B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
松明の灯る通路を、なるべく足音を殺しながら進む。クラウも体術に長けているおかげか、気配を殺すのはなかなか上手い。通路が明るいので、すでにカンテラは閉まっており、二人で忍び足で進んでいるのが現状だった。
しかし、段々と何者かの気配は大きくなってくる。すでに、いつ相手に勘づかれてもおかしくはない。それ故、これ以上は会話も控えるべきだろう。お互い黙って、ゆっくりと進んでいき――そして、通路の終着点にたどり着いた。
終着点と言っても扉がある訳でなく、ここから先は広い空間につながっているらしい。奥の方には、こちらと同じような通路が見える――恐らく、何か所からか、この最奥部に通じているのだろう。
広い空間に、敵が居る。それは分かり切っている。同時に、何か話し声が聞こえる――ひとまず、自分は身を屈めながら、大広間のほうを覗き見る。壁が視界の邪魔になって見えない部分があるが――視認できる範囲では、場に一体、跪きながら上を見ているようだ。ただ、自分の勘が、あの場には全部で四体いる、そう告げている。
とりあえず、まだこちらには気付かれていないようだ。後ろを振り向きながら、クラウに手でジェスチャーして伝える。まずは静かに、と口元に指をあて、その後広間の方を指さす。クラウが頷き返したのを見て、再び屈んだまま広間を見る。クラウは、俺の頭上から、広間を覗き見る形だ。
改めてみると、跪いている影には見覚えがある――アレは、昨晩襲撃してきた、ヴァンパイアロードだろう。
「……それで? 瀕死になりながら、やっとの思いで帰ってきたと?」
奥から聞こえてくるのは、女性の声だった。それは聞き覚えのあるものであるが、同時に聞き慣れないもの――その調子の余りの暗さに、あたかも別人のようにも感じられた。
一方、跪いている魔族のほうは、その体を震わせているようだった。
「……こちらの襲撃が予見されていたのだ。それさえなければ、今頃は……そうだ、あの男だ! 貴様が一番大したことのないと言っていたアイツ! アイツがソフィア・オーウェルを庇いさえしなければ……!」
「確かに、それは私の目測が誤っていたのかもしれません。しかし、人間相手など、赤子の手を捻るより容易いと豪語していたのも、また貴方なのでは?」
「……私をどうするつもりだ?」
「そうですね……その体では、どうせもう役に立ちませんから。せめて、その魔力、返していただきましょうか」
「くっ……ネストリウスゥッ!!」
アルカードの体が跳ね上がり、視界から消える。直後、鈍い音が響き、吸血鬼の体が吹き飛んできて、壁にたたきつけられるのが見えた。
「……大丈夫ですよ、アルカード・シス。もう少し、貴方には役に立ってもらいますから」
その声が聞こえた時には、肝心の吸血鬼はピクリとも動かなくなっている。そして、奥の方で、女性とは別のものが動く気配を感じる。
「おぉ、怖い怖い……それで、私はそろそろ退散してもいいですかね?」
今度は、男性の声。どことなく飄々としていて、底が知れない感じ――本心が全く読めない調子の声だ。
「……感謝いたします、ゲンブ。貴方のおかげで、レヴァル陥落の目途が……そして、自分自身の使命に気付くことが出来ました」
「いえいえ、とんでもない。私は、私の利するように動いているだけ……それが、たまたま、アナタ方と一致しただけです……しかし、不安材料は排除しきれなかったようですが?」
「ソフィア・オーウェル……厄介な子供ね。しかし、問題ありません。細工は流々……この地下と、そして城塞の周囲で構えている不死者の軍勢が、レヴァルを一気に陥落させます」
