B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
旧移民船アーク・レイ、現魔王城への移動は、予定通りに日付が跨ぐのと同時に開始された。移民船直通の地下道を移動し、専門知識の少なめな自分をT3がサポートしてくれる形になり、二人で資材の回収を担当し、それ以外のメンバーが魔王ブラッドベリ復活の準備へと向かった。
現在は縦に突き刺さった宇宙船の中層辺りで、T3がチェンより言いつけられていた部品を壁や機械の中から探しており、自分とティアが荷物を運ぶ役目を担っていた。とは言ってもそんなに重い荷物もないらしく、すべて回収しても鞄半分程度の分量で済む予定だった。
逆を言えば、自分としては軽い荷物を持つだけの仕事しかなく、かなり手持無沙汰な状態が続いていた。機材を探すのに集中しているT3の邪魔をするのも悪いし、何となく辺りの様子をボゥッと眺めている時間も多くなるのだが――移民船の中はまた異様な雰囲気に包まれている。
元々は三千年前に役割を終えた船なのであり、機械的な基幹部分はボロボロになっているのはもちろんなのだが、魔王の居城として再利用していたおかげで壁や床が継ぎ足されており、どこか未来的なスラム街の路地のような雰囲気がある。まだ電力は生きている様であり、所々照明が仄かに辺りを照らし――その灯りは神秘的というより、辺りの退廃的な様子をより鮮明にしているという方がしっくりくる。
朽ちた部分を雑多に継ぎはぎされている様子は、ここに長い歴史があることを暗示しているようでもある。三千年の間は魔族の居城として使われており、それよりも以前は旧世界の人たちがこの星に移り住んでくるのにこの場にいたのだから、実際に歴史があるのだが。
しかし過去に営みが行われたこの空間も、今はただ静寂が支配するのみ。そんな場所をしばらく眺めていても飽きなかったのだが、徐々に手持無沙汰の方が勝って来て、思い切って壁に向かって工具を動かしているT3に声を掛けることにした。
「あの、今更ですが……チェンさんはなんで魔王さんの味方をしていたんですか?」
質問することは何でもよかったのだが――これは先日ブラッドベリを蘇らせようという話が上がった時、何となく気になっていたことだった。こちらの質問に対し、T3は工具を動かすのを一瞬だけ止めてこちらを見た。
「今日は貴様にしては珍しく静かにしていると思ったが……まぁ良いだろう。こちらももう少しで終わるからな」
T3は視線を元に戻して作業を再開させながら話を続ける。
「チェンが魔族側に立った一番の理由は、ピークォド号を惑星レムに降ろすタイミングを調整するためだ。普段、この星に侵入しようとするものは、衛星兵器マルドゥークゲイザーによって迎撃されるようになっている……月より発射される超威力のエネルギーを衛星により位置調整し、さらに地上でも撃てるようにするのが魔剣レヴァンテインであり、ブラッドベリを封印するのに必ず一度は放たれる。ゲンブはそのタイミングをコントロールする必要があったんだ。
それだけなら勇者側にテコ入れするという選択肢もなくはないが……勇者側は魔族側と比べて七柱の影響が強いし、またその勇者やお供に七柱の監視を逃れるために二重思考をするだけの思考力があるとも限らない。
何より、魔王の七柱への恨みは本物だ。元々七柱の敵対者である邪神ティグリスを信奉させられていたのはその思考をコントロールされていたからに他ならないが……奴の立場上、七柱への怒りも同時に持たせられていた。元々その怒りは奴自身の物ではなく、矯正させられたものであったかもしれないが……事実さえ知れば、本物の怒りになるだけのことを七柱はしていたんだから、チェンは味方にはしやすいと考えた訳だ」
男は工具を動かす手を止め、立ち上がってこちらへ部品を投げてきた。こちらがそれをキャッチして鞄の中に入れる傍らで、T3の方は作業と話を続けている。
「ピークォド号を降ろした後にも、味方とするにはブラッドベリがこの星における最強の戦力だというのも理由だ。勇者の力はレヴァンテインに寄るもの大きい訳だが、敵対するとなれば当然、その剣の機能は封印されるからな。
そのお供に関しては、七柱の影響が強い者……教会や学院の関係者ともなれば、つまるところレムやルーナ、アルジャーノンの信奉者と考えられる。また、ハインラインの血族が選出されるとなれば、味方に引き込むのは難しい。
一方、ブラッドベリの再生能力と身体能力、思考力と超能力は奴本人のモノだ。生体チップによるコントロールさえ防げれば、強力な味方になり得る……そう言った判断があったんだ」
「でもそれなら、もっと早く生体チップを摘出していれば良かったんじゃないですか?」
