B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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倉庫の片隅で

 会議が終わった後、ティアは足早に部屋を離れて行った。自分はその後を追いかけ――誰もいない物置のような一室に落ち着き、ティアは部屋の隅で膝を抱えて小さくうずくまっていた。

 

「他の人たちが頑張っているのに、自分はあまり役に立ててないな……などと思っているのではありませんか?」

 

 こちらの言葉に対してティアはハッとしたように膝で隠していた顔を上げた後、苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

「ボクって君に簡単に思考を言い当てられるほど単純だったかな?」

「そこは私の他人を慮る能力を賞賛して欲しい所ですわね」

 

 実際の所、ティアが以前から考えられないくらい単純になっているのは事実だった。より正確に言えば、口調以外がクラウに似てきている。確かに以前のティアは、どこか余裕綽綽《よゆうしゃくしゃく》といった様子であり、付き合いの長い自分ですらその思考を推し量るのは難しかったのだが――今の彼女は繊細な年頃の少女そのものであるので、クラウを相手にしていると思えばその思考を言い当てるのは容易になっていた。

 

 以前にも同じようなことを考えたが、恐らくこのようになったのは役割分担が無くなってしまったせいだろう。おかしな因果関係に思えるかもしれないが、人として悩むのはクラウの役割であり、困難の打破こそティアの仕事だった――身体に二つの精神があるからこそ担保されていて彼女の役割は、精神が一つになってしまったことでクラウが担っていた「悩める自己」まで請け負うことになってしまったように見える。自己の在り方に悩むというのは、ある意味ではクラウもティアも持つ――クラウディア・アリギエーリという少女の本質とも言えるのかもしれない。

 

 とはいえ、今回の件に関しては彼女が思い悩むことも無いだろう。確かに先ほどの会議など自分とティアは蚊帳の外感があったが、自分たちには専門的な知識がある訳ではないので、解析の場にいたところで邪魔になるだけなのだから。

 

「貴女だけが焦ることはありませんわ。こんなことを言っても慰めになるかは分かりませんが、私だって大差はありませんし……」

「……やっぱり、ソフィアちゃんかな」

 

 こちらの言葉を遮って、ティアは予想外の一言を呟いた。見ると、ティアは膝から僅かに顔を離し、自虐的な笑みを浮かべて首を振っている。

 

「彼女はたったの一年で、ボクらが使っていた枢機卿級の神聖魔法を体得しただけに飽き足らず、七聖結界やナナコと渡り合えるだけの近接戦闘の訓練をしたうえで……旧世界の知識をレムやチェンと渡り合える程度に会得しているんだ。

 それと比べると、ボクはこの一年間、何をしていたんだろうって……」

「でもその半分は、グロリア・アシモフの助力があってのことでしょう?」

「いいや、仮にグロリアとの融合が無かったとしても、彼女独りでもある程度の所までいったと思う。ソフィア・オーウェルはそういう子だよ。単純にあの子の努力は凄い物だし、なんとか彼女の前ではその努力を称賛して、何でもない顔をしているつもりだけど……」

「嫉妬しているのですか?」

「どちらかと言えば、申し訳ない、かな。皆にも、何よりホークウィンドにもさ……ソフィアちゃんは急成長したのに対して、結局ボクはまだ、自分の可能性とやらを信じ切ることが出来ていないんだから」

 

 そこまで言って、ティアは膝に顔をうずくめてしまった。彼女の言うように、この一年間でのソフィアの急成長ぶりは目を見張るものがある。彼女の才覚はもちろんだが、それよりティアが圧倒されたのはソフィア・オーウェルの執念なのだろう。それと比較して、ティアは師匠の遺言を実践しきれていない自らの不甲斐なさを嘆いているのだ。

 

 しかし、ティアの資質だって素晴らしいものだ。元来の彼女は、クラウが望んだことを実行するという力を持っていた。悩める繊細な点が彼女の本質であるのと同時に、可能性に手を伸ばして実現させることも、また彼女の本質であるのだから――確かにソフィアと比べてたら至らない点もあるのかもしれないが、どちらかというとあの子が重大な例外という方が正しい。

 