「はい。吉報をお待ちしておりますよ。それでは、私はイブラヒム卿の所へ参ります……何やら、面白いことになっているようなのでね」
「えぇ、それでは……偽りの神々を滅ぼし、真実の世界を取り戻すために」
「偽りの神々を滅ぼし、真実の世界を取り戻すために……失礼しますよ」
男の声が聞こえなくなるのと同時に、一つ気配が遠くなっていく。そして、気配がすっかり消えるのと同時に、広間のほうから足音が響いてくる。
「……さぁ、お待たせしましたね、クラウ……クラウディア・アリギエーリ。そこにいるのは分かっています。出てきて、少しお話をしましょう?」
自分とクラウは一歩下がり、顔を見比べる。クラウは頷くと、こちらよりも先に大広間へと出て行った。そして、自分も広間へと出る――改めてみると、やはりここはこの地下迷宮の中央部、上には無数の通路が、何階層にも渡って繋がっているのが見える。
そして、炎に取り囲まれた災禍の中心に、祭壇が一つ。その階段の先には、見知った顔――ジャンヌ・ロペタの姿があった。
「……ジャンヌさん。本当に、魔族に与していたんですね」
祭壇を見上げる少女の肩が震えているのが見える。対して、祭壇の主は、妖しい目で下を見ている。
「……先ほど、ネストリウスと言われていましたね? まさか、ネストリウスの魂は滅びておらず、ジャンヌさんを操って……」
「いいえ、それは違うわ、クラウディア。魔将軍ネストリウス……ロレンツォ・ネストリウスは我が祖父。私は、祖父の遺志を継いだだけ……いいえ、そうでなくとも、自分の意志でもこちらに着いたでしょう」
ソフィアの憶測は正しかった。ジャンヌは操られているわけではない――自分の意志で魔族に与している。
「さて、結論から述べます。クラウディア……私と共に来ませんか?」
「だ、誰が魔族なんかと……!」
「ふぅ……それでは、少し話を聞いてください。貴女の居るその場所は、私たちのいるこの世界は、大きく歪んで、誤っていると……それをお伝えします」
クラウの背中は、少し震えて委縮しているようだった。この雰囲気に吞まれているからなのか、世話になった人が本当に敵対者であるということが分かったからなのか――恐らく両方だろう。
こちらとしても、チャンスを伺いたい。そして、もちろん自分も――同じ人間相手なのだから、少し事情は聞いてみたい。ひとまず、いつでも動けるように警戒はしつつ、ジャンヌが話すのを待つことにする。
「……良い子ね。この世界は、七柱の創造神による箱庭……彼らは私たちの思考を覗き見て、進化を抑制し、家畜のように人類を管理しているのです」
なんだか突然、女は真顔で陰謀論みたいなことを言い出した。だが、言いえて妙でもある。思考を覗き見られているのには覚えがあるし、一部の技術は発達しているのに世界全体は中世風のまま――そう思えば、進化を抑制されているともとれるだろう。
「我が祖父ネストリウスは、その事実に気付きました。故に、教会を追われ……そして、七柱の創造神と対抗する手段を模索したのです。それが、邪神ティグリスの崇拝、そして魔族と手を組むことでした」
そう言われてみて、祭壇の奥を見てみる。何か、巨大な像がそこには祀られている。それは、人間の顔に、虎のような文様の入った、厳しい顔をした像で――本当の姿は分からないが、あれがジャンヌや魔族の奉る邪神ティグリスか。
「……魔族は、人類の敵対者でありますが、同時に七柱の創造神の敵対者でもあります。私たち地上の生物たちが真の意味で自由になるためには、まず七柱の創造神を滅ぼす必要があるのです」
段々、個人的には相手の話がどうでもよくなってきていた。しかし、気配が気になる――あと一体、どこかに潜んでいるはずだ。それも強力な奴が。そいつの尻尾を掴まずに動くのは危険か――周囲をどれだけ見渡しても、赤く揺らめく炎の真ん中で、変わらずジャンヌが微笑んでいるだけだった。そして祭壇の乙女は、下に向けて手を差し伸べた。
