、この地に集った人たちを護るべきとも思うのですが……」
「それは私に任せなさい。貴女は、貴女の信じた道を行けばいい」
思わぬ提案に驚き、自然と視線が上がってしまった。まさか、母から「自分の信じた道を行け」と提案されるとは――母の方も照れくさそうに苦笑いを浮かべ、しかしこちらから視線をそらさずじっとこちらを見つめている。
「もちろん、それは娘を死地に送り出すという行為に他ならないけれど……同時に、貴女を傷つけ続けた私にできることは、せめて貴女のやりたいようにさせてあげることだけ。どれだけ謝罪を並べても、自らが犯した罪は消えはしない。
だから、別に貴女に対して謝るつもりはないわ。レア様が……いいえ、ファラ・アシモフという一人の母親がそうしたのと同じように、私も娘に生き様を示す。それだけなのだから」
話を続けるうちに、母の表情は段々と決意に満ちたものへと変わっていった。不思議なことだが、謝るつもりはないと言われたおかげで、少しこちらも気持ちが楽になった。きっと、自分は母に謝って欲しかった訳ではないし――何より、彼女が過去を悔いるのではなく、未来に視線を向けてくれたことが嬉しかったのかもしれない。
そしてようやっと、自分も彼女に対する素直な気持ちがあふれ出てきた。後はそれをこちらから視線をそらさず見つめている母にぶつけるだけだ。
「お母様は一つ勘違いしています。私は、貴女のことを見下げたりはしていません。もちろん、その態度に凍えるような想いをしたことは否定しませんけれど……貴女が決して私利私欲のために行動しているわけでないことは分かっていましたから。
貴女は平和のために尽力していた……そんな貴女を尊敬していたからこそ、私は厳しい修練にも耐え、魔族との戦いに身を投じていたのですから」
彼女への尊敬を口にできて、少し気持ちが晴れてくる。今しがた言葉にしたように、冷たくされたことに対する恨みが無い訳ではないし、この先に自分たちはまたすれ違ってしまうかもしれない。
それでも、彼女から歩み寄ってきてくれたことは喜ぶべきことだし、大切なのは過去でなくこれからだ。今、雪解けの時が来た――絶対者である母と抗う子という関係性ではなく、互いに一人の人間として認め合えたのだ。
マリオンはこちらの言葉に安心したのか、微笑みを浮かべて再び筆を取って作業へと戻った。
「ちなみに、私も貴女に反抗したことや、門を破って出ていったことを謝りません」
「えぇ、構わないわ。代わりに、必ず生きて帰ってくると約束してくれればね」
「はい、必ず……私は偽りの神々との戦いに終止符を打ち、生きて帰ってくると誓います」
「えぇ……ありがとう。さぁ、細かいことは私に任せて、貴女はもう休みなさい。明日も早くに発つつもりなのでしょう?」
「はい、お母様も無理なさらず……この街をよろしくお願いします」
マリオン・オーウェルが口元に笑みを浮かべながら頷くのを見て、自分は執務室を後にした。そして私室へと戻ると、機械の鳥が――彼女の体は自分が外を回っているうちにシモンが直してくれたようだ――羽を動かし、窓枠に止まってこちらを眺めてきた。
「……良かったわね、ソフィア」
「グロリア、起きていたの? 声を掛けてくれればよかったのに」
「母子水入らずを邪魔するほど無粋じゃないわ」
「でも……」
こんなことに罪悪感を抱くのは違うのかもしれないが――元々グロリアと自分は同じように母に道具として使われ、恨みを持っていたという共通点がある。その結果が片や和解で、片や死別であれば、自分だけ良い思いをしてしまったという後ろめたさはどうしても出てきてしまう。
そんなこちらの不安を他所に、機械の鳥は首をゆっくりと横に振った。
「大丈夫よ。随分取り乱してしまったけれど……私も私で整理できたつもり。私もあの時、あの人と通じ合ったんだから……アナタだけズルいなんて思っていないわ。何より、私たちが反面教師になって他の親子の関係性に良い影響があったのなら、喜ぶべきことでしょう」
会話は互いの口で行っているが、変わらず精神は友にしているが故、彼女の気持ちは自ずと理解できる――その言葉に偽りはなく、彼女は本心から自分と母の和解を喜んでくれているようだった。
「思い返してみれば、私はあの人の卑怯な所が嫌いだったんだと思う。負い目のある部分から目を背けて、自分の好きなことばっかりして、私のことを見てくれない所が許せなかった。
確かに、この世界で出会ったファラ・アシモフは一万年前のあの人とは違った……でも、弱い所は変わってなかった。だから、味方であったとしても許すことが出来なかったんだけれど……」
「……アシモフさんが変わったのは、極地基地でグロリアを失ったと思ったことが原因だったんじゃないかな」
「そうかもね……」
グロリアはそこで言葉を切って振り返り、窓から星の見えない空を見上げた。
「今になっても、ファラ・アシモフの罪は重い思う。彼女はクラークや右京の言いなりになって旧世界を滅ぼし、この世界の人々のことも苦しめ続けていた張本人だもの。いくら反省したからと言って、帳消しにできるものではない。
ただ……死してなお責めるほど、私も狭量ではないつもりだし……彼女が最後に見せた強さは本物だった。私は卑怯者の娘ではなくなった。それだけで十分」
「……冷たくされたことや、実験台にされたことは良いの?」
「当時はそれも恨んでいたけれど、この能力のおかげでアランと出会えたのも確かだしね。ともかく、幼少期のことについては、もう気にしていないわ……アナタだってそうでしょう?」
「そうだね……大切なのは、私たちがどう受け止めるか、そしてこれから……だもんね」
ファラ・アシモフが覚悟を決めたのを遅すぎたと責める人も居るかもしれない。そして、その死は当然の報いであったと思う者も居るだろう。だが――肝心の娘は、母の罪以上に、彼女が最期に見せた強さを認めた。それならば、自分からとやかく言うことも無いだろう。
「……アナタはお疲れでしょう? いい子は寝なさい、ソフィア」
「むっ……私はもう子供じゃないよ」
「身体が大きくなっているのは認めるわ。でも、私からして見たらまだまだよ……何より、アナタは脳をしっかり休めないとダメなんだから。大丈夫、寝坊しないように起こしてあげるから」
「……分かった。それじゃあお休み、グロリア」
実際の所は、彼女は少し一人になりたいというのもあるのだろうし――事実、今日は一日動き通して疲労が蓄積しているのも確かだ。以前と違い、街のことは母に任せればいいという安心感もある――そう思いながら床にはいると、すぐに意識が眠りの底に落ちそうになる。
「……大切な者へ命をつなぐ、か」
そう聞こえたのは、果たして夢の中だったのだろうか。どこか悲し気に、どこか決意が満ちたようなその呟きは、心に印象的な影を残し――そして意識は深い眠りの中に落ちていくのだった。