 とはいえ、そんなことはティアも承知の上だろう。今更こちらが何かを言って簡単に納得してくれるものでもあるまい。そこに友人として歯がゆさを感じるのだが――自分としては、ただ彼女が沈み込んでいかないよう、必要な時にその手を取って引いていくだけである。

 

 そう思いながら見つめていると、ややあってからティアはまた膝から顔を離して話し始める。

 

「それに、それだけじゃないんだ。アラン君のことなんだけど……」

「あら、戻ってきてほしくないんですの?」

 

 そう言えば先ほど、ナナコがアランの名前を出したときに浮かない顔をしていた。この一年間、自分たちはレムと一緒にクラウやアラン復活の術を探していたはずだし、彼女もアランに戻って来てほしいという願望は持っているはずだ。

 

「いいや、戻ってきてほしいさ。切実にね……ただ、ボクはもう、アラン君に戦って欲しくないのかもしれない。元々、一刻も早く帰って来てほしいと思っていたし、アラン君自身が過去の因縁に決着をつけたいと思っているのは分かっている。それは尊重してあげたいよ。ただ……そうだね……」

 

 ティアは一度そこで姿勢を正し、また卑屈そうに笑いながら口を開いた。

 

「脱線するけどさ、クラウは一年前に王都を発ってから、ずっとカリカリしてたと思う。その理由、今ならわかるんだ」

「あら、なんでですの?」

「クラウ自身……またボク自身も、その感情の原因はアラン君が何かを隠しているから、ということに起因していると思っていた。でも、正確な所は少し違ったのかもしれないと思ってね」

「もったいぶりますわね……つまり?」

「ボク達にとって、アラン君はアラン君だってことさ。初めて出会った時の彼は、どこにでもいるような普通の男の子だったから……その時の印象が強いのかもしれない。

 いや、スカウトとしての能力がずば抜けてたのはもちろんだけどさ。ボク達にとって大切なのはそこじゃなかった。互いに冗談を言い合ったり、悩みを聞いてくれたり……本当は結構年上だったわけだけど、ボクとクラウにとってアラン君は、普通の男の子だったんだ。

 なのに、第十代勇者だとか、原初の虎だとか、邪神ティグリスだとか……大仰な肩書を押し付けられている。それなのに不平不満の一つも言わないで、彼はたった一人でその秘密を胸に秘めて、ボクらを護るために戦い続けていた……それが納得いかなかったんだと思う」

 

 成程、そんな風に思っていたのか。自分は最初からレムにアランの正体を聞いていたのであり、彼を最初から特別な色眼鏡をつけて見てしまっていたのは否めない。逆にティアの言うよう、そう言った色眼鏡無しに視れば、確かにアランはただの気さくな青年ではあるし――むしろクラウはアランのそう言った部分に惹かれていたのかもしれない。

 

「あの人はそういう人でした。色々と背負いこんで、独りで走り続ける……」

 

 割って入ってきたレムの言葉を聞いて、ティアは一瞬瞳に怒りを浮かべた。ティアが聞きたかったのはそういうことではないはずだ。誰もがアラン・スミスと言う人物の性質は理解している。その上で、ティアはアランが一人で戦わなければならないことに納得いっていない、だからこそ戦いの残るこの星に蘇らせることに疑問があったということのはずだ。

 

 しかし、ティアはすぐに怒りを潜めて、また諦めたように首を振った。

 

「いいや、分かっているよ……アナタや旧世界の人々、それにソフィアちゃん達だって、僕と同じように思っているのはさ。本当は皆だって、彼に無茶をして欲しい訳じゃない……でも、ボクらがいつだって至らないから、彼は皆の分を背負って走り続けるしかないんだって。そういう意味では、一番納得できないのは……彼に頼りにしてもらえなかった自分の無力さだ。

 それで……本当はすぐにでもアラン君に帰ってきて欲しいんだけれど、できれば平和になった世界に帰って来てほしいなって思ってしまうんだよ。

 いいや、ちょっと違うかな……すぐにでも戻って来てほしいけれど、皆に大仰な肩書を押し付けられて、誰かのために走り続けるんじゃなくてさ。ただ一人の男の子として……ゆっくりと自分の人生を歩んで欲しいって……」