「ピークォド号を降ろす前に生体チップの摘出などすれば、チェンが暗躍しているとアピールしているようなモノだ。そうなれば魔王討伐は中断させられ、即座に七柱と熾天使でもってチェン対策を取られていただろう。
そうすれば、ホークウィンドと母なる大地のモノリス、それにピークォド号内で生成されたその剣をこの星に降ろすことは敵わなかった訳だ」
そのうち二つは結局奴らに奪われてしまったが、T3はそう悔しそうに続けた。今の部品の回収で作業は完了したので、自分たちもレム達の元へと向かうことにした。
宇宙船の内部を登って最上階へと抜けても、まだ外は真っ暗だった。そのまま火口の方へと向かって行くと、チェンを中心としてイスラーフィール、ソフィアらが石像らしきものの前で何某かの作業を続けていた。三人に対して労いの言葉を掛けつつ、自分もその石像の前へと立ち、その長身を見上げてみることにする。
「この人が、魔王ブラッドベリ……」
ホークウィンドと並ぶかそれ以上の巨躯に、頭部には立派な角を生やしたその出で立ちは、なんだか魔王と呼ぶには相応しいように思われた。印象的なのはその表情で、驚きに瞼を見開き、何かを叫ぼうと口を大きく開いている。
初めて見たはずなのに何となく見覚えがあるのは、自分が夢野七瀬のクローンだからだろうか――もしくは、自分がそう思い込んでしまっているだけなのか。しかし何となくだが、彼を見ていると申し訳ないような心地がしてくる。
魔族とレムリアの民との共存を頼むという夢野七瀬の願い、それをブラッドベリが望んでいた訳ではないとは聞いている。彼は同族と敵対関係にあったレムリアの民も恨んでおり、この星を魔族の楽園にしようと考えていた――そうなれば、共存というのを受け入れられないという事情は理解できる。
しかし、ただ迫害されるよりは、共存の方がまだマシであるとは考えてくれていたように思う。そういう意味では、彼は夢野七瀬に期待もしてくれていたのだろう――自身が第八代勇者に敗れても、もしかしたら魔族たちはもう住むところを追いやられずに済むかもしれない、そんな期待を抱いて三百年後に目覚めた彼の失望を考えると、胸が締め付けられるような心地がする。
視線を落とすと、石像の腹部に見おぼえるのある剣の柄が刺さっていた。ミストルテインに似ているそれは、恐らく聖剣レヴァンテインなのだろう。武器が刺さったままというのも、また何とも痛ましい感じがするが――そこに関しては戦士たちが己が信念を掛けて戦った結果であり、致し方ない部分であるだろう。
そんな調子で一通り石像の観察が終わって振り返ると、丁度チェンがレムに対して声を掛けているところだった。
「封印の解除はできそうですか?」
「えぇ、解析してみたところ、どうやら解除コードは変わっていないようです。まさか我々が、魔王を改めて味方に引き込もうとするなど右京も考えなかったのかもしれません」
「どうでしょうね。我々を油断させる星右京の罠の可能性もある」
「貴方はあの人を過大評価していますよ、チェン。彼にも案外抜けているところもあるんです……何か予想外のことがあったら雲隠れして対策を練って、解決できそうになったら『全てお見通しだったよ』というドヤ顔で出てくるだけなんですから」
「ははは、彼を一番よく知る貴女がそう言うのならそうなのでしょうが……」
「実際、この場で貴方が居た時やピークォド号が落ちてきたときは、彼は内心かなりビビってましたよ。アランさんが居たからこそ、あの人はアナタの策を切り抜けられたと言ってもいいでしょう」
「つまり、貴女がアラン・スミスを蘇らせていなかったのなら、私の策は通用していた訳ですね? この場で勇者シンイチを倒していれば、結果として星右京を眠らせることに成功し、彼が復活の権限を持つハインラインの復活もありませんでした。あとは手筈通りにアルジャーノンを奇襲にて封印さえしていれば、ルーナさえ倒せれば予定通りに我々の勝利が確定していたと……」
「……チェンさん」
チェンが淡々とそう話していると、ソフィアが遠慮のない睨みを利かせた。責められているレムやその従者のアガタではなく、真っ先に反応したのがソフィアというのが気に掛かったが――少し考えて理由を理解できた。
恐らくソフィアはアラン・スミスと出会わなかった世界を考えられないということなのだろう。だから、アランが蘇らない世界を考えたくもないに違いない。対して少女の凄味に反省したのか、チェンも咳ばらいを一つしてからレムの方へと向き直った。
「そうですね、私も意地が悪かったです。たらればの話をしても仕方ありませんし……半年間も星右京を封印できれば大きなアドバンテージになっていたでしょうが、直ちに我々の勝ちが確約されていた訳でもありませんからね」
「そう言ってもらえると助かります」
レムは胸を撫でおろして作業に戻ったようだ。しかし、チェン・ジュンダーすらすくませるソフィアの凄味もというのも流石と言うか――そんな風に思っていると、レムの作業の方も終わったようで、改めてこちらへと向き直った。