「クラウディア、貴女には世を恨む権利がある。故郷を追われ、教会に無理やり入れられ、そして都合が悪くなれば見放され、追放され……教会に恨みがあるのではないですか? 女神に恨みがあるのではないですか? ……世界を怨んでいるのではないですか?」
「わ、私は……」
おかしい、こんな与太話に付き合う事なんてないのに、クラウは完全にジャンヌの雰囲気に飲み込まれているようだった。まさか、何か魔法で、クラウの精神を揺さぶっているのかも――そうなれば、これ以上ジャンヌを泳がせておくわけにもいかないか。
そうと決まれば、ひとまずあの饒舌を黙らせてやる。周囲への警戒は引き続き行い――袖から一本、ナイフを出し、そしてそれを祭壇に向けて投げる。距離にして十メートル、一番得意な距離、流石に殺してしまったら話が聞けないので、狙うは肩だ。
「……ふっ!」
女の肩の高さに流線が走る。それは、ジャンヌの右腕だった。そして、その指の間には、投げたナイフが挟みこまれている。流石は教会の者、武闘派――いや、多分ジャンヌやクラウが特殊なだけだと思いたい。
「……アランさん、乱暴ですね。私はクラウディアと話しているんですよ?」
「あんまりにも無視されてるもんでな、寂しかったんだ」
それだけ言い、クラウの肩を掴む。振り返るクラウの青い目は、不安に揺れているようだった。
「おい、クラウ。あんな奴のいう事なんか聞くことないぜ……仮に、アイツのいう事が本当だったとしよう。それでも、それは人間と神の問題だ。魔族と組むのはお門違いだろ? いや、百歩譲って、魔族と組むのもいいとしてもだな……」
言いながら、クラウの肩越しに人類の敵対者をにらみつけ、続ける。
「どんな理由があったって、罪もない人を殺していい理由になんか、ならないんだ」
「アラン君……」
こちらの言葉に、祭壇の乙女は表情を忌々し気なものに変貌させる。
「……アラン、アラン・スミス。なるほど、確かに邪魔な男……それと知らずに声を掛けて、クラウディアと引き合わせたことは、失敗でしたね……」
ジャンヌは挟んでいた短刀を払い、そのまま右手で指を鳴らす――直後、背後から急にもう一つの気配が発声し、それが急速にこちらに近づいてくる。
「しまっ……」
「さぁ、アルカード、最後の仕事よ」
急な接近に対処できず、そのまま蘇った吸血鬼に羽交い絞めにされ、クラウとの距離が離される。振り払おうとするが、恐ろしい力で押さえつけられており、振りほどくことが出来ない。
「アラン君……!」
クラウの手が伸びる前に、吸血鬼の吐息が首筋にあたり――そして、その牙が、こちらの首に齧り付いてきた。
「ぐぁ……!」
「アラン君ッ!」
見えるのは、悲鳴のような声で名を呼ぶ悲痛なクラウの顔。今回は、龍の時と違い、確かな痛みが首筋に走る。首から肩にかけて、妙に暖かい――かなり血が出ているのだろう、恐らく頸動脈をやられた。吸血鬼の体はそこで硬直したように動かなくなり――この牙が抜ければ、一気に血が噴き出し、そのまま失血死してしまうだろう。
「……さぁ、クラウディア、こちらへ」
再び、ジャンヌは妖しい笑みを浮かべながら、クラウに向かって手を差し伸べている。恐らく、言う事を聞かないなら俺を殺す、そういう流れだろう。
「……お、い……クラ……」
なんとかそれを止めようと、彼女の背中を止める。クラウは振り返り――少し目元に涙を貯め、しかし強い瞳で頷いた。
緑髪の少女が、祭壇を上がっていく。それを、力が抜けていくことでは止めることが出来ず――ただ、見守ることしかできない。
「良い子ね……さぁ、共に行きましょう。欺瞞たる神々を滅ぼし、真なる自由を掴むのです」
差し出されている手を、クラウは俯いたまま取ることはしない。
「……アラン君を、助けてくれますか」
「それはダメです。あの人は、偽りの神に心を侵されてますから。しかし、選ばせてあげますよ、クラウディア。アランさんを一思いにすぐ殺してあげるか、それとも苦しみ藻掻いて死んでもらうか……彼の安楽は、貴女の手のひらの上にあるのです」
なんてこった、生かす気なんか全くなかったらしい。単純に、このまま首を噛みちぎられて死ぬか、引き抜かれて徐々に血を失いながら死んでいくか、どちらかという感じだろうか。どちらにしても勘弁はしてほしいが――それより、あの女の顔がいけ好かない。自分を絶対者のように勘違いしている顔。クラウが惑わされて、道を誤るくらいなら――どうせもう助からないなら、せめて彼女だけでも助かってほしい。
そう思っている向こう側で、なおもジャンヌから伸ばされる手を、クラウは取るわけでもなく、固まっている。
「……もう一つ、聞いていいですか。ハイデルの地で、私たちは龍に襲われました……ジャンヌさん、あの時、私を亡き者にしようと思ってたのではないですか?」
言われてみれば、そうとも取れる――というより、クラウが先ほど沈んでいた理由の一つだったのだろう。あの依頼はジャンヌからのモノだったのだから、薬草を摂りに行っているタイミングで魔獣をけしかけてきたとするなら、それはクラウの命を狙っていたということに他ならない。
「……アレは、不幸な事故よ。コントロールを失い……暴走した龍が、近くのハイデル渓谷を襲ってしまった。私は単純に、貴女に依頼をこなすチャンスをあげたかっただけ」
ジャンヌの顔を見る限りでは、嘘ではなさそうだ。その参謀とやらの腹積もりは分からないが、少なくともジャンヌ自身は、あそこでクラウを罠にかけたわけではないらしい。
そして、クラウはやっと顔を上げてジャンヌの顔を見据えた。
「……私を、必要としてくれるのですか?」
「えぇ……貴女の恩寵は本物だもの。貴女の怨みは、絶望は、きっとティグリス様のお眼鏡に叶い、立派な魔族の祭司となるでしょう……ソフィア・オーウェルに与するのならば、どうしようかと思っていたけれど……上手く分断出来て、こうして話す機会が出来てよかった」
「そうですか……」
「分かってくれたかしら? さぁ……」
少し沈黙があり、クラウは再び俯き――そして、ジャンヌから差し出されている手を払った。乾いた音が空間に響き、こちらから見えるジャンヌは、虫を見つめるかのような細い目でクラウを見下している。
「……アナタは、私を必要としているわけじゃない。私を利用しようとしているだけだ!」
そう叫んで、クラウは一歩引いて、ベルトからトンファーを取り出し、両腕に構える。
「私、アラン君と約束したばかりなんです! 本当の名前を聞くって……それに、エルさんも、ソフィアちゃんも好きなんです! 皆、優しくて、暖かくて……やっとできた、私の居場所なんです!!」
「ふん……今の貴女に、何が出来るというの? 魔法も使えない、中途半端なクラウディア……貴女に、何も出来はしない!」
「アナタの言うように、今の私には、居場所を護れるだけの力はないけれど……ティアッ!!」
内に眠る、もう一つの魂の名を呼んだ瞬間、地下空間にも関わらず風が吹く。いや、正確には空気が変わった、というべきなのかもしれない。この場の支配者が変わった――それを象徴するように、祭壇を囲っていた炎が大きく揺れて、その色は燃え盛る赤からより高温の青に変わった。
「あぁ、そうだ……荒事は、ボクに任せればいい」
少女の声色が変わった直後、揺らめく蒼炎の奥で、クラウの体が深紅の光に包まる。赤と青、交わって紫に見えるその光は、二人の瞳の色の交配――クラウディア・アリギエーリの魂の色を象徴しているようだった。