 

 そんな状況じゃないっていうのは重々承知だけれどさ、ティアはそう続けて諦観のため息を吐いた。対するレムはティアの正面まで浮遊していき、深々と綺麗なお辞儀をした。

 

「まず、貴女の優しさをを有難く思いますよ、クラウディア。あの人の縁者として、代わってお礼を述べさせてください。

 それで、こんなことを言って慰めになるかは分かりませんが、私もこの世界ではあの人に自分の人生を歩んで欲しいと思っていました。だから、あの人に記憶を与えませんでしたし……きっとあの人の本能が絵を描きたいという夢を思い出させ、この世界でこそ好きに生きられるようにしたかったのです。

 ただ、もうアランさんは全てを知ってしまいました。そうなったら、あの人の性格上……もしも平和になってから蘇らせられたら、それはそれで気に病むと思うんです」

「それは……そうかもしれないね。何となく想像できるよ」

「ですから、逆に考えてください。過去の因縁に決着をつけるのは、あの人自身が望んでいることでもある……そんなあの人のことを支えることを考えて欲しいんです」

 

 レムが再び頭を大きく下げると、ティアは困惑したような表情を浮かべ、膝から離した自らの手を見つめて押し黙ってしまった。おおよそ、自分なんぞがアランの支えになるのかという不安があるのだろうが――大切なのは実力ではなく、支えるという姿勢だろう。実際、自分も知っているアラン・スミスならば、それだけでも十分に喜んでくれると思う。

 

 とはいえ、今の彼女にはそんなやわな言葉は届きそうにない。何より、唯一無二の親友であり、同時に切磋琢磨したライバルがあまりに自らを卑下しているのを見るのも面白くない。それなら、少し発破をかけるような言い方の方が彼女に響くかもしれない。そう思い少し意地の悪い言葉をかけてみることにする。

 

「やれやれ。そんな調子では、ソフィアさんにアランさんを取られてしまいますよ? 何せあの子の押しの強さは凄いですし……何より、この一年で綺麗になりましたしね」

「むっ……それは……」

 

 ティアは何か言いたそうに口をつぐんでいるが、結局そのまま黙り込んでしまった。以前の彼女なら大胆不敵な感じでいなしてくれたように思うが――やはり自信が持てないのか、あるいはそれ以上に、ソフィアの総合的な成長に気後れしてしまっているのか。

 

 ソフィアが凄まじい執念で技量や知識を磨いたのも確かだが、身体的な成長も著しかった。最初に自分と出会った時などは十一歳の少女であって、まだ幼さも見えたのだが――今ではティアの背を追い越しており、長い手足と美しく長い髪、それに知性を感じさせる品のある顔立ちを見ると、確かに敵わないと思ってしまうのも致し方ない部分もある。

 

「はぁ、これは重症ですわね……」

 

 元はと言えば、自分が軽い気持ちで発破を掛けたことが間違いだった訳だが――もっと言えば、ティアもソフィアも仲間である以上、勝ち負けをけしかけるようなことをした自分の趣味も良くなかったかもしれない。

 

 自分としてはティアにもう少し負けん気を出してほしかったのが正直な所でもある。内外ともにソフィアに圧倒されている現状を打破できる手段はないだろうか――と思った瞬間、そもそもアラン自身が彼女たちをどう思っているのか気に掛かった。

 

「レム、アランさんの好みの女性ってどんなタイプなんですか?」

「そうですねぇ……」

 

 こちらの質問に対し、レムは楽し気な表情を浮かべた。レムは案外こういう話が好きなのは織り込み済み、同時にアラン自身の好み次第ではティアにも勝ち目はある。そう思って質問したのだが――女神の楽し気な表情はなりを潜め、なんだか渋い顔をし始めている。

 

「うぅん、好みのタイプって言うと分からないですね。とりあえず人並みに助べえなのは間違いないんですが……意外と性格的な好みって無いのかもしれません」

「えっ……それはそれでなかなかアレなのではありませんか?」

「そうですねぇ、女体には興味があるけど精神面は気にしないってなったら確かに最低なのですが……実のことを言えば、恋愛面の情緒は割と幼いと言いますか。思春期には同性ととの時間が多かったですし、晴子以外との異性との接点があまりなかったものですから、アランさんはそちらの情緒はあまり発展していないんだと思うんです。