「それでは、封印を解きますよ……準備はよろしいですか?」
「えぇ、お願いします、レム」
チェンが頷き返すと、レムは機材の前にいるイスラーフィールの方へと移動し、彼女に向かってパスコードを伝えた。水色髪の熾天使がレムの言う通りにコードを打つと、石像の表面が崩れ去っていき――中から筋骨隆々の巨大な男性が姿を表した。
封印から解かれて間もないせいで身体のバランスを崩したのか、ブラッドベリはすぐさま膝を突き、その側にチェンが近づいていく。
「ここは……」
「お目覚めですか、魔王様」
「……その声、ゲンブか」
「はい。しかし、細かいことは後です。今は早急に、生体チップの摘出を……」
「……その必要はない」
その静かな返答とは裏腹に、肌のひりつくような殺気が巨漢から一機に放出された。自然と皆、ブラッドベリから距離を離す動きを取った。一番近くにいたチェンは結界を張りながら背後へと跳び、そのおかげでブラッドベリが払った手から放たれた黒い衝撃波に呑み込まれずに済んだようだった。
ブラッドベリはゆっくりと立ち上がり、真っ赤な双眸でこちらを睨んできている――あからさまに何者かに操られているといった雰囲気であり、正気を失ってしまっているようだった。
「ブラッドベリさん、落ち着いてください! 私たちは仲間です!」
「悠長なことを言っている場合ではないぞ!」
自分が説得のため声を掛けようとすると、身体を誰かに掴まれた。T3が自分を抱えて跳んだのだろう、気が付くと視界が一転しており――自分が先ほどいた場所を漆黒の渦が通過していた。
「はっはっはぁ! まんまと引っ掛かりおったな!」
どこからともなく挑発的な声が聞こえてくると、ブラッドベリの背後の火口部分の空間が割れ、そこから三人分のシルエットが――白い髪の少女を護るように、ピンク髪の少女、それに長身痩躯の男性とが降りてきた。
「ルーナにジブリール……」
「それに、ルシフェル!? 倒したはずじゃ……」
現れた三人に対してすぐさま反応したのは、イスラーフィールとソフィアだった。僚機に名を呼ばれたジブリールの方は、全く反応がない――以前見た時は好戦的で情緒が豊かだったのに、今は本当に無感情な人形と言うのがしっくりくるほどであり、なんどかその様子は痛ましいほどだ。
対する男性の方が、ソフィアの報告にあったルシフェルらしい。しかし、自分も既にルシフェルは撃破したと聞かされていた――ソフィアはこういったことで嘘を言うタイプでないので、恐らく何か理由があるのだろう。その証拠に、男の方は前髪をかき上げて、ソフィアの方へと挑発的な笑みを返した。
「確かに私は倒されましたよ。まさか、第六世代にやられるなどというのは一生の不覚ですが……しかし、一機しかいないとも言っていなかったつもりですが?」
「まさか、量産されているというのですか? しかし、口ぶり的には……成程、記憶が並立化されているということですね」
「ふっ……その通り。ですから、貴女の戦い方も既に学習済みです。次は遅れを取りません」
「ふん、あの程度で私達の全てを学習した何て思わないで欲しいわね」
ソフィアの肩でグロリアが挑発的な言葉を返すが、ルシフェルは変わらず涼し気に笑うだけだ。ソフィアに勝てるだけの確実な策があると言わんばかりだが――今のソフィアとグロリアのコンビは、自分たちの中でも突出した戦力なはず。グロリアが居れば超音速にも対応できるようであり、それならばそう簡単に遅れを取るとも考えにくいのだが――ソフィアも同じように思っているのか、相手の方を警戒しながら杖を構えている。
復活したブラッドベリも、ゆっくりと後ろへと下がり、ルーナを護るようにその正面へと立つ。どうやら第五世代型と同じように、今の彼はルーナの意のままに操られてしまっていると言うことか。
こちらも各々武器を構え、相手の出方をうかがっている。一触即発の雰囲気の中、チェン・ジュンダーのみが背中で手を組み、溜息を吐きながら一歩前へと進み出た。
「ふぅ……裏目に出てしまいましたか。ですが……こうなってしまったものは仕方がありませんね」
それだけ言って、男は背後で組んでいた手を離し、大きく息を吸い込んで気を練り、前へと拳を伸ばして構えを取る。その一挙一動にはには一切の隙はない――ソフィアに棒術を叩き込んだというのも事実なのだろう、彼は間違いなく拳法の達人なのだ。
「DAPA幹部ローザ・オールディス……散っていった仲間たちの無念を晴らすため……我が盟友、エディ・べスターとウィリアム・J・ウェルズの雪辱を果たすため、今日この場で貴方達を討ちます」
声色は淡々としたものだったが、背中から発せられる気は冷たく、鋭いものだ――チェン・ジュンダーは確かにこの場で、ルーナを倒そうという決意を固めているに違いなかった。