 それで、高校卒業後に接点があった異性がグロリアでしょう? その時に異性を妹扱いするのに慣れてしまったと言いますか……更に、サイボーグ化してしまったことも、枯れてしまった要因になっていると思います」

 

 要するに、身体の機械化に上乗せして、暗殺者家業に身をやつしたことから、アランは異性に対して消極的になってしまったと言うことか。というよりも、諦観というか――誰かが自分と一緒になることは無いという諦めの境地にいたのかもしれない。

 

「ただ、強いてを言えば……」

 

 レムはそこでハッとしたような表情を浮かべて言葉を切り、微笑みを浮かべながら首を振った。

 

「下手なことを言うのは止めておきましょうか」

「あら、そこまで言われたら気になるのですが?」

「私としては、あまりいい加減なことを言って可能性を狭めたくないんですよ。もちろん、旧世界のあの人も知っていますし、この星においてもずっと彼の思考を読むことは出来たので、あの人の好みについて何となくの推測は出来なくもないですが……アランさんにも皆さんにも、色々な可能性があるのですから、下手なことを言ってその可能性を狭めたくありませんもの」

 

 レムの言葉を聞いて、ティアの方は複雑そうな表情を浮かべた。好みは聞きたかったのだろうが、自らが箸にも棒にも掛からぬと断言されることも避けられたのであり、どちらかと言えばホッとしているようにも見える。

 

 ただ、自分としては逆に不安が勝った。正直、アランの好みに対し、クラウディア・アリギエーリは結構良い線を突いていると思っていたのだ。原初の虎としてでなく、一人の男性として見てくれる彼女の甲斐甲斐しさは、必ずプラスになると思ったのだが――レムが何も言わなかったのは、ティアが選ばれる可能性が低いことを示唆しているのではないか。

 

 自分は変わらず、レムと脳内でコミュニケーションを取ることができる。本人がいう気が無いというのに掘り下げるのもなんだが――少々気になるので、事の真相を尋ねてみることにする。

 

『もしかして、ティアは好みじゃなさそうなんですの?』

『いいえ、そんなことはありませんよ。貴女の推測通り、下手なことを言ってクラウディアが自分のことを信じられなくなるのを避けたいというのが一番ですが……ただ、本当に兄さんにどういう人が合うか断定できないと思っただけです』

『成程……でも、強いてを言えば、の先が気になるのですが?』

『そうですね。強いて言えば、意外と年上の方が合うかなぁと思ったんです。年下は妹扱いしちゃいますから、年上ならそうもいかないでしょう?』

『まぁ、確かにそうかもしれませんが……その結論は少々大雑把過ぎませんか?』

『その通りです。別に性格的な相性は考慮していませんから。ただ、性格的な面を言えば、本当に色々な可能性があると思うんです。あまり良い言い方ではないかもしれませんが、兄さんはどんな人とでも合わせられますし……そういう意味では、ソフィアもクラウディアも合うとも言えます。

 でも、一番大切なのは本人たちの気持ちですから。それを横から茶々入れて歪めることは避けたいと思っただけですよ』

 

 レムはそこでこちらとの通信を打ち切り、実際に口を動かし始めた。

 

「ま、そもそもクラウディアにしてもソフィアにしても、あの人にはもったいないほどです。今でこそ原初の虎だとか祭り上げられてますが、実際の所は貴女の言う通り、案外普通な人なんですから」

 

 原初の虎とか祭り上げられているだけでも尋常ではないのではないか、などという突っ込みは野暮なのでこの際置いておくこととして――ひとまず少し会話をしたことで、ティアの様子も先ほどと比較したら落ち着いているようには見えた。

 

 その後は二人で割り当てられた部屋へと移動してひと眠りをすることにした。ティアがなかなか寝付けずに居ることは認識しつつも――自分の力では彼女の憂いを晴らせないことに歯がゆさを感じつつも、後は時間と当人の心の向き合い方の問題でもある――そう割り切り、自分は意識を眠りへと落とし、明日の作戦に備えることにした